臆病なゴリラ 5
どうやら使用人たちはカルヴィンと私を信用してくれたようなので、いつも頼りにしてばかりで申し訳ないけど、転移で町や村を回ることにした。
眷属が三人揃ってついてくるというのは意外だったけど、領地のことを気にかけてくれてありがたいなあと思いながら近くの村に転移して、目に飛び込んできた風景に驚いた。
日光が足りないせいで色が悪くひょろひょろではあるけど、村の周りの畑には野菜がたくさん育っていて、特に水害にあった形跡もなく建物も綺麗に保たれている。
「緑だ。植物が育ってる」
この世界に来て、地面で育っている植物を初めて見た。
実もなっているじゃない。
「どうなってるの?」
「わからない。村長に聞いてみよう」
村の門の前にずらりと出迎えの人が並び、私たちが近づくと、地面に膝をついて頭を下げた。
まさか、あの男は領民に土下座するように命じていたの?
「ようこそおいでくださいました。神獣の眷属様にお目にかかれるなんて思いもよりませんでした」
眷属? 領主じゃなくて眷属がいるから跪いたの?
てことは、眷属の顔を知っているってこと?
……もしかして領民と眷属は接点があった?
あの馬鹿侯爵の被害にあわないように、領民を気にかけてくれていた?
「ひさしぶりね」
「俺たちより新しい当主に挨拶しなくては駄目だろう。彼が新しいクロヴィーラ侯爵のカルヴィンだよ」
アシュリーがカルヴィンの肩を抱いて前に押し出してくれた。
領民たちは眷属と新当主が仲良さそうなのが嬉しいのか、期待に満ちた顔でカルヴィンを見上げている。
「おお、こちらが新しい侯爵様ですか」
「ようやくお目にかかれました」
「はじめまして。でもまずは立ってくれないか? 地面は冷たいだろう」
カルヴィンが身を屈めて村長を立たせようとするのを見て、領民たちは目を丸くして驚いている。
きっとあの男は偉そうにふんぞり返って、領民の健康なんて気にも留めなかったんだろう。
「お気を使っていただいてありがとうございます」
「妹を紹介するよ。神獣様の巫子のレティシアだ」
「この方が巫子様……」
「ああ……ありがたい」
うわあ、喜びと期待と感激が混ざったような表情で注目されると反応に困る。
フルンとサラスティアが私を挟んで保護者のように立っているせいで、きっと余計に期待度がアップしている。
実際、保護者なんだけどさ。
「侯爵様、巫子様、おふたりの活躍のおかげで今年はどの村も作物が実っております。なんとお礼を申し上げればいいのでしょう」
「ありがとうございます」
「村長、跪かなくていいんだよ。僕たちは何もしていないんだが、なんでこんなに作物が実っているんだ?」
「大神官様が何人も神官を連れていらして、全部の村で神聖力を使ってくださったんです。クロヴィーラ侯爵家の兄妹には世話になっているからと」
……え? そうなの?
なんで何も言わないのよ、あいつは!
「レティシア、知っていたのか?」
「今、初めて聞いたわ。会ったらお礼を言わなくちゃ」
「いやきみはいいよ。聖女のことも合わせたらさんざん世話しているんだから。……僕は何もしていないよ」
「私が自由に動けるようにしてくれているじゃない。細かいことは気にしちゃ駄目」
独身の令嬢がこんなに自由に動くには、家族の理解が必要だ。
カルヴィンの存在は、特に私を恐れる人たちにとってはけっこうありがたいんじゃない?
「ギレット公爵家の兵士もたくさん来て、国境戦でのお礼だからと物資を各村に運んでくれたんですよ。おかげで皆、どうにか生活が出来ております」
なんですと!
ちゃんと言ってよおお。
この前王宮であったのに、お礼を言えなかったよー。
「カルヴィン、お礼の手紙を送ってね。私も会えたらお礼を言うから」
「もちろんだ。すぐに手配する」
驚いたけど、嬉しい。
私の行動が評価されて、こんな形で返ってきてくれるなんて。
見返りなんて期待していなかったから余計に、行動で示してくれたのが嬉しいわ。
レティシアの記憶がひどくて、最初に出会った人たちも最低で、この世界の人間には悪い印象しかなかった。
でも助けてくれる人も、協力してくれる人も嫌な人よりたくさんいる。
大神官なんて、いつのまにこんなに出来る男になったのよ。
国境沿いの人達だって、戦後処理で忙しいだろうにこんな遠くの地まで来てくれたんでしょ?
ありがたい。
嬉しい。
気持ちはちゃんと相手に伝わっていて、相手との関係をちゃんと築けていたんだ。
……それなのに私は、クレイグもカルヴィンも聖女が現れたら態度が変わると決めつけていた。
ラングリッジ公爵家の人たちはそんな人じゃないってわかっていたはずなのに、裏切られる辛さを味わうよりは、最初から信用しないほうがいいって無意識に距離を取っていた。
よわ。
私よわ。
いくら筋肉を鍛えても、心が弱かったら駄目だ。
情けない。
……ラングリッジ公爵領に帰らなくちゃ。
聖女とも、クレイグとも話さなくちゃ。
「レティシア……これ」
「え?」
いかん。考え込んで……うわ。
「神獣様!?」
案内された村の広場のど真ん中に、大きな神獣の銅像が建っていた。
足元に座布団みたいな物が五個くらい並んでいるのは、ここに膝をついてお祈りするんだって。
「こんな習慣があったの?」
「……聞いた記憶があるようなないような」
「駄目ねえ。レティは仕方なくてもカルヴィンはちゃんと自分の領地の歴史を学ばなくちゃ」
「クロヴィーラ侯爵領ではもう何百年も、各村で神獣様に祈りを捧げてくれているんだよ。特に神獣様の力が弱まってからは、毎日食べ物を供えて熱心に祈ってくれていたんだ」
領主はアホなのに、領民は神獣の恩を忘れていなかったのか。
それで眷属たちも三人揃って村を回りたくなったのね。
「本当に神獣様によく似ている。素敵な像ね」
傍に歩み寄り、そっと背中に指先を触れたら、ふわりと淡い光が漏れて像の全身に光が伝わって消えた。
光る前より像が綺麗になったような気がするような……。
「おおおお!」
「さすが巫子様だ!」
「巫子様!」
村人大歓喜。
カルヴィンは苦笑い。
領主より私が人気になるのはやばいでしょ。
「そんな顔をしないでいいんだよ。きみがこわがられなくてよかった」
女神のせいだよこれは……って、拳を握りしめていたら、カルヴィンが隣に来て肩を抱いてきた。
「怖がられる? あ、暴れたから?」
「それもあるんだけど、きみの殺害未遂の犯人たちと、神獣様の力を故意に弱め、巫子の魔力を弱めた人たちが全員処刑されただろう? 国王夫妻に王太子、オグバーン親子、近衛と魔道士が何人か」
「そうね」
「新しい国王夫妻は神獣の巫子がお気に入りだから、巫子を怒らせると全員処刑されるって噂があるようだ」
あーー、それで被災地に行った時、待遇がよかったのね。
待遇がいい割には、傍に人が来ないなあとは思っていたのよ。
それでも好かれたら待遇がよくなるのは間違いないからと、次男や三男にチャレンジさせたい親と、怒らせて処刑されるのも、気に入られて婚約なんてことになるのもこわくて逃げる息子たちの水面下の戦いがあったのね。
私は祟り神か何かか?
巫子が来たぞー! って、避難するような存在だと思っている人がいたりするの?
「すぐに違う噂を広めるから大丈夫だよ。巫子のおかげでうちの領地は豊かなんだって。神獣様をずっと信仰していたので、眷属も顔を出してくれるし、闇属性の影響もあそこの人たちはほとんど受けていないって」
「カルヴィン、移民が増えるからやめたほうがいいわよ。妻や子供を残して出稼ぎしている人が多いから」
「ああ、知っている。住み着いた土地で恋人を作って、妻子を捨てる男もいるんだろう? 問題になっている」
はあ!? なんですって。
「ごく一部だよ。大多数は家族のために一生懸命真面目に働いているよ」
「当たり前でしょう」
「でもその土地の女性に手を出す男はいるし、遠くから来た男に魅力を感じる女もいるんだよ」
まあそれは、私にはなんとも。
恋愛経験ほとんどないから、そういう人たちの気持ちなんてわからないし。
ともかく領地が豊かでよかった。
あのバカ男も領地経営だけはちゃんとやってくれていたんで、カルヴィンも動きやすいだろう。
私は、ラングリッジ公爵領に一度戻ろう。




