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敵が勝手に自滅していくんだけど?   3

 神獣の巫子の父親がキンバリー伯爵に殺害された。彼に指示を出したのは処刑されたはずのオグバーンだった。

 という話は、瞬く間に全国に広がった。


 ただ、出所は同じでも、伝わるうちにだいぶ話の印象は変わるものなのよね。

 病気療養していた前侯爵をキンバリーが誘拐しようとしたが、死期を悟っていた前侯爵がキンバリーを返り討ちにして、手下に殺されたという国王や宰相が流した噂は主に貴族に伝わり、庶民には天候回復という記念すべき日に父親を殺され、悲しむ巫子を婚約者が心配しているという話になって伝わっていた。


 いつの間にか私は悲劇のヒロインよ。

 木刀を片手に男をぶっ飛ばして歩く乱暴者の御令嬢のイメージは、あっという間に消えてしまった。

 健康回復して見た目がよくなったのも大きいみたい。

 ひさしぶりに王宮に顔を出した巫子は、別人のように美しくなったという噂が少し前に流れたせいで、噂が合体して美しい悲劇のヒロインが出来上がったのかも。


 実際に会ったらがっかりするだろうけど、会う機会がない人がほとんどだし、おかげで反国王派は悪人扱いになり、すっかり息を潜めている。

 うちの領地の天候をどうにかしてくれって話も、いっさい聞こえなくなったわよ。


「結界強化をする人たちを激励する式典を開いてはどうかって話が出ているわよ。巫子や聖女を見てみたいって人たちが騒いでいるみたい」

「サラスティアって、そういう話をいち早く聞いてくるわね」


 バイエンスにもらった屋敷の庭に広いウッドデッキを作ってもらって、一部はガゼボに、他は床にマットを敷いて、神獣が遊びに来た時に日光浴できるようにした。

 昔と同じ気候にきちんと戻っているか確認するために、ここ何日か神獣は全国を見て回っているので今日もここには来ないけど、代わりにサラスティアが大きなパラソルの下に足を投げ出して座って、冷たいジュースを片手に放牧された馬を眺めている。

 足首までドレスで隠れているけど、イメージとしては避暑地にバカンスに来ているお金持ちのマダムだ。


「ガゼボのほうが日光を遮れるわよ」

「クッションに寄りかかって寝転がって、眩しい太陽を見上げるのがいいんじゃない」

「海に行けば?」

「来年ね。今年はまだ水害の復興が終わっていないでしょ。あの辺りは夏は暑いでしょ。ずっと天候が悪くて夏でも涼しかったから、暑さにやられる人がたくさん出るんじゃない?」


 晴れたらそれはそれで問題が出るのね。

 さすがにそこまでは面倒を見切れないから、各自で頑張ってほしいわ。


「今日はクレイグは来ないの?」


 三日前に植栽したばかりの木の陰に佇むエリンのほうを見ながらサラスティアが聞いた。

 制服が暑そうだなあ。

 夏用の服を作らないといけないわね。

 ガゼボの中にはいれって何度も言っているのに、警護中ですからと半ば姿を隠して立っている。

 誰か襲って来ても、エリンが飛び出してくるより私とサラスティアで倒すほうが早いと思うんだけどな。


「騎士団で警備強化の打ち合わせをしているの。今はサラスティアがいるから安全でしょ?」

「オグバーンが生きていると知って不安なんでしょ」


 それもあるし、美しい悲劇のヒロインという背中が寒くなるワードに反応して、男が興味を持って近付いてくるんじゃないかってピリピリしているのよ。

 多少見た目がよくなっても、中身は変わっていないどころか前より攻撃力がアップしているのに。


 ちなみに今日の私は巫子用のローブじゃなくて、ライラック色の涼しいドレス姿よ。

 もちろんコルセットなんてつけていない。

 あんなものを昼間からつけていたら、あせもが出来ちゃうわ。

 なんと言っても動きやすい。これが一番重要。


「五日後に結界強化をするんですって?」

「そうね」

「急ね」


 そんなことないわよ。

 天候が回復する何か月も前から準備をしてきたんだから、私にとってはやっとよ。


「こんなに早く、女神の依頼を全て終わらせるとは思わなかったわ。何年もかかると思っていたのに」

「何年もかけていたら、それだけ犠牲者が増えるでしょ? それにそんなに長く結界は待ってくれないんじゃない?」

「そうね。でも私たちは、誰が来てもどうせ無理だと思っていたの。まさか巫子が木刀を振り回して、王族を処刑に追い込むなんて想像もしていなかったんですもの」


 懐かしそうに思い出に浸るのは早すぎるわよ。

 五年くらいたってからにしてちょうだい。

 まだ現在進行形で戦いは続いているんだから。


「あら? フルンが来るわ」

「え?」


 フルンは神獣と一緒にいるんじゃなかった? と、サラスティアと話す余裕もなかった。

 すぐ近くにフルンとクレイグ。そしてラングリッジ騎士団の精鋭三人が姿を現したからだ。


「マクルーハンが自分の領地に帰ってきた。今、屋敷の門の前にいる」

「は?」


 のこのこと自分の領地に?

 歓迎されるとでも思っているの?


「どうする?」

「もちろん行くに決まっているでしょう」


 クレイグに聞かれて即答した。

 オグバーンの情報を得られるかもしれない。


「私はアリシアを連れてから行くわ。回復が必要かもしれないでしょ?」


 サラスティアの言葉に頷いてから、私はクレイグに向き直った。


「いちおう強化魔法をかけておきましょう」

「そうだな」


 ラングリッジ騎士団のメンバーは全員、すでに私やアリシアのバフを受けて戦う訓練を積んできて、いつでも実践できる状態になっている。

 特にここにいるメンバーは、人の名前を覚えるのが苦手な私ですら、名前だけじゃなくだいたいの性格まで把握している騎士たちだ。


「これでいいわ。フルンお願い」


 晴天のバイエンスからまだ曇り空の続く地域に急に移動すると、気温の変化が大きい。

 半袖のドレスを着ていたので、思わず身震いした。


「大丈夫か」

「ええ」


 こんなことでクレイグに心配されては、騎士たちにか弱いと思われちゃうかもしれないでしょう。

 こういう時は守るべき婚約者じゃなくて、仲間のひとりとして扱ってくれなくちゃ駄目よ。

 フルンはマクルーハンの屋敷のすぐ目の前の道に転移してくれたので、人だかりの出来ている門のほうに駆けだした。


「門を開けろ! マクルーハン侯爵閣下の御帰還だぞ!」

「侯爵は王宮より犯罪者として指名手配されていますので、お通しするわけにはまいりません」

「ふざけるな! 私が犯罪者だと!」


 マクルーハンは犯罪者として追われている自覚がないの?

 堂々と馬車に乗り騎士に守られながら帰ってきたんでしょ?

 そうじゃなかったらこんなにたくさんの領民が集まるわけがない。


「ちょっと通して」

「どいてくれ」


 人だかりが邪魔で傍に近付くためには人をかき分けなくてはいけないけど、マクルーハンの怒鳴り声だけは転移してすぐから聞こえてきていた。

 そんなに興奮したら頭の血管が切れそうよ。

 孫の前王太子が私より年上だったんだから、マクルーハンってけっこうな年のはずでしょ。


「あんたのせいでここだけ晴れないじゃないか!」

「巫子に謝罪しろ!」

「このままじゃ、みんな飢え死にしてしまう!」


 マクルーハンは側近らしき男と三人の騎士を連れていた。

 彼らから二メートルほど距離を取りぐるりと領民が取り囲んでいるので、門の中に入るか領民をどかさないと身動きできない状況だ。


「黙れ! 無礼者が!」

「平民風情が我々に逆らう気か!」


 騎士たちも真っ赤な顔で怒鳴り散らし、とうとう騎士のひとりが剣を抜いたので、群がっていたやじ馬たちがいっせいに逃げ出した。


「……」

「……」

 

 目の前の障害物が一気にいなくなったので、私たちとマクルーハン御一行を遮る者は何もなくなった。

 私は彼らの真正面に自分が先頭で立っている状況に、この後どうしようかと少し迷い、こちらを見ていた騎士は、領民のいなくなった場所にたぶん会いたくなかった顔が並んでいることに戸惑い、ほんのわずかの間見つめ合ってしまった。


 クレイグが一歩前に出たので、騎士ははっとしてマクルーハンに声をかけ、私はクレイグの陰にならないように横に移動して、そこにはフルンがいることに気付いて、ふたりを押して自分のスペースを確保した。

 大丈夫だから、私の前にふたりして出ようとしないで。

 あなたたちを盾になんかしないわよ。


 私がクレイグとフルンを押しのけている間に、マクルーハンははっとした顔で振り返り、苦々しげにクレイグを睨み、フルンからは目をそらし、そして私に視線を向けた。

 服装と髪型、多少は顔にも面影があるから、神獣の巫子だとすぐにわかったようだ。


「きさま」


 歯を食いしばりながら声を絞り出したマクルーハンを、私は目を細めて笑みを浮かべて見降ろした。


「おかしいわね。国王と同格の私に対して、侯爵のあなたがきさま呼ばわりはどうなの?」

「ふざけるな! 皆も聞け! この地だけ晴れないようにしたのはこの女だ! すべてこの女のせいだ!」


 よほど興奮しているのか、唾を飛ばして叫んでいる。

 門の向こう側には、この期に及んでまだ情けない姿をさらしている当主を、迷惑そうに眺めているマクルーハン一族の姿があった。


 領地に帰らない父親の代わりに、天候が悪い中も領民が飢えないように二次産業を発展させようと、織物や染物産業に力を入れてきた息子家族も、父親のせいで侯爵家が取り潰しになれば領地を没収されてしまう。

 すでに多くの人がこの地を去り他所に移り住んでいる中で、生まれ育った土地を守りたいと思っている人たちはどうなるんだろう。


「私にそんな権限があるわけないでしょう。天候をどうするかはすべて神獣様がお決めになっています」

「おまえが神獣にたのんだんだろう!」

「様をつけろ」


 フルンはいつでもマイペースよね。


「前王妃が隠していた証拠が出てきて、指名手配されたことは知っているのよね?」

「あれもきさまの仕業」

「ああ、そういうのはもういいから。いくら喚いてもあなたは犯罪者だってことに変わりはないの。時間の無駄だから少し黙ってて」

「……おまえたち、この娘を殺せ」

「ほお」


 命じられた騎士より、クレイグが剣を抜くほうが早かった。

 すぐにこちらの騎士たちが彼らを囲んで戦闘態勢に入る。

 こっちには眷属がいて人数も多いのに、私を殺せと言い出すなんて耄碌しているとしか思えない。

 騎士はどうしていいかわからずに動けなくなっている。

 クレイグの殺気を浴びて、さすがにまずいと思ったのかマクルーハンは苦々しげに口を閉じた。


「私はあなたを捕まえに来たわけじゃないのよ。聞きたいことがあったの」

「……」

「こんなやつを相手にしても仕方あるまい。このまま王宮に連れて行くか? それともここで殺すか?」


 掌に魔力を集めながらフルンがいつもの無表情で言うと、マクルーハンは顔色を変えて両手を前に突き出して叫んだ。


「待て。待ってください。質問に答えます」


 フルンが眷属だって知っているのに、ここまでされないと自分の立場を理解できないなんて、だいぶお茶の影響が出ているんじゃない?


「なんで家族を殺そうとしたの?」

「は? 何を言っている」


 マクルーハンの答えに門の向こう側でざわめきが起こった。

 そうか。彼は知らないのか。


「お茶を家族に送ったわよね?」

「あれは隣国の高級な茶葉だ。キンバリーが譲って……くれて……」


 マクルーハンも周りの者達も、どうやら状況が理解出来てきたらしい。

 騎士のひとりが真っ青な顔で胸を押さえた。


「毒……だったんですか?」

「あなたたちも飲んだの?」


 オグバーンはやることが徹底しているわね。

 もしかするとキンバリーさえ、お茶が本当はどういう物なのか知らないで飲んでいたかもしれない。


「あのお茶は結界のすぐそばで栽培された物なの。だから闇属性の魔力を大量に含んでいるのよ」

「は、何を言っているんだ。私たちはなんともないぞ」


 冷や汗をかきながらマクルーハンは自分の体を掌で軽く叩いて確認してから、騎士たちを見た。

騎士たちも自分や互いの体を見ながら、横に首を振り合っている。


「動揺させようとしても無駄だ。結界近くで栽培なんて出来るわけがない!」

「遅くなったわね。怪我人はいない?」

「でもお茶の中毒は治せませんよー」


 そこに空気を全く読まない気の抜けたサラスティアとアリシアの声が聞こえて、先に一番若い騎士がパニックに陥った。


「中毒!? おかしいと思ったんだ。お茶を飲みたくて我慢できなくなって、容器に入れて持ち歩いて」


 なかなか取り外せずに大きな音をたてながらベルトから水筒を外し、地面に投げ捨てる。


「無性に喉が渇くし、いらいらするんだ。時々ぼうっとしているときがあって、気が付くと何時間も経っている。俺はどうなるんだ」

「それは……俺も……」


 薬物中毒と同じようなものなのかな。

 まだお茶の存在を知ったばかりなので、わからないことが多いのよね。


「聖女ならなんとかしてくれ」

「魔力吸収をすればいいじゃないか。魔力吸収をしてくれよ!」


 私やアリシアに駆け寄ろうとした騎士たちは、サラスティアが地面に向けて魔法を放ったのではっとして足を止めた。


「中毒は治せないって言ったでしょ。それにあなたたちが今までしたことを考えなさいよ。いまだにレティにそんな失礼な態度を取るなんて図々しいのよ」

「騎士なら潔く死ね」


 フルン、もう少し言い方ってものがあるでしょう。


「待ってください。中毒について調べたいと言っていましたから、生かしておいてイライアスにあげましょう。ああ、マクルーハンは歳をとりすぎているのでいらないそうだ」


 クレイグまでなんちゅーことを言い出すのよ。

 なんでみんなして喧嘩腰になっているの?

 闇属性を大量に摂取しているのなら、魔獣化する危険もあるって聞いたわよ。


「どいつもこいつも……馬鹿にしおって……」


 ほらー!!

 怒りに染まったマクルーハンの顔が、赤から土気色に変わり始めたじゃない。





そろそろ終盤です。

完結までもう少しお付き合いください。

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[一言] マクルーハン… ヤバい茶ばら撒く目的が見えない恐ろしい敵と思ってたら まさかの只々頭がアレな老害だった(残念なものを見る目
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