聖女と巫子の遭遇 3
昼食が用意されたのはいつものこじんまりした食堂ではなくて、十人以上座れそうな大きなテーブルのある豪華な部屋だった。
全体的に落ち着いたトーンでまとめられていて、ホテルの高級レストランに来たような感じがする。
今まで使っていたのが家族だけで食事をするときのための部屋で、ここは来客用の部屋なのかな?
今日は眷属が三人揃っていて人数が多いからこの部屋なんだろう。
他にもまだ食事用の部屋が三つあるらしいよ。
金持ちの感覚はよくわからん。
「食べながらボールドウィン男爵家の話をするわね」
フレミング公爵が話してくれたのは、どこかで聞いたことのあるよくある話だった。
ボールドウィン男爵領は農業が盛んなのどかな田舎町がいくつかある場所で、領地のほとんどが森林と農地という人口の少ない地域だった。
しかしある日を境に空に厚い雲がたれこめ、天候が荒れ、植物が徐々に枯れ始めた。
農作物が育たない年が続き、税金を払えない領民が年々増え続け、食べていくのも苦しい生活をする領民が増えたため、ボールドウィン男爵は自分の財産を削って援助を続けた。
でも何年経っても天候は回復せず、ボールドウィン男爵の財産も底をつき、家具や宝石まで売りに出したんだそうだ。
領民たちは素晴らしい領主様だと涙を流して感謝したそうだけど、それってじり貧になるだけで何の解決にもなっていないよね。
それでアリシアが出稼ぎするしかなかったんじゃない?
「モットレイ子爵は金銭的に苦しくなってきたボールドウィン男爵に援助をする代わりに、アリシアを息子の嫁にと五年前から申し出ていたんだ」
「アリシアが冒険者になった年ね」
「そうだ。彼女は幼い頃から癒しの魔法が得意で、将来はヒーラーとして活躍するだろうと言われていた。それだけじゃなく弱いが神聖魔法も使えたようで、彼女が魔法をかけた土地は他より作物が多く実ったんだ」
神殿で修業をしなくては覚えられない神聖魔法を使えたのなら、モットレイ子爵はアリシアが聖女かもしれないとその頃から疑っていたんだろう。
「彼女の能力は徐々に有名になり、いろんな貴族から縁談が舞い込んだ。それでアリシアは親元にいては迷惑をかけるからと冒険者になることを決めたそうなんだ」
迷惑? 何が? 縁談が来るのはいいことでしょ?
家族を養うために冒険者になったんじゃないの?
「十一歳でよくそんな決断をしたものだ」
「十一!?」
「知らなかったのか? 彼女はきみたちと同じ年だよ」
十一で冒険者ってありなの?
それに、冒険者になるという十一の娘を送り出す親ってどうなのよ。
「二刀流の子がいただろう? あの子は両親がボールドウィン男爵家で働いていたので、アリシアとは赤ん坊の頃から一緒に育った子で、二刀流の腕は天才級なんだそうだ。一緒にいた魔道士もなかなか優秀な子なんだそうだよ」
「だからといって」
「失礼します」
遠慮がちに扉が開かれて、侍女が顔を覗かせた。
「聖女様のお連れの方が、ぜひ巫子様にお礼とお詫びがしたいといらしておりますがいかがしましょう」
ちょうど話題にしていたふたりか。
「私はかまわないけど、フレミング公爵はどうします?」
「かまわないよ。むしろ話を聞いてみたい」
「私も」
フレミング公爵とデリラが同意したので、すぐに侍女がふたりを連れて戻ってきた。
眷属たちは私たちの話を聞いてはいるんだろうけど、いっさい興味を示さずに食事をしている。
聖女にまったく興味がないんだな。
「お食事中に失礼します」
部屋に入るとすぐに深々と頭を下げたふたりは、さっきと同じ服を着ていた。
「入浴したのに同じ服を着ているの?」
訝しげに呟く私の肩を、サラスティアがちょいちょい突ついた。
「ここではあなたが一番身分が高いんだから、顔をあげていいって許可を出さなくちゃ」
そんなことまで許可が必要なの?
確かにふたりとも扉の前でずっと頭を下げたままだ。
「顔をあげていいわ。それと、ふたりに椅子を用意してあげて」
言いながらくるっと体ごとサラスティアのほうを向く。
「サラスティア」
「はいはい。そんな期待を込めた目をしないで。浄化魔法をかけてあげればいいんでしょ?」
「さすがわかっていらっしゃる」
それに比べて男どもは、彼女たちのほうに目を向けもしないのよ。
眷属って食事しなくてもいいって聞いたような気がするんだけど、彼らはいつもがっつり食べるわね。
「ありがとうございます。神官の服かドレスしかないと言われたので、動きやすいこの服を着たままにしたんです」
「ラングリッジ公爵はいろんな服を用意して選んでいいとおっしゃってくれたんですよ」
ちゃんとラングリッジ公爵家が誤解されないようにフォローするあたり、このふたりはしっかり者だ。
「まずは名前をきかせて」
「はい。私はエイダで彼女がドリスです。私は幼少の頃からアリシアの護衛をするために剣や体術の修行をしてきました。ドリスは親が買い出しに行く時について行った大きな街で知り合った古い友人です」
侍女に椅子をすすめられても断りエイダは直立不動で立っている。
ドリスは少しだけ椅子に座りたそうだ。
「高位貴族の方とお会いする機会がなかったとはいえ、先程は大変失礼いたしました。アリシアも私たちもずっと冒険者として乱暴な者達と接してきたので、礼儀作法をすっかり忘れてしまっていました」
エイダが頭を下げると髪がバサッと前に垂れさがる。
銀色の髪のきりっとした美人さんなので、化粧してドレスを着たら見違えるほどに見栄えが良くなるんだろう。
「あの時、男の人たちのアリシアへの言葉がひどくて悔しかったんです。巫子様の言葉に救われました」
小動物系の可愛い顔をしたエイダのほうは、魔道士のローブがよく似合っている。
ポケットにさしている小さな木の枝のような物が杖なのかな?
「ふたりがアリシアのことを大事に思っているのはわかったから、座りなさい。護衛をするなら体力は温存しておくべきよ」
「あ。はい」
「ありがとうございます」
ふたりだけじゃなくてデリラやフレミング公爵まで、感心した顔でこっちを見ないでよ。
彼女たちは昨日まで結界近くの廃村に隠れていたんでしょ?
だいぶ体力を削られているんじゃないかって、私にだって想像がつくわよ。
「ちょうど今、フレミング公爵からあなたたちの話を聞いていたところなの。五年前ってアリシアは十一歳だったんですってね。あなたたちも似たような年齢でしょう?」
「私とドリスは十三歳でした」
「十歳以上なら冒険者になれるんです」
さすがにデリラは私より冒険者に詳しいみたいだ。
「平民の子は、そのくらいの年齢で親元を離れて仕事を教えてくれる人のところへ弟子入りするんですよ。だから冒険者も経験豊かな知り合いのパーティーに加わったり手伝ってもらって、実績を積んでいくことが多いんです。あなたたちは三人でパーティーを組んだならだいぶ大変だったでしょう?」
「はい。最初は子供だと馬鹿にされ、十五を過ぎると女の子ばかりじゃ危ないからといやらしく迫ってくる男がたくさんいました。でも私もドリスもけっこう戦えるので負けはしなかったんです。そうすると今度は隙を見て拉致しようとしたり、クスリを使おうとしたり」
「だからビリーたちと組めたのはありがたかったんです。アリシアの強化魔法のせいで、どんどん実績をあげてランクがあがったら、周りの見る目も変わりました。ビリーは何度か派手に暴れて男どもを追い払ってくれました」
最初はいいパーティーでもランクが上がればもらえるお金も増えて、注目されて、人間は変わる。
そこにモットレイ子爵が現れたせいで、関係が崩れてしまったのか。
「最後のほうは、ビリーがアリシアと無理矢理にでも関係を持とうとして、彼女を力づくで連れ去ろうとしたり、私たちにも暴力をふるおうとしたりしたんです。でも私もエイダもビリーより強いんですよ」
それで彼女たちはビリーが捕まっても知らん顔をしていたのか。
モットレイ子爵と取引して親を人質にして襲ってくるような男に、仲間意識や友情を持てるわけがなかったね。
「あのさ」
でも私は、何よりちょっと引っかかるところがあった。
「あなたたちSランクの冒険者になったのは何年前から? モットレイが現れる前からならだいぶ儲けただろうし、そのお金を仕送りしたんじゃないの?」
「はい。ボールドウィン男爵様に送っていました」
「三人分?」
「はい」
「そのお金をボールドウィン男爵はどうしたの?」
知らないのか顔を見合わせて首を傾げるエイダとドリスの代わりに、フレミング公爵が説明してくれた。
「新しい作物の種を買ったり、領民に物資を配ったりしたそうだよ」
「……娘が命懸けで集めたお金を、他人に配ったってことですか?」
「え?」
「エイダやドリスの分も? それは彼女の親に渡すべきでは?」
なんで不思議そうな顔をしているの?
エイダもドリスもアリシアの護衛のために親元を離れて冒険者を始めたんでしょ?
だったらその稼ぎをボールドウィン男爵が取り上げるのはおかしいでしょ。
「……たしかにそうだな」
「そうですね」
フレミング公爵もデリラもその発想はなかったって顔をしているのはなんなの?
……まさか、聖女やその家族は何でもいい方向に考えてもらえるようになっていたり?
『それはそうよ。聖女だもん』
女神のせいか!
「この悪天候が続いているときに新しい種を買うなんて無駄でしょう。せっかく大金が手に入ったなら神官に祈ってもらうとか、違う事業を考えるとか、お金を増やすことを考えないでばらまいているだけじゃ、いつまでたっても事態は好転しないじゃないですか。ボールドウィン男爵はずっと娘に冒険者を続けさせる気だったんですか?」
私が力説している途中で、事情聴取が終わったらしいボールドウィン男爵夫妻とケヴィンが騎士に連れられて部屋に入ってきて、私の意見を聞いて驚いて固まっていた。
別に聞かれて困る話じゃないので、最後のほうはボールドウィン男爵のほうを向いて話したわよ。
「それは……」
「考えてなかったんでしょ」
「…………」
「領民は感謝するでしょうし、誠実な人柄だと評判になるかもしれない。でも貴族の当主としてはどうなの? 多少腹黒くても計算高くても、家族と領民を守るために先頭切って動ける当主のほうが優秀だわ。子供たちが傷だらけになって頑張っているのに、その背後で金をばらまいているだけなんて誠実じゃなくて愚か者よね?」
『ちょっと』
ふたりに悪意がないのはよくわかる。
ボールドウィン男爵も夫人も質素で年季の入った服装で、飾り気が全くない。
困っている人を見たら放っておけない性格なのかもしれないし、領民を大切にしているんだろう。
でも、自分たちは何もしないで子供に頼りっぱなしなのは駄目でしょう。
命の危険のある冒険者をしているアリシアや、逃げ出すために火傷を負ったケヴィンとは対照的だ。
「モットレイはアリシアを本気で怒らせたくはないのと、神殿にばれた時のために、ボールドウィン男爵たちの待遇には気を配っていたようだからなあ。しかし……うーん。言われてみれば確かにそうだ。アリシアやそこのふたりが大勢の大人の生活を支えていたのか」
でしょう?
そうなのよ、おかしいのよ。
「あなたたちが拉致されてモットレイ子爵に監禁されている間、領民たちはどうしていたの?」
「災害復興の現場に出稼ぎに行っていました。そこでフレミング公爵に話が伝わったおかげで、逃げ出した私たちはすぐに保護していただけたんです」
「つまり、出稼ぎすれば生活できているのよね」
「……はい」
何をやっているんだとため息をついてふと顔をあげたら、ケヴィンが大きな目をキラキラさせて私を見ていた。
なんなの?
もしかして彼も両親の行動を歯がゆく思っていたのかな。
だとしてもその嬉しそうな、憧れの先輩でも見るような顔はやめてよ。




