巫子派? 聖女派? 2
「それで隣国はその後どうなんです?」
砦に残っても私に出来ることは何もなかったとはいえ、さっさと立ち去ってしまったから気になっていたのよ。
「ああ、それがですね、うちの国に手を出すと大変なことになると思ったんでしょうな。両者の間に大きな誤解があったようだ。王族が結界を放置し国を滅ぼしてしまうと、助けを求めてきた貴族がいたので急を要する事案だと考えてしまったのだ。第二王子が改めてお詫びに伺うという書状を持った使者が来ましたので、今頃警備の兵士に連れられて王宮に向かっているはずですよ。アシュリー様のおかげで、我々は彼らを追い抜いて転移魔法でここに来てしまいましたよ」
はっはっはと豪快に笑っている彼の隣にいた武闘派のおじさんが、続きを話してくれた。
「それに、迷惑をかけた詫びとして、たのんでもいないのに大量の物資を砦まで運んできましたよ。それはありがたく頂戴しておきました」
あれだけ一方的にやられたらそうなるか。
まだ怒りが収まらなくて、私たちが王宮までやってきたらと考えたら怖くて眠れないんだろうな。
「それに隣国だけではなく、周囲の国々からも援助の申し出が急に増えているんだとか」
「調子がいいな。隣国の第二王子は聖女との面会を求めてくるんじゃないですか?」
「ああ。ありえますな」
第一王子は跡継ぎだからと、危険な巫子や眷属のいる国に行かされることになった第二王子としては聖女発見のニュースはラッキーだったわね。
うまくいけば聖女に会えるかもしれないし、もっとうまくいけば聖女の心を射止められるかもしれない。
「で、その貴族は誰だか実名が出ているんですか?」
「出ているそうです。残念ながら私は聞いていませんが」
そう言いながらも彼らはちらりとマクルーハン侯爵に視線を向けた。
いや、それはないでしょう。
王族が処刑されてしまって、一番損をしているのは彼なんだよ?
娘が王妃だったからこそ王宮で力を持てていた彼からしたら、隣国が攻めてくるなんて何も得る物がない。
「何が言いたい。無礼だろうきさま」
国境を守っていた彼らはギレット公爵の関係者で、身分的には伯爵以下の人達ばかりだ。
今まで宮廷でもトップの力を持っていたマクルーハン侯爵にしてみたら、格下の相手にそんな態度を取られるなんて許せないんだろう。
声を荒げて詰め寄ってきた。
「これは驚いた。隣国から我が国を守り、魔素病の治療にも活躍している巫子様に無礼な態度を取っていたあなたが、よく私たちの態度に文句を言えますな」
「巫子様と眷属の方々がいらっしゃらなければ、今頃この王宮は隣国の兵士に占拠されていたかもしれないんですよ?」
「巫子がいないと国境を守れないというのなら、おまえたちが無能だということではないか」
もともと注目を集めていたというのに、大声でやり合うから見物人が集まってきたわよ。
貴族ってもっと遠回しに嫌味の応酬をするもんじゃないの?
こんな直接的にぶつかるの?
「みなさん、やめてくださらない?」
夫人がハンカチで口元を押さえながら、カルヴィンの肩によろめくように掴まった。
「そのような大声で乱暴なことをおっしゃらないでいただきたいですわ。この場には大勢の女性がいますのよ。まだうら若い御令嬢もいらっしゃるの」
あっという顔で周囲を見回した男性諸君、私もうら若い御令嬢だっていうことを忘れてはいないかね。
女性の前で乱暴な言葉を使っちゃいけないって決まりがあったの?
えーーーーー。初めて聞いたんですけど。
「少々声が大きすぎましたな。申し訳ありませんでした。クロヴィーラ侯爵夫人」
「本日は侯爵は……ああ、失礼。御子息が侯爵をお継ぎになったのでしたな」
「夫は復興のために領地に戻っております。本日は急なお話でしたので出席できませんのよ」
「おお、領地復興の先頭に立っていらっしゃるとは素晴らしい。御立派な御子息と巫子がいらっしゃるのですから安心してこちらは任せられますからな」
今まで十年以上、けなされることはあっても褒められたことのなかったクロヴィーラ侯爵家がこんなふうに言われる日が来るとはね。
夫人だけじゃなくてカルヴィンも感慨深げな、でもちょっと複雑な心境なんじゃない?
「おや、動きがありましたな」
私たちが入場した出入り口とは反対の壁にも、大きくて立派な扉があったのは気付いていた。
玉座のすぐ近くにあるから王族専用なのかと思っていたんだけど、扉が大きく開かれて、中からぞろぞろと大勢の人が出てきたってことは、そうではなかったらしい。
「公爵家が勢揃いだね」
カルヴィンが小声で呟いた。
確かに四大公爵が揃っている。
「他の人たちは?」
「夫人や直系の家族たちだ」
ああそれで、若い人もいるのね。
「聖女の後見人を決めたんじゃないか?」
カルヴィンと同じ考えのようで、マクルーハン侯爵は苦々しい顔つきで公爵家の面々を睨んでいた。
なるほど。実の娘が処刑されたのに公の場に姿を現したのは、聖女を囲い込みたかったからか。
ここに集まった貴族の多くが、聖女の後見人になることで権力を得られるかもしれないと考えているのかも。
「でもそれなら、フレミング公爵になったんじゃない? 聖女の家族を援助しているのよ」
「そうなんだ。じゃあ正式に任命されたかもね」
誰もが注目する中、ラングリッジ公爵であるクレイグと妹のデリラは、私たちを見つけてすぐに他の人達と離れてこちらに向かってきた。
マクルーハン侯爵のほうを睨んで、ずかずかとまっすぐにこちらに向かってくるクレイグの迫力に押されて、人々がさーっと左右に避けて道が出来て、そこを堂々とデリラが口元に笑みを浮かべて、でも視線はやはりマクルーハン侯爵からそらさずに歩いてくる。
なにこの戦闘民族。
なぜかイライアスもいて、彼らに続いて嬉しそうにこちらに近付いてくるもんだから、それはそれでこわいわ。
もしかして誰か、彼らに私がマクルーハン侯爵に絡まれてるって知らせた?
他の公爵家の人たちは謁見室に入ってすぐのところでそれぞれ固まって、何か話し込んでいる。
若い人たちはクレイグやデリラの行動に気付いてこちらに視線を向け、私の背後にいる眷属やカルヴィンに視線を向けはしたけど特に表情は変えない。
身長的に私を見る時には視線を下げないといけないので、私のことも見ているなというのはわかるけど、少なくとも私にはあまり興味がなさそうだ。
「きみたちも来ていたのか」
「ラングリッジ公爵様、おひさしぶりです」
「ひさしぶりではないだろう。あれからまだ数日だぞ」
「お、そう言われてみればそうですね。もうだいぶ経っているような気でいました」
武闘派同士は気が合うんだろう。
クレイグと話すごついおじさんたちは嬉しそうだ。
マクルーハン侯爵はクレイグがこちらに来るのに気付いてすぐ、さっさと人混みの中に逃げていってしまった。
「大魔道士もいるの?」
私はイライアスに話しかけた。
聖女に会ったはずなのに、デリラに向けるまなざしに変わりがないというのは素晴らしい。
「帰りましたよ。聖女の護衛に女性の魔道士を何人かつけることになったので、その準備があるんです。私はここで情報収集する係なんですよ」
おお、聖女に魔道士の護衛をつけてくれるのは安心だわ。
私には眷属という最強の保護者がいるけど、神殿ではどこまで聖女を守れるのか心配してたのよ。
「聖女が今後どこで修業をするか、生活はどこでするか、いろいろ話し合っていたのよ」
デリラが私のすぐ横に来て、小声で話した。
「公爵家の若い男性のほとんどが、聖女の可愛さに気を取られてしまったみたい。ぜひ我が家にって言いだしてなかなか決まらなかったの」
それが普通の反応よね。
ようやくそういう話が聞けて、むしろ安心したわ。
「あれは駄目ですね」
だから、イライアスの言葉にびっくりしてしまった。
あれ呼ばわり?
「そうだな。頼り癖がついていて自分で決断できない」
クレイグまで!?
「一緒にいた幼馴染に頼り、冒険者の仲間だった男に頼り、今度はきみにも頼り始めているようだ」
「私? 大神官じゃなくて?」
「大神官とは会ったばかりだから、まだ親しくは思えないんだろう」
私も会ったばかりですけど?
幼馴染はべつにして、頼る相手はちゃんと選びなさいよ。
「目立つ人がまた来るね」
カルヴィンの視線の先に目を向けて、頭を抱えたくなった。
ギレット公爵とそのご家族たちが、ぞろぞろとこちらに歩いてくる。
砦にいた時に、息子さんたちとも挨拶をしたし話もしたのよ。
ふたりとも私とは十五歳くらい年齢が離れているので、小さな女の子がすごいなと感心されたものよ。
ギレット公爵夫人はすでに亡くなっているんだけど、息子はふたりとも結婚しているので奥さんも一緒で、ギレット公爵を先頭に夫婦並んで歩いてくる彼らの後ろに副官や側近までいるもんだから、けっこうな人数よ。
クレイグたちがこちらに来るときにみんなが避けてくれて出来たスペースが、ギレット公爵たちを通すために更に広がって、横に三人くらいは並んで歩けるほどの通路になってしまった。
「先日はいろいろとお世話になりました」
眷属に話しているのよね、ギレット公爵。
頭を下げないで。私に対してやっているように見えるから。
「周辺国からの援助が続々と送られるおかげで、戦闘に参加した兵士たちにもしっかりと報奨金と食料を渡すことが出来ましたし、物資を各地に運搬するという仕事が出来たので、多くの兵士が新しい仕事を見つけることが出来ました」
「問題はこれからだ」
「はい。勝利の興奮が冷めた後が問題です」
眷属は立場的には人間より女神に近いから、フルンは相手が誰であろうと態度が大きい。
それを気にしないどころか、ギレット公爵はフルンを気に入っているのか言葉が返ってきただけで嬉しそうなのよ。
武闘派って上下関係に厳しいけど、それよりさらに強い相手への敬意が強くて、眷属たちは英雄扱いだ。
他の公爵たちも転移魔法のお世話になっているので、眷属には頭があがらないんだよね。
クロヴィーラ侯爵家と神獣省って、これから動き方に気をつけないと権力が集まってくる危険があるんじゃない?
カルヴィンは大丈夫よね。
マクルーハン侯爵みたいにならないでよ。
「カルヴィン、もう少し端に行かない?」
「どうした?」
「目立ちすぎる」
「……きみが移動したら、全員ついて行くと思うよ」
うがあああ。まじか。
「ほら、陛下のご入場だよ」
「聖女は?」
「さあ?」
お願いだから道を閉じて。
陛下とアニタ様が人々の歓声と拍手で迎えられて仲睦まじく入場して、玉座の前に進む様子がとってもよく見える。
私から見えるということは向こうからも見えるってことで、陛下もアニタ様も私を見つけて親しみのある笑顔で会釈してくれてしまった。
国王が玉座の前で会釈すんな!
アニタ様、自分の息子より私に親しげにしないで。あなた王妃だから。
聖女に会ったんだよね?
話をしたんだよね?
なに? ラングリッジ公爵家は癒しの魔法が使える聖女より、拳で語る女がいいの?
美しさより筋肉が大事なの?
「どうやら聖女のお披露目の前に、国境紛争の功績者に褒美が渡されるようだね」
「ああ、それでみなさん、こちらに集まったのね」
「巫子や眷属に挨拶したかっただけだが」
「あいかわらず小さいなあ」
「何をおっしゃっているの。こんな可愛らしい方だなんて、話とは違うじゃありませんか」
ギレット公爵家では、どんな話になっていたんでしょうかね。
それに陛下が話しているのに私のほうを見ていていいんですかね。
「神獣の巫子様。前にどうぞ」
私も? え?
「よろしければ眷属の方々も前にお進みくださいますか?」
進行の人が眷属相手に気を使ってくれているな。
三人のほうを見たら頷いてくれたので、一緒に前に行くことにした。
さっきからほとんど話に加わってこないから、気になっていたのよね。
なぜかリムが尻尾をぴんと立てて先頭を歩き、その後ろに私たちが続く。
玉座の前に到着するより早く、陛下とアニタ様は玉座から降りて、私たちと同じ高さの場所で待っていた。
「此度の戦に勝てたのはみなさんのおかげだ。特に眷属の方々の転移魔法には助けてもらってばかりです。おかげでこうして王妃も無事に王宮に到着出来たし、四大公爵家が一堂に会することが出来た」
そうだった。
巫子は国王と同等だった。
玉座の上から見下ろすわけにはいかないってことか。
「お役に立てたのならよかったです。陛下に譲っていただけた魔晶石のおかげで、神獣様も少しずつ回復しています。国がいい方向に向かっているようで嬉しいですわ」
大丈夫だよね?
私、変なこと言っていないよね?
「それはよかった。それで国境線での功績を讃えてぜひ巫子にも何か謝礼を受け取ってほしい。すでに国王や大神官と同等である以上、身分は必要ないだろう。それならば領地を……」
領地と聞いてつい反射的に、胸の前で手をクロスしてバツ印を作ってしまった。




