聖女と巫子の遭遇 4
たぶん私は、親というものに理想を追いすぎているんだろう。
親だから自分が犠牲になっても子供を守るべきだとか、子供に愛情を注ぐべきだとか、尊敬できる行動をするべきだとか……。
親だって同じ人間で、子供が出来たからといって急に成長できるわけがないってわかっているのに、歯がゆくて、ついきついことを言ってしまう。
じゃあおまえは出来るのかと言われたらきっと無理で。
だから私は結婚して子供を育てるなんて考えたことがなかった。
「申し訳なかったね。指摘されるまで気付けなかったなんて情けない」
娘と同じ年齢の赤の他人に勝手なことを言われたのに、ボールドウィン男爵はエイダとドリスの傍に行き頭を下げた。
「そ、そんなとんでもないです」
貴族に謝罪されると思っていなかったのか、エイダもドリスも慌てて立ち上がり、あたふたと手を振っている。
「まだきみたちが送ってくれた資金は残っている。エイダくんの御両親は今も屋敷に残って家を守ってくれているんだ。ドリスくんの御両親はトリストンに住んでいるんだったね」
「トリストンか。たしか隣の領地最大の街だったな」
フレミング公爵の領地も同じ地方にあるんだって。
その関係で、ボールドウィン男爵家を保護してくれたらしい。
「残りのお金をふたりの両親に間違いなく渡すから安心してくれ」
「それは……ありがとうございます。でもあの、村のみなさんは大丈夫なんでしょうか」
「もう私の領地にはほとんど住んでいる人はいないんだよ。私たちもフレミング公爵の許で働いているんだ。まさかこんなに長く悪天候が続くなんて思ってもいなくてね、巫子様が言う通り、領主として何も出来なかった」
いい人なんだよなあ。
こんなふうに謝罪して、自分の落ち度を認められる貴族って他にいないんじゃない?
少なくとも裁判の会場にいた貴族たちは、どいつもこいつも性格悪かったわよ。
ただ、上に立つ人間は清廉潔白なだけじゃやっていけないんだよね。
ボールドウィン男爵家って詐欺にまんまと騙されるか、宗教にはまりそうなタイプだわ。
「あの、横から失礼します。復興はこれからだし、出来れば早めに領民を村に戻したほうがいいですよ」
こうなるとほっとけなくなるんだよなあ。
私も騙されやすいタイプなんだろうね。
「陛下やラングリッジ公爵が巨大な魔晶石をたくさんくださったおかげで、神獣様は予定よりかなり早く力を取り戻しつつあります。まだすぐにどうこうと言えるほどではありませんけど、アリシアさんが聖女なら強い神聖力を使えるようになるんですし、作物を育てる準備をしたほうがいいと思います」
「いや……しかし、私どもの土地より先に神聖力を必要としている土地があるのでは?」
「それ、あなたの悪いところよ」
むっとして声が低くなった私に、ボールドウィン男爵はびくびくしている。
王太子をぶっ飛ばしたって話が伝わっているんだろうな。
ここで突然、椅子を投げつけるくらいのことはすると思われていたりして。
「なぜ、他人を優先するの? あなたの周りにいる人たちは後回しでいいの? なんで? 家族だから? わかってくれると甘えているの?」
「あ……いえ……」
「あなたは領主として領民を守る責任があるの。父親として家族を守る責任だってあるでしょうが」
「巫子。子供のいる前でそんな頭ごなしに怒らないでやってくれ」
ああ、いけない。またやってしまった。
「ごめんなさい。家族や領民のことを一番に考えてほしくてつい」
「言っていることには、私も全面的に同意するよ。おそらく男爵という立場のせいで、いろんな圧力をかけられて、周りへの気遣いを優先させるのが当たり前になっているんだよ」
平民から見たら貴族様だけど、貴族の中では身分が低い。
確かに気を使わなくてはいけない相手が多そう。
「でも今回は巫子の言う通りに、まずは領地に神聖力を使ってもらうほうがいい。聖女だって自分の故郷に誰もいなくなるのは嫌だろう。周りからの圧力は心配するな。私や巫子が蹴散らしてやろう」
「嫌味を言われるくらいは覚悟してよ。言われてなんぼだし」
「あ、ありがとうございます」
うーーん。フレミング公爵に何度もお礼を言っているボールドウィン男爵から、仕事に疲れ切った中年のサラリーマンと似た哀愁を感じるなあ。
ストレスが溜まっているところに、私が追い打ちをかけちゃったかな。
「あ……あの……」
じーっと私を見ていたケヴィンが遠慮がちに声をかけてきた。
なんだろう。ぶんぶん振られている尻尾が見える気がする。
「えーっと、アリシアさんの弟さんでケヴィンくんだったかな?」
「はい。ラングリッジ公爵閣下やハクスリー公爵閣下から、巫子様のお話をお聞きしました。国境での戦闘にも参加したんですね」
「そうね。眷属が守ってくれるから参加できたのよ」
「はい。転移魔法もすごかったです」
私だけじゃなくて眷属を見るまなざしも、ヒーローに憧れる少年って感じだ。
火事を起こして火傷しながらも両親を連れて脱出した少年にとっては、強い大人は憧れの的なのかな。
「失礼でしたら謝ります。でもあの……巫子様は僕とあまり年齢が変わらないようにお目……おみ、お見かけするのですけども、いくつ……おいくつか聞いてもいいでしょうか」
そんな真っ赤になって聞くようなもんか?
答えようとしたところで扉からぬっと姿を現したクレイグが、眉を寄せて私のほうにずかずかと歩いてきた。
「どうした? 揉めてでもいるのか?」
「なんでよ。話をしていただけよ。ケヴィンくん、私はアリシアと同じ年よ」
クレイグに見降ろされてちょっと腰が引けていたケヴィンは、私の答えを聞いて目を大きく見開いた。
「え? 三つも年上なんですか? ……姉上は年齢の割に老けているんですね」
「は?」
「ぶはっ」
フレミング公爵、笑いすぎですよ。
クレイグもその呆れた顔はやめなさい。
「そうじゃなくて……あとで誰かに聞いてくれる? あと美少女に老けているはないわよ」
「あ、失礼な話でしたか?」
「そんなんじゃないわ。でも話が長くなるから」
「僕はべつに」
「坊主、少しは状況を考えろ。次はそっちのふたりの事情聴取だから、向こうの部屋に来るように言えとたのんだだろう」
「あああ、すみません。巫子様と話してしまって忘れていました」
なるほど。
「私がちょっとボールドウィン男爵にきついことを言ってしまって、話が長くなってしまったのよ」
「きついこと? 何かあったのか?」
「その顔は怖いわよ。それで睨まないで。向こうの部屋でエイダとドリスに聞いてちょうだい」
「……」
不服そうな顔をしないの。
公爵ともあろう者が拗ねているんじゃない。
「その話が済んだら聖女に事情を聴いて、その後に王宮に移動か?」
フレミング公爵はナフキンで口元を品よく拭ってから腕を組んだ。
「聖女が現れたとなると王宮に大勢の人間が集まるだろうな」
「すでに連絡はいれてある」
「どうせ王宮に行くのなら、一度神獣様のところへ行きたいわ。みんなはどうする?」
眷属はここにいる人間の転移をしてもらわなくてはいけないから、誰かしらは残らなくちゃいけないんだよね。
「戻る」
「そうね。まだ時間がかかりそうだから一度戻ろうかしら」
「僕は王宮の様子を見てこようかな」
フルンとサラスティアは一緒に神殿行きで、アシュリーは王宮に移動ね。
「ということなので、あとで王宮で会い……」
話している途中で転移しないでよ。
気付いたら神殿の椅子に転移していて、座面の高さが微妙に違うから椅子から落ちそうになったわよ。
「あの家族、利用されそうで嫌ね」
「聖女と巫子を比べて、聖女を持ち上げようとする馬鹿が出てくるぞ」
転びかけて、どうにか体勢を整えた私の横で、保護者ふたりが真顔で話し合っている。
そんな深刻そうな顔をしなくても、前から貴族の態度なんて予想しているわよ。
裁判の席で暴れた私を嫌う貴族が多いだろうし、魔力がないと思われた時期の自分たちの態度に怒っている私が、何かやり返してくると警戒している貴族はもっと多いでしょ。
「事務所のほうにカルヴィンがいるんじゃない? 聖女が見つかったことを話してくるわ」
「レティ、大丈夫? 嫌なら王宮には行かなくていいのよ」
「やあね、サラスティアってば。私がそんな弱い子に見える? それにアリシアさんとは仲良くなりたいのよ」
「……それならいいけど」
「そんな心配することはないだろう。むしろ馬鹿がわかりやすくていいかもしれない」
「それもそうね」
まだ話し込んでいるフルンとサラスティアとは別れて、私はいつも魔力吸収をしている部屋を出て神殿を進んだ。
あ、ヘザーや警護の騎士を置いてきちゃった。
「レティ、待って。私を連れて行きなさーい」
「リム」
走ってきた勢いのまま、リムは私の肩までよじ登った。
爪がこわいから、出来れば飛んでほしい。
「もう、私やブーボまでおいていくなんてフルンは何をしてるのよ。食事をしてたらいなくなってるんだもん。アシュリーがいてよかったわ」
「ヘザーやエリンも置いてきちゃった」
「ダメダメね」
さっきは心配するサラスティアを宥めていたけど、もしかしてフルンも聖女の関係者を警戒している?
巫子VS聖女の構図にはならないと思うんだけどな。
だって大神官は女神の声を聞いたことのある私に、仲間意識みたいなものがあるみたいだから。
会うたびに親しげになってきている気がするのよ。
「静かね」
魔力吸収をしていた部屋は前のままだけど、その周りはがらんと何もない広くて薄暗い空間になっている。
ラングリッジ公爵騎士団が領地に戻った時に、テーブルなどの什器類を全て持ち帰ったから何も残されていないの。
リムがいなかったら、不気味で走って外に出たかもしれない。
建物から外に出ると、うって変わって魔道灯が灯された明るい渡り廊下が隣の建物まで続いている。
カルヴィンが神殿省で務めたことのある人に声をかけて何人かスカウトし、新人も何人か採用したので、隣の建物の窓からは明るい光が漏れている。
今は就職難だから、いいところの子息が応募してきたそうよ。
実家の領地の場所を調べて、闇属性の影響を受けていそうな場所だったら早めに魔力吸収に行ってあげよう。
それを当てにしている家族にせっつかれているかもしれない。
「巫子様。おいでになっていらしたのですか」
私の姿を見つけて、出入り口の警備にあたっていた兵士が声をかけてきた。
今この建物を警備しているのは、ついこの間まで国境警備に駆り出されていた兵士たちだ。
隣国から国王に戦争なんてする気はなかったんだよ。あなたが国王になったのなら喜んで援助をするよってお手紙が届いたそうで、そうなると国境に配備していた兵士を減らす必要が出るじゃない?
それで移動する気がある人を募集して来てもらったんだって。
王都に住めるし、給料はいいし、仕事は楽だし、サラスティアに会えるし、人気だったそうよ。
「カルヴィンはいるかしら?」
すぐに扉が開かれて、入り口わきの受付に私が来たことが告げられた。
なにも慌てなくてもいいのに、すぐにひとりがカルヴィンに連絡に走って、もうひとりが恭しく私を出迎えてくれた。
ここではいつも、本当に国王と同じような扱いをしてくれる。
廊下を歩けば、窓から私を見つけた人は仕事の手を休めて立ち上がって挨拶してくれるし、向こうから歩いてくる人も、前を歩いていた人も、みんな足を止めて廊下の端によってくれる。
そんなことしなくていいって言っているのにね。
そこはきっちりしなくちゃ駄目なんだって。
着なくてはいけない決まりはないのに、雨や曇りの天候ばかりで毎日寒いので、ほとんどの人がローブを羽織って仕事をしていた。
カルヴィンの執務室には他にふたりの職員とダニーがいて、全員がカーキ色のローブを着ているせいで、神殿というよりは軍の施設みたいだ。
「レティシア、急にどうしたんだ?」
連絡を受けていたカルヴィンは、扉のすぐ近くで待ち構えていた。
「聖女が見つかったの」
「……そうか」
あ、笑顔が引っ込んだ。
カルヴィンだけじゃない。
部屋にいた全員が厳しい顔つきになって私を見ている。
「どんな人だ?」
「すっごく可愛い子よ。見惚れちゃうくらい」
「見た目以外にはないのか?」
「ほとんど話せていないからなあ」
この場にいるのはカルヴィンが信頼できると思った人たちなので、聖女がどういう状況だったのかを私なりに説明した。
もちろんボールドウィン男爵夫妻やケヴィンに会ったことも話したし、ケヴィンに懐かれたことも話したわよ。
私より、周りがぴりついているから安心させたくて、エイダやドリスに感謝されたことまで話してしまったわ。
「そうか。聖女だということを利用して好き勝手するような子ではなさそうだな」
「ないない。夕方くらいには王宮にきて聖女だということを証明して、お披露目になるんじゃないかな」
「急だが、現状ではのんびりしていられないからな。そうなると我々も王宮に行く準備をしなくてはいけないな」
「準備?」
「当たり前だろう。きみは特に念入りに準備しなくては駄目だ」
念入りってどうやって?
「屋敷に行くぞ。タッセル男爵夫人にレティシアのことをお願いしなくては」
ええええ。
このローブを着ていけばいいから、このまま王宮に行く気だったのに!?




