巫子派? 聖女派? 3
「それはよかった。それで国境線での功績を讃えてぜひ巫子にも何か謝礼を受け取ってほしい。すでに国王や大神官と同等である以上、身分は必要ないだろう。それならば領地を……」
領地と聞いてつい反射的に、胸の前で手をクロスしてバツ印を作ってしまった。
「駄目か」
陛下もアニタ様も笑ってしまっている。
だったら聞かないでよ。
「私に領地経営は出来ません。今後もやらなくてはいけないことがたくさんありますし、結界強化という重要な役目もあります」
「領地経営は専門家に任せるという手もある」
つまり税収だけもらっておけってことでしょ? そういうの嫌なのよ。
領主になるなら、領民には安定した平和な暮らしをしてほしいって思うじゃない。
「領地いる?」
念のために眷属に聞いてみたら、三人とも興味なさそうに首を横に振った。
「必要以上に人間に関わりたくない」
意外。
アシュリーは人間の知り合いが一番多いから、人間が好きなのかと思っていた。
「私たちは神獣様とレティのために動いているの。他の人間のために動くのは、それが今は必要だと思うからよ」
そう答えるサラスティアは、私が見たことのない冷たい表情をしていた。
私はレティシアではないから、神獣様の力が失われていくのを見ているしか出来なかった眷属たちの気持ちを、ちゃんと理解出来ていないのかもしれない。
さっきからあまり話さなかったのは、周りに見知らぬ人間がたくさんいて嫌だったのかも。
知らず知らずのうちに私は彼らに負担をかけていたのかな。
でもさ、神殿の中だけで生活するのってつまらなくない?
今は神獣が弱っているから仕方ないけど……。
「あ」
「あ?」
「あの陛下、褒美がいただけるのでしたら」
「ああ、なんでも言ってくれ」
「人の住む地域から離れた森か山か、ともかく大自然の中の土地を少しいただけませんか。そこに家を建てて住みたいと思います」
そうよ。カルヴィンに屋敷をもらったら、いつまでもクロヴィーラ侯爵領にいないといけなくなるじゃない。
カルヴィンのことはそれなりに信用しているけど、神獣の巫子はクロヴィーラ侯爵家ともきっちりと距離を取って付き合ったほうがいいし、人間と関わらないでのんびりできる場所が必要よ。
「神獣様の力が戻った後に神殿から出て、のんびりと過ごせる場所がほしいと思っていたんです。妖精たちだって自然の中で遊べるのは嬉しいのではないでしょうか」
リムが嬉しそうに私の足にまとわりついて、ブーボがアシュリーの肩の上で忙しく首を動かしている。モモンガ軍団までいつのまにか眷属たちの足元に集まって、落ち着きなく周囲を見回した。
そうかそうか。
きみたちだって広い場所で思いっきり駆け回りたいか。
「まあかわいい」
「あれが妖精」
女性たちには大人気だ。
見えるということはランクA以上の魔力があるって証明にもなるから、優越感も満たせて一石二鳥なんだろうな。
「レティ、俺たちに気を使う必要はない」
「そんなんじゃないのよ、フルン。私がそうしたいの。クーパーに料理を作ってもらって、草原でみんなで食事をしたいわ」
「それは……悪くはないが」
「素敵。レティは本当にやさしい子ね」
サラスティアが嬉しそうでよかった。
私は優しいんじゃなくてお世話になっているお礼がしたいだけだけど、神獣が元気になっても、結界が強化されても、神獣や眷属とは仲良くしたいもん。
「それだけでいいのか? 何なら山のひとつやふたつ」
「いらないんで」
「陛下、ラングリッジ公爵領に美しい湖のある自然豊かな場所が……今は木々が枯れてしまっていますが、昔は風光明媚だった場所があります」
クレイグ? 何を言い出しているの?
ラングリッジ公爵領が狭くなるのよ?
「おお、そうだな。あそこにしようか」
「お待ちください陛下。国境近くにも天候が回復すれば豊かな自然が戻ってくる土地がたくさんあります」
「うちにもありますよ。山頂からの眺めがとてもいい場所があります」
「それなら我が領地だって」
公爵のみなさん? 何を言っているんですかね。
「わかったわかった。いずれ天候が回復した後に、順番に各地を回って巫子に選んでもらおう」
「それはいいですね」
「賛成です」
「えー、うちでいいのに」
デリラまで……。
そんなふうに言ってもらえるのは嬉しいよ。
嬉しいんだけど、聖女に会ったら、みんな彼女と親しくなろうとして、私のことなんて二の次になると思っていたから、話の展開が予想と違いすぎてついていけなくなっている。
元居た場所に帰るために移動する私を見る貴族たちの視線が、明らかに行きより帰りのほうが強くなっていた。
陛下にあそこまで気にいられているって知ったら、無関心ではいられないよな。
これから聖女がせっかくお披露目されるのに、神獣様とその関係者に対する興味が爆あがりしているのは大丈夫だろうか。
「もうひとつ、皆に重大な発表がある。やっと聖女が見つかったということで、皆の前で聖女であることを証明し、今後のことについて話をしたい。大神官と聖女をお通ししてくれ」
陛下や公爵たちが入ってきた扉がもう一度開かれ、神官に囲まれた大神官と聖女がようやく登場した。
湯浴みをして髪を整えたアリシアは美しかった。
美貌の女性なら見慣れているはずの貴族たちからも感嘆の声が上がったほどだ。
目も鼻も口も、あるべき場所にあるべき大きさや形で計算尽くして配置された顔は、ほぼ左右対称で人間の美しさというよりCGで作られたキャラの美しさにも見える。
そこまで美しくすると似た顔になるようで、アリシアと大神官は親戚かと思うほどに似たような顔だった。
以前のようにきんきらではないけど、見事な刺繍の施されたローブ姿の大神官と、聖女用の白いローブを着たアリシアが並ぶと、なぜかありがたい雰囲気がしてくる。
思わず祈りを捧げている人もいるくらいだ。
「綺麗でしょう?」
私が得意げになるのもおかしいんだけど、周りの男どもがうっとりしているのを見て、カルヴィンも見惚れているんじゃないかと思って振り返ったら、すんと冷めた顔でアリシアを見ていた。
「まあそうだな」
どういうこと!?
クレイグといいカルヴィンといい、男としてどこかおかしいんじゃないの!?
あの美人を見てときめかないの!?
「レティシア、カルヴィンの好みは赤毛で目元がきりっとした女性だ」
「なにその具体的な特徴は」
「余計なことを言うな」
うわ、否定しないよ。
なに? 特定の相手がいるの?
「妹とそういう話をするのはどうなんだ」
「大丈夫ですよ。私は兄の好みを知っていますよ」
むっとしたカルヴィンにデリラが笑顔で話しかけた。
「それは僕も知っているよ。僕みたいな黒髪がいいんだろう?」
「おまえじゃない」
なにか男どもが言っているけど、今は余計に頭がごちゃごちゃになるから気にしないでおこう。
つまりふたりにとってアリシアは、好みのタイプじゃないってこと?
「男がみんな同じ女性を好きになるなら、人間はとっくに滅んでいるよ。好みは人それぞれだよ」
「それは……言われてみれば確かに」
じゃあ、聖女がきたら巫子の私は劣化聖女扱いになるんじゃないかとか、聖女にみんなが夢中になってラングリッジ公爵騎士団で居場所がなくなるんじゃないかとか、そういう覚悟は全て無駄だったってこと?
ラングリッジ公爵家の人たちは聖女を嫁にしたがって、クレイグも聖女に惚れるんだとばかり思っていた。
……改めて考えると、ずいぶん暗い考え方だな。
ここまでいろいろ協力してきたのに、急に態度を変えるような人たちだと思っていたってことよね。
でもいるのよ、そういう人間は。
家族ですら簡単に捨てるような奴らが。
「まずは彼女が聖女だということを証明する。バート、こちらへ」
魔素病で変形した体を治すことで、聖女だということを証明するのよね。
まさか最初から陛下の体に魔法を使わせるわけにはいかないから、今回はSランク冒険者のバートが協力してくれることになった。
ラングリッジ公爵騎士団の騎士だと特定の貴族と近すぎるから、冒険者のほうがいいだろうってことになったらしいよ。めんどくさいね。
バートは有名人なので、彼が前に出てくると特に女性陣が前のほうに出てきて、うっとりと彼の姿を見つめた。
最前線で戦う彼は騎士に負けないほどに体を鍛えていて逞しい。
だが、上着を脱いでシャツの袖をめくると、鍛えた腕ではなく硬く変形し灰色になった魔獣のような腕が見えて悲鳴があがった。
「聖女」
「はい」
大神官の声に頷き、アリシアはバートの傍に行き、彼が前に伸ばした腕にそっと触れながら口の中で何か呟いた。
呪文か何かなのかな?
すぐに彼女の体が金色の光に包まれ、見る見るうちに甲羅のような硬い皮膚が消えて、しっかり筋肉のついた彼本来の腕になった。
「いい筋肉だわ」
無言でカルヴィンに軽くどつかれたので、大袈裟によろめいてみせたらクレイグに抱き留められた。
「だから独身女性に簡単に触るなって言っているでしょ」
「クレイグ、きさま」
「しっ。こんなところでじゃれているからだろう」
聖女の奇跡を目の当たりにして、大喝采中だから大丈夫よ。
聖女が見つかったので結界が強化できる。神獣も徐々に力を取り戻しつつある。
これでこの国は救われるっていうんで、すっかり晴れやかな顔つきで騒いでいる。
当人たちはこれからが大変なんだけどね。
聖女はこれから神聖力の使い方を学ぶって、みなさん忘れていませんか?
「ではすぐに陛下の魔素病も治してもらわなくては」
「これで安心ですな」
盛り上がっている貴族たちの中に、マクルーハン侯爵の顔も見える。
陛下の前だというのに、特に若い貴族は聖女と大神官を取り囲むほどの興奮状態だ。
だが聖女は、大神官の背に体を半分隠したような位置で俯いて話さない。
「落ち着け。これは最上級の癒し魔法なので魔力をかなり多く使用する。続けての使用は出来ない」
興奮していた人たちが一瞬固まり、冷や水を浴びたように静かになった。中には私のほうを見る者までいる。
私もね、きみたちと同じで魔法を使う時には魔力を消費するということを忘れていたさ。
私が延々と魔力吸収を続けるのを見ていたから、聖女も同じくらいの勢いで治療が出来ると思っていたでしょ。
聖女は魔力を使うの。
私は魔力を吸収するの。
やっていることは真逆なのよ。
「な、なるほど。確かにそうですな。それで何時間くらいたてば魔法を使えますか?」
「四時間から五時間だな」
「魔力回復速度がかなり早いですね」
イライアスがフォローしたからいいけど、貴族のほとんどが一瞬がっかりした顔をしていた。
あそこまで変形した腕を元に戻せるのよ?
たぶん欠損だって治せちゃう魔法よ。
それを四時間おきに使えるってチートでしょうが。
弟のケヴィンの回復に魔力を使わなければ、ポーションを飲んで陛下の治療も出来たんだよな。
そうしたら貴族たちの印象がもっとよくなっていたんだろうけど、こればかりはしかたない。
家族を心配してしまったアリシアを責めるのは酷だ。
ポーションって続けて飲むと体に悪いのよ。
特に魔力回復ポーションは気をつけないといけないから、魔力吸収でもポーションは一本までにしている。
「聖女がなかなか見つからなかったのには理由がある。この悪天候のせいで彼女も苦労してきたのだ。それについてはハクスリー公爵が説明してくれる」
魔晶石を盗んで売り捌いていたことを発表するとは思わなかった。
彼女は被害者の立場だということを強調していたし、すでにラングリッジ公爵騎士団の重傷者の治療を優先して行うことで、ラングリッジ公爵家は罪に問わないという約束が出来ているという話なので、アリシアに同情的な人が多そうではある。
女神が贔屓しているし大丈夫なんだろう。
あとから見つかるよりは発表しちゃったほうがいいのかもね。
彼女を手に入れたい貴族たちは、こぞって彼女のことを調べそうだしな。
弱味だと思われたら面倒だ。
「聖女の身元引受人は大神官がなり、今後神殿で神聖力の修行に入る。ラングリッジ公爵領での治療が終了した後は、各地に神官と共に赴き治療してもらうことになる」
「それはいつごろからでしょうか。そしてどういう順番で治療を進めていくのでしょうか」
質問したのは若い男性だ。
自分の領地に来てくれれば、お近づきになれるかもしれないもんね。気持ちはわかるよ。
ということは、私が行かなくてはいけないところは少なそうね。
よし、剣の修行を頑張っちゃうぞ。
身体も鍛えなくちゃ。
「そうだな。二週間後くらいからかな」
「あの」
ようやくアリシアが口を開いた。
「魔素病はそんなに広い地域に広がっているんでしょうか」
やっぱり声も可愛いね。
ちょっと怯えている感じが保護欲をそそるんじゃない?
「いや、痣が出るほどにひどい地域はそれほどないな。それにラングリッジ公爵領周辺は、二週間後には巫子が治療を終わらせているだろう」
そりゃね。
痣なら魔力吸収で治療出来るからね。
「待ってください。症状が出ていなくても闇属性の魔力の影響は、多くの人が受けています」
「そうです。私たちも治療してほしいですわ」
騒いでいる人の中には、私が魔力吸収をしたばかりの人もいた。
聖女に近付く言い訳がほしいだけでしょ。
「症状が出ていなくては治療できません」
え?
「私の魔法は治癒の魔法です。病気の予防は出来ませんし、ましてや魔力の属性をどうにかするなんて出来ません」
そうなの?
いや、そうか。そうよね。
「レティシア、出来ると思っていただろう」
カルヴィンに呆れた様子で言われたから思いっきり力強く頷いた。
「というか、そこまで考えていなかった」
聖女がいれば、楽が出来るとしか思ってなかった。




