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体が弱いのを忘れがち   1

「レティ、きみも執事は知っているだろう?」


 フルンに聞かれて、私は小さく頷いた。


「はい。オグバーンを案内してきたり、王宮に呼び出されるときに私を馬車に連れて行くのは彼の役目だったわ」

「オグバーン? 王宮? どういうことだ!」


 侯爵に詰め寄られ、執事は逃げ道を探して後退ったが、戸口には夫人と侍女がいる。

 彼女たちの後ろにはサラもいるはずだ。


「何か……誤解があるのでは?」


 逃げられないと悟った執事は、背筋を伸ばして襟元を正し、澄ました顔で答えた。

 根性あるよね。

 私には出来ないわ。


「父上はレティシアが神獣様の巫子で、女神さまのご加護を受けているということを知っていたんですか?」

「いや、先程初めて聞いた。それは本当なんですか? この娘は魔力がない出来損ないで……ぐほっ」


 ブーボが侯爵に体当たりを食らわせた。


「愚か者が。それが自分の娘に対して言う言葉か!」

「レティシアには私達が見えているし、会話も出来ているのがわからないの? 馬鹿なの?」


 びっくり。

 リムがカルヴィンの頭の上に飛び乗るとは思わなかった。

 不機嫌そうに尻尾を揺らすから、彼の耳にぺしぺしと尻尾が当たっているじゃない。

 一番驚いたのは飛び乗られたカルヴィンで、振り落とすわけにもいかず、くるりと私のほうを向いてリムを指さした。


「よ、妖精が……」


 あ、喜んでるな。

 口元が緩んでる。


「気に入られたのね」

「レティの味方なら、仲良くしてあげるわ!」

「ありがとう」

「ふん。当然よ」


 どやっているリムはかわいいのに、残念ながら頭の上にいるからカルヴィンには見えないね。

 侯爵のほうは、妖精に攻撃されて怒鳴りつけられて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 全く役に立たないお荷物だと見捨てた娘が、実は神獣の眷属や妖精に守られるほどの重要人物だって聞いて、どんな気持ち?


「いったい……何が……」

「レティシアはあらゆる属性の魔力を無属性に変換し、神獣様に渡すことが出来る。世話役が道具を使って行っていた作業を一瞬で行う能力を持っているんだ」

「そ、そんなまさか」


 フルンの説明を聞いて室内の人たちの注目が一気に私に集まったので、ついどや顔をしそうになったけど、怯えたように弱々しくしないといけないんだったわ。

 困ったように俯いて、カルヴィンの背後に隠れた。

 今更感がすごいけどね。


「神獣様はレティが生まれたときに、神獣様の巫子であると国王とおまえの弟には知らせていた。おまえは神獣省を離れていたから伝えられなかったのだ」

「な……」


 へえ、そうだったんだ。知らなかった。

 ……って、これは知らないと駄目なやつ!

 こんな肝心なことを教えてもらってないって、どういうことよ!


 えーーっとオグバーンっていうのが侯爵の弟で、オグバーン伯爵家の婿養子になったんだよな。

 彼と国王は、レティシアが神獣の巫子だと知っていたのに誰にも知らせずに、神獣の力が弱まるのを放置したのよね。


「魔力がある者が優れている。魔力がない者は貴族としては不適格だという説が浮上したのはいつ頃か覚えているか?」

「……いえ」

「おまえが結婚した年だ。そしてその頃からおまえたちの魔力は弱くなっていった」

「そ……んなまさか」

「おまえの弟は野心家で、成り上がるためには手段を選ばないようだな」


 馬鹿にしたような笑いを含んだフルンの言葉に、侯爵は茫然としている。

 まあしょうがないよね。

 国王が弟と仕組んで自分を排除したって気づきもしないで、彼らの思惑通りに娘を放置して死なせてしまうところだったんだもんね。

 いや、正確には二回も死なせているんだった。


「父上が神獣省を追われ、叔父上が後釜に座ったのを考えれば、陛下と叔父上が何をしようとしていたか予想はつくでしょう? 叔父上も陛下もレティシアの力を利用するために、父上には知られないようにして彼女に接近したんですね」


 カルヴィンも初めて聞く話のはずだけど、その衝撃より父親への憤りのほうが強いみたいだ。


「おまえは理解が早くて助かる。そのとおりだ。神獣様の力を弱めても、レティがいれば回復できる。それでレティに好かれようとして、余計に嫌われていたよ」


 フルンがちらっと私を見た。

 ここは何か言うところね。


「オグバーンは気持ち悪いし、王宮に行くたびに嫌がらせを受けていたんですもの」


 いろいろ思い出してきたぞ。

 そしてレティシアの記憶が蘇るのに合わせて、怒りが倍増していく。

 どいつもこいつも、魔力がないという理由だけで好き勝手しやがって。

 どうしてくれよう。


「拉致まではしなかったんですね」

「カルヴィン、我々の存在を忘れては困る。これでもずっとレティを守ってきたんだ。そこまでしたら我々も黙っていない。彼らもそれはわかっている。今回彼らは、レティを傷つけ本気で我々を怒らせた。もう黙っている気はない」

「し、しかし、神獣様は老いて力が弱まったと聞いていたのですが」


 会話に割り込んできた侯爵を、カルヴィンとフルンは冷めた目で、明らかに馬鹿にした表情で見た。

 美形ふたりに蔑んだ目で見られるって、一部の人には刺さるんだろうけど、侯爵にとっては息子にそんな顔をされるのは屈辱以外の何物でもないだろう。


「老いる? おまえは何を言っているんだ? 神獣様が老いて力が弱くなったということは、この国の滅亡を意味するんだぞ。いや、人間世界が終わると言ってもいい。それなのに人間はなぜ何もしないのだ?」

「……たしかに」


 偉そうにしているだけで、侯爵ってバカ?

 フルンに言われるまで、そんなこともわからなかったの?

 だから弟のオグバーンは、自分ではなく兄が侯爵家を継ぐのが認められなかったんじゃない?

 執事も、弟が当主になったほうがクロヴィーラ侯爵家のためだと思ったのかもしれない。


「つまりレティシアの魔力が戻れば、神獣様の力を回復させ、天候も回復し、この国を救える。レティシアは特別な女の子なんですね」

「その通りだ」


 カルヴィンがにこやかに言い、フルンが満足そうに頷く。

 いつの間にかこのふたり、タッグを組んでいない?


「そういうお話は別の場所でしていただけないかしら?」


 急に夫人が早足で室内に入ってきた。

 慌てて侍女が後をついてきて、最後にサラがそっと扉を閉めてその前に立つ。

 小さいとはいえベッドの置いてある三畳の部屋に、こんな人数が入ったら圧迫感があるよ。


「レティは体が弱っているし、まずは着替えるべきだとは思わない? ねえ?」


 うわ、私に特別な価値があるとわかった途端のこの態度の変化。

 はっきりしすぎて、いっそ見事だわ。


「なれなれしくレティって呼ばないで」

「え?」


 まさか娘に拒絶されるとは思っていなかったようで、夫人は驚いた顔で息をのんだ。


「あなた、夫人に対してその態度は失礼だわ」


 侍女が夫人を庇うように前に出て、私を睨みつけてきた。

 可愛い子だけど、侍女でしょ?

 レティシアは侯爵令嬢よね。


「失礼なのはきみだろう。妹に対してその態度はなんなんだ」


 カルヴィンが侍女が私に近づくのを遮ってくれた。

 侍女たちがレティシアを迫害していて、サラがフォローしてくれていたというのは聞いているけど、まさかここで面と向かって文句を言われるとは思っていなかった。


「で、でも」

「この場できみに発言する権利はない」

「カルヴィン、この子は私のために」


 肩に触れようとした夫人の手を、カルヴィンは乱暴に振り払った。


「あなたは自分のしてきたことが、なかったことに出来るとでも思っているんですか? 何をしても子供は母親の愛を求めているとでも?」


 夫人は振り払われた手をもう片方の手で包むようにして胸に当て、まるで自分が被害者だとでも言いたそうな悲しげな顔をした。

 この人、私とカルヴィンが母親の愛を求めていて、自分がやさしくすれば喜んで尻尾を振るって思っていたの?

 

「初めて会った人に母親面されて気持ち悪い。ねえ、フルン。気分が悪くなってきたから、この人たちを追い出して」


 ちょっと情報の整理がしたいし、夫人がマジで気持ち悪い。

 香水の匂いに吐き気がする。


「いいだろう」


 フルンが言った途端に、侯爵夫妻と執事、そして侍女が消えた。


「すごい」


 追い出せと言ったのは私だけど、まさかこんな風に一瞬で消してしまえるとは思わなかった。

 カルヴィンだけが取り残されて、慌てて室内を見回すために頭を動かしたので、落ちそうになったリムがベッドに飛び移った。


「彼らはこの屋敷で一番大きな食堂に移動した」

「あ、そうなんですか」


 カルヴィンもだけど、私もほっとしたわ。

 異次元に飛ばしたとか言われたらどうしようかと思った。


「夫妻と執事は食堂から出られなくした。あの侍女は出られるし他の者は食堂に入れるので、慌ただしくなるのではないか? それと、明日の朝まで誰もこの屋敷から外には出られない」

「証拠を持ち出される危険も逃げられる危険もないんですね。ありがとうございます」

「急いで動け。侯爵家をこのまま残し、世話役に戻りたいと思うのなら、それに見合った動きをして見せろ」


 フルンが偉そう。

 偉いんだろうけど、ここまで上からモノを言うタイプだとは思わなかった。


「わかりました」


 でもカルヴィンはすぐに頷き、


「きみの部屋を用意してすぐに戻ってくるよ」


 笑顔で言って背を向けて歩き出した。


「私も行くわ。信頼できる人間はあまりいないでしょう?」


 扉の前にいたサラは、カルヴィンのために扉を開け、片手で押さえながら言った。


「……あなたもただの侍女ではないのか」

「そうよ。私も神獣様の眷属よ。レティがこの部屋に追いやられた時から、ずっとそばにいたの」

「レティシアにとっては僕より、あなたやフルン様のほうがずっと一緒にいる家族みたいなものなんでしょうね」

「そりゃあ初対面のあなたと比べたらそうでしょうね。でも大事なのはこれからどんな関係を築いていくかでしょ? ほら、へこんでいる時間はないわよ。侍女長が管理している下級侍女は全員問題ありなんだから」

「まずは帳簿を押さえて、彼女たちの私室を調べないといけませんね」

「そうね。ブーボ、ついてきて」


 サラに呼ばれてブーボが廊下に出てすぐ扉が閉じられ、またフルンとふたりだけになってしまった。

 いえ、リムもいたわね。

 さっきまでと同じメンバーなんだから気にする必要はないんだけど、改めてこの無愛想な男とふたりきりだと何を話せばいいか迷うな。


「体調は大丈夫か」

「ええ。話の途中だったのにごめんなさい」

「いや、いいタイミングだった」

「……カルヴィンには厳しいんだ」


 ぼそっと呟いたら、くいっと片眉をあげて見降ろされたんですが。

 それはどういう表情なんですかね。


「当たり前だろう。愚かな侯爵の代わりにあの男が当主になり、この家を立て直せないのなら世話役は他に探さなくてはいけないんだぞ」

「……まあね」

「わかっているのか? 侯爵というのは王族、公爵家に続く地位なんだ。この国には公爵家はふたつしかない。今はつまはじきにされてはいるが、クロヴィーラは侯爵家の中でも最も格上で財力もある家なんだ」

「そんなお金持ちなの? 神獣省をクビになったのに?」


 あ、そうか。貴族には領地があるんだよね。

 税金が入るんだ。

 知ってる知ってる。そういう小説を書いていたから。

 だからその呆れた顔はやめてよ。


「だってあの侯爵に領地経営が出来ると思わないじゃない」

「その方面だけは優秀なんだ」

「うそ」

「誰にでも得意なことはあるもんさ。さて、俺も少し出てくる。リム、レティの警護は頼んだぞ」

「まかせて」


 大丈夫かな。

 すっかりリラックスして、足元で丸くなっているんだよ。

 それは寝ようとしているんだよね。


 それにしても……あれがレティシアの家族か。

 両親に関しては私の親以上にクソだったけど、カルヴィンの反応は意外だったな。

 神獣の巫子だから……だよね?

 妹だからって、本気で心配しているんじゃないよね。

 だって、初対面と同じようなものなんだよ?


「ねえ、レティ」


 毛布の上で丸まっていたリムの耳がぴくぴくと動いて、顔をうずめていた前足の間からちらっと丸い瞳がのぞいた。


「どしたの?」

「あれでもフルンはいいやつなんだよ。レティのこと気に入っているよ」


 ははあ。フルンの愛想のなさに、私がやつを嫌いになったかと心配してるのか。


「わかってるよ。不器用さんなんだね」

「そうそう」

「フルンもサラもブーボも、もちろんリムも、傍にいてくれて嬉しい。頼りにしてます」

「ふふん」


 リムは尻尾をゆらゆらと揺らしてからぱたんと毛布の上に落とし、そんなに長くなるのかと驚くくらいに体を伸ばして伸びをした。

 猫動画は見たことがあったけど目の前で見るのは初めてだから、何時間でも眺めていられそう。


「カルヴィンもレティのこと気に入ってるよ」

「え?」

「ここにくるまでずっと、レティは無事なのか? 怪我はないのか? これから普通に生活できそうなのかって聞いてた。うっさい、わかんないって言っているのに」


 それだけだと気に入っているかどうかはわからないなあ。

 神獣の巫子と聞いたら心配はするよ。


「彼は自分のことを先に心配したほうがいいんじゃないかな」


 家に帰ってきてすぐにこの騒ぎに巻き込まれた彼も気の毒ではあるけど、自分の未来がかかっているんだから頑張ってもらいましょう。


「あ、誰か来るよ」

「やだ。誰かな。楽しくなってきた」

「いい性格してるなあ。そういうの好き」


 うふふと笑い合って、近づいてくる足音に耳を澄ましながら扉を見つめた。



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