臆病なゴリラ 4
話しの区切りの関係で、今回と次回は少々短いです。
書斎から出て用意された部屋に向かう間、屋敷内の薄暗く古い家具や内装が目についた。
いい物を長く大切に使う文化は素晴らしいと思うのよ。
アンティークの価値も少しはわかっているつもり。
でもそれには多くのお金が必要だ。
ヨーロッパの古城を維持するお金ってとんでもなくかかるってTVで観たことがある。
この屋敷には明らかに予算が足りていない。
客を招いたら、この家は事業がうまくいっていないんじゃないかと疑われるレベルだ。
でも書斎は居心地よく、新しい机と椅子が置かれていた。
ふん。あの男の性格がわかりやすく現れているわね。
自分が関わるところだけは最高級の物を使って居心地よくして、他は放置。他人なんて、家族であってもどうでもいいんだ。
ましてや使用人なんて給料を支払っているだけで感謝しろって思っているでしょ。
あの兄弟に共通しているのは、自分たちは特別な人間で周りの人間は自分のために動けることを感謝するべきだという考え方よ。
あいつらの両親もろくなもんじゃなかったんだろう。
レティシアにとっては祖父母か。
生きていなくてよかったわ。
「こちらでございます」
この状況では、使用人たちの態度が微妙なのも納得よ。
十年近く放置された領地の屋敷にようやく主が帰ってきたと思ったら、若い侍女に暴力をふるうというとんでもないやつだったわけで、主が留守の間領地と屋敷を守ってきた人たちとしては、裏切られたような気持ちになっていたんじゃないかと思うのよ。
いやむしろ、ここまで丁重に扱ってくれるのは意外じゃない?
残された十代の子供がふたり。
敵意を見せるか、そこまでいかなくても冷ややかな態度を取られるのが普通よ。
あれかな。私たちの噂は聞いていたのかな。
私とカルヴィンの話は、聖女の出現で多少古いネタではあるけど、この国でかなりホットな話題だもんね。どんな子が来るのかと期待半分恐怖半分だったんじゃない?
そこに大人数でやってきて、さっそくカルヴィンがあの男をぶん殴って、私が傷を手当てするって言い出すという急展開。
どういう対応をすればいいのか迷うよね。
「もう準備は出来ているのね」
部屋の外に警護の騎士が立っていたので、会釈して中に入った。
私とカルヴィンの後ろに眷属がいて、その後ろにも神獣省の騎士がいるのよ。
自分の屋敷に来るのに騎士を連れてきてチェックさせるって、普通じゃありえないんだけど、ここはずっとあの男の天下だったからね。
もしかして使用人も敵になっているかもしれないじゃない?
「じゃあさっそく魔力吸収をしましょう。女性以外は外に出てね。あなたはそのソファーに座って。他には怪我はない? 古傷でもいいわよ」
「特には……ありません」
被害にあっていた侍女はまだ恐怖から抜け切れずに震えていたけど、足の怪我は完治したのでしっかりと自分で歩いている。
目の下に隈が出来ているのは彼女だけじゃないから、女性たちは鞭の恐怖に眠れない夜を過ごしていたんだろう。
「あれ? 闇属性の影響がほとんどないのね。他の人もそう? ちょっと計測させて」
侍女長も他の侍女も、他の地域に比べて異常なほどに影響が出ていなかった。
「もしかして神獣様が特別扱いしてくれていた?」
眷属代表で部屋にいたサラスティアに聞いてみた。
「さあ? どうかしら」
あのくそ野郎とオグバーンのあほ兄弟が裏切ったというのに、神獣様はこの地を守り続けてくれてくれていたの?
もうなんてことよ。眷属にも神獣にも力いっぱい抱き着きたい。
領民は気付いているのかな。
神獣のことをどう思っているんだろう。
「ありがとう。神獣様にもお礼を言わなくちゃ」
「いいのよ。今までずっとクロヴィーラ侯爵家は、神獣様の世話役として何百年も自分の役目をしっかりと果たしてくれていたんだから。カルヴィンだって神獣省を立て直そうと頑張ってるし、あなたなんて大活躍じゃない。私たちも感謝しているのよ」
うわーーん。そんなふうに言ってもらえるなんて感激よ。
「だから余計にあのくそ野郎がムカつくのよ……あ」
いけない。
侍女や侍女長が驚いちゃっている。
「いちおう魔力吸収はしましょう。神獣様に魔力を届けたいので協力してね」
「はい。神獣様のために役に立てるなら喜んで」
魔力吸収はすぐに終わるけど、怪我をしている侍女が予想より多くて驚いた。
若い子で無傷だった人はいなかったんじゃない?
マジであの変態、やばいやつだった。
カルヴィンがぶん殴ったから、ここは兄貴に花を持たせておとなしくしていようなんて考えたことを後悔している。
アシュリーも背中を踏んでいただけだったもんね。それは生ぬるいわ。
背中の上で四股を踏んでやればよかったわ。
「他に怪我はある?」
「火傷の跡があるんです」
三番目に魔力吸収した侍女が袖をまくり上げて腕を見せた。
けっこう大きな火傷跡だわ。
「よーし、これも綺麗にしちゃおう」
「ありがとうございます」
「あの、大変ありがたいのですが古傷も治せるポーションは、かなり高価なものだと聞いております。本当によろしいのですか?」
侍女長が不安そうに言うのを聞いて、侍女は慌てて腕を引っ込めた。
確かに侍女たちの給料の五年分くらいの値段はするかもしれない。
でもそんなの関係ないのだ。
「私ね、けっこうお金持ちなのよ。だから気にしないで。お金は有効に使いましょう。無駄なドレスを買うより、みんなの傷を治すほうがよっぽど素敵な使い方だと思わない?」
巫子という存在は大神官と同じで組織にとって重要だから、神獣省の予算に私の生活行動費って項目があるのよ。
その金額を見てぶったまげたわよ。
だからローブを作ったお金も、魔力吸収に同行するメンバーの諸経費もそこから全部出ているの。
それに私の生活費って、神獣の神殿にいる時は神獣省のお金から出るし、実家にいる時にはクロヴィーラ侯爵家のお金で生活するでしょ? ラングリッジ公爵領ではずっと公爵家のお世話になっていたので、ぜんぜんお金を使う場面がないのよ
私個人の財産はちゃんとあるのよ。
王太子や近衛が殺人未遂の犯人だったので、国から賠償金がたんまり出たし、オグバーン親子が処刑され家が取り潰しになったので、彼の犯した罪の賠償金は遺産からしっかりもらえた。
本当に私、平均的な伯爵くらいにはお金を持っているの。
「お嬢様、私どもの腰痛まで治していただいてしまっていいのでしょうか」
「いいのよ。領地をずっと守ってきてくれたんだから、このくらいはしなくちゃ」
家令のヘインズ男爵も侍女長も若いとは言えない年齢だから、無理はさせないようにしないとね。
これからだって、カルヴィンも私もなかなか領地には帰って来られないでしょ。
「他にはいない? こんなチャンスはもうないわよ。遠慮なんてしている場合じゃないわよ」
本当に病弱だったのかよと思われていそうだけど、ひとりひとり様子を見て回りながら確認して、大丈夫だと思えたので次は領民の様子を見に行くことにした。
最前線と被災地が完了したら、自分の家の領地をやらないと落ち着いて他人の領地ばかり回っていられないよね。
でもその前にカルヴィンから主な使用人たちに、王都では今どういう状況なのか。魔力がないと言われていた私は今までどんな生活をしてきたのか、説明が行われた。
だいたい事実に基づいた説明が行われたんだけど、大きな違いは、全て父親のせいにして母親も被害者になっていることだ。
暴力は振るわなかったけど、あの男は魔力のない子供が生まれたことを夫人のせいにしてさんざん暴言を吐き、夫人が人前に出るのを禁止した。
夫人は恐怖とショックで部屋に閉じこもり、子供たちの面倒も見られなくなってしまった。
そしてカルヴィンは全寮制の学園に追いやり、私は領地で病気療養をしていることにして屋根裏に隔離し、存在をなかったことにしたという話にしたの。
ほとんど事実ではあるわね。
「レティシアは眷属が育ててくれたようなものなんだ」
「それでオグバーンが王宮に連れ出すことが出来たんですね」
領地で病気療養している娘がいたら、母親なら何があっても領地に様子を見に行くべきなんじゃないか? と思う者はいなかったようだ。
鞭をふるうあの男を見ているから、納得したんだろう。
「では若旦那様もお嬢様も暴力を受けはしなかったんですね」
「そうだよ。そこは安心してくれ」
そういう話にするということは、前もって聞いていたから構わない。
私は社交界に出たくないので、夫人に動いてもらうためにはそのほうが都合がいいのよ。
カルヴィンが母親を心配する気持ちもわからないではないしね。
だからって許したわけじゃないから、それで問題が起こっても私は助けないと明言してある。
神獣省には顔を出すけど、今後屋敷で生活することはないってこともね。




