聖女と巫子の遭遇 2
「巫子、申し訳ない!」
いやいやいや。私の顔を見るなり駆け込んできて頭を下げないでよ。
周り見て。
あなたが連れてきた騎士たちが、どうすればいいのか困っちゃってるわよ。
「眷属の方々に転移魔法で我々の手助けをするようにお願いしてくださったそうですね。何度、その魔法で助けられていることか。巫子にも眷属の方々にも感謝してもしきれないです」
必死な様子のハクスリー公爵の背後で、アシュリーが私を見てにやっと悪い笑みを浮かべた。
ここに来る前に脅したんじゃないでしょうね。
場合によっては眷属は手を引くぞとか、巫子はもう魔力吸収をやらないぞとか言ったんじゃない?
「だと言うのに人間どもはどいつもこいつも自分の利益だけしか考えていなくてお恥ずかしい。この馬鹿者は私の従妹が嫁いだ相手の従弟で、私と血の繋がりは全くないんです」
……それは親戚と言っていいの?
「それじゃあハクスリー公爵も被害者じゃないですか。勝手に名前を使われて迷惑しているんじゃないんですか?」
「そうなんです。ですから周りが気を使わなくていいように、私が自ら法にのっとって厳しく処分いたします。結界を強化するという重要な使命を持った聖女を、個人の欲望のために利用した罪は重い。しかも大神官や巫子に対する失礼な態度に、ラングリッジ公爵領の魔晶石の横流し。どれも許すことは出来ません」
私や大神官への失礼な態度が、他のふたつの罪と同じくらいに重くなるというのが驚きよ。
そして驚いているのが私だけというのも驚きよ。
「身分剥奪、領地と財産の没収はまず確実かと。これから事情を聴取し、王都に帰った後に陛下に報告したうえで処分を決定します」
「あの冒険者はどうします?」
騎士に押さえつけられ、茫然としているビリーを指さす。
「聖女と行動を共にしていた冒険者ですな。まだ確実なことは言えませんが、最悪、死罪ということもあり得ます」
「死罪!?」
「だからもうやめようって言ったのに!!」
ビリーの恋人だというアーチャーが叫んだ。
「前みたいにふたりでのんびりやろうって何度も言ったのに! あの女が本気であんたを好きになるわけないでしょ? 貴族なのよ!」
騎士に捕らえられたまま全身の力を抜いて、だらりと俯いて泣き出す様子が哀れだ。
「アリシア! 俺を見捨てる気か!」
だけどビリーには彼女の言葉は届いていない。
必死に見つめる先にはアリシアしかいなかった。
「見捨てるも何も、先に裏切ったのはあんたでしょ」
アリシアを庇って二刀流の子が前に出た。
アリシアは気の毒そうな顔をしてはいるけど、ビリーだけではなくアーチャーの傍にも寄ろうとしなければ話しかけもしない。
パーティー内で何があったのか私にはわからないから、そんなアリシアを責める気はない。
両親を人質に取られて脅されていたのなら、仲間意識なんてとっくになくなっていただろう。
でももう少し何か違う道がなかったのかと余計なことを考えてしまうのは、私が部外者だからなのかな。それか、私も聖女に変な理想を求めていたのかもしれない。
「失礼します」
玄関の外に待機していた騎士が大きな声で言った。
「フレミング公爵がお見えになりました」
「お通ししてくれ」
扉が大きく開かれ、フレミング公爵が最初に室内に足を踏み入れようとして、ずらりと並んだ顔ぶれに気付いて足を止め、その後ろからサラスティアとブーボがひょこっと顔を出した。
「遅くなったようだな」
「いやいや私も来たばかりだ」
ハクスリー公爵の答えに頷き、私と大神官に会釈してからフレミング公爵が中にはいる。続いて騎士に促されて、ずらずらと後ろから人が続いて室内に入ってきた。
フレミング公爵騎士団の騎士が五人に中年の男女が一組、そして顔に火傷の痕のある少年がひとり。彼らがアリシアの家族だ。
「お父様! お母様! まあ! ケヴィン!!」
アリシアが叫び声と共に家族に駆け寄った。
「その顔はどうしたの!? あ、そういえば火事を起こして逃げたって」
「姉上」
「アリシア、よかった。無事だったのね」
ボールドウィン男爵夫妻も弟も何年かぶりに見るアリシアとの再会に頭がいっぱいだったんだろう。この場には公爵が三人と大神官と巫子がいることをすっかり失念しているようだ。
しかもアリシアは、脅されていたとはいえ聖女なのに神殿の呼びかけに応じなかったうえに、魔晶石を横流ししていたパーティーの一員だ。
この場でそんな勝手な行動をしたらまずいってことは、私でもわかる。
「すぐに治すわ」
アリシアが魔法を発動させた途端、周りにいたフレミング公爵騎士団の騎士たちがアリシアを捕まえ、家族と引きはがした。
それだけじゃない。
ラングリッジ公爵騎士団は私やクレイグを、ハクスリー公爵騎士団はハクスリー公爵を守るために一斉に動いた。
「え? 私は……ただ怪我を」
「馬鹿者が!!」
大神官の一喝に、私までびくってしちゃったわよ。
回復魔法だっていうのは、魔法を使った本人にしかわからない。
もしそれが攻撃魔法だった場合を考えて、騎士たちが主人を守るために動くのは当然だ。
「きさまは何を考えている! ここまで家族を連れてきてくれたフレミング公爵へお礼どころか挨拶もしないで、勝手に魔法を使うとは何事だ! この場で切り殺されても文句を言えない行動だとわかっているのか!」
それに関してはね、私は何も言えないわ。
勝手に魔法を使って、勝手に元王太子をぶちのめしたという過去があるからね。
だから、そう大事にしないでと庇おうかとクレイグのほうを見て、冷ややかなまなざしでアリシアを睨んでいるのに気付いて驚いた。
聖女よ? あのとんでもない美人を前にして、その冷たい顔は何?
さっきまではモットレイ子爵やビリーの財産や屋敷をアリシアに渡すって言ってなかった?
「あれが聖女? この場に俺たちはいなくてはいけないのか?」
フルンもつまらなそうな顔でアリシアを見て、すぐに興味をなくして私に声をかけてきた。
その肩にリムが飛び乗って、フルンの首におでこをこすりつけている。
「たしかに……話が先に進まないわね。忙しいレティの時間を、こんなことで無駄にしないでほしいわ」
「彼女が本当に聖女なのか確認したほうがいいんじゃないかい? 聖女なら魔素病で変形した部分を治せるんだよね」
サラスティアとアシュリーが合流し、私の周りにはいつものように最強の布陣が出来上がってしまった。
「そこのモットレイという男とビリーというやつが、さんざんレティを侮辱していた」
「はあ?」
「海の底に転移してやろうか」
フルン、なんで言いつけるの。
サラスティアとアシュリーも、そんなことで怒らないで。
今はそういう場合じゃないでしょ。
「確かにレティシアには少しでも体を休めてもらいたい」
クレイグまで私の保護者部隊の中に加わってきたわよ。
おかしい。予想していたのとまるで違う。
騎士の中には聖女に見惚れている人が何人もいるのよ。
それが普通の反応でしょう。
でも大神官はまだしも、クレイグもまったく興味を示さないってどうなってるの?
公爵たちもアリシアの行動に呆れているようで、騎士に捕らえられている状態の彼女にほとんど関心を示さない。
「申し訳ありません。娘は私たちともう五年も会えていなかったので……」
「ボールドウィン男爵、話はあとで聞く」
「……はい」
せっかく聖女が見つかったのに空気最悪。
まさかアリシアだって、こんな扱いを受けるとは思っていなかったんじゃない?
「そうだ。朝焼けの空のメンバーの中に魔素病に罹っている者がふたりいたな。どちらかを回復すればいい」
クレイグが目をやったほうに私も目を向けて、階段近くの壁際に朝焼けの空のメンバーが待機しているのに気付いた。
気配を消していたのか全く存在に気付いてなかったわ。
こんな揉めている場所に巻き込まれたくはないよね。
「す、すみません。あの……私……」
アリシアは両手を胸の前で合わせ、縋り付くようなまなざしでクレイグを見上げた。
あー、彼女も自分の美貌の使い方は知っているのか。
そういうあざとい表情もするのね。
もてまくってきただろうから、自分が男にとって魅力的なんだってことは嫌でもわかっちゃうもんね。
それにそれが理由で苦労してきたなら、たまには活用したいと思うのも理解できる。
私だってあんなに美人だったら、男に甘えてみせて……いや、無理だ。自分が気持ち悪くてダメージを受けそう。
「もう魔素病を回復するほどの魔力が残っていないんだろう。なぜ勝手に魔法を使用した! おまえの弟はここで治療しなければ死ぬような怪我をしていたわけではないだろう。貴族の令嬢ならば、魔法の扱いについて学んでいるはずだ」
アリシアへの冷たさ第一位は大神官だな。
女神一筋の彼にとっては、アリシアだってその他大勢の人間でしかない。
可愛い上目遣いなんてアウトオブ眼中だ。
「でも、あの火傷を治せたのですから聖女だという証拠になるでしょう?」
「あのくらいの怪我を治療するのなら私以外にも何人も出来る。魔素病を治せるかどうかが重要なのだ」
しゃんと錫杖をならすと、神聖力が放出されてきらきらと輝いた。
それに応えるように、私のペンダントまで輝きだしたのは女神のせいよね。
『だって、こんな展開になるんですもの』
女神なのに予想が外れることもあるんだ。
『あなたの存在のせいで、わからないこともいろいろあるわよ。それがおもしろいんじゃない』
おもしろがっていないで、少しは聖女をどうにかしてよ。
大神官に、あの子の教育は荷が重いんじゃないの?
…………無視かい。
それにしても一回の魔法でそんなに魔力を使ってしまうのか。
ほら、私は魔力をもらうほうだから、魔力量を考えて魔法を使うって発想がなかったのよ。
『あなたの魔力量は人間の基準を大幅に超えているしね』
結構な人数にバフをかけても、二十分あれば魔力の自然回復でほとんど使った分回復していたしね。
魔力をうまく配分して魔法を使わなくてはいけないって大変そう。
「MPポーションを飲ませれば、何時間かすれば魔法を使用できるだろう。聖女であると証明するのはそれからになってしまう。ハクスリー公爵、先に取り調べを進めてはくれないか」
額に手をやり、うんざりとため息をつく大神官の様子のせいか神官たちもどこか聖女に対してよそよそしい。
中には、特に若い神官は聖女に見惚れていた人もいるんだけど、神官って恋愛禁止なのかな?
はっとして慌てて周囲を見回し、表情を引き締めて、聖女と距離を取ろうとするんだよね。
女性の神官もいるのよね?
連れてきていないだけよね?
「そういたしましょう。クレイグ、モットレイとビリーを監禁するのは任せていいか? 先に周りの者達の事情聴取をしたい」
「騎士団本部の牢に入れておきます」
クレイグの指示ですぐにモットレイ子爵とビリーが、騎士に引きずられて外に出ていった。
アーチャーの子も取り調べのために別室に連れて行かれた。
「最初はボールドウィン男爵夫妻に話を聞こう。その間、聖女も他の仲間とは別の部屋で待機させてくれないか?」
「わかった。部屋を用意しよう」
「はい! ハクスリー公爵と大神官にお願いがあります」
ああ……発言する時に手を挙げるのが癖になってしまっている。
「なんでしょう」
「彼女たちに入浴と着替えをさせてあげてください。そのあとで食事も。取り調べが済んだら王宮にも行くんでしょう? このままというわけにはいかないでしょ?」
聖女だよ?
うら若い女性たちだよって訴えるまなざしで、まずはアリシアの保護者になるべき大神官に詰め寄った。
「ちゃんと守ってあげてよね」
私の場合はどうしても脅す方向に行ってしまうな。
「わかったから詰め寄るな。近い近い」
「レティシア」
グイっと後ろに引かれたからフルンだと思って振り返ったらクレイグだった。
「あなた今、お腹に腕を回して引っ張らなかった? 独身女性に対して何をするの」
「大神官に詰め寄るからだ」
「そんなのが理由になるわけないでしょ!」
「やめろ。こんなところで揉めるな」
もう大神官とは何回も顔を合わせているからか、私に対してはその他大勢の中では親しみを感じてくれているみたいなのよね。
女神の声を聞く者同士っていう仲間意識があるのかもしれないし。
聖女とも何日か経てば親しくなってくれるのかな。
「それよりクレイグは部屋の指示をたのむ。我々も取り調べを聞く必要がある」
「私も?」
「いや、神獣省は関係のない問題なので、きみが参加する必要はない。聞きたいというのならかまわないが」
うーーん。それよりまだ昼ご飯を食べていないのよね。
この世界の法律についてはよくわからないし、余計な口出しはしないほうがよさそう。
「一緒に昼食にしましょう。私が知っていることなら教えてあげるわ」
ということで、フレミング公爵の申し出を受けることにした。