しのぶれど 色に出でにけり 2
今回は少々長いです。
天候が悪化する前は、この辺りは温暖な気候で自然豊かだったそうで、友人や親せきが長期間滞在する時に使えるように、ラングリッジ公爵家には何か所も別宅があるんだそうだ。
窓が大きくて庭に花壇や噴水が配置されているのは、その頃の名残なんだね。
案内された部屋には、先程までアリシアとデリラが飲んでいたカップがテーブルに置かれたままになっていて、ローブを着た若い女性の神官が慌てて片付けて引っ込んでいき、入れ違いに別の女性の神官が慣れない様子でお茶の準備を始めた。
「私がやります」
「あ、よろしくお願いします」
かちゃかちゃとずっと音がしていたのは、緊張して手が震えていたのか。
王女と巫子と眷属が揃っちゃっているんだもん。平民の神官にとっては恐怖なんだろう。
「ケーキがあるのでお皿を貸していただけますか? こちらはみなさんで食べてください」
ヘザーにケーキの箱を差し出されて、神官は挙動不審になってしまっている。
「あ……でも……」
「修行中は贅沢をしてはいけないんですって。この家にお菓子は一個もないのよ。朝はパンとスープだけ。夜はそれにハムが一枚とサラダしか食べられないの」
「はあ!?」
ついこの間まで大神官や身分の高い神官たちが、きらきらじゃらじゃらゴールドのアクセサリーをつけていたくせに、誰がそんなふざけたことを言っているのよ。
いくら修行中といっても育ち盛りの若者たちなのよ。
「それじゃあ成長に支障が出るでしょう。必要な栄養はきちんとバランスよくとるべきだわ。それに豊かな心を作るためには、ごくたまになら甘い物も必要よ。今日は私が許す。怒られたら、巫子が私の持ってきたケーキを食べないって言うの? って怖い顔で脅したんですって言えばいいわ」
大神官がどんな食事をしているのか、抜き打ちでチェックしに行こうかな。
「せっかくの頂き物なんですもの。みんなで食べて」
デリラが王女モードで優しく言うとようやく安心したのか、神官は大事そうにケーキの箱を抱えてお皿を取りに行った。
「食糧不足は相変わらずだから、確かにケーキは贅沢品ではあるわね。そのケーキも隣国がお詫びにと送ってきた材料でクーパーが作ったのよ」
「私のせいなんです。ちっとも修行が進まないので、たるんでいるからだって怒られてしまって、厳しくなってしまったんです」
椅子に浅く腰掛けて背筋を伸ばしているアリシアは、育ちのよさそうなお嬢さんに見える。
でも興奮しやすいのか、話し出すと止まらないのか、周りが見えなくなる時があるんだよなあ。
「この間は本当にすみませんでした。レティシアが私を心配してくれていて、仲良くなりたい守りたいって思ってくれているのが嬉しくて。同じ年頃の女性の友人が少ないもんで舞い上がっちゃって」
「ちょっと待って」
ヘザーが皿に盛りつけてみんなの前に置いてくれたケーキを目で追いながら、アリシアが話している内容を聞いて私は首を傾げた。
「私が何を思っているのか、ずいぶんと理解しているみたいな口振りね」
「あ」
はっとして顔をあげて、アリシアはしゅんとして俯いた。
「そうだった。そこから話さないといけないんだった。私はオーラが見えるので感情がわかるの。クレイグ様はレティシアに対する愛情と守りたいって思いと独占欲もあったし、理解したいとも思っているみたいで、それで素敵だって話したのよ」
「うん、わからん。話が飛んでるし、クレイグのことは今は置いておいて」
やめて。さりげなくとんでもない発言をぶち込んでこないで。
私、顔が赤くなっているんじゃない?
「あの、横からすみませんが発言してよろしいでしょうか」
ヘザーと並んで壁際に立っていたドリスが、すたすたとテーブルに近付いてきたと思ったら、流れるような動作で床に跪いた。
「私のほうから事情を説明させていただきたいのですが」
なんでそこで跪いたのさ。
ボールドウィン男爵家では、侍女や従者は跪いて話をする決まりだったの?
「そうね、そのほうがよさそう。ただし床じゃなくて椅子に座って。エイダもヘザーもこっちに来て。……あれ? 王女様の侍女は?」
なんでデリラの侍女がひとりもいないのよ。
「連れていないわよ? 警護はちゃんといるから安心して。たぶん五人くらいは目立たないように警護しているから」
もしかして隠密? カッコイイって周囲を見回していたら、サラスティアがさっさとケーキを食べ始めていた。
「……美味しい?」
「まあまあね。もっと甘いほうがいいわ」
その大きな塊を、決して下品にならずに一瞬で口の中に押し込む技術はすごい。
食べ方が綺麗と言いたいところだけど、もう少しひと口は小さくしようよ。
「で、なんの話だったっけ?」
「アリシアはオーラが見えるって話よ」
それだ。
この子、不思議ちゃんだったの?
急にスピリチュアルな方向に話が飛んだわよ。
「彼女は思考を読めるわけではありません」
アリシアの腕に手を置いて私に説明させてともう一度言ってから、ドリスが話し始めた。
「オーラの色で相手がどんな感情を抱いているのかわかるんです。最初はどの色がどんな感情かわからなかったので、エイダと私とで協力して統計を取って、色と感情を結び付けたんです」
「なるほど。それで私はアリシアに友情や守りたいって思いを抱いているってわかったのね?」
「はい。巫子の噂は聞いていたので、会えたら力を貸してもらえるかもしれないと期待していて、実際に会ったら、最初から好意的で気を配っても下さって、話もちゃんと聞いてもらえて。とても嬉しかったんです。それまで廃村で魔獣やビリー相手に気の抜けない毎日を過ごしてきた反動もあって、アリシアはすっかりはしゃいでしまったんです。陛下や公爵家の方々に囲まれて緊張していた反動もあると思います。アリシアは男性に……その……下心ありで近付かれるとわかってしまうので、男性不信気味なんです」
それで自分に興味のない男性ばかりを素敵だと言っていたのね。
眷属もクレイグもカルヴィンも、共通点はそこだもんね。
「公爵家の人たちも下心満載だったの?」
「当主様やその奥様達は、様子を伺っている感じで私への感情は保留としかわからなかったわ。心を隠すのが上手い人のオーラはわかりにくい曖昧な色をしているの。公爵家の中では先程のデニス様が露骨に下心丸出しで」
ああ……オーラが見えなくてもそれはわかるわ。
「あとは何人かの人たちが、表面上は優しげで礼儀正しい態度だったのに、心の中はいやらしいことを考えていたわ。……たいていの男の人は愛情なんてないのに体の関係を求めてくるのよ。それかアクセサリーのように連れ歩いて優越感を満足させたいか。私が何を考えているかには興味がない人ばかり」
美人だしプロポーションもいいから、若い男性ほどエロいことをすぐに考えちゃうんだろうな。
「でも男から下心を取ったら人類は滅ぶわよ」
それに好きになったら、キスしたい、夜を一緒に過ごしたいって考えるのは普通の流れだ。
それを下心だーって拒絶していたら恋愛できないでしょ。
「恋愛できないわ」
「えええ!?」
「相手がしたいと思っているってわかっちゃうと、ぞっとしてしまうの」
女神……聖女にスキルをあげるなら、もう少し考えようよ。
『何を言っているのよ。活用の仕方によってはこんな便利なスキルはないのよ。聖女が使い方をもう少し考えるべきよ。あなたならうまく活用したんじゃないの?』
どうかな。
相手の感情がわかったら、付き合いにくいんじゃないかな。
だってさ、私の姿を見て逃げ出す人ばかりなんだよ?
恐れられているのをオーラで再確認したくないよ。
「ぞっとするのは相手を好きじゃないからよ。本当に惚れた相手だったら、したいって思ってもらえたら嬉しくなるわよ。それ以前に、あなたもしてみたいって思うわよ。経験してみなさいな。気持ちいいわよ」
おお、サラスティアが言うと説得力があるな。
「って、それは私のケーキでしょ!」
「話していて食べないからいらないのかと思ったわ」
「ゆっくり食べるつもりだったの」
「まだありますから喧嘩しないでください」
ヘザーがお皿にふたつもケーキを盛り付けて持ってきた。
「レティシア様はたくさん食べなくては駄目ですよ。今まだ目の下が青くなっています」
「そう?」
今日は寝坊したから調子いいはずなんだけどなあ。
「そうよ。背が伸びて手足が長くなったからか、前より細く見えるわ」
アリシアって嘘がない代わりに、遠慮なくはっきり言うのね。
いいのよ。そういうタイプのほうが好きよ。
でも美人に言われるとちょっと悲しいものがあるというかなんというか。
「顔色が悪いのに威圧感があると結構こわいんですね」
「実は闇魔法が使えたりします?」
「エイダ? ドリス? あなたたちも言ってくれるわね」
「ああ、すみませんすみません」
「レティシア様って気さくで言いやすい雰囲気があるのでつい」
怖がられるよりはいいけどね。
心配してくれているみたいだし。
「まあ話はわかったわ。オーラのことを知っているのはここにいる以外では誰がいるの?」
「クレイグ様には話したわ。誤解されたくなかったので」
「ビリーとあのアーチャーは?」
「話していない。家族も知らないの」
家族に話していない?
「両親はいろんな力を持つ私にどう接していいかわからなくて、弟ばかり可愛がっていたから話さなかったの。決して邪険にされていたとか、私だけ除け者にされていたんじゃないのよ? でも私といると居心地が悪いみたい」
あの両親なら納得出来る。
巫子も聖女も幼少時代は苦労したってことか。
「大神官には話しておいたほうがいいわよ」
「……そうね。でも滅多に会えないの。聖女の魔法を覚えられないのは女神を敬う気持ちが足りないからだと……嫌われてしまったみたい」
少しは見直したのに、相変わらず子供ねえ。
悩んでいる聖女を助けるのが大神官の仕事でしょうが。
「じゃあさ、少しきついことを言わせてもらってもいい?」
「……はい」
アリシアは食べかけのフォークを置いて、姿勢を正した。
「あなたはとんでもない威力の回復魔法と、神官顔負けの神聖力と、相手の感情をオーラで知る能力まで持っているのよね?」
「はい」
「それは女神が聖女にくれた力よね」
「……はい」
「そのおかげで、あなたの領地は作物を得ることが出来て、あなたは冒険者として稼ぎまくることが出来た。弟の火傷も綺麗に治せたわよね? オーラのおかげで騙されることもなく、ここまでどうにか無事に生きても来られた」
「それは……そうだけど」
嫌な思いもたくさんしたってわかる。
特別な能力があれば、それを利用しようと近付いてくる卑劣なやつがたくさんいる。
「苦労して大変な目にあったのは承知で言うわ。そんなに恵まれた能力をもらっておきながら、苦労ばかりに目を向けて、美味しく利用したことをなかったように言うのはずるいわよ。もしあなたに能力がなかったら、今頃あなたの家族は路頭に迷っていたわ」
「……はい」
「あなたは自分の能力を自分のためにしか使ってこなかったでしょ? 領地の人を助けたのは、家族のためだもんね。それで女神に文句を言うなんて勘違いも甚だしいわよ」
『よく言った!! よく言ってくれた!!』
別に女神のためじゃないし、頭の中で大きな声を出さないで。
『もうツンデレなんだから』
その言葉は私には当てはまらないから。
覚えたからって使わないの。
『やっぱり聖女より、あなたのほうが見ていて面白いのよねえ』
そんなことを言っている場合じゃないでしょ。
反論できなくて俯いてしまっていても、アリシアはまだ心から納得は出来ていないはず。
私だって、クロヴィーラ侯爵家の屋敷にいた頃は、ここまでこの国のことを考えられるようになるとは思わなかった。
「アリシア、屋敷にいて本を読んでも無駄よ。その目でこの国の様子を見てきたほうがいいわ。私が被災地を回ってきたように、あなたも自分の目と耳で感じてきたほうがいい。大神官には私から話すから」
「いろんなところに……行っていいの? だったら行きたい。確かに今まで毎日生きるのに必死で、他の人のことまで考えていなかった」
時間はまだあるのよね。
天候が回復しなければ結界には近付けないんだから、半年くらいは修行に使えるでしょう。
「よし。私が連れて行ってあげるわ」
「サラスティア?」
「大神官も連れて、いろんな地方に行きましょう。レティにはフルンが警護につけば大丈夫だもの」
「それは助かるけど、いいの?」
「ただし夜は神獣様の元に帰りたいから、警護は自分たちでしっかりやってね」
神獣の眷属であるサラスティアが、聖女と同行すると言い出すとは思わなかったわ。
でも転移魔法があるほうが便利ではあるか。
「じゃあ、大神官に話をつけなくちゃね」
「それは私が自分でします!」
アリシアは勢い良く立ち上がった。
「だからレティシアはクレイグ様のところへ行って。きっともう待っているわ」
「でもまだ三十分も経っていないわよ」
「怖かったけど、急に愛するレティシアがいなくなってかわいそうだったの。本当にあなたのことを大事に思っているのよ。レティシア以外はまとめてその他大勢の女だって思っているんじゃないかって感じるくらいに、あなただけ特別に……」
「わかった。わかったからもうやめようか。そういうのは本人と話すべきよね。第三者に言われることじゃないでしょう?」
「ああ、また私ったら」
考えるより先に話すのをまずはやめないと、貴族社会ではやっていけないわよ。
そうか。話すとやばいと思っているから普段はおとなしくて、シャイだと勘違いされるのか。
「すみません」
「サラスティアに鍛えてもらったほうがいいかも」
「うふ」
サラスティアに楽しげに微笑まれて、アリシアがこわがっているのはどういうオーラが見えているんだろう。
それとも眷属のオーラは見え方が違うのかな?