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青空の下で   1

 四か月後。神獣の指定した日まで一か月を切った日に、私は王宮を訪れていた。

 とはいっても、転移で直接デリラの部屋にお邪魔したので、私が来ていることを知っている人間は、私と同じくサラスティアに転移で連れてきてもらった聖女と、何人かのデリラの侍女だけ。

 天候が回復すると聞いて私に近付こうとする人間が激増したため、隠密行動が増えてしまっている。


 今日は王女と聖女と巫子のお茶会という、役職だけ聞いたら花びらが舞う中で品よくお茶をいただく集いではないかと思われそうな顔ぶれが揃っている。

 サラスティアも誘ったんだけど、神獣が球体から出て行動するようになったので、少しでも一緒に行動したい眷属たちは、本当に必要な時以外は顔を見せなくなったのよ。

 それで今日も、サラスティアは嬉しそうに神獣の元に帰っていったの。


 だからって会えなくなったかというとそうでもない。

 私も神獣とカルヴィンに会いに神殿に行くし、神獣も私に会いに来る。

 バイエンスがお気に召したみたいでね、気が付くと牧場で神獣が寝ていたなんてこともあるのだ。


 最初に神獣が現れた時のバイエンスの人達の驚きようはすごかった。

 突然上空から、巨大な白虎が現れるのを想像すればわかると思うけど、見た目が猛獣だから、しかも巨大で爪が引っ掛かっただけで人間なんて真っ二つになりそうな猛獣だから、逃げ惑う人を落ち着かせるのに大変だった。


 私がぴとって抱き着いて、神獣の毛に顔をうずめてすりすりしているのを見て、やっと魔獣ではなくて神獣なんだって理解してくれたけど、今度は近隣住人が全員押し掛けて、少し離れた位置に全員土下座して祈り始めた時はどうしようかと思ったわよ。


 でも人間は慣れるもので、今ではまたいらしているよって遠くから微笑ましく見守ってくれるようになった。

 聖女が神聖力をばら撒いてくれたのもあるけど、神獣がいるせいかこの地方だけ農作物も牧草も順調に育ち始めているので、感謝を伝えたくなるのをぐっとこらえて、通りすがりに一礼するだけで神獣の邪魔にならないようにしてくれる人々のおかげで、妖精たちまで一緒に遊びに来るようになったのよ。


 その分、他所から妬まれてるらしいけど、しょうがないでしょ。

 草の上で腹を出して寝そべって気持ちよさそうにしている神獣に、あまりうちにばかり来てもらうのは困りますって言える人がいると思う?

 馬たちも一定の距離を保ちつつも、神獣の傍で草を食んだり駆けまわったりしているんだよ?


 その平和な光景を、眷属三人も嬉しそうに見ているんだもん。

 お茶でもどうぞって、いつも複数の人たちがお茶や食べ物を届けてくれるのも当然の流れだよ。

 あれはたぶん、一種のお供えだね。


 眷属と一緒にいる時間が減った分、私の傍にはいつもリムとブーボがいてくれるようになった。

 それとクレイグがいるので警護は万全よ。

 

「神獣様はお元気なの? いろんな場所の様子を見に国中を飛び回っているとお聞きしたわ」


 あの日、神獣のいる部屋に足を踏み入れて、生まれて初めて澄み渡った青い空と花が咲き乱れる草原を見たアリシアは、こんな美しい風景があるのかと衝撃を受けたんだそうだ。

 物語や大人たちの思い出話で聞いたことはあるけど、この世界にそんな美しい風景があるなんて思えず、思い出補正で大袈裟に言っているだけだって思っていたらしい。


 真面目な子が思春期に微妙な擦れ方をしたみたいな感じだよね。

 ……実際、そういう年齢だったっけ。


 そしてアリシアは、巨大な球体が眩しいほどに光り輝き、銀色に輝くもふもふの毛並みの巨大な虎が現れた時、感激で号泣した。

 風景をぼんやり見ていた全員が、神獣の姿を見て反射的に膝を折った中で、聖女だけ膝の力が抜けたのかペタンとその場にしゃがみこみ号泣したのよ。

 彼女の場合は恐怖なんかより、神々(こうごう)しいばかりの魔力の大きさとあたたかさに感動したんだそうだ。


 神獣のこともね、都市伝説なんじゃないの? ってちょっと疑っていたらしい。

 何かはいるんだろうけど、目に見えない光の塊とか、気配とか、その程度しか自分には認識できないんじゃないかって思っていたんだって。

 

 それなのに目の前にまさしく神獣が現れて、会話も出来て、この場所と同じような風景が国中で見られるようになると聞いたものだから、感激で自然と涙が溢れていたんだそうだ。

 どばーっと。

 サラスティアがタオルを差し出すくらいに。


 そして覚醒した。

 生まれてまだ十七年しかたっていないのに、世の中をわかった気になっていた自分が恥ずかしい。

 世界には自分の知らないことがこんなにもあって、この国もこんなにも美しい風景に変われるんだ。

 だったら自分も出来ることはしなくちゃいけないって思って、女神にも心の底から謝罪し祈りを捧げるようになったんだってさ。


 女神には謝らなくていいと思うんだけどね。

 でもそのせいで……いや、そのおかげで女神の声が聞こえたそうで、結界の強化のための祈りもマスターできたからめでたしめでたしのはずが、いまだに私の脳内に女神が出没するのはなんなんだろう。


 神獣が自由になった嬉しさで歓声をあげて抱き着いた私と、タオルを握りしめて号泣した聖女のことは、今でも公爵たちの酒の席での話題になっているそうだ。

 私も聖女も苦労した分、感激が大きかったんだから仕方ないのよ。


「昨日もバイエンスに来ていたわよ。結界の様子も見に行ったみたい」

「はあ、私もバイエンスに住みたい。向こうの神殿に滞在しちゃ駄目か大神官に聞いてみようかな」

「私だってバイエンスに行きたいわ。まだ神獣様にお目にかかっていないのよ。王宮なんて、毎日毎日うざい貴族が付きまとって気が休まる暇がないわよ」


 綺麗に飾り付けられたお菓子と、隣国から送られた香りのいいお茶。

 おしゃれな魔道灯の光が薄暗い室内を暖かな光で照らしている中、アリシアもデリラもお腹がすいていたのか、口の中にけっこうな速度でお菓子を放り込んでいる。

 その合間にしっかりおしゃべりも出来るのが女の子のすごいところよ。


「ポットを取ってくださる?」

「あ、私も飲むわ。おしゃべりしていると喉が渇いちゃって」


 三人の中で私が一番無口って言っても、信じてくれる人は少ないんだろうな。


「ねえ、クレイグ様とはどうなの? まだ部屋は別々なのよね」

「聖女がそんなことを言ってはいけません」

「兄の恋愛事情なんて聞きたくないんだけど」

「キスが上手いとか?」

「こら、聖女」


 三人の中で彼氏がいるのが私だけだから、この話題は覚悟はしていたけど、何か違う方向に話を持っていきたいなあ……って、あれ? ブーボがバサバサと慌ててベランダから室内に飛び込んできた。

 のんびりソファーで寝ていたリムの耳がピクリと動き、急に顔をあげてそちらを見る。

 こんな緊張した様子はひさしぶりだわ。


「ブーボ、どうしたの?」


 私の声の調子で、アリシアもデリラも何か起こっているのだと気付いたんだろう。

 はっとして窓のほうを見た。


「警備兵が五人、この部屋に近付いている」


 この部屋は中庭に続くテラスへの大きな開口部があるから、外の警備も万全なはず。

 警備兵が交代するために近付いてくるのは、何もおかしなことではない。

 しかし、


「王女に怪我をさせるな。出来るだけ穏便にさらえって話してた」


 こうなると話は別だ。


「扉の外に近衛がいるはずよ」

「私たちが来ていることは知らないのよね。隠れておきましょ」

「わかった」


 アリシアとふたりで物陰に身を潜めたけど、その必要はなかった。

 デリラが扉を押してもびくともしなかったのだ。


「どうかしましたか?」


 扉を開けずに外から声をかけてくるっておかしいでしょ。

 

「侍女はいる? お茶を持って来てほしいの」

「伝えます」


 そっと扉から離れて、デリラは私たちの傍にやってきた。


「知らない声だわ。それにこの対応はおかしい」


 室内にいられない場合、侍女は廊下で待機しているのが普通だし、扉が中から開けられないなんてありえない。

 まだ近衛の中に敵がいたのか。

 本物は監禁されるか殺されるかして、犯罪者が取って代わっているのか。

 どちらにしても、大掛かりな誘拐計画だ。


「そろそろ来るよ」


 ブーボがテラスの上で旋回して敵の様子を伝えてくれている。

 妖精が見える人間が相手にいないのは不幸中の幸いね。


「こっちの部屋は何?」

「衣装室よ」

「じゃあ狭いわね。そっちに行きましょう」


 男五人を一度に相手は出来ない。

 片開きの扉を抜けて隣の部屋に入る時には、剣も振り回せないでしょ。


「ブーボ、眷属に連絡して。庭と扉の外にいるやつを捕縛してくれって」

「了解した」


 彼らは室内にデリラしかいないと思っているから、五人全員で襲撃はしないだろう。

 ひとりかふたりはテラスで周囲の警戒をするはずだ。


 それぞれ持ち場について息を殺していると、すぐにどかどかと複数の足音が響いた。

 隣の部屋にあれだけ音をたてて入ってくるってことは、廊下にいる近衛はやっぱりあいつらの仲間なのね。


「いないぞ」

「そんなはずはないだろう。どこかにいるはずだ。探せ」

「そっちに扉がある。俺はこっちに行く」


 あー、向こうは寝室に続く扉だったはず。

 襲撃者に触られたベッドには寝たくないだろうな。気の毒だわ。


「こっちはなんだ?」

「しっ。そっとあけろ」


 今更静かにしても遅いでしょうが。

 こちらの部屋は暗いので、扉を開けると光の筋が室内に差し込んでくる。

 その光が最初に照らし出すのは、扉の正面に立つアリシアの姿だ。


 白いドレスに金色の髪、怯えた表情で背後の衣装ダンスに背中をくっつけるようにして立つアリシアを、男たちは一瞬動きを止め、呆気にとられた表情で見た。

 私たち三人の中では一番きれいで、一番反撃しそうにない人を選んだ配置は正しかったわね。


「……誰だ?」

「すごい美人だ」

「おい、王女はどこに……」


 最初の男が室内に入ってすぐに、次の男が半身を割り込ませるようにして後に続いた。

 扉の左右に隠れていたデリラ側に最初の男がいたので、そちらは任せて、私はもうひとりの男の背中に木刀を振り下ろした。


「うっ……」

「ぐわっ!」

「どうした!」


 仲間の声を聞いて駆け付けた男は、正面からアリシアの魔法を受けてひっくり返ったので、何が起こったのかもわからなかったんじゃないかな。

 神聖力の攻撃魔法は殺傷能力はないと聞いたけど、あの勢いで後頭部を床に打ち付けたら死ぬかもしれない。


「くっそう。きさまら!」


 根性あるな。

 デリラにレイピアで横腹を刺された男が起き上がり、デリラに掴みかかろうとした。

 しかし私はフルバフ状態。早さが違う。

 一番当たりやすい場所。すなわち胴体を狙って、横腹に真横から木刀を叩き込むと、骨が折れる鈍い音と共に男は吹っ飛び、ひらりと避けた聖女が寄りかかっていた衣装棚に激突した。


「ぎゃあ!」


 隣の部屋で響いているのは、リムにやられた襲撃者の悲鳴だろう。

 ふたり相手はきついかもしれないと飛び出したら、気を失った襲撃者の襟首を掴んで、ずるずると引き摺りながらフルンが部屋に入ってくるのが見えた。

 リムがやっつけた相手は、顔面から血を流して気絶している。


「完全勝利ね」

「弱すぎて話にならない」


 デリラは襲撃者をやっつけたのでテンションがあがっているけど、私は不満だ。

 こんな弱いやつらに王女誘拐を依頼する馬鹿って誰よ。

 拷問するまでもなく、べらべらと依頼者を喋りそうよ。


「無事かい」


 廊下側の扉が開いて、アシュリーがひょこっと顔を覗かせた。

 足元に倒れている男の靴が見える。


「近衛なの?」

「どうだろう。サラスティアが国王に知らせに行ったからすぐに捜査が始まるよ。それにしても」


 アシュリーは私とデリラの姿を見てため息をついた。


「血まみれのレイピアを持つ王女と、光り輝く木刀で肩を叩いている巫子か。この国の女性は強いんだね」


 私たちが強いんじゃなくて、襲撃者が弱かったのよ。

 あれ? アリシアは?


「ちょっとこれ見て!」


 隣の部屋からアリシアの声が聞こえたので、デリラと顔を見合わせてからそちらに急いだ。


「高そうな衣装棚が壊れちゃったし、中の服に血がついちゃったらまずいと思って見てたの」


 私が吹っ飛ばした男が衣装棚に激突して壊しちゃったのね。

 扉が外れて斜めになって、中の引き出しも何段か歪んでしまっている。


「ここ、一番下の引き出しの下に隠し棚があったの。中に手紙や書類が入ってたわ」

「それは前の王妃の衣装棚よ」


 アリシアから手紙を受け取ったデリラは、中身に目を通しながらにやりと笑った。


「これ、マクルーハン侯爵からのお金の催促の手紙よ。天候悪化で収入が減った分を、王家の予算を横流しすることで補填していたんだわ。こっちは賄賂の名簿じゃないかしら」

「衣装棚にそんな物を隠していたの?」

「自分に何かあったら、この衣装棚は売りに出されるか新しい王族が使うかでしょ? ほら、ここに赤く印がついていたの。だから何かと思って引き出しを出してみたのよ」


 アリシアが示した場所には口紅で赤く丸がついていた。


「マクルーハン侯爵が自分に罪をかぶせるってわかっていたんじゃないかな。だからこうして証拠を残しておいた」

「父親への復讐ね」


 証言することで罪を軽減できたかもしれないのに、何も言わずに王妃として死ぬことを選んで、しっかりと復讐も成し遂げるのか。

 あっぱれと言いたいところだけど、生きている間にその根性を違う方向に使ってほしかったわ。





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― 新着の感想 ―
[一言] 仕掛けた側は王女単身と思ってたら武闘派三娘衆揃い踏みだもんなぁ 神獣様復活早々フットワーク軽いな〜眷属も巫女そっちのけみたいだしようやく護衛させて貰えるなクレイグ君よ
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