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敵が勝手に自滅していくんだけど?   5

 結界強化の予定日が近付くにつれてアリシアはガチガチに緊張しだし、なぜか私のいる屋敷で生活を始めた。


「聖女様って呼ばれるとプレッシャーで気持ち悪くなるの。崇拝しきった目で見つめられるのは本当にきついのよ」


 相手の感情が大まかにでもわかってしまうって大変だな。

 巫子や眷属ばかりがもてはやされているから、神官の中には結界強化で神殿の存在感をアピールしたいと思っている人が一定数いるので期待を感じてしまうんだろう。


「でも神獣様の神殿に行くのはやめとこうか」

「うううう……神獣様のお姿を見て癒されたいのにー」


 聖女が神獣様と妖精が大好きで、女神の神殿より神獣の神殿に長くいるなんて噂になったらまずいでしょ。

 親しくなった人の前では明るくて、戦闘中は冷静で思い切りもいい性格なのに、大勢がいる前ではおとなしくなっちゃうから、聖女のために僕が頑張らねばって男性たちが張り切っちゃうのよ。

 襲撃者を返り討ちにしたり、マクルーハンを灰にしたり、アリシアだって暴れているのを知っているくせに、彼女を守りたいって思う神経がわからない。


「公の場で発言するのは怖いのよ。何を言っても悪くとらえる人っているでしょ? 私のせいで神殿の立場が悪くなってしまっても責任が取れないもの」


 素晴らしい。私も彼女を見習わなくては。

 ただ、木刀を振り回すという暴挙の前では、多少の失言なんて誰も気に留めないかもしれない。


「あなたの場合、誰にも文句を言わせないだけの実績があるでしょう。天候が回復して青空が戻ってきたのは、あなたのおかげなんだから」

「今はね。これが日常になって、天候が悪かった頃のことが遠い思い出になるのって、意外とすぐよ。その時に私がえらそうにしていたら、今度は全方位から叩かれてしまうわよ」


 今でも偉そうにしているつもりはないんだけどね。


 結界強化の三日前、いつものように神獣の神殿に行って神獣とまったり過ごそうとしていた私の元に、眷属が集まってきた。


「聞いてくれよ。今、王都に貴族が集まっているだろう?」

「そうらしいわね」


 アシュリーの様子は、母親に言いつけに来た子供みたいだ。

 怒っているわけではないけど、ふてくされている感じ。


「結界強化が成功したら国をあげて祝うことになるし、失敗したら対策を考えなくちゃいけないから、主だった貴族が集まっているんでしょ?」


 クレイグは結界強化の準備で忙しいからって王宮には顔を出していない。

 確か大神官は王都の神殿本部に戻らずに結界近くの神殿で過ごしていて、アリシアはバイエンスの私の屋敷を拠点にしている。

つまり結界強化に参加する人たちは誰も、ここ何か月か王宮に行っていないのよ。

それで貴族たちの中では、結界強化が成功した時には凱旋パレードをしようなんて話が出ているそうだ。


「昨日、王宮に放っている妖精に会いに行ったら女公爵のところの甥っ子が話しかけてきてね」

「アリシアを口説いている男ね」

「激励会をしたいから、大神官と聖女と巫子を王宮に連れてきてくれってさ」


 うはーー。何をやってるのよ。


「激励会というのは、公式に話が出ているの?」

「出てはいたようだが、忙しいきみたちを王宮に呼ぶのは申し訳ないと国王が許可しなかったはずだ」


 それなのに勝手に話を進めたってこと?

 自分が私たちを王宮に呼ぶことが出来たら、立場がよくなるとでも思った? 

 いくら公爵家の人間といったって、問題ばかり起こしているアホな甥なのよ。

 国王と同格の大神官や巫子を呼びつけられるような立場じゃないでしょ。

 しかも眷属に転移してくれとたのむなんて、図々しすぎる。


「気安く話しかけてくるだけでも不快なのに、眷属を便利な道具のように使おうとするのは許せない。転移でどの町からも離れた街道の真ん中に飛ばしてやった」

「フレミング公爵はいなかったの?」

「その場には若い貴族が何人かいただけだ。女公爵はあとから慌てて謝罪に来て、あいつはもう一族から追放すると言っていたから、転移した場所は教えなかった。向こうも聞かなかったよ。成人した男が三人いるんだ。生き延びるだろうさ」


 馬鹿な甥を止めなかったやつが、少なくともふたりいたのね。

 普段、侍従や侍女に世話をされて生きているお坊ちゃんたちが、自分たちだけで町まで行くのにどのくらいかかるんだろう。

 商人や冒険者に出くわせば連れてってくれるだろうけど、たぶん町から離れた場所に飛ばされただろうから野宿するしかないわよね。

 そうしてようやくどこかの街について救助を求めたら、公爵家とは無関係だと言われるわけだ。


「私達が甘やかしたせいね。いろいろ手伝ってしまったから、やってもらえるものと勘違いしたのね」

「甘やかす? 俺はレティにたのまれた時しか人間どもを手伝っていないぞ」


 フルンに言われてサラスティアは気まずげに視線をそらした。

 サラスティアは私とは別行動が多い時期があって、その時にアリシアを手伝ったり、公爵たちを転移で送ったり、マメに動いていたからなあ。

 

「サラスティア、気にしないで。その男が馬鹿だったのよ。陛下も公爵たちもちゃんとわかっているでしょう?」

「僕たちに関してはね。でもきみを王宮に呼びつけようって話は、いろんな貴族が言い出しているようだよ。健康になって美しくなったと聞いて一目会いたいんだろうさ。そんなやつらはほうっておけばいいんだよ」

「アシュリーの言う通りだ」


 アシュリーもフルンも王宮の貴族と関わることに嫌気がさしてきているわね。

 私とクレイグの婚約も大きな話題になっていて、次期国王にはクレイグをと言い出す貴族もいるようなのよ。

 だから私もあまり王宮には近づきたくはないんだけど。


「ちょっと気になることがあるから、明日、ちらっと顔を出すだけならいいかも。挨拶して終わりなら」


 三人揃って眉を寄せてこっちを見ないでよ。

 寝ていた神獣まで片目を開けて私を見ている。


「王宮でレティシアに嫌がらせしていたやつらがいたでしょ? 額に印をつけたやつら」

「いたな。このまま放置する気なのかと思ったぞ」

「まさかー」


 フルンの肩をバシッと叩いたら、フルンは平気な顔をしているけど私が痛かった。


「子供があほなせいで家族全員が巻き添えになるのもどうかなって思って、しばらく様子を見ようかと思っていただけよ。でも、親も問題ある家がほとんどだったわ」


 修道院に入れたとか、家から追い出して平民にしたとか、こちらから何か言う前に娘や息子を処分して、自分たちはお咎めがないようにしている家ばかりだったから、その後どうなるか見ていたのよ。

 彼らの領地は天候回復はしないって神獣が言っていたしね。


「特にサラスティアには一緒に行ってもらいたいな」

「そういう話なら、もちろん行くわよ」


 レティシアが幸せにやっているようだし、私もこの世界で守りたい人や居場所が出来て、復讐を続けるばかりがいいことではないかとも思っていたのに。

 性根が腐っているやつは、結局は変わらないのね。


「私は私のするべきことをやるだけよ。それで敵が増えてもかまやしないわ」

「あら、こんなに頑張っているレティの敵になって陥れるやつがいたら、そいつの領地はすぐに毎日嵐になるわよ」

「いや、それは逆に私がこわくて動けなくなりそうだから……」

「何を言っている。人間たちが愚かな行いをするのであれば、またこの国全土を元の曇り空にするぞ」

「神獣様まで何を言っているんですか!」


 こわいこわいこわい。

 そんなことになったら本当にこの国は滅亡してしまう。

 敵を増やさないように、少しは慎重に動くようにしよう。





 そして翌日。

 突然、巫子と聖女と大神官が顔を出すという話になって、王宮は大騒ぎになった。

 パーティーなし。食事会もなし。

 ただ国王に謁見して挨拶して帰るだけだって言ったのに、王宮で一番広い謁見の間には大勢の人が詰めかけていた。


「挨拶が終わった後、少しだけ知り合いと話をする時間がほしいと言ったんだって?」


 カルヴィンは私が何かしでかすと思っているみたいだけど、相手が何もしなかったら私もしないわよ。

 両側にずらりと貴族が並ぶ中、謁見室の一番奥の席に陛下を中心に王妃と王太子が座っていて、その両側に公爵と大臣たちがずらりと並んでいる。


 いつもなら見上げるような高さの位置に玉座が置かれているのに、今日は巫子と大神官と会うために階段一段分もない低い台しか置かれていない。

 それでもわずかに高くするあたりが、王宮の貴族たちの意地というか見栄というか、やはり国王が一番だと言いたいんだろうね。


 こちらはサラスティアが同行しているので、まずは私たちが入場だった。

 微かに光る布地の服を着たサラスティアを中心に、右手に正装用にしつらえたローブを着た私が並び、左手には神獣の世話役であり神獣省のトップであるカルヴィンが並んで歩いていく。


 少し距離を置いて、大神官を中心に聖女と神官長が歩いてくるので、背後から大神官の持つ錫杖の鈴の音が一定間隔で聞こえてきた。

 つい、そのリズムに合わせて歩きそうになるからやめてほしいわ。


 その後ろにクレイグを中心にラングリッジ騎士団の精鋭が続き、最後にイライアスを先頭に魔道省の人たちが続く。

 これで結界強化に参加する中心人物が集合したことになる。


 私が初めて王宮に顔を出したときには、まだ魔力なしのイメージが強かったせいか馬鹿にしたような蔑んだ目で見る人が何人もいた。

 それからいろんなことがあって、怖いから目を合わせないようにする人が増えて、それが今では憧れや崇拝のような目で見つめる人まで出てきている。

 この短期間でたいした変化よね。


「これは……お美しい」

「ラングリッジ公爵は幸運ですな。名誉と権力とこんなに美しい女性を手に入れられるなんて」

「しかもお強い」


 ゆっくり歩いているんだから聞こえているわよ。

 サラスティアの美しさに驚く人も多いけど、眷属は高嶺の花すぎるのと、アシュリーが無礼なフレミング公爵の次男を転移でどこかに飛ばして、いまだに行方不明だということが広まっているので、黙って見惚れているだけだ。


 それに後ろからアリシアが来るものだから、すぐに貴族たちの視線は彼女に釘付けになっている。

 大神官と聖女が並ぶと、その場の空気までがきらきら輝いているんじゃないかってくらい、神聖な雰囲気を醸し出している。

ふたりとも人間離れした美貌の持ち主だから仕方ないわね。

 

「忙しい中、ようこそおいでくださった」


 私たちが自分の前に到着するより早く陛下は椅子から立ち上がり、段差を下りて私とサラスティアの前に立った。

 当然王妃や王太子、デリラも一緒に段差を降りてきている。

 公爵や大臣は国王に対するのと同じ礼をして、私と大神官が国王と同格であると認めていることを示し、私たちのほうもそれぞれが自分の立場にあった挨拶をした。


 つまり私と大神官とサラスティア、そして王族以外は全員膝をついている状況よ。

 聖女は立っていてもいいって前から言っているのに、アリシアは膝をついているほうが精神的に楽だから、そうさせてくれって言ってきかないのよ。


 いやあ、周りが全員跪いているのはなかなか迫力のある眺めよ。

 部屋の広さがよくわかるわ。


「とうとう明後日には結界強化だな。不足している物はないか?」

「体調はどう? 困ったことがあったら何でも言ってね」

「ありがとうございます」


 国王と王妃とふたりして、私を囲んで親しげに肩に手を置いたり手を繋いだりしてくれるのはとても嬉しいわよ。将来は義理の両親になるんだしね。

 でもまずはサラスティアに挨拶でしょう?


「サラスティア様、神獣様や眷属の皆様に巫子とクレイグの婚姻を認めていただきありがとうございます」

「え? 今ここでその話題?」


 思わず突っ込んじゃったわよ。

 確かになかなか顔を合わせられないから、そういう話も出来てはいないけど。


「私たちも喜んでいるのだ。クレイグは信用出来る男だし、おまえたちはレティを大事にしてくれる。バイエンスも素晴らしい場所だ。神獣様もとても気に入られている」

「おお、それはよかった」

「いや、レティは僕の妹なんだけど」


 カルヴィンが小さい声で呟いた声が聞こえた。

 それ、サラスティアや陛下にも聞こえているわよ。


「うふふ。そんなところで拗ねないでよ」


 ほら、サラスティアが楽しそうにカルヴィンをかまいだしたじゃない。

 神獣の世話役のカルヴィンが眷属と親しいのは当然だけど、こうして実際に目にする影響は大きいわよ。

 

「前クロヴィーラ侯爵の話は聞いた。きみたちが尽力してようやく訪れた天候回復の日に殺害されるとは。主犯であるキンバリーに反撃し倒したと聞いている。勇気ある行動に賞賛を送りたい。またオグバーンが生きているという話もあるそうだな」


 国王の言葉にざわりと空気が揺れた。

 噂では聞いていた人も国王の言葉で聞くと衝撃が大きいのだろう。

知らなかった人たちはもっと大きな驚きを感じて、説明を求めてきょろきょろしている。


「結界強化の場で何かしてくる可能性はあるな」

「そこは大神官様やラングリッジ公爵、ケンジット伯爵と密に連絡を取り対応を協議しております」

「おお、大神官殿。少し見ない間にまた身長が高くなったのではないですか。ますますご立派になられて」


 親戚の叔父さんみたいなことを言い出しているんですけど。

 この国王、ずっと領地で魔獣退治ばかりしていたから、こういう場での言動が国王らしくないのよ。 

 私にそう思われるって、よっぽどだからね。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] フレミング公爵は女系家系で娘3人の母ではなかったですか?(いつの間にか養子をもらったとかならすみません) 無礼な甥っ子が登場したことはありましたが。
[気になる点] >「昨日、王宮に放っている妖精に会いに行ったら女公爵のところの次男が話しかけてきてね」 >「アリシアを口説いている男ね」 フレミング女公爵は女系で、子供は3人全員が娘だったはずです。…
[一言] 公爵次男と取り巻きは自力で近郊の都市にすら辿り着けなそう 食料求めて街道近くの森に入ってそのまま野生化するに違いない
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