表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/104

敵が勝手に自滅していくんだけど?   2

 私が食事をしないで帰ってきた時のために、クレイグはあまり夕飯を食べないで待っていてくれた。

 そういうところ、すごく気が利いて優しいよねって私が喜んでいる周りで、使用人たちが驚いているのは、今まで女性と交際していなかったから、そういうタイプだとは思われていなかったからだろうな。


 慌ただしかったせいで、私もあまり食べていないからちょうどいい。

 いったん食事を始めたんだけど、せっかくだから星を見られる場所で食事をしようとクレイグが言い出して、ふたりでソファーを窓際に運んだ。


 公爵と婚約者が、せーのって掛け声と共に大きなソファーを蟹歩きで移動させるなんて、普通はしないわよね。

 でも使用人たちはさげてしまったので、人を呼ぶより、自分たちで運んじゃったほうが早いんだもの。


「クレイグ、小皿に料理を盛り付けるから、サイドテーブルを向こうに置いて。これは食べる?」

「全部ひととおり食べる。酒はどうする?」

「飲む!」


 この国では十五歳からお酒が飲めるので、ひと月くらい前に試しに飲んでみたの。

 この体もお酒が強いとわかった時は、心の中でガッツポーズを取ったわよ。


「魔道士は酒が強いやつが多いと聞く。アルコールはすぐにエネルギーになるので、魔力に変換されるんだそうだ」

「そんな話、初めて聞いたわよ」

「酒が飲みたいやつのいいわけなんだろうけど、ポーションがない時は酒を飲めば回復量があがるって言うやつもいるんだよ」


 ないない。

 そんなことで魔力を早く回復出来るなら、私が魔力を渡したときに気持ち悪くなってしまう人が続出するはずないでしょう。

 無属性でも私が渡すのは魔力なのよ。アルコールよりは変換しやすいはずよ。


「酒が強い俺は気持ち悪くならなかった。イライアスは下戸で大神官はあまり飲めない。聖女は魔力をもらうのも平気になるのが早いし、酒もだんだん飲めるようになってきた。関連性はあるかもしれないぞ」

「アリシアに酒を飲ませているのは誰よ。そんなことは教えなくていいの」


 窓の外に広がる星空の明るさのおかげで、いつもより部屋の中が明るく感じる。

 婚約者とふたりでお酒を飲みながら夜空を眺めているのに、会話は全く色っぽくならないわね。


「で、話は戻るがオグバーンだよ。周り中レティシアを迫害するやつらの中で、自分だけが味方だと思わせて言いなりにさせようという考えは、胸糞悪いがまあわかる。国王やマクルーハンに美味いことを言って手玉に取った手腕も見事だと言ってやろう。だがそれ以降のあいつの行動は全く理解できない」


 サイコパス変態野郎の思考なんて理解できなくて当たり前よ。

 あいつの思考は、前の世界にもいた通り魔や無差別殺人犯と同じなんだから。


「オグバーンは、今の私のいる場所を目指していたのよ。神獣様の力を取り戻したおかげで神獣様や眷属から特別扱いされている。王族にも信頼され、公爵たちも私が国王と同格だと認めている。大神官や聖女とも仲が良くて、女神から贈り物までされている」


 こうやって改めて並べてみると、さすがに恵まれすぎよね。

 その分動き回ったし、無茶もしてきたんだけどさ。

 そしてこれからも、無茶するんだけど。


「あの男にそんな度量はない」

「本人は、自分は有能だと思っているの。特別扱いされるべきは自分なのに、そうしない世界が間違っているって考えているの」

「ああ……貴族にはそういう考えのやつが一定数いるな。自分は特別な存在なんだという考えは地位が高いやつに多い。前の王太子とかな」


 実際に王族や高位貴族は特別な存在ではあるのよね。


「その分、責務が伴う。領地や国をよりよくしていくのが我々の務めだ。きみだって巫子の務めを果たしているだろう? オグバーンに出来るとは思えない」

「それが理解できるなら、最初から神獣様を裏切るようなことはしないわよ」


 少しずつお酒を飲んで、美味しいつまみを食べて、話の内容はともかくとして気持ちよく会話を続けていると、クレイグがさりげなく左手で私の髪を弄び始めた。

 指に絡ませたり、梳いてみたり。

 嫌ではないけど、一度気になると話をしていても気が散るのよ。


「そこまではいいとして、じゃあ、仲間に闇属性のお茶を飲ませたのはなぜだ? 使えないやつらを始末しているのか?」


 クレイグの手から髪を救出して、チーズにフォークを刺そうとしたところで肩に腕が置かれて引き寄せられた。


「ちょっと。この体勢じゃ食事しにくいじゃない」

「じゃあ髪に触るくらいはいいだろう」


 こんな話題の最中にいちゃつこうとしないでよ。

 

「いちゃついてない。これは普段のスキンシップだ」

「私はチーズが食べたいの!」


 手をはたき落として身を起こし、チーズを口に入れてから隣を見たら、クレイグは情けない顔で私を見ていた、

 

「しょうがないわね」


 はたき落とされたままソファーの座面に置かれていた手を握る。

 そんなことで嬉しそうな顔をされるのなら、しばらく手を貸してあげよう。

 左手で食事するくらい楽勝よ。


「なんの話だっけ。ああ、なんで仲間にお茶を飲ませたかよね。さすがにオグバーンも、もうここから逆転できるとは考えていないでしょう。計画通りに進まなかったのは周りにいる無能なやつらのせい。自分は優秀なのに無能なやつらしか集まらないのは、私とラングリッジのせい」

「はあ!?」

「あくまで想像よ。でも彼が悪いのは自分ではなく、自分を認めないこの世界だと考えているのは間違いないと思う。だから使えないやつらも、邪魔をしたやつらも壊してしまえばいい。自分を認めないこの国も滅びればいい。自分ももう死ぬしかないけど、自分では死ねないしひとりでは死にたくないから、大勢巻き込んで派手に死んでやろう……とか?」

「最悪だな」


 推理小説や洋画でその手の話はいくつも観たことがあるし、日本にも異常者の殺人事件は何件もあった。

 まったく関係ない人達を無差別に殺して、死刑になりたかったってほざくやつとかね。


「その想像が正しいのなら、結界強化の場に必ず現れて妨害するだろうな」

「でしょうね。結界を破壊して闇属性を溢れさせて、この世界と心中しようとするんじゃない?」

「なんてことだ!」


 え? クレイグまで頭を抱えるの?

 初めから魔獣の妨害を受けるとか、結界の向こうから外に出ようとするやつがいるなんて考えていたのは、本当に私だけなのね。

 私としては想定通りというか、オグバーンをやっつけられるぞって喜んでいるのに。


「大丈夫よ。そのための準備はちゃんと進めているんだから。アリシアには悪いけど、魔法をエンドレスで使えるように私から魔力を受け取ることに馴れてもらうわ。これはもう絶対に必要。それが出来れば問題ないわよ」


 もちろん私も訓練を積んでもっと強くなる。

 なんなら直接闇属性の魔力を空中から吸収して、それを無属性に変換して、みんなに分けられるように訓練するわ。

 出来るかどうかはわからないけど。


 ぎりぎりの戦いの中で成長するとか、何度もピンチに陥りながら逆転するとか、そういうのはいっさいいらない。

 戦闘が長引けば、犠牲者が出る確率が上がってしまう。

 最速で、全力で、オグバーンを叩き潰して結界強化を終わらせるわよ。






 翌日も快晴。

 無事に朝日が昇ったのを見て、本当に天候が戻ったのだと実感した人たちが、早朝から抱き合って喜んだらしいけど、私は朝日はそのうち拝むことにしてゆっくり起きて、昼頃にバイエンスに到着した。


 もうね、最高。

 遠くに白い雲が浮かぶ眩しい空と遥か遠くまで続く草原。雑草と苔だとしてもよ。

 牧場を区切っている白い柵だって光り輝いて見える。


 そこを馬が気持ちよさそうに歩いたり、駆けまわったり。

 犬や妖精まで駆けまわっている。

 これよ、これ。こういうのどかな光景を見たかったのよ。


 草原に大きな木のテーブルを置いて白いテーブルクロスをかけ、この国では手に入らない食材が使われた料理がずらりとテーブルに並べられた。

 それもそのはず。

 テーブルには国王と宰相、ハクスリー公爵という王宮にいるはずのこの国の首脳陣が並び、景色を楽しみながら食事をしているのだから。

 この三人、仕事柄一緒にいることが多いから三人衆と呼ぼう。 


「各国が大量の物資を祝い品として送ってくれたんだ」


 聖女や巫子という存在は他所の国にはいなくて、今までは本当に役に立つのか? と疑いながら様子を見ていた周辺諸国が、指定した日時にきっかりと天候が回復したのを見て、これは本物だと実感したみたい。

 そうなると特に、国境紛争の時に大暴れした巫子を怒らせたらやばい。

 あの女はよりによってラングリッジ公爵と婚約したので、更にやばい……って、ことで大量物資の中には私個人に贈られた物もあるから、気にしないでくれって言われた。


 とても食べきれる量じゃないから、街の広場で配ってもらうことにしたわよ。

 料理人を雇って、料理した食べ物も配ることにしたから、広場は大賑わいだって。


「すべて神獣様と眷属、そして巫子殿のおかげだ」


 ハクスリー公爵ってば、呼び方が巫子殿に変わっている。

 三人衆は今まで苦労してきた人たちだから、青空の下で食事が出来るというのが感涙ものなんだろうな。

 でも、バイエンスでやらなくてもいいんじゃない?

 王宮にも庭はあるでしょう。


「いやいや、お祝いだと言って諸外国から来ている外交官の相手は、今はしたくないじゃないか。それで神獣様と巫子と聖女に国王として改めて感謝を伝えるために、今日は一日忙しいので明日以降にしてくれと話してあるんだ」

「私もです。オグバーンの話も詳しくお聞きしたいですしね」


 前に会った時は疲れて倒れそうな顔をしていた宰相も、今日は晴れやかな様子で肉に齧り付いている。

 陛下もハクスリー公爵も、大神官まで、私が到着した時には神妙な顔でカルヴィンにお悔やみの言葉と力付ける言葉を話しているところだった。

 私にも、気を落とさないようにと言ってくれたんだけどね、


「え? 私と前侯爵の関係をここにいる方にはお話してありますよね。あんな男は父親だと思っていないので、まったく悲しんでいないので大丈夫です」


 って言ったら、余計に何を言えばいいのかわからなくなってしまったみたい。

 父親の立場である人たちに、娘がこんなふうに言うのは衝撃なのかも。


「昨日、レティが話していたんですが」


 あまりに場の空気が重くなったのでまずいと思ったのか、カルヴィンが慌てて口を開いた。


 「父はオグバーンの思惑を潰すために、殺されると承知でキンバリーを殺したんじゃないでしょうか。それか死に場所を探していたのか。どちらにしても私は父の最期は見事だったと思います」


 陛下たちにとっても、この考えは世間に広めるのに都合がいいんじゃない?

 せっかくのお祝いムードの中で、神獣の巫子の父親が殺されたっていうだけじゃ、国民に不安を与えるでしょ?

 でもオグバーンに対抗するために戦って殺されたって話なら、不安よりオグバーンへの怒りのほうが強くなるかもしれない。


「そうか。彼のおかげでいろいろな情報が得られたのだ。彼の死を無駄にしないようにしなくてはな」


 ハクスリー公爵が言うと、その場にいた私以外の人が全員頷いた。

 いいのよ? 好きに脚色して。

 でもあまりあの男を持ち上げないでもらいたい。

 

 おかげで今回の事件の扱い方が決まって、その場にいた人たちも私やカルヴィンに遠慮することなく食事を楽しめるようになったのはよかった。

 

「では私からひとつお願いをしてもいいですか?」


 片手をあげて言った途端に、三人衆が動きを止めてフォークも置いて、ピシッと姿勢を正すのはなんなんですかね。

 クレイグとカルヴィンも、彼らが食べるのをやめたから口に入れようとした食べ物を皿に戻しているじゃない。


「……なにかな?」

「オグバーンの対応の仕方についてのお願いです」

「おお」


 急に肩の力が抜けたということは、私が何か突拍子もないことを言い出すと警戒していたんだな。

 失礼ね。

 今までだって役にたつことしか言ってないでしょ。


「結界強化中に現れても無視してください。脅迫状が来ても無視でけっこうです。経緯だけは教えてほしいですけど」

「無視?」

「相手にすると喜ぶので、放置します。神獣様も眷属もオグバーンだけは許せないそうなので、ここは彼らに譲りましょう。オグバーンは神獣様の獲物です」

「……獲物」


 宰相がぼそっと呟いたのを聞いて、クレイグが口元を押さえて笑い出した。


「マクルーハンが出没した時には、私に知らせてください。あれは私が対処します」


 オグバーンに手を出せないのなら、前王妃が私にどんな態度だったか知っていて放置したマクルーハンは私がもらう。

 前王太子を好きにさせていたのも彼だ。


「健康になって美しくなったが、危険性もアップしたような……」


 ハクスリー公爵、聞こえていますよ。


「あ、今ふと思ったんですけど、あのお茶って本当は私に飲ませるために栽培したのかもしれないですね」


 思いついたまま軽い気持ちで言ったら、その場にいた全員の顔が凍り付いた。


「あの男は……」

「クレイグ、神獣様の獲物だ」

「くそっ」


 国王相手にくそは駄目よ。


 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 食事もレティに合わせて待っててくれるクレイグ 君、彼氏の趣味に合わせる彼女ならぬ彼女に合わせる彼氏タイプじゃったか… 共に武器を取り、共に殲滅し、共に晩酌、共に…あれっ、これ本格的に結婚後部…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ