ラングリッジ公爵家と冒険者たち 5
余計なことだったのかもしれない。
でも転移魔法を使えるのは眷属だけで、近々アニタ様を王宮に送ることは国王から頼まれてはいたのよ。
その時も引っかかるところはあったんだけど深く考えずに了承していたのが、ここに来てアニタ様と話をして、気になっていたのはそこかってはっきりしたらそのままにはしておけないじゃない。
元気になったのなら、一度は夫の死を覚悟して、でももしかしたらと一縷の望みを抱いてずっと待っていてくれた妻の元に戻って報告するのが夫の義務だろう。
そして国王になったことを報告して、王妃として一緒に王宮に来てくれないかと直接本人にたのむべきだ。
この世界では妻は夫に従うものだから、そんなことは気にする人のほうが少ないのかもしれない。
でも少なくとも私は、国王やクレイグがそれでよしとする男だったら、今後見る目を変えさせていただくわ。
「ど、どうして? 本当にあの人なの?」
「母上落ち着いてください」
「巫子様、もしかして……」
三人の注目を浴びて、肉を刺したフォークを口に運ぶ動きをやめて皿に戻した。
どう答えよう。
国王が自分で言いだしたことにしたほうがアニタ様的には嬉しいだろうけど、すぐにばれるよな。
「こ、こちらです」
「食事中か」
私が答えるより早く、廊下から国王の声が聞こえてきたので、三人はそちらに気を取られたようだ。
賑やかさからしてずいぶん大勢で来たみたいね。
国王だけっていうわけにはいかないとは思っていたけどさ。
「アニタ!」
足の変形はそのままでも、長い上着を着ているので見た目ではわからない。
前王はファーのついた重そうな豪奢な上着だったけど、現王は公爵だった時と同じような動きやすそうな上着なので、大股でずんずん歩いていく。変形した足の使い方にもすっかり慣れたようだ。
顔の血色もすっかり良くなり、入院している間にしっかり食べていたせいで私よりよっぽど健康そうだ。
今まで鍛えてきただけのことはある。
背後にはふたりの護衛の騎士と一緒にディーンとフレミング公爵までいた。
最後にサラスティアとフルンも部屋に入ってきたから、割と広めな食堂も窮屈に感じられてきた。
「あら、お帰りになるとは思いませんでしたわ」
おお、アニタ様は立ち直りが早いな。
さっきは驚きで頭が真っ白って感じで、国王の顔を見た時には一瞬泣きそうなほど嬉しそうな顔をしていたのに、今はつんとすました顔ですっと視線を外して横を向いている。
でもそうよね。
ここで機嫌の悪い顔を見せておかないと、国王は怒っていることに気が付かないかもしれないし、それにちょっと甘えたいって思っちゃうよね。
アニタ様が可愛い。
息子と娘も母親の態度が意外だったようで、両親の顔を交互に何度も見ているのがちょっと笑える。
「あ……すぐに戻れなくて済まない。いろいろあってだな。クレイグに聞いているだろう?」
「聞いておりますけど?」
国王はアニタ様の機嫌の悪さに気付いて慌てているようだ。
「巫子のおかげですっかり元気になったんだ」
「そのようですわね」
「アニタ……」
情けない声を出している国王を前にして、警護の騎士たちはどんな顔をしていればいいのか困って、部屋の中に入らずに扉の外で遠くを見ている。
ディーンとフレミング公爵は楽しんでいる感じかな。
サラスティアとフルンはそんなことは気にもならないようで、さっさと私のほうに歩いてきた。
「連れてきたわよ」
「ありがとう」
お礼は言ったけど、正確には私は頼んでいないのよ?
神獣に魔力を届けに行った時にサラスティアがいたから、実はねって話をしただけ。
女同士のちょっとしたおしゃべりってやつ。
そしたらサラスティアも私の意見に大賛成で、
「国王の首に縄をつけてでも連れて行く」
って、やる気になってくれちゃったのよ。
「いろいろと急展開で、しかたなく国王になってしまってな」
「さようですか」
しかたなくって言っちゃっていいのか。
アニタ様もだんだん国王が慌てているのが楽しくなってきてない?
「あまり時間もないでしょうし、おふたりでお話しになったほうがいいんじゃありませんか?」
そろそろ国王を助けてあげよう。
それにふたりだけで話をしたいと当人たちも思っているでしょ?
「そうだな。隣の部屋で話をなさってはどうですか?」
クレイグに言われてもアニタ様は少し渋った様子だったけど、
「そうしてください。陛下はずっと領地に帰って夫人に会いたいって話していたんです」
「フレミング公爵?」
「そうじゃないですか。ひとりで王宮になんていたくないってうるさくて」
「あら」
さすがフレミング公爵。
アニタ様の反応がいい感じだ。
「我々も仕方ないとはいえ一番きつい立場を押し付けた形になってしまって、申し訳ないと思っているんです。本来であれば王妃という大変な立場になってくださるのかどうか、前もって確認したかった。いえ、あの場に来ていただくべきでした」
フレミング公爵にここまで言われて頭を下げられては、アニタ様もいつまでも怒ったふりを続けてはいられない。
「頭をあげてくださいな。今の状況では仕方ないとわかっているんです」
「それでも感情がついてこないことってありますよね」
「そうなんです。殿方はそういうことがわかっていなくて」
「まったくです」
女性同士で盛り上がっているところ悪いけど、たぶん国王にはあまり時間がないんじゃないかな。
そろそろ許してあげようよ。
「隣の部屋で話そう」
「……そうね」
国王に肩を抱かれて懇願されて、アニタ様は私に会釈してから部屋を出ていった。
よかった。ふたりが会えて、屋敷の人達もクレイグやデリラも嬉しそうだ。
「レティシア、きみが眷属にたのんでくれたんだろう? ありがとう」
「本当にありがとう。兄と父に迎えに来させたいとは話していたのよ。でも、さすがにそこまではお願い出来ないよねって」
考えてはいたんだ。
遠慮して言い出せなかったのね。
「きみにはいつも驚かされてばかりだ。どれだけ俺は助けられていることか」
「本当ですわ。お兄様、こんな女性は他にはいないわよ」
デリラにはクレイグをこれ以上煽らないでもらいたい。
むしろ、周りにたくさん人がいるのに意味深な目つきをしている兄貴を止めなさいよ。
「お礼ならサラスティアに言って。話をしたら進んで動いてくれたのよ」
「巫子様、眷属の方々、本当にありがとうございます」
両親のことがずっと心配だったんだろうね。
デリラは涙ぐみながら何度も頭を下げた。
クレイグも、眷属にもお礼を言いなさい。
こっちを見るんじゃない。
「ふたりの話が終わるまで、一緒に食事でもいかがですか? もう食べてしまいました?」
「いただこう。私は仕事を探している人を、人手が足りない地域に紹介するという事業を行うと聞いて、話をしたくて来たんだ」
簡単に言うと全国版ハローワークよね。
フレミング公爵がいてくれるなら話が早いわ。
「食べながら話しましょう。ディーンもこっちで食べると……いや、失礼、王太子殿下」
「クレイグ、やめてください。公式の場では仕方ないけど、普段は今まで通りでいいでしょう?」
今朝別れたばかりなのにこんなに早く再会するとは思わなかったよね。
でも王宮にいる時は落ち着いて話をする時間が取れなかったみたいだし、ディーンにとってもクレイグにとってもしばらくぶりに気軽に会話できる時間が取れてよかったのかもね。
嫌な思い出しかない王宮での毎日は、ディーンにとっては緊張の連続だろうし。
何回か王宮で見かけた時のディーンは、大勢の警護や補佐官を引き連れて、ぐっと奥歯を噛んで眉間に力を入れて、睨みつけるように前を見て歩いていた。
そうしないと彼と親しくなろうとする貴族たちが群がってくるんだよね。
私も似たような境遇だからよくわかるわ。
ただ私の場合は眷属の誰かがいつも傍にいてくれるっていう安心感が大きいから、精神的にずっと楽を出来ている。
デリラと言葉を交わして声をあげて笑うディーンは、王宮で見かける彼とは別人みたいだ。
それを言ったらフレミング公爵だって、今日は表情が明るくて話しかけやすい。
髪が長いし、きちんとお化粧もしているから男には見えないのに、男装のフレミング公爵はきりっとしていて男性的な格好良さがある。
「それはなんだ?」
「何って……肉よ」
一方、サラスティアとフルンは当たり前のように私の両隣に腰を下ろして、食事が出てくるのを待つ構えになっている。
眷属に料理を出すのに慣れているクーパーがいてよかった。
そうじゃなかったらラングリッジ公爵家の料理人たちがパニックになったかもしれない。
「もしかしたらと思って、たくさん作ってありますよ」
大きなワゴンに料理の乗った大皿をずらりと並べて、クーパーが自らガラガラと押して登場した。
私の部屋でも飛び入りで眷属が食事に来るのはよくあることだったので、念のために多く作っていたんだそうだ。
「どれをお取りしましょう」
「全種類」
「……フルン」
迷いなく言い切ったな。
サラスティアは給仕にちゃんとどれがいいか説明しているようでよかったわ。
こういう料理の出し方も、この国では行わないらしい。
美しく盛り付けられたお皿を、ひとりひとりの前に給仕が置いていくスタイルが一般的なんだって。
自分の家で食事する時くらい、好きな料理を好きな量だけ食べたいって我儘なのかな。
もちろん料理ごとにお皿は分けて盛り付けるわよ。
だからフルンやクレイグの前には置ききれないほどのお皿が並んでいる。
「最初に並べてしまうのか」
「人払いしたいような話がある時には便利ですよ」
「たしかにそうだな。それで人手が足りないところに人を斡旋するという話だが」
「はい。今はレティシアが魔力吸収をしている建物がありますから、そこに相談窓口を作ろうという話になっています。な」
クレイグが私に話を振ったので、フレミング公爵は意外そうな顔をした。
「きみも関わっているのか?」
なんだろう。墓穴を掘っている気がしてきた。
私とラングリッジ公爵家はずいぶんと親しいと思われているわよね。
でも仕方ないと思わない?
一緒にいる時間が長いのは彼らだし、今後も協力していかないといけないのよ。
「はい。家族全部、時には家財道具一式を持って移動してもらおうって話なんですよ。職のない人に引っ越し費用は出せないでしょう? だから近くの広場にでも集合してもらって、眷属に転移で連れて行ってもらおうって」
「……は?」
料理を切り分けようとした姿勢のまま、手は全く動かさずに話を聞いていたフレミング公爵は、何度も瞬きしながら、私と眷属たちの顔を見た。
「そのようなことに眷属の方々のお力をお借りできるのですか?」
「期間限定よ?」
フルンは全く興味なさそうに食事をしているので、サラスティアが答えてくれた。
「私たちね、少し反省しているの。以前は人間には全くかかわらないでいたでしょ? そのせいで寿命の短い人間たちは、神獣様や私たちの存在を物語の中の登場人物くらいにしか思っていなかったんじゃない? だから神獣様の力が弱まったから天候が荒れてしまったと聞いても、本気で信じている人はあまりいなくて、それで放置されたんだと思うの」
「それは……たしかにあるかもしれません。しかし神獣様の世話役もいますし」
「平民はそんなの本当かどうかわかっていなかったんじゃない? だからレティが現れて、目の前で暴れてみせて……あれはやりすぎだけど」
すみません。
「神獣様がどういう状態なのか。本当は何が起こっているのかを知って驚いた」
「確かにそうでした。大神官は女神様のお言葉を聞いているということも、あまり信じてはいなかったのです。でも目の前で奇跡が起きて、世界の見え方が変わりました」
「だから少しくらいは手伝うわ」
「だが便利屋にはならない」
フルンがきっぱりと言った。
「ひとつの地域は同じ日に全員出発だ。行き先が違う場合は何度か転移してもかまわないが、その日以外には行わない」
「はい」
問題は、窓口の人員といろんな領地との協力体制よね。
領民が他所に移動することを領主が喜ぶはずがないから、王宮に籠っている貴族たちが自分の領地に戻ってから問題になる可能性もあるでしょ。




