青空の下で 3
「妹と婚約者が襲われたんです。何もしないで座っているだけのやつらなんて気にしていられませんよ」
「クレイグ、言葉が過ぎるぞ」
陛下だって気持ちは同じだろうけど、立場があるから堪えてるってクレイグだってわかっているはずだ。
だからぐっと奥歯を噛みしめて口を閉じ、険しい表情で床にうずくまる伯爵と子爵を睨んだ。
「あなたたち、デリラを誘拐してどうする気だったの?」
私は国王と同格なんだし、質問をするくらいなら許されるでしょ?
木刀の先で肩をつんつんしながら聞いたら、伯爵は子爵に縋り付きながら私を見上げた。
「おまえ……巫子なのか?」
「そうよ」
この伯爵、私が誰かわからないの?
クレイグが真っ先に話しかけた木刀を持つ女が、私以外にいたらびっくりよ。
「さっさと質問に答えて」
「我々の領地の天候回復を要求するに決まっているじゃないか。おまえのせいで我々の領地は悪天候のままにされるんだ」
「私のせい?」
にっこり笑顔で首を傾げたら、今までだったら顔を背けていたくせに呆けた顔で見てくるのをやめてよ。
顔がいいとこんなに周りの態度が違うものなの?
「あなたたちが馬鹿なことを言ったりしたりしなかったら、そんなことにはならなかったわよね?」
「それは私たちにも落ち度が……」
「あなたたちにしか落ち度はないわ。そのうえ自分の行いを悔やんで誠心誠意謝罪するというのならともかく、王女をさらって脅して要求を通すなんて、それで本当に領地の天候が回復できると思っているの?」
「わ、悪かったと思っている」
「今更詫びても遅いわ!」
あ、クレイグが蹴った。
とはいってもたいして強くは蹴っていないのよ。軽く小突いた程度よ。
それなのに伯爵と子爵はが床に転がって泣き出した。
……この人たち、四十過ぎの妻も子供もいる大人なのよね?
マクルーハンに弱みを握られてしかたなかったとでも言うのなら、まだ理解できた。
そうじゃなかったとしても、そのくらいの嘘をつく頭を持っていないの?
よくそれで貴族社会で生きてきたわね。
コバンザメのようにマクルーハンにくっついて、それで生き抜いてきたってこと?
「おまえたち、少しはおとなしくしていられないのか」
ほらー、クレイグのせいで私まで陛下に叱られちゃったじゃない。
「ふたりともそこに座りなさい」
アニタ様にも言われてしまったので、私とクレイグはおとなしくソファーに並んで腰を下ろした。
サラスティアは大神官を呼びに行って、そのまま怪我人の様子を見ているはずだけど、アシュリーはどこに行ったんだろう。
陛下と大臣たち、そしてハクスリー公爵の話し合いが続いているので、少し暇になってきた。
このまま伯爵と子爵を床に座らせたままでいいの?
兵士が周りで見張っているとはいえ、さっきからふたり揃って胸に手を当てたり、やたら咳き込んだりし始めているのよ。
「いったいどうしたんだ」
兵士のひとりが伯爵の顔を覗き込んで、慌てた様子でこちらを見た。
「呼吸がおかしいようで、顔が真っ青です」
兵士の言葉を聞いて、私より早くクレイグとイライアスが行動を起こした。
ドレスって本当に動きにくい。
「お、お茶を……薬茶を……」
「は、はやく……」
薬茶?
ふたりとも病気か何か?
「陛下! ふたりのようすがおかしいです」
こういうときこそ、よく通る高い声を活用しなくちゃね。
話し合いをしていた人たちが、はっとした様子でいっせいに振り返った。
ふたり揃って様子がおかしいって、どういうことなんだろう?
口を開けて、焦点のあっていない目を宙に向け、ときおり呼吸が上手く出来なくなるのか喉の奥からざらついた音を出している。
毒でも飲んだ? それとも。
「クレイグの蹴りが強すぎた?」
「ひとりしか蹴っていないだろう。至急、医師か神官を呼んで来てくれ」
「はっ」
「待てクレイグ」
兵士に指示を出したクレイグを止めて、イライアスは魔道具を伯爵の腕に押し当てた。
「瞳だけが魔素病に罹り魔獣化している患者と同じになっている」
「魔素病!?」
「いや、闇属性の魔力の影響を受けているのは間違いないんだが……魔素病の症状ではないな」
「どうしてこいつらが? 結界近くにいたことがあるということか?」
クレイグの問いにイライアスは首を横に振った。
「そうじゃない。何日か結界近くにいてもこんなに影響を受けないだろう?」
「……たしかに」
クレイグは頷き、ざわつく周囲の人間を見回した。
特におかしな様子の者は他にはいない。
誰かが口を封じるために何かした可能性はまずないはずよ。
「闇属性の影響なら、痣がでるはずだ」
クレイグの指示で警備兵が腕や首を調べてみても、何も変化はなかった。
「お茶のせいじゃない? ふたりとも薬茶を持って来てくれって言っていたじゃない」
闇属性の魔力が蓄積されるお茶の存在なんて初めて聞いたけど。
「至急調査が必要だ。宰相、彼らの家宅捜査の手配を」
「承知しました」
「彼らは神官たちに任せよう。聖女がいる時でよかった。大神官も眷属が連れていてくださっているはずだから、意見を聞こう」
アリシア大活躍ね。
陛下やハクスリー公爵が指示を出す声を聞きながら、私はすっかり冷めてしまったお茶をごくごくと飲み干した。
いろんなことが一度に起こりすぎよ。
闇属性が蓄積するお茶なんて、誰が彼らに渡したんだろう。
マクルーハン?
そんな物を飲むってことは、よほど美味しいか飲むとプラスになることがあるかよね。
でも実は体をむしばんでいくって、まるでドラッグじゃない。
「陛下、デリラはラングリッジ公爵領に連れて帰ります。こんな状況では王宮に置いておけません」
私と同じようなことを考えていたのか、クレイグが不意に勢い良く立ち上がったなと思ったら、陛下や大臣たちの傍まで歩み寄り、強い口調で言いだした。
「お兄様、それは駄目よ」
慌ててデリラも立ち上がってクレイグに駆け寄る。
ハンカチを震える手で握りしめ、ぐったりとソファーに座っているアニタ様が気の毒でしかたない。
クレイグの気持ちはよくわかる。アニタ様だって同じだろう。
そんな危険なドラッグもどきが王宮で流行したら、本当にこの国は終わるわよ。
もうこれは天候回復や反国王派なんて問題じゃない。
この国を崩壊させようとしている人がいるのよ。
「何が駄目なんだ」
「王宮にはディーンもいるの。彼を置いてはいけないわ」
「ならば、ディーンも連れて行けばいい」
「でも……お父様やお母様も心配よ。私だけ安全な場所に逃げるなんて出来ないわ」
泣きそうな顔でクレイグに反論するデリラに、私は少しだけ苛立ちを感じていた。
もうそんな甘いことを言っていられる状況じゃないんだ。
王宮内はもう崩壊寸前なのよ。
こんな状況にした前の王族はもうこの世にいないし、マクルーハンはさっさと逃げ出した。
一番の貧乏くじを引いたのは、ラングリッジの人達だ。
「いや、クレイグの言う通りデリラとディーンには安全な場所に避難してもらうことにする」
「お父様!」
「これは大臣や宰相と話し合って決めたことだ。ただし避難先はラングリッジではない。まだ王宮内にマクルーハンの配下がいる危険があるため、いつからどこに避難するのかは公にはしない。フルン様、避難場所が決定した時には転移で連れて行っていただけないでしょうか」
「わかった」
「ありがとうございます」
簡潔なフルンの返事に、国王だけでなく大臣たちも深く頭を下げた。
「騎士や兵士の数が足りていない今、おまえたちが避難すればその分の警護を他に回せる。それにディーンは何があっても守らなくてはならない。デリラ、おまえには王太子を守る役目があるんだ」
「…………はい」
デリラはずっと、私とアリシアが最前線で働いているのに、自分は何も出来ていないということを気にしていた。
御令嬢が気にすることじゃないと言っても、家族が魔素病になりながらも戦っていた時も何も出来なかったのに、また自分だけ……という思いが消えないようだ。
それに家族思いだしね。
とても仲のいい家族だから、心配するのは仕方ないというのもわかるのよ。
「フルン、ムササビ軍団をまた王宮に配置できない? 国王夫妻や国のために働いている人たちを守ってほしいの」
ずっと壁際で部屋の全体を見回していたフルンに歩み寄り、隣に並んで小さな声で話しかけた。
「国王夫妻はわかるが、他まで守る必要があるのか?」
「警護という名の監視をつけられるわ」
「なるほど。いいだろう。さっきのやつらと同じ茶葉を使用しているやつらを、見つけ出せばいいんだな」
話が早くて助かる。
「でも本当に警護もお願い。この状況で真面目に働いてくれている人たちは、この国の再興に必要な人材なのよ」
「神獣様の力が回復して、妖精たちも全員目覚めた。総動員して警護と監視をさせよう」
どれだけの数がいるんだろう。
妖精が見える人が驚くかもしれないから、ちゃんと陛下に説明しておかなくちゃ。
大神官とアリシアを連れて、その後すぐにサラスティアが戻ってきた。
伯爵も子爵も回復魔法のおかげで体調が戻り、闇属性に汚染されていたと知って進んでマクルーハンの悪事を話し始めたそうだ。
そしてその場での打ち合わせが終わり、王族と私たちとハクスリー公爵、大神官とアリシアだけで場所を移している途中で、いつの間にかアシュリーが合流していた。
「マクルーハンが黒幕だって聞いたから、やつの領地まで行ってきた」
特攻隊長はアシュリーだったのか。
行動力がありすぎよ。
「マクルーハンの息子にいい物をもらって来たよ」
アシュリーがテーブルに置いたのは、豪華な包装をされた茶葉の箱だった。
可愛い瓶の中に茶葉が詰められ、リボンで飾り付けられている。
生産した商会の名前や商品名の書かれた小さな冊子が一緒に梱包されていたけど、
アニタ様もデリラも知らない商会の商品だった。
「何年も帰って来なかったマクルーハンがふらりと現れて、土産だと言って置いていったんだそうだ。だけど彼の王宮での噂は領地にも届いているからね。息子夫婦と親戚が集まりマクルーハンを攻め立てて追い返したんだそうだ」
そりゃねえ。王族と全ての公爵と大神官と神獣を敵に回した男なんて、縁を切りたくもなるわよね。
「マクルーハンに対する信頼なんてとっくになくなっているから、手を付けないでしまっていたんだそうだよ」
「失礼します」
イライアスが瓶のふたを開け、茶葉に魔道具を近づけたら目盛りが一気に振り切れた。
「闇属性の魔力に汚染されています。危険ですから触らないでください」
マクルーハンは自分の家族にこれを飲まそうとしていたの?
さっきの伯爵達のように、脳や呼吸器系に異常が表われるのよ?
「誰かきちんと説明してあげてよ。マクルーハンとは違って息子はまともな人のようだよ。孫は祖父に甘やかされていて、ちょっと困った子だけどまだ修正がきく年じゃないかな」
ただでさえとんでもなく忙しいというのに、こんな大問題をぶち込んでくるなんて、あの爺さんはどこに潜伏しているのよ。
王宮内のことに関してはそれ以上私が関わり合いになる必要がないので、私とクレイグは眷属と一緒にラングリッジに戻った。
闇属性の魔力が絡んでいるために、大神官とアリシアはまだ帰れそうになくて大変そうだ。
屋敷に帰り、着替えようと自分の部屋に向かう私のあとを、クレイグが無言でついてくる。
婚約者だから誰も止めないし、私も彼が部屋に来てもかまわないけど、着替えをする間は席を外してもらうわよ。
「少しいいか?」
扉の前について、クレイグはようやく口を開いた。
怒っているのかな。
フルンと同じようなことを言いたいのかも。
「どうぞ」
それは予想済みというか、むしろあの場で何も言わないからおかしいなとは思ったのよね。
「レティシア」
侍女が開けてくれた扉を通って部屋に入ってすぐ、後ろからクレイグに抱きしめられた。
よく出来た侍女たちはにこにこしながら扉を閉めたけど、誤解よ。これから叱られるのよ。
「無事でよかった」
私の頭に額を当ててほっと息をつく様子からすると、これはアニタ様パターンかもしれない。
「きみが襲われたと聞いて、心臓が破裂しそうになったよ」
「怒らないの? もうあんなことはするなって言わないの?」
「……言いたいよ。何度でも言いたい」
ぐりぐりと額を押し付けると頭頂部が禿げそうだからやめてほしい。
さすがに今はそんなことは言えないけど。
「でも俺もその場にいたら同じように行動した。きみたちが部下だったら、よくやったと褒めただろう。それなのに俺が心配でたまらないからと、きみにあれこれ言うのはしたくない」
「え? なにそれ素敵」
「え?」
私の答えが意外だったのかクレイグの腕が緩んだので、彼の中でくるりと向きを変えて向かい合わせになって抱き着いた。
「いやあ、私ってば男を見る目があるわ。今日の反応の中であなたの反応が一番好き。もちろんもう無茶はしないから安心して。あんなにたくさんの人を心配させるなんて、さすがにまずかったと思っているから」
「好き?」
「うん。だから婚約したんだけどね」
「きみがそういうことをそんなにはっきり言う人だとは思わなかったよ」
「どうして? 言わないと伝わらないじゃない」
私は人間関係を作るのが下手だって自覚があるし、家族や恋人との接し方がよくわからない。
だったら、自分の気持ちをちゃんと伝えて、相手の気持ちも聞いて、憶えていくしかないでしょう。
「気持ちがすれ違うってこわいじゃない」
明日も今日と同じような日々が続いていくとは限らないって、私ほどよく知っている人はなかなかいないのよ。




