ラングリッジ公爵家と冒険者たち 4
軽食を食べながら魔力吸収を終えたら、次は外来の冒険者の番だ。
ヘザーは私の荷物の片づけがあるので、アビーに一緒に来てもらうことになっていたんだけど、アニタ様が侍女も連れて行くべきだと言うので、侍女がふたりも一緒に行くことになった。
騎士たちの傍で働ける機会ってあまりないからか、選抜されたふたりの侍女は嬉しそうだったからまあいいのかな。
フルンやアシュリーも侍女たちに大人気みたいだしね。
仕事をちゃんとやってくれるのなら動機が不純でも問題ないし、実際ふたりとも私に対して礼儀正しく好意的で、出来る侍女たちだったわよ。
そうじゃなかったらアニタ様が選ぶわけがないよね。
外で順番を待っている冒険者たちを窓からちらっと見た時には、柄が悪そうで言いがかりでもつけてくるんじゃないかと思ったけど、全く問題は起こらなかった。
武器を装備した騎士がたくさん配置され、ラングリッジ公爵自らが私の後ろで仁王立ちし、フルンかアシュリーまで待機しているのに問題を起こすって、機動隊や警察官が身構えているところで暴れ出すヤンキーよりアホだもんね。
公爵だったら冒険者のひとりくらい、その場で殺しても問題にならない世界なんだから。
「はい終了。ゆっくり立ち上がってね。ポーションある?」
「いえ、ありません。用意は……金銭的に」
「ああ、大丈夫。完治するのが二日くらい遅くなるだけよ。じゃあ向こうが出口だから。出来れば明日もきてね」
完璧に医者だな、これは。
まさか異世界転移して女医もどきになるとは思わなかった。
「ありがとうございます」
「おう。痣が消えても魔力中の闇属性の量が一定まで減るまでちゃんと通えよ」
強面のおじさんやお兄さんたちが礼儀正しく頭を下げてると、クレイグが声をかけ、時には背中を軽くどつきながらひとりひとりはげましていた。
公爵に声をかけられる機会なんて普通はないんでしょ?
みんな、驚いてしまって反応に困っている……けど、嬉しそうだ。
こんなに多くの人が魔素病になって命の危険があるという最悪の状態で、街が無法化していないのはクレイグや騎士たちの、こういう毎日の積み重ねのおかげなのかもしれない。
もちろん治安の悪い地域はあって、そこには女性や子供は絶対に近付くなと言われているらしいけど、それは大きな街ならどこにでもあるからなあ。
だから、魔晶石の欠片を集めなくてもよくなっても、結界が守られても、冒険者として生きていける道は残さないといけないのよね。
そういう生き方しか出来ない人たちが一定数いるから。
「はい。終了。ポーションがある人の二度目は残ってる?」
「全員終わりました」
混乱するかもしれないと余裕をもって予約を取っていたそうで、午後四時まで診察するつもりが三時で終わってしまった。
作業にすっかり慣れている人たちばかりだし、入り口と出口を別にして、どんどん魔力吸収をしたのもよかったんだろうな。
平民は魔力量が少ないので、吸収する時間も短いし、神獣様に魔力を渡しに行くのも三回で済んでしまった。
「来る人数が思ったより少ないな」
クレイグの予想より、一日目に予約を入れる人が少なかったみたいだ。
無料だというのを疑っている人がいるのと、特に女性はたくさんの騎士に痣を見せなくてはいけないと思っているようで、来る勇気が出ないみたいだ。
「魔力吸収を終えた冒険者に、どんな様子だったかを周りに説明してくれと伝えてあるから、明日はもう少し多く来るのではないかな。……ただ、引っ越す金のある人たちは魔素病を恐れて、もうこの街にはいないんだ。冒険者に関わる仕事をする人も減って閉まっている店が増えたから、他所から流れてくると泊まる場所もなかったりするんだ」
領地を放置している領主の土地から避難してくる人たちが、どこに行けばいいかわからなくて冒険者の仕事ならあるだろうと、ここに来てしまうって話だったよね。
フレミング公爵も忙しそうだからすぐには動けないかもしれないけど、部下を何人か寄越してくれないかなあ。
今まで農業とか普通の仕事をしていた人たちに、冒険者は無理でしょう。
「すみません。子供を連れた女性が診てくれないかと言って来ています」
子供?
そういえば今日はまだひとりも子供の魔力吸収をしていないわ。
気になって患者が入ってくるドアから外を見たら、魔力吸収が終わっているのにまだたむろしている人の中に小さな男の子の手を引いて、乳飲み子を抱えた女性が立っていた。
男の子は左の腕が、乳飲み子は顔全体が痣になってしまっている。
「すぐに中にはいってもらって。MPポーションあったわよね」
赤ん坊の魔力量なんてたいしてないだろうから、一回でも多く早く魔力吸収したほうがいいでしょ。
「神官はいない? 念のために神聖力を……」
「呼んでこさせよう」
振り返って部屋の中にいるクレイグに声をかけたら、話の途中で考えを汲んで、さっそく騎士を呼びに行かせてくれた。
話が早くて助かる。
「他にも子供がいるならすぐに来るように声をかけて。今日は午後四時までならここにいるから」
「四時? そんな早く……あああ、いえいえ、なんでもありません」
急に態度が変わったのは、いっせいに騎士たちが睨みつけたからだ。
ラングリッジ公爵騎士団は私に恩義を感じてくれているから、文句を言うやつ許すまじって空気が強いのよ。
「その後は重傷者の魔力吸収をするの」
「あ……すみません! すぐに行ってきます!」
「俺も行く」
「どうせ街に戻るんだから叫んで回ろう」
強面だけど、いい冒険者たちだ。
こういう状況だから街に残っている人に仲間意識みたいなものが出来て、助け合っているのかも。
「はいって」
母親を部屋の中に招き入れ、扉を閉めてすぐに魔道具の傍に駆け寄った。
「まずは赤ちゃんからね。手伝って」
騎士では怖がるかもしれないと思って侍女に声をかけた。
母親に声をかけながら赤ん坊の手を魔道具に乗せるのを待って闇属性の量を確かめると、魔力量が少ないせいでかなりひどい。
冒険者と同じくらいに闇属性に侵食されている。
「魔力を吸収するので、嫌な感じがして泣くかもしれないけど心配しないでね」
母親に断ってから魔力吸収をしたけど、赤ん坊は泣かなかった。
そういえば子供たちも母親もずいぶん痩せていない?
「失礼します。神官と医師を連れてきました」
「子供たちにMPポーションを使いたいの」
「わかりました」
「ではこちらのベッドに寝かせてください」
赤ん坊は彼らに任せて、次は男の子の番だ。
手を乗せる場所に届かない男の子を、クレイグがひょいっと持ち上げた。
「軽いな」
「魔力を吸収するから、パンかお菓子をあげたほうがいいかもしれないわね」
「用意しよう」
男の子と母親の魔力吸収が終わり、ポーションで魔力を回復させるのを待っている間に話を聞いたところ、父親は他所の領地に出稼ぎに行っているので、親子三人でこの街で暮らしているという話だった。
旦那は帰らないし、子供たちは魔素病がどんどんひどくなるのに、周りにも余裕のある人なんていなくて頼ることも出来ず精神的にもかなりまいっていたようで、途中から泣き出してしまった。
「子供たちが元気になるまで生活出来る場所を用意したほうがいいな。そういう母親が多いのなら、共同生活が出来る場所を用意するのも手かもしれない。デリラにやらせるか」
孤児院はあっても、親のいる子供を助ける施設はないみたいだ。
「両親が働いている間、子供を預けられる場所があるといいんじゃない? そこで定期的に闇属性の量を計測すれば、親も安心して仕事に専念できるし、仕事のない女性に子供の世話という仕事をしてもらえばいいのよ」
この世界で初の保育園を作ろうじゃないか。
ついでに読み書きと計算も教えればいいのよ。
「なるほど。優秀な領民が増えるのはいいことだ。検討しよう。言い出したからにはきみも相談に乗ってくれるんだろう?」
「もちろんよ」
「作って終わりというわけにはいかないから、今後ずっと関わってもらいたいところだな」
今後ずっと?
ふと周りを見回したら、にこにこと楽しそうな様子でみんなが私とクレイグを見ていた。
もしかして私とクレイグの関係を誤解していない?
私はまだ、嫁になるって決めていないわよ。
声をかけに行ったとしても、そんなに早く子供たちが集まるとは思えないので、私は医療棟に行って重傷者の魔力吸収を半分だけ終わらせることにした。
呻き声が聞こえる以外は静かな病室を後にして、外来用の建物に戻って来るまで三十分くらいかな。
輸血センターみたいだと思っていた部屋が、小児科になっていた。
魔力吸収をすると小さなマフィンがもらえるので、子供たちは協力的だったけど、目を離すとふらふら外に出ていこうとする子や、他の子のマフィンまで取ろうとする子がいて、騎士たちは慣れない子供の世話にあたふたしている。
それに比べて侍女たちは慣れたものだった。
彼女たちは平民で、妹や弟の世話を小さい時からしてきたそうだ。
「いてくれて助かったわ」
騎士たちに存分に魅力をアピールできたんじゃない?
もしかしたらこれがきっかけでカップルが出来たりして。
そういう楽しい話題もほしいところよ。
子供たちの世話を終えて、残りの重傷者の魔力吸収を済ませた時には、当初の予定より遅い時間になっていた。
今日魔力吸収を受けた人が話を広げてくれたのなら、明日はもっと人が来るだろう。
最初の何日かは忙しくなると覚悟している。
たぶん五日もすれば、ほとんどの人の痣が消えるだろうから、それからは余裕が出来るはずだ。
剣の稽古も体力強化もまだ全然できていない。
食べて寝ているから身長も体重も増えているけど、まったく筋肉が足りない。
まだ走る体力はないから、ウォーキングがしたいなあ。
「今日はご苦労様でした」
「このような姿ですみません」
夕食の席でも私はローブ姿だ。
家族で食事をするのにもきっちりドレスを着て化粧をする必要ってあるのかね。
せっかくドレスがあるから着ないと勿体ないってこと?
クロヴィーラでは自分の部屋で食事をしていたから、食事のために侍女や給仕がひとりひとりについて、大きなテーブルで食事をするって初めてなのよ。
眷属やカルヴィンが私の部屋で食事をするときも、四人分の食器を並べたらいっぱいになっちゃうようなテーブルを使っていたもんなあ。
そういえばテーブルマナーは向こうの世界と同じ?
全くわからないんですけど。
「家族だけの食事ですもの。気楽にしてくださいな」
「そうよ。それに今日は忙しかったんですもの。私たちには気を使わないで」
アニタ様もデリラも、その辺は気にしない性格みたいでよかった。
王宮の貴族だったら馬鹿にしたような顔で嫌味を言われていたかもしれない。
「スプーンとフォークは外側から使えばいいんだ。クーパーがチェックしているから平気だろうが、食べにくいものがあったら言ってくれ。母上、レティシアは病弱だったために礼儀作法を学んでいないんです」
「まあ、そうなの? でも姿勢がいいのね。食べ方も綺麗だわ」
日本では社会人だったからね。
お高いお店に行ったことも回数は少ないけどあるし、武道をしていると姿勢はよくなるものよ。
「デリラに仕事をたのみたいんだ。今日子供を連れた母親が……」
今日はクレイグの新しい一面が見られた。
子供の扱いが意外とうまかったり、冒険者たちにも気軽に話しかけて怖がられていたり。
領地で過ごす時間が多かったのと、結界に近い土地に住んでいるということで社交界にあまり関わって来なかったせいで、いい意味で貴族らしくないのよね。
それはアニタ様もデリラも同じで、その雰囲気のせいか働いている人たちもおおらかな人が多くて、ヘザーもクーパーもうまくやれているみたいだ。
私についてきてくれた彼らは、私が守らなくてはいけないでしょ?
「……何か騒がしくないか?」
遠くのほうでドアを開閉する音や、大勢の人が走り回る音が聞こえてきた。
そろそろ来る時間か。
「失礼します!」
おお、執事が血相を変えて走り込んできたわ。
「旦那様が、いえ、国王陛下がお帰りになりました!」
カランと音をさせて、夫人の手からフォークが落ちた。