青空の下で 2
「襲撃者がすでに侵入し始めていたのに、なぜ俺たちを外に行かせた。まずは自分たちを守るために室内に来てくれと指示するべきだろう」
襲撃者を返り討ちにして、マクルーハン侯爵の犯罪の証拠も手に入れて、すっかり気をよくしていた私たちはフルンに叱られて目を丸くした。
相手は私とアリシアがいることを知らなかったし、デリラを無傷でさらおうとしていた。
だったら不意をつけるので、一網打尽にするために最善の方法を取り結果を出せたと思っていたからだ。
「おまえたちの誰かひとりでも怪我するようなことになったら、どれだけ多くの人間の責任問題になるかわかっているのか。そもそも俺が許さない。神獣様にすぐに知らせて天候回復を中止にしてもらうぞ」
「そんな……」
怪我してもアリシアが治してくれると言う言葉は、ぐっと飲み込んだ。
それはここで言ってはいけないと私にだってわかる。
フルンは私を心配してくれているんだ。
「申し訳ありません。巫子を危険に晒してしまいました」
「俺はレティだけのことを言っているんじゃない。おまえたちにだって何かあったら悲しむ人がいるだろう」
「……はい。すみません」
デリラもフルンに叱られて、小さくなって頭を下げた。
アリシアはフルンが心から心配してくれている気持ちを感じられるからか、ひたすら無言でしゅんと俯いている。
親に叱られた子供のように三人並んで反省するしかない。
「まあ落ち着けって。彼女たちが強いという噂が広まれば、今後襲撃しようなんて言う馬鹿が現れなくなるかもしれないさ。それより国王たちが心配している。移動するよ」
アシュリーが国王に報告してくれたおかげで、すぐに警備兵や近衛が大勢駆けつけて、襲撃者たちは捕縛されて連行された。
天候回復までひと月を切っていたので、王宮に主だった貴族が集まり協議をしていたおかげで、対応が早かったのはありがたかったけど、犯人側はその機会を狙ったのかもしれない。
王宮で白昼堂々王女が襲われるなんて、前代未聞の事態だもんね。
この国の場合前代未聞のことが多すぎて、インパクトが薄い気もしてしまうのが情けない。
どうやら近衛や警備兵に裏切り者がいたのではなく、本来警備につくはずだった者達を襲い、その制服を奪って犯行に及んだようで、怪我人が何人も出ているということで、アリシアは治療のためにアシュリーと転移していった。
「警備の質はどうなっているんだ? 王女たちが無傷で犯人を倒せているというのに、兵士や騎士がやられていては警護にならないだろう!」
「前王族が賄賂や家柄で近衛を選んでいたせいで、使い物にならない騎士が結構いるんだ。それで何人もやめさせたので、今は人手不足なんだよ」
私とデリラがフルンに連れられて転移したのは、普段はサロンに使用されている広い部屋だった。
そこで協議を行っていたようで、国王夫妻や宰相、それに大臣たちが揃っていた。
「デリラ、怪我はないの?」
フルンに叱られたのも堪えたけど、それ以上にデリラに駆け寄ったアニタ様の蒼白な顔と手がかすかに震えているのに気付いた時の申し訳なさと言ったら……。
母親としては娘がさらわれそうになったなんて恐怖以外の何物でもないよね。
「大丈夫よ。レティシアとアリシアが助けてくれたの」
「あなたたちも怪我はないの? 嫁入り前のお嬢さんたちが戦うなんて。この王宮はどうなっているのよ」
私とアリシアの肩を抱きしめてから、アニタ様は陛下たちを睨みつけた。
「自分たちの領地の心配をするのは当然だけど、国の中心である王宮がこんな状況では他国からまた侮られるわ。襲撃者たちは大臣たちが揃っている今日を狙って来たのではない? これだけの顔ぶれがそろっていながら王女宮に侵入を許してしまうなんて」
アニタ様の指摘に反論出来る男性は誰もいなかった。
復興や国境の整備もあるためか、公爵でこの場にいるのはハクスリー公爵だけ。侯爵に至ってはひとりも参加していない。
大臣はほとんどが伯爵クラスの人達で、仕事は出来る優秀な人たちではあるけど上位貴族に強く出られず、マクルーハン侯爵のように好き勝手する人がいたのよ。
でも今は各地の復興も後回しに出来ず、クビになった騎士がたくさんいる近衛の再編成も大変で、問題が山積み状態。
マクルーハン侯爵を中心とした反国王派が、なにかと足を引っ張ってくれたのも原因のひとつだそうだ。
「アニタ様、私たちもいけなかったんです。ブーボが敵に気付いた時に、すぐに眷属に来てもらうべきでした」
「それも確かに問題よ。あなたはもう私の娘のようなものなんだから、無茶はしないで」
「はい。フルンにも叱られてしまいました」
「ふふ。傍に叱ってくれる人がいるのなら安心ね」
強く叱られるのも響くけど、優しく諭されるのも響くわね。
どちらも私を心配してくれているのだから、申し訳ないと思いつつ少し嬉しかったりもする。
「それより、すっかり元気そうね。見違えるほどに綺麗になって。背も私より高くなったんじゃない?」
「おかげさまで健康的な日々を送らせていただいています」
この四か月ちょっと、ラングリッジ公爵領で規則正しい生活をしたおかげで、私の体はすっかり健康になった。
バイエンスで神獣と過ごす時間も出来て、のんびり過ごすようになったのもよかったんだろうな。
もう年相応の身長になって、筋肉もしっかりついて健康そのものよ。
木刀を使って鍛錬もしていたから、日本で道場に通っていた頃の動きも取り戻せて、騎士たちも私の実力はしっかり認めてくれている。
それにヘザーやラングリッジ公爵家の侍女たちが、頭のてっぺんからつま先まで念入りに磨いてくれるおかげで、髪はさらさら肌はつやつや。自分でも鏡の中の顔を見て驚くくらいの変わりようなの。
四か月ぶりに会った人の中には私がレティシアだとわからない人もいたわ。
「今、取り調べや調査をおこなっているので、あちらの席で待っていてくれないか? お茶を用意させよう」
陛下に言われて、私とデリラは部屋の奥のソファーで待機することになった。
フルンもアシュリーも襲撃者をひとりも逃す気がないようで、妖精を使って王宮全域をチェックしていて忙しいので、安全なこの部屋でおとなしく待っているしかない。
リムが何かあったらすぐに対応できるように、テーブルの上で身構えている。
「ずいぶん時間がかかっているのね。もしかしてフルンやアシュリーも尋問に参加しているのかな」
「そうかもしれないわね。私をさらおうなんて狙いはなんなのかしら」
デリラが冷静な様子に感心してしまう。
いくら戦えたって、あんな人数に狙われていたって知ったらこわいでしょう?
内心は怯えていても、立場的に平然としていなくちゃ駄目なのかな。
王女なんてなるもんじゃないわね。
「それは、いまだに王宮は混乱状態で陛下は無能だって広められるし」
「だったら殺すほうが簡単でしょ? 無傷でさらうってむずかしいわよ」
いやいや、普通の御令嬢は武器を突き付けられたらおとなしく従うわよ。
というか、冷静に怖いことを言っているわね。
「これがあなたやアリシアならわかるの。さらう価値はある。でも私は王太子の従姉でしかないし、王太子が成人したら父は王族ではなくなるのよ。さらわれた王女なんて傷者扱いでしょうし」
「え?」
「……え?」
「傷者? 価値?」
デリラの両手を掴んで、体ごと彼女に向き合った。
「価値はあるわよ。あなたは私の親友だし義妹になる人なの。あなたをさらうなんて馬鹿なことをしたやつは、どんな方法を使ってでも地の底までも追いかけるわよ。クレイグだって陛下だってアニタ様だって、なによりイライアスがそんなことを許すはずがないわ。自分に価値がないみたいなことを言わないで」
「ごめんなさい。卑下したわけじゃないの。ただ冷静に考えたらそうなのよ。でもありがとう」
私ってば、デリラにこんな思いをさせているのに、なんでここでおとなしく座っているのよ。
襲撃者を叩きのめして、誰の差し金か突き止めるべきでしょ。
って、立ち上がろうとしたらリムと目が合った。
絶対にフルンにばれる。
…………しかたない。今はおとなしく待っているしかない。
「果物をお持ちしました。お茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとう」
テーブルの上にカットされた果物を綺麗に盛り付けた皿を運んでくれた侍従に笑顔でお礼を言ったら、少し離れた席にいる男性陣たちのほうでどよめきが起きた。
気にはなるけど見たら負けよ。
さっきからこちらを気にしていて、目が合ったら話しかけようとでも思っているのか、ずっと見ているんだから。
「レティシアが綺麗になったから、気になって仕方ないのね」
「あの人たち、大臣の側近じゃないの?」
「復興が忙しくて協議に参加できなかった貴族たちが、代わりに寄越した子息や関係者よ」
それで見かけたこともある顔ぶれがいるのか。
あの人たち、以前は私の姿を見かけると逃げ出していたわよね。
親が私とくっつけようとしたら、真っ青になって拒絶していたじゃない。
それが見た目がよくなっただけで、この変わりようですか。
中身までおしとやかになったなんて思っていないわよね。
以前のことは水に流してもらえるなんて思っているなら甘いわよ。
私とデリラが自分たちのほうを見ながら話しているのに気付いて、期待したのか立ち上がろうとしたふたりの男が、腰を浮かせた体勢で私の後方に視線を向け、目を見開き真っ青になって慌てて椅子に腰を下ろした。
背後に誰か転移してきたな。
複数のものすごい圧を感じて振り返ったら、フルンとクレイグ、イライアスが男たちを睨みつけていた。
それより、クレイグとフルンが首根っこを捕まえて引き摺っているのは誰よ。
高そうな上着を着ているってことは貴族よね。
どこかで見たような…………ああ、マクルーハン侯爵と仲良しな伯爵と子爵じゃない。
「襲撃者を雇ったのはこいつらだ」
フルンは伯爵を私の近くに放り投げ、クレイグは子爵を片手に引きずったまま私の横までやってきた。
時間がかかっていたのは、尋問だけじゃなくて依頼者を捕らえるところまでやっていたからだったのね。
仕事が早い。
「無事でよかった。フルン様に話を聞いた時には心臓が止まるかと思った」
「クレイグ、あなたが捕まえている子爵の心臓のほうが、今にも止まりそうよ」
「それはいけない。白状するまでは死なれては困る」
私にはお似合いの婚約者だと本当に思うんだけど、デリラをそっと抱き寄せるイライアスと、ようやく安心して胸に顔をうずめているデリラという素敵なカップルの横で、仁王立ちで震えている男を見下ろしている私とクレイグという図は、これでいいのかと少しだけ思う。
「で? どこまで白状したの? まだなら私が吐かせましょうか?」
女神がくれたペンダントは、物をしまっておけるという素晴らしいアイテムだったのよ。
早く教えてくれればいいのに。
私があまりに喜んだもんだから、すっかり気をよくした女神は同じようなアイテムを聖女にもプレゼントしたそうよ。
そのペンダントから木刀を取り出すと、いつものように光が私を包んでバフがかかっていく。
伯爵も子爵も涙目で震えあがった。
「マ、マクルーハン侯爵に指示されたんです!」
「そんなことは言われなくてもわかっているのよ。マクルーハンはどこにいるの?」
「し、知りません!」
「連絡もあちらからしか出来ないんです」
役に立たない。
「こんなのが爵位を持ってるって、この国大丈夫?」
「大丈夫じゃないからこの状況なんだろう」
「おい、周りに大勢いるのを忘れていないか」
国王が突っ込み役って贅沢だな。