聖女と巫子の遭遇 1
残りの魔力吸収を終わらせて、少しだけ身だしなみを整えた。
聖女と張り合う気は全くないし張り合えるとも思っていないけど、巫子の私があまりに情けない姿では、神獣と眷属たちまで笑われちゃうかもしれないじゃない。
ヘザーに髪を結わき直してもらって、鏡の前で服が乱れていないかチェックした。
もうすっかり顔色はいいんだけど、そう簡単にはこけた頬は戻らない。
目の下に隈があるということは、もう少しゆっくりする時間を取らなくてはいけないってわかっているんだけど、次から次へとやらなくてはいけないことが待っていて、この世界に来てここまで休みなしだもんな。
聖女が魔素病を治療してくれるなら、少し休めるでしょう。
いったん神獣の神殿に行って魔力を渡し、三人の眷属と打ち合わせをして、アシュリーはハクスリー公爵の元に、サラスティアはフレミング公爵の元に向かった。
眷属の働きには、国をあげて感謝してほしいわ。
転移魔法がなかったらどうなっていたんだろう。考えるとぞっとする。
私はフルンに連れられてラングリッジ公爵家に転移した。
たぶん会議室で話をするんだろうと予想して近くの廊下に移動したのに、静かすぎない?
ここじゃないのかな。
あ、忙しそうな侍従を発見。
「ねえねえ」
「あ、巫子様」
仕事の邪魔になっているだろうから、そんな丁寧にお辞儀しなくていいのに。
「聖女が見つかったんでしょ? どこにいるの?」
「玄関ホールです」
「玄関?」
舞踏会が開催できそうなくらいに確かに広いけども、玄関で話をしているの?
「ご案内しますか?」
「大丈夫。ありがとう」
笑顔で手を振って侍従と別れ、転移で玄関ホール近くの廊下に移動した。
歩くのを忘れているわけじゃないのよ。
急ぎだからよ。
「だから、アリシアは俺のパーティーのメンバーであり、俺の女でもあるんですよ。こいつに話があるんなら俺を通すのが筋ってもんじゃないですかねえ」
ああ……揉めているのね。
こんなガラの悪い男を屋敷にいれたくなくて、玄関で対応しているのか。
「ビリー、やめないか。こちらは大神官様とラングリッジ公爵閣下なんだぞ」
「俺はSランク冒険者ですが?」
「馬鹿者! ランクはあくまで冒険者の実力を示すものでしかない。身分とは関係ない!」
この声は冒険者ギルドの本部長だ。
なんか人が多いわね。
背の高い男ばかりが集まっているから、話の中心にいる人たちが見えないのよ。
「あ」
「しー」
私に気付いた騎士に、唇の前に人差し指を当てて静かにしてくれるように示した。
せっかくだから話を聞いて、一番いいタイミングでドーンと登場してやろうじゃない。
というか、アリシアはいるのよね。
女性の声が聞こえてこないわよ。
「本部長、ランクを上げる時には品性や人柄も加味するべきだ。Sランクともなれば貴族の仕事を受ける時もあるだろう。こんな卑しい男ではまともに依頼できない」
「なんだとこのガキ」
「無礼者が!」
シャンと涼しい音がしてすぐ、ガシャンと何かが崩れる音が響いた。
「お、これはいけない。壊れていたら弁償しよう」
さすが大神官。攻撃魔法も出来るんだ。
今のは魔法で男を吹っ飛ばした音だよね。
しかしこんな時にもあの錫杖を持って来ているのね。
女神にもらった宝物だからって、抱いて寝てたりして。
「かまいませんよ。俺も一発殴ろうかと思っていたところです」
お、クレイグもいるのね。
本当にもう、騎士がみんな大きすぎて壁になっているのよ。
ちょっと通して。
「あんたたち、俺がアリシアの恋人だってことを忘れていませんか」
ダメージを負っている声だな。
どっちに吹っ飛ばされたんだろう。
あ、玄関の扉が片方はずれてる。
「違います。恋人ではありません」
おおおお、アリシアの声!?
透き通った素敵な声だわ。
見たい見たい。すっごい美人なんでしょ?
「黙れ。おまえは俺の言うことを聞いていればいいんだ」
「彼とは確かに同じ家で暮らしていましたけど、それはパーティーメンバー全員で大きな屋敷を借りたからです。彼はあの女性と恋人同士で」
「嘘をつくんじゃねえ。俺とこいつは何度も寝ているんですよ。こんな清純そうな顔をして実は好きもので」
「黙るのはおまえだ!」
またシャンという音がした。
「聖女を侮辱する言葉は許さない。聖女じゃなくても女性に対してそのような態度は失礼だろう。おまえの話は聞いていない。黙っていてもらおうか」
大神官! 素敵じゃない!
そうよ、聖女を守らなくちゃ駄目よ。
あのきんきらゴールドアクセサリーに埋もれていた子が、こんな立派なことを言うほど成長していたのね。
「モットレイ子爵、彼らの後ろ盾になっているというのなら、もう少し礼儀を教えておきたまえ。きみの言葉など全く聞かないじゃないか」
「申し訳ありません。この男は戦闘以外は全く駄目なんですよ。でも彼女たちは違います。優秀で……」
「ふざけんなよ。聖女は処女じゃないと駄目なんだろう? だからアリシアは聖女じゃないって言ってんですよ」
「ビリー……失礼にもほどがあるわ!」
また女性の声がした。
仲間かな?
「パーティーの仲間は家族みたいなものだから、兄だと思って信用してくれって言っていたのに……」
「その家族を捨てて、自分だけ聖女だなんて言って、いい暮らししようとしてるのは誰だよ! それとも自分は処女だって証拠でも出せるのか? え?」
あー、駄目だ。むかついてきた。
「黙れビリー」
「うるせえな。話が違うだろうが」
「やかましい」
睨み合っていたビリーとモットレイ子爵は、突然、聞き覚えのない女の声が聞こえたものだからはっとして同時に振り返り、背の高い騎士たちの間からぬっと姿を現した私を見て、露骨に馬鹿にする表情になった。
「なんだ? この貧相な女は……え?」
左右から合計五本の剣を突き付けられて、ビリーはピタッと動きを止めてゆっくりと両手を上にあげた。
あいかわらずラングリッジ公爵騎士団のメンバーは、私を大事にしてくれるのね。
そこまで恩を感じてくれなくてもいいのに。
「きさま、神獣様の巫子に対してその言い草はなんだ!」
クレイグの声と顔がこわくて、私まで一瞬びくっとしてしまった。
「あなたが神獣様の巫子様ですか。私はアリシアの……」
「誰が話しかけていいと言った」
クレイグ!? 剣に手をかけるのはやめようか。
ビリー相手はいいとしてもモットレイ子爵は貴族だからね?
今までの会話でイライラが溜まっていたんだろうけど、アリシアたちまで怖がって震えているでしょ。
同じくらいの年齢の女性が三人いて、真ん中にいるのがアリシアよね。本当にお人形みたい。
潜んでいた結界近くの廃村から戻ったばかりで、顔も服も薄汚れていてもかわいい。
金色の髪はさらさらで、彼女が動くたびに肩の上を流れて光を反射させて輝いている。
瞳は深い海のような緑色。
クレイグの瞳も海の色だけど、それよりもっと謎めいた雰囲気がある。
クレイグは髪も海の色だから、海藻系男子って感じでしょ。アリシアは人魚姫ってイメージよ。
彼女の横に控えているのが、腰の左右に剣をぶら下げている背の高いきりっとした顔付きの女性と、目がくりっと大きい小動物系の魔道士だ。
少し離れた位置に弓を背負った色っぽいお姉さんがいて、ビリーというやかましい男は魔法で吹っ飛ばされたせいでぼろぼろで、騎士に囲まれて剣を突き付けられている。
人間関係がわかりやすいな。
「あなたがアリシアさんね。私は神獣の巫子のレティシアです」
「アリシア・ボールドウィンと申します。はじめまして。巫子様」
きっちりとカーテシーをするあたり、親にしっかり礼儀作法を学んできたんだろう。
この悪天候のせいで作物が育たず、領民のためにお金を使い果たしてしまったとはいえ、元は結構裕福な男爵家のお嬢さんだそうだから、そのあたりはしっかりしているんだろう。
「あなたは聖女なのだから、私に頭を下げる必要はないわ」
「聖女じゃないって言ってるだろう。そいつは、いてえ! こいつ本当に刺しやがった」
そりゃ刺すだろう。
騎士の剣はアクセサリーじゃないんだから。
「彼女は聖女よ」
「そいつは処女じゃねえ……ないんですよ」
「だからなに?」
本当にもう、うら若い女性を前に何を言ってくれちゃってるのよ。
セクハラとパワハラで訴えるわよ。
「聖女が処女じゃなければいけないなんて誰が言ったの?」
「…………」
驚いた顔で私を見返したビリーは、きょろきょろと周りを見回し、最初はモットレイ子爵を見たが彼が首を捻っているので、次に大神官に視線を向けた。
「聞いたことないな」
大神官の答えに神官や騎士たちまでどよめいたわよ。
『処女じゃなきゃ駄目よ』
静かだから、どこかで興味のある物でも見つけたのかと思っていたのに、女神ってばまだいたのか。
「聖女が主婦や初老の女性じゃ駄目なんて、誰が決めたの?」
『私よ』
ちょっと静かにしててちょうだい。
「初老はさすがに結界を守れないだろう」
大神官が面白がっているので、他の人たちは文句を言えなくて、でも納得できない顔をしている。
「聖女は清らかでやさしく、全ての人の心も体も癒してくれるような美しい若い女性だなんて、男どもが勝手な理想で作り上げた妄想よ」
聖女が処女じゃなきゃいけないなら、勇者は童貞じゃなきゃおかしいわよね。
いや……神官が童貞ならいいのか?
『勇者をやりたがる子って、たいてい童貞じゃない?』
なんの話よ。
「ともかく、アリシアさんが聖女なのは間違いないの。大神官、そうよね?」
「そうだ。女神様のお告げがあった」
「そんな馬鹿な。そいつはうちのパーティーの」
「ビリー、もうやめなよ。あんただってこいつらに利用されていただけだってわかっているでしょ?」
このアーチャーはビリーが本当に好きなのかな。
こんな男がいいの?
「あなたたちだって私たちを利用したでしょ? 私たちと組まなかったらランクAもやっとな実力しかないんだから」
二刀流の子は気が強いな。
今にもアーチャーに殴りかかりそう。
「いつも怪我するのビリーだもんね。アリシアの魔法がなかったら二十回は死んでる」
魔道士の子はあっさりと言ったけど、なにそれこわい。
治せると言ったって、怪我をした時は痛いでしょ。
それなのに無茶な戦い方を続けるって、どういう神経をしているの?
「大変申し訳ありません。この男は教育が……」
「おまえは言葉を理解できないのか? 巫子に話しかけるなと言っているだろう」
嫌らしい笑みを浮かべて私に近付こうとしたモットレイ子爵を、クレイグが再び睨みつけた。
「ラングリッジ公爵、いくらなんでもそのような態度はどうなんですか? 私はこれでもハクスリー公爵とは親戚関係なんですぞ」
「だから?」
「なっ……」
もういいかな。
話がちっとも進まないわ。
「クレイグ、この男も彼が連れてきた騎士たちも、全員捕まえちゃって」
「……もういいのか」
「うん。聖女たちは疲れているでしょ? 早く休ませてあげたいし、そろそろハクスリー公爵がここに来るはずだし」
「……え?」
モットレイ子爵はなんでそこで青くなるのかなあ?
親戚なんでしょ? 親しいって雰囲気を出していたよね?
「あなたが自分の名前を利用して何をしていたか知って、ハクスリー公爵は大変怒っているの。だからここに来てもらったほうが話が早いでしょ? それとボールドウィン男爵と御家族もここに来るから」
「え!? 父が? 母も?」
はじかれたようにアリシアが私を見た後ろで、二刀流の子と魔道士がぱあっと明るい表情になった。
やっぱりこのふたりはアリシア側の人間で、事情も知っていたのね。
「弟さんも。すごいわよ。弟さんが軟禁されていた屋敷に火を放って、両親と一緒に逃げ出してフレミング公爵の元に助けを求めて駆け込んだんですって」
「まあ!? 私はてっきり……」
アリシアがモットレイ子爵を見た。
「うんうん。詳しくはあとで話そう。そいつらは全員捕まえて、家屋敷を取り上げて、そこにこれからはあなたたちが住めばいいわ。そこのビリーだっけ? あいつはどうしようか。だいぶ派手に遊んでいたみたいだけど、ちゃんと利益は全員で均等に分けていたの?」
「……最初のうちは。でも……」
「よろしいですか?」
ちゃんと発言の許可を取るあたり、二刀流の子も礼儀を学んでいるわね。
「彼らふたりは恋人のようだし、女が三人だけではどこに行っても男どもがうるさくて仕事も受けられなかったので、協力しようって話を受けたんです。最初のうちはうまくいっていたんですけど、アリシア様が強力な癒しの魔法を使えると知ってから、ビリーは死にかけても魔法で体力を回復すればいいんだと無茶な依頼を受けるようになって。アリシア様が他所に行けないようにひどい噂を流したり、屋敷を借りてきて一緒に住むと言い出したり」
「ことわればよかっただろう。おまえのほうがあの男より強いだろう」
え? そうなの?
というか、クレイグって見ただけで強さがわかるの?
漫画で見たことあるけど、それって本当なんだ。
「そこのモットレイ子爵と手を組んだんです。ボールドウィン男爵家の方々を人質にして、魔晶石を取ってくる商売を始めたんです。冒険者ギルドを通さずに直接取引して、売り捌いていたんです」
「犯罪じゃないの」
「そうか。ならもうこいつは生かしておかなくていいのか?」
突然背後から低い声が聞こえて、みんながぎょっとしてそちらを見た。
そこにいるのはもちろんフルンで、いつもよりさらに仏頂面になっている。
私への暴言を聞いていたからなあ。
保護者としては怒るよなあ。
「その男はラングリッジ公爵領から追放します。家屋敷や財産は犯罪で得たものなので没収し、聖女たちへの慰謝料にします。追放後はお好きなように。あとこっちの子爵は、おお、ちょうどハクスリー公爵が来たようだ」
「あ、本当。急だったのに来てくれて助かります」
「巫子、申し訳ない!」
いやいやいや。私の顔を見るなり駆け込んできて頭を下げないでよ。
周り見て。
あなたが連れてきた騎士たちが、どうすればいいのか困っちゃってるわよ。




