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女神に悪役令嬢にされたので代理復讐していたら、公爵家が嫁にしようとしてきます  作者: 風間レイ
悪役令嬢奮闘記

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なぜか過保護な人ばかり集まってきた

 私としては、すぐにふたりの侍女をふんづかまえて、ワゴンに乗っている料理を証拠として、食堂にいる夫妻のもとに突撃する気満々だったのよ。

 レティシアはこんな待遇を受けていたんですよって、文句を言いたいじゃない。

 毒がどうこうなんて話まで出てきたんだから、弱弱しくなんてしていられないよ。

 今なら侯爵にジャーマンスープレックスをかけても許されると思う。

 侯爵も私も死ぬかもしれないけど。


 でも、妖精まで含めたその場の全員の意見は、


「まずは血だらけの服を着替えておとなしくしていなさい」


 で一致していた。

 確かにこんな血だらけのサイズの合っていない服で、しかも裸足で屋敷をうろうろするのはまずいよね。


 ということで私は今、湯浴みを済ませ、髪をセットして薄く化粧もしてもらって、急遽カルヴィンが店に買いに行かせた陽だまりのような色のドレスを身に纏っている。

 こけた頬や骨と皮ばかりの腕はどうしようもなくて、若々しさもないし可愛くもないけど、屋根裏にいた頃の姿とは別人よ。


 掌でそっとドレスを撫でてみる。

 もうね、手触りが最高なの。

 怖くてお値段が聞けないドレスが十着も届けられたのよ。


 私のために用意してくれた部屋もすごかった。

 カルヴィンに部屋の場所を聞いてフルンが転移してくれた先は、TVで紹介されていた西洋の王城のように豪華な廊下の突き当りで、天井が高いせいもあって扉一枚の大きさが、日本の規格サイズの倍以上ありそうな両開きの扉の前だった。


「この先がきみのためのスペースだよ」


 カルヴィンが話す背後で侍従が扉を開けてくれた。

 貴族は扉も自分では開けないの?

 少しは動かないと運動不足になるわよ?

 それに私はてっきり、この向こうに私の部屋があるんだと思ってたのよ。

 でもいざ開けてみたら、扉の向こうにまだ廊下が続いているってどういうこと?


「眷属のおふたりのお部屋もご用意しました。こちらは侍女の控室で、その奥が居間。レティシアの私室は向こうの扉です。まだいくつか部屋に余裕があるので、ご自由にお使いください。タッセル男爵夫人、準備は出来ている?」


 つまりこの扉から先の空間全部が、私のためのものってことらしい。

 扉を開けてすぐのところに侍女の控え室があるから、誰かが扉を開けたら侍女が対応して、私に連絡が来るようになっている。

 そして、私が許可を出した人しかこの先には立ち入れないの。

 まじかー。なにこの好待遇。


 そうして案内された私の部屋がまたすごかった。たぶんサッカーができる。

 これはいったい何畳分あるの? 上がアーチになっている大きな窓が五つはあるわよ。

 家具も見るからに高そうで、歴史のあるホテルのスイートみたいだ。

 バスルームに化粧室、寝室や読書用の部屋まで揃っていた。


 これだけの広さを使うとなると、侍女はサラだけっていうわけにはいかない。

 彼女は眷属だ。ちゃんとした待遇を受けられるようになったのに、いつまでも侍女の仕事をしてもらうのは申し訳ない。


 それで新しい信用出来る侍女を雇うまでは、カルヴィンの乳母で今は筆頭侍女のタッセル男爵夫人と、彼女の娘のヘザーが対応してくれることになった。

 侍女長が一番偉いんじゃなかったよ。

 侍女は侯爵家の人間の傍に仕える高級侍女と、掃除や洗濯などの下働きをする下級侍女に分かれていて、それぞれに侍女長がいて、ふたりの侍女長の上に筆頭侍女であるタッセル男爵夫人がいるんだって。


 つまり、レティシアは侯爵令嬢だというのに、下働き専門の下級侍女がつけられていたってことだよね。

 侍女長を含めて全員平民で魔力だってランクCやDなのに、さんざんレティシアをいじめてくれていたんだ。


「お嬢様!! こ、こんなに……お痩せになって。申し訳ありません。もっと何度もお嬢様はどうなさっているのかを夫妻にお聞きするべきでした」


 カルヴィンから事の経緯を聞いていたタッセル男爵夫人は、私に会うなり泣きそうになりながら深々と頭を下げた。


「特殊な御病気に罹られたので、お嬢様の命を守るためには御家族と離れて領地に帰り、医師の指示の下で育てなくてはいけないと聞いていたのです。まさか屋根裏で……そんな……」


 カルヴィンと同じような説明を聞いていたのか。

 これも小説の設定だとしたら恨むだけ無駄だし、そうじゃないとしても侯爵夫妻にそう説明されてしまったら、彼女の立場では何もできなかっただろう。


 彼女は次男のダニーをカルヴィンと同じ時期に妊娠したので、乳母に選ばれたんだそうだ。

 魔力の弱い息子を遠ざけていた侯爵夫人より、タッセル男爵夫人のほうがカルヴィンにとっては母親のような存在なのかもしれない。

 ダニーは今、カルヴィンの側近兼執事のような立場だ。


「レティ……いえ、覚えていらっしゃらないですよね。レティシア様、ヘザー・タッセルと申します。私もあまり覚えてはいないんですけど……毎日のように一緒に遊んでいた妹のような女の子がいなくなってしまって寂しくて、何日も泣いていたのは覚えています」


 レティシアより一つ年上の彼女も、タッセル男爵夫人の子供だ。

 レティシアの乳母は三歳の時に故郷に帰ってしまったので、六歳の魔力検査で魔力なしという結果が出るまでは、タッセル男爵夫人が乳母代わりになってくれたんだそうだ。

 ヘザーとは仲のいい友達だったと、さっきカルヴィンから聞いた。


 女神のくれた記憶の中に、彼らとの思い出はひとつもない。

 もしかしたらレティシア自身も、つらい毎日の中で忘れてしまった記憶なのかもしれない。


 レティシアは綺麗なドレスを着た私を見てどう思うんだろう。

 似合うって笑うかな。

 自分との境遇の差に愕然とするのかな。


 レティシアの世界は狭くて、そこには彼女に悪意を向ける人しかいなかった。

 でも、一歩外に踏み出しただけで、こんなにも彼女を思ってくれている人たちがいたんだ。

 嫌がらせをしていたのは下級侍女と侍従の一部だけ。

 いちおうレティシアの分の食事も用意はされていたので、誰と誰がレティシアが屋根裏にいたことを知っていたのかは調査中だそうだけど、ほとんどの人は病弱な侯爵令嬢を気の毒だと思っていたんだって。


 それに気づけなかったのは、毎日悪意をぶつけてきた人たちのせいだ。

 追い詰められている時は耐えることに必死で、周りを見回す余裕なんてなくなってしまう。

 私が眷属と協力して動けたのは第三者だからだ。


『意外と真面目ねえ』


 出たな、女神。


『もうあなたがレティシアなの。由紀になったレティシアのことは忘れなさい。彼女に気兼ねして幸せになることを迷っちゃ駄目よ』


 わかっているんだけどね、そんな簡単には割り切れないというかなんというか。


『あなたが別れ際に余計なことを言ったから、レティシアはパソコンに夢中になっちゃっているわよ。このままヒキニートになったらどうするのよ。まあ、車や電車にも興味があるみたいだから大丈夫でしょうけど』


 馴染むのはやっ!

 でも安心した。

 彼女はもう新しい世界で前に進み始めているんだな。


 いいなーー、パソコン。

 私もネットしたいな。


 それにどんなに高価でどんなに綺麗でも、ドレスが珍しくて嬉しかったのは最初の五分だけ。

 スカートをはいたのなんて、高校の制服以来よ。

 いつ何が起こっても大丈夫なように、靴は全力疾走できるものだけを選び、会社へはパンツスーツで出かけ、普段はストレッチ性の高いデニムを愛用していたのに、裾を踏みそうなドレスで生活しろって拷問か何か?


「この色はなかなか似合うわね」

「そうですわね。もう少し顔色がよくなったら青系のお色もお似合いになると思いますわ。髪飾りやアクセサリーも揃える必要がありますから、商人を何人か呼びましょうか」

「そうね。そうしてちょうだい。選ぶときはあなたもいてね。センスがあるから相談したいの」

「もちろんです、サラ様」


 サラとタッセル男爵夫人はいつの間にか意気投合してしまっている。

 

「これからは食事も栄養を考えて、料理人に直接部屋まで運ばせますわ」

「もう少しふっくらしたほうがかわいいと思うけど、最初は病人食よね?」


 私を鏡の前に座らせて両側に立ち、鏡の中の私を見ながら話す必要性を誰か教えて。

 直接私を見て話せばいいでしょう。

 ずっとレティシアの顔を見ていないといけないの?


「ふーん。レティもそういうドレスを着るんだ」

「リム。あまり似合わないわよね。もう少し動きやすい服のほうが……」

「わーい、つるつる、すべすべ」


 なんで砂をかくみたいに、布でシャリシャリ音を立てるのよ。

 爪が引っかかったらまずいってば。


「リム、フルンのところに行ってて!」

「えーー?!」


 ほら、サラに怒られたじゃない。


「失礼します。フルン様がお迎えにいらしています」


 ありがとう、ヘザー。

 ありがとう、フルン。

 私もリムと一緒に廊下に行きたいと思っていたところよ。

 流行りのドレスの話題を聞いているより、執事や侍女長をぶっ飛ばす話のほうが私は好きなんだ。


「見違えた。よく似合っている」

「え?」


 廊下で待っているというフルンのもとに向かった私の姿を見て、フルンが言った言葉に驚いてしまった。

 この無愛想男がこんな誉め言葉を言うとは思わないじゃない。


「綺麗でしょ。頬に赤味を入れただけで、こんなに若々しい雰囲気になるのよ。ジュリアの化粧技術は素晴らしいわ」

「ジュリア?」

「タッセル男爵夫人よ」

「なるほど。これならどこに出しても恥ずかしくない令嬢だな」

「そうなのよ」


 ちょっとちょっと、私を前にしてフルンとサラで何を話しているの?

 どこが若々しいのよ。

 どう見ても今にも死にそうな病人の顔よ?

 今のまま人前に出たら、すぐに医者を呼ばれてしまうわよ。


 でもこの程度で焦っていた私は甘かった。

 フルンが転移してくれて食堂に到着したらすぐ、カルヴィンがそれは嬉しそうに駆け寄ってきたからだ。


「レティシア、素敵だ。さすが僕の妹だ。すごく可愛い」


 ここにも変なやつがいる。

 目がおかしいんじゃない?

 いや、どこかで頭を打ったでしょ。


「魔力を取り戻したらすぐ、食事を徐々に増やして健康な体を作るための計画を医師と相談したいですわ」


 タッセル男爵夫人、あなたは筆頭侍女だから私にだけかかりきりになっていては駄目なんじゃないの?


「頬がふっくらしたら、レティは美人になるわよ」

「サラ様、今でもレティシアは美人ですよ」


 やめろー、やめてくれー。

 あなたたちの背後にずらりと並んでいる人たちの、どんよりとした空気が読めないのか!


 食堂内の空気は非常に重く、執事と侍従が数人、そして侍女長と下級侍女たちが緊張した面持ちで壁際に並んでいる。

 侯爵も夫人も落ち着かない様子で、離れた位置の椅子に座り、ちらちらと私たちの様子を窺っていた。

 さっき屋根裏部屋でも夫人にくっついていた侍女が、今も夫人のすぐ後ろにしっかりといて、私を見て目を見開き、はじかれたように侍女長に視線を向けた。


 駄目だなあ。侍女長がまっすぐに前を向いているのを見習わなくちゃ。

 動揺が顔に出ちゃってるよ。


「そこをどけ。証拠を運んできた。レティの食事だそうだ。これはおまえたちの指示か?」


 フルンは淡々と言いながら、気を失わされているふたりの侍女と、あのひどい料理の載っているワゴンを侯爵夫妻の近くに転移した。


「これはなんなの?」


 ハンカチで口と鼻を押さえ、夫人は慌ててワゴンから離れ、侯爵は立ち上がってワゴンを覗き込み、怒りをあらわに侍女長を睨みつけた。


「私はこのような指示を出した覚えはないぞ。このふたりは、おまえが管理している侍女ではないのか?」

「私は……」

「あなたが何を命じたか証拠があるから、よく考えて発言しなさい」


 今までおとなしい下級侍女を演じてきたサラが、まさか侍女長に対して立場が上の人間のような発言をするとは思わなくて、室内に動揺が広がった。


「おまえは……何を言っているの? このふたりが勝手にやったのよ。前から態度の悪い子たちで私も苦労していたの」

「今までもレティに同じような食事を何度も運んできたでしょう? その時は違う侍女が運んできたわよ」

「何を偉そうに……」

「よく考えて発言しろと注意してあげたのに」


 微笑を浮かべながら告げたサラの髪が、風がないのにふわりと背後に流され、三つ編みが解けて広がった。

 地味な茶髪は光り輝く銀色に変わり、背が伸びてスタイルがよくなり、顔も緩やかに変化して妖艶な美女の姿になった。


「サラスティア様?!」

「眷属の私が嘘を言っていると言いたいのかしら? 私に対するあなたたちの態度、なかったことにはしないわよ」


 やっぱりサラも本当は人形のように整った姿なのね。

 ただ立っているだけなのに、漂うこの色香はなんなのさ。


「わ、私は……」

 

 下級侍女たちの動揺はひどかった。

 今までさんざんサラの前でレティシアに嫌がらせしてきたもんね。

 サラにだってひどい態度を取ってきた。


「ど、どういうこと?」

「なんであの子が、あんな高そうなドレスを?」


 侍女たちがまだ情報を理解できていないってことは、カルヴィンの対応がそれだけ早かったってことだよね。

 屋根裏で起こったことが広まる前に、侍女たちを食堂に集めたってことだもんね。


 この食堂でどのくらい待たされたんだろう。

 私が湯浴みしている間、侯爵夫妻もここから動けなかったんだから、だいぶ不機嫌だったんじゃないの?

 でも出て行こうとしても騎士が扉を塞いでいて、誰も通さなかったはず。


 そう、騎士がいるのよ。

 侯爵家までは騎士団を持つことを許されているんですって。

 揃いの制服を着て腰に剣を帯びた騎士がすべての扉を塞いで立っている姿は、心にやましいことがある人にはかなり怖いんじゃない?


「じゃあ始めましょうか。カーテンを閉じた方が見やすいわね」


 サラの言葉に応えるように、誰も触れていないのに全ての窓のカーテンがいっせいに閉じられた。


「ブーボ、よろしくね」


 ふわりと天井近くまで舞い上がったブーボは、いつの間にか小さな水晶を足でしっかり掴んでいた。

 目が光って、ビームみたいに映像が移されるのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。

 あの水晶が映写機なのかな。


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