ラングリッジ公爵家と冒険者たち 6
「多くの人が助かる話です。すぐに検討します」
フレミング公爵が自分の領地以外でも、水害で家をなくした人々のために動いているのは、眷属たちもよく知っていた。
この国は四大公爵家のおかげで維持出来てきたのは、庶民でさえもう知っている事実だ。
「最優先でお願いします。ここだけの話ですが……」
だから公爵家の当主には知らせようと眷属と決めていた。
「私、神獣様が力を取り戻すには何年もかかると思っていたんです。でも私の魔力量が規格外だったようで、予想の何倍も早くことが進んでいるんです」
「そうなのか?」
クレイグも驚いたようで、フォークを持つのをやめて体ごとこちらを向いてしまっている。
みんな、食事の手がすっかり止まってしまっていた。
「世話役が用意できる魔力量ってちょっとだったのよ」
サラスティアが右手の親指と人差し指で隙間を作ってみせた。
「それでもその魔力が重要だったの。神獣様は女神様の手伝いをするために遠い世界から来たから、この世界で作った無属性の魔力は大きな力を持つの。でもレティは一度に多くの魔力を吸収して、一気に無属性にして、一日に何度も神獣様に渡すのよ? それだけでもかなりの量の魔力なのに大きな魔晶石をもらえるようになったから、吸収する傍から無属性にして神獣様に渡すというとんでもないことまでやれるようになっちゃって」
ここは感心してくれるところじゃないのかな。
なんで呆れた顔で見られているんだろう。
「天候を回復するのはまだ何か月も先にはなるけど」
「何か月!?」
「今年中ってことですか!?」
「おおお」
反応がすごいな。
護衛ふたりやラングリッジ公爵家の人たちに口止めを徹底しなくては。
「この間の国境で、雲の合間から一部だけ晴れ間が覗いたことがあったでしょ。あれはこれからすぐにあちらこちらで起こすつもりよ。少しずつでも天候が回復しているって、人間に思わせないと……でしょ?」
「そうよ」
私は大きく頷いた。
「そうすれば、無理に冒険者になろうとしないで元の仕事を頑張る気になるでしょう? 今は農業をやれと言われても、若い人はやる気になれないだろうけど、これからは重要な産業になるんだから、人手を増やさないといけないわ」
「なるほど」
「冒険者はこれから仕事が減るでしょうから自然淘汰されていくでしょうけど、仕事の斡旋をして移動してもらわないと、街が混乱するわよ」
「たしかにそうだな。冒険者ギルドとの連携も必要だ」
「ほお」
感心したような声がしたので顔を向けると、フレミング公爵がにやにやしながら見ていた。
「巫子様にはこういう才能もあったんですか。ラングリッジ公爵家は安泰だな。うちにも年頃の息子でもいれば、ぜひとも縁組をお願いするところなのに残念だ」
え? 何を誤解しているの?
違うわよ。
べつにラングリッジ公爵領の心配だけをしているわけじゃないわよ。
フレミング公爵の領地の復興も気にしているわよ。
「お子さんがいらっしゃるんですか」
でもそれ以上に、そこが驚きだった。
てっきり独身だと思っていたわ。
「フレミング公爵は旦那さんを亡くしているんだ」
「あ! すみません。余計なことを言って」
「もう何年も前の話なんだから気にしないでください。うちは女系家族で、私が家を継いで婿養子をもらったんです。私の子供も娘が三人なんですよ。呪われているんじゃないかしら」
いるよね、そういう家系。
女ばっかり生まれたり、男ばっかりだったり。
「でも娘たちは優秀で、率先して仕事を手伝ってくれているんです。公爵家は長女に継がせるつもりなんですけど、婿選びが難しくて」
「女性を軽く見る男では駄目ですね」
「そうなんです」
男の俺が爵位を継ぐべきだと思う人は多いだろうし、周りは男ばかりだから苦労だらけなんだろうな。
でも、他の公爵家の当主たちはフレミング公爵と、普通に対等に接していたわよね。
この国の中で四大公爵家の当主たちだけがずば抜けて優秀で、だから国王は焦って馬鹿なことをしでかしたのかも?
「デリラにも手伝ってもらうぞ」
「私に出来ることがあるの?」
「旦那を亡くしたり、出稼ぎに行っていてずっと留守で、子供と残されている女性が多いだろう。彼女たちが安心して働けるように、子供を預かる場所を作ったらどうかとレティシアが提案してくれたんだ」
「まあ」
「ほお」
フレミング公爵の視線が痛い。
私への印象がどんどん変わっているのかもしれない。
「子供の世話を仕事のない女性を雇ってやってもらえば一石二鳥だろう。雇う女性を決めたり、どこで子供を預かるかを決めたりしてほしいんだ」
「やります。レティシアと一緒に仕事が出来るなんて嬉しいわ」
「いえ私は……」
「レティシアは魔力吸収や騎士団の訓練もある。が、相談には乗ってくれるだろう」
「よろしくお願いします」
畳みかけるのはやめてよね。
提案しただけよ。
内政にまで関与する気はないのよ。
「その政策は全国的にやるべきですね。巫子様の発案として王宮で検討してもらいましょう」
政策!? 全国的?
フレミング公爵は何を言っているの?
「何も私の名前を出さなくても」
「神獣様の神殿の功績にもなるのに?」
「うっ」
それを言われると弱い。
巫子が木刀を持って暴れるだけの女だと思われるのはまずいから、ちゃんと知的な部分もあるんだと思わせるのは大事だ。
でも政治にまで口を挟むと思われては、警戒されるんじゃないの?
「巫子様は強いだけではなくて聡明なんですね。僕にはとても考えつけないです」
ずっと静かだった王太子が、視線をテーブルに落としたままぽつぽつと話し始めた。
「僕が王太子になって本当にいいんでしょうか」
あーー、プレッシャーを与えてしまってるじゃないかー!
私は社会人経験者で、日本の知識を利用しているだけなのよって、言ってしまいたいけど言えない。
「殿下はこれから国王の元で学んでいくんじゃないですか。まだ復興は始まってもいないんですよ。五年後、十年後に国が復興して人々の生活が安定する頃には、殿下も経験豊かな大人の男になっていますよ」
「……そうかな」
「そうじゃなきゃ困るだろ」
クレイグに突っ込まれて、デリラに頭を撫でまわされて、王太子の表情が幾分柔らかくはなった。
でも王宮にはクレイグもデリラもいない。
国王は忙しくて王太子の相手をしていられないだろう。
彼の傍には誰がいるんだろう。
「殿下、時間がある時には国王の傍で話を聞いているだけでも勉強になると思いますよ。アニタ様も王宮に行きますし、周りにいる人間を一緒に選び直すのもいいかもしれません」
「……うん」
大神官が一部の神官に利用されていたように、彼を取り込もうとする貴族が必ずいるはずだ。
ほら、王妃の父親の侯爵。あいつなんて怪しいわ。
祖父だと言って近付いて、信頼を得て、王宮での発言力を取り戻そうとするんじゃない?
だとしても、私に出来ることは何もないし何かするのはまずい。
政治や派閥争いには関わらないわよ。
「仕事の斡旋や女性の雇用に関して、他にもありますか? 王宮で話す前に巫子様の意見があれば」
「ありません」
あまり優秀だと思われすぎるのもよくないでしょ。
実際、優秀じゃないしね。
具体的な話にまで意見するのはごめんだわ。
「旦那さんと連絡が出来なくて心細い状況で、子供が魔素病に罹って働けなくなっている女性たちを見て、なんとか出来ないかと思っただけなんです。それでクレイグに相談したんですよ」
「なるほど、わかりました。出来ればラングリッジで見本になるような施設を作ってもらえると、全国に広げやすくて助かります。手助けをお願いしますよ」
私がクレイグに相談したって言っているのに、なんで私が手助けする立場になるのよ。
わかっていないでしょ。
それか誤解して変なことをわかっちゃっているでしょ。
「いやあ、もうすっかりラングリッジ公爵家の一員ですね。家族の中にいても違和感がない」
「そうだろう」
「はあ!?」
何を言っているの?
どこからそんな話になるのよ。
「冒険者たちも彼女の指示をおとなしく聞くんですよ。普通の令嬢では彼らとあんな風には話せません」
「ラングリッジ公爵家とこの土地にぴったりの女性なんだな」
落ち着け。
慌てると余計に深みにはまる。
聖女が現れれば、この状況もきっとひっくり返るはずよ。
「ここでの魔力吸収が一段落ついたら、他所の地域にも出張する予定ですので、魔素病の患者の多い地域があったら教えてください。聖女様が見つかればふたりで動けるようになりますし、ひとつの領地ばかり優遇していると思われるのはよくないと思っています」
「……そうですね。失礼しました」
「出張する時も警護はつけるぞ」
「クレイグ、あなたのそういう周りを味方につけて囲い込もうとするやり方はやめてくれない? 私には眷属という強力な味方がいるの。あなたの指示に従う必要はないわ」
これがおとなしい女の子だったら、流れに逆らえずにラングリッジ公爵家に囲われてしまうところだけど、私は違うわよ。
クレイグと私の噂が流れでもしたら……もう流れているかもしれないけど、聖女が現れてクレイグの興味がそちらに移ったら、私は惨めな立場になってしまう。
神獣様の神殿の印象を悪くしないためにも、カルヴィンの足を引っ張らないようにするためにも、ここはきっちり距離を置かないと。
「あの、その聖女様のことでお耳に入れておきたい情報が」
フレミング公爵が空気を読んで新しい話題を提供してくれたので、反論しようとしていたクレイグもぐっと言葉を飲み込み、次の話題を検討することになった。
実際、重要な話だったしね。
食事が終わる頃に国王夫妻がすっかり和解して戻ってきて、フレミング公爵も王太子も帰り支度を始めた。
アニタ様は引っ越す準備を明日整えて、明後日の早朝に王宮に向かうことにしたんだって。
ちゃんと引っ越し準備は進めていたから、あとは最後の荷物を詰めるだけらしい。
「いやあ有意義な時間を過ごせました。巫子様はとても聡明な方で、新しい提案をしてくださったので王宮で陛下にもお話しさせていただきます」
「おお、そうかそうか」
アニタ様が引っ越す目途が立ったから国王はご機嫌だ。
でも王宮に帰ってから、私がクレイグに文句を言っていたって話を聞くことになるんだけどね。
「ディーン、せっかく来てくれたのに話をする時間がなくてごめんなさい」
アニタ様が抱きしめようと伸ばした手を避けて、王太子は眉尻を下げて困ったような顔で笑った。
「もう子供じゃないんですから大丈夫です」
「あら」
思春期だな。
自分だけ子供扱いされるのは嫌なんだよね。
うんうん、青春だ。
「王宮に来たら相談したいことがあります」
「そうなの? 私がいない間どういうことがあったのか、いろいろと聞かせてね。ねえ陛下」
「陛下と呼ぶなと」
「王妃付きの侍女たちはどういう状況なんですか?」
国王の言葉をきっぱり遮って、アニタ様はずいっと国王に詰め寄った。
「そのまま保留にしてある」
「全員追い出してください。すぐ!」
「全員!?」
「王妃が巫子様に嫌がらせをしていたというのに、何もしなかった無能は必要ありません。ましてや一緒に嫌がらせしていたような上級侍女たちにはしっかり罰を与えるべきです。全員王宮から追い出して、何年か社交界から締め出していただきます」
「お、おう」
アニタ様、強いな。
ついニヤニヤしてしまいそうになってふと目をそらしたら、同じように緩んでいる口元を隠して横を向いていたフレミング公爵とばっちり目が合ってしまった。
国王とフレミング公爵と王太子を見送り、翌日は一日目より大勢詰めかけた人たちの魔力吸収をして過ごし、ラングリッジ公爵家に来て三日目。
クレイグと気まずい雰囲気のまま、王宮に向かうアニタ様とお別れし、聖女を探してくれている朝焼けの空のメンバーの魔力吸収をして、
「痛みがだいぶ引いたな」
「変形した個所の周りの痣が、すっかり消えたんです」
「今日こそは聖女様を見つけてきますよ」
「気を付けてね」
魔道具のお世話にならなくても生活出来ると喜んでいる彼らを笑顔で送り出した。
そして午前中の魔力吸収を終えた頃、昼食のために屋敷に帰ろうとしていた私に、朝焼けの空が聖女を確保したという連絡が届いた。
さすが有言実行。
本調子に戻ったSランク冒険者は仕事が早いよ。
「ようやく会えるわね」
「ふん」
「え?」
フルンは全く興味がなさそう。
いやむしろ警戒していそう。
「人間が騒ぎ出して面倒ごとが増える。しばらくは俺達の誰かが傍にいない間は部屋から動くな」
「あいかわらず過保護ね」
「おまえに反感を持つ貴族は多い。彼らは喜んで聖女を担ぎ上げるぞ」
それに関しては自業自得な面があるからな。
裁判の場で好き勝手言って、前の王太子をボコったのはやりすぎだったかもしれない。
私にとっては必要なことだったから後悔はしていないけど。
貴族たちは魔力のない私に対して自分たちの取った行動に負い目があって、いつやり返されるかわからなくて私を警戒している。
私は神獣の巫子で女神から武器をもらって、騎士をもぶっ飛ばす女だ。
怖くてたまらないんだろう。
「聖女を利用させるわけにはいかないわ」
「聖女がどんな女かによる」
「……たしかに」
どんな女性なんだろう。
平和的に協力できる子だといいな。




