ラングリッジ公爵家と冒険者たち 2
だからといってこの場でクレイグに意見している時間はないので、私たちはそれぞれに行動を開始した。
神殿に揃えられた家具什器は全てこの医療棟から運ばれたものだったので、転移した先の雰囲気は神殿の病室とほぼ同じだ。
私たちが到着するとすぐに魔力吸収の準備をしてくれていた医療班のメンバーが駆け寄ってきた。
巫子が来るからと声をかけて入院させた重傷者がたくさんいるそうなので、患者と接している彼らからしたら来るのが遅いくらいに感じられているかもしれない。
冒険者ギルドの本部長が挨拶に来ているって言われたけど、そんなのはあとよ。
「クレイグが相手しておいて」
「いや、待たせておけばいいだろう。彼なら大丈夫だ」
それならばと駆け抜けるように魔力吸収を始めた。
重傷者は意識がないか痛みに呻いているばかりで、傍に誰がいて何をしているかなんてわかっていないから、今はある意味とっても楽なのよ。
早足で患者の元に行き、ふたりがかりで引き摺って移動させている魔道具に患者を触らせて、魔力量をチェックしながら魔力吸収して終了。一分もかからないわよ。
すぐに次の患者の元に行き、同じことを繰り返した。
これが三日もすると痛みがだいぶ楽になってきて、どうやら自分は助かるらしいと知って涙ながらに感謝してくる。
そして更に何日かすると寝ているのに飽きてきて、早く退院したいだの、酒が飲みたいだのとうるさくなってくるのよ。
規律の厳しい騎士たちの中にさえそういう人がいたんだから、冒険者はもっとうるさくなるわよ。
だから私が魔力吸収が一通り終わった後、邪魔にならないように遠くから見ていた冒険者ギルドの本部長に、ある程度元気になった冒険者は引き取ってくれないかどうか聞いてみた。
「それと、痛みや痣が消えたら完治したと思って、もう魔力吸収に来ない冒険者も出てくるんじゃないかしら。でも痣が消えても闇属性の魔力はまだ残っているんです。そこで来なくなるとすぐに再発してしまいます」
「冒険者ギルドに魔道具を置いたほうがいいのではないか? 魔道省にも冒険者が使える魔道具を用意させるか……」
クレイグはすぐに対策を考えてくれたけど、本部長のほうは驚いた顔で私とクレイグの顔を見ているだけだ。
なんなんだろうと眉を寄せたら、彼は慌てて話し始めた。
「ああ、すみません。今の患者たちの様子を目の当たりにして、三日で痛みが楽になるとか五日もすれば退院したいと言い出すとか、とても信じられなくて。しかももうその後のことまで考えているとは。本当に魔素病は治るんですね」
ああ、半信半疑だったのか。
ラングリッジ公爵騎士団の騎士は、貴族の、しかも公爵家の権力や財産で守られているけど、冒険者は個人事業主だもんな。
魔素病になっても生きていくためには結界近くに行くしかなくて、悪化して死を選んだ冒険者を本部長は何人も知っているんじゃない?
そんな悲惨な状況を間近で見てきたのなら、そんな短期間でよくなると言われても信じられないのかもね。
体格からして、たぶん本部長も元冒険者だ。
胸板が厚くて二の腕や肩の筋肉ががっしりしている。
強面だけど一緒にいるギルドの職員に指示する様子は、けっして怖くないし騎士たちとも仲がよさそうだ。
「治るさ。死ぬ覚悟をしていた親父が、今は国王だぞ。体の一部が変形していても、元気に剣をふるっている騎士もいる」
「そう……ですよね。そうであってほしい。みんな、これでやっと助かると期待しているんです」
「その分、我先に治療を受けたいと騒ぐ者が出るかもしれない」
「そのあたりはおまかせください。御迷惑はかけさせません。そういえば、朝焼けの空が来ていましたよ」
「え?」
朝焼けの空?
「ああ、巫子は知らないんだな。朝焼けの空という名前のSランク冒険者のパーティーがあるんだ。彼らに仕事を依頼しているから、向こうで報告を聞こう」
「……朝焼けの空」
なんだその名前は。
もう少しなんかこうあるでしょう。
厨二病というにも微妙なネーミングセンスよ。
「彼らは子供の頃には青空を見ていた年代の人間なんですよ。冒険者になるころには、この国では雲が晴れることがなくなってしまったので、昔の空の記憶をもとにしたパーティー名をつける冒険者は結構多いんです」
「なるほど」
本部長の説明を聞いたら、笑えなくなった。
子供の頃に見た朝焼けの美しさが忘れられなくて、またあんな風景が見たくてつけた名前なのか。
……でもやっぱりもう少しひねろうよ。
そのまんまじゃないか。
「彼らだ」
うわー、廊下で待っていた彼ら全員、ゲームやアニメに出てくる冒険者のイメージ通りだわ。
「バート、待たせたな。向こうの部屋で報告を受ける」
クレイグが話しかけたのは、銀色の髪を肩まで伸ばした二十代半ばの男性だ。
冷たい青い瞳をしているので、近づきにくい雰囲気がある。
ナイトなのかな。
背中に盾を背負って、腰に剣をぶら下げている。
メイスを装備している三十代くらいの男性は、ローブが神官たちの物と似ているからたぶんヒーラーだろう。
ごつい金色のアクセサリーをつけているのは、大神官たちの間違った布教のせいよね。
残りは弓を背負った二十代後半の細身の男性と、ひと目で魔道士とわかる男という男ばかりのパーティーだ。
四人とも、クレイグやカルヴィンみたいな造形的に美形というタイプではないのよ。
でもSランクの冒険者としての自信と余裕が感じられるし、全員が長身で鍛えた体をしているし、なんと言っても醸し出すオーラが違う。
これは女が放っておかないわよ。
「彼女が神獣の巫子のレティシアだ」
室内は全く飾り気のない大きな暖炉とテーブルと椅子があるだけの、たぶん面会室だった。
昔は大きな窓から日の光が差し込んで、居心地のいい部屋だったのかもしれないけど、今はちょっと侘しい雰囲気だ。
クレイグに紹介されて挨拶したけど、でも朝焼けの空のメンバーは私より、いつの間にか壁際に立っていたフルンが気になっているようで、警戒した顔つきでちらちらとそちらを見ている。
それに四人ともランクA以上の魔力の持ち主らしく、暖炉の前で寛いでいるリムも気になるようだ。
「彼は神獣様の眷属のフルンです。私の保護者みたいなものです」
私が説明すると、彼らだけじゃなく本部長も納得した様子で、でも警戒したままで席に着いた。
「暖炉の前にいるのが妖精のリムです」
名前を呼ばれて、毛づくろいしたままのポーズで顔だけこちらに向けるリムを見て、部屋にいる全員がついつい表情を緩めてしまう。
猫の可愛さは最強よ。
「実は大神官たちだけでは不安だったので、彼らにも聖女を探してもらっていたんだ」
「おおおお……お?」
そうかその手があったか。
興奮のあまり立ちあがって奇声をあげてしまった。
クレイグが笑いを堪えているのに気付いて周りを見たら、本部長と朝焼けの空のメンバーが、なんだこいつという顔をして私を見上げていた。
せっかく華奢で可愛い御令嬢というイメージを持ってもらえていたかもしれないのに、こんなに早く本性を知られてしまうなんて……。
「まあいやですわ。つい興奮してしまいましたわ」
すとんと椅子に座ったまではいいけど、みんなの視線が痛い。
神獣の巫子がこの性格では駄目よね?
「彼女は魔力を抑えられていたせいで幼少期より体が弱かったので、礼儀作法などは学ばなかったんだそうだ。その代わり、巫子だと世間に知られて狙われた時にも大丈夫なように、眷属から剣術を学んでいたんで強いぞ」
クレイグ、それはフォローになっていないのでは?
それに、なんでも眷属のせいにしている気がする。
「では、王太子をぶちのめしたって言うのは本当なんですか!?」
弓を背負った男が目を輝かせて言った。
彼だけじゃなくて、本部長を含めて全員が急に私に興味を持ったようだ。
冒険者って強さが第一なの?
「本当だ。俺も驚いた。急に光と共に木製の変わった形をした剣が出現したんだ。それを手にして彼女がぶちのめした」
「おお」
「私もその場にいたかった」
「その武器を見せていただけませんか?」
やめて。
クレイグが自分のことのように得意げに言うから、興味が爆あがりしているじゃない。
Sランク冒険者にそんなふうに関心を持ってもらえるような人間じゃないのよ。
「待て。今はそれよりも報告が先だ」
バートが話を本題に戻してくれた。
さては彼がリーダーだな。
「そうでした。神官たちが聖女を探しているというのは冒険者の中でも話題になっていたので、情報を集めるのは割と楽でした」
代表して報告を始めたのはヒーラーの男性だった。
「それにみんなが聖女候補として、同じ名前を口にしたんです。その人はSランク冒険者パーティーの英雄の翼のアリシアという女性でした」
だからさ、冒険者ってネーミングセンスがないの?
自分で英雄って。
「俺たちも実は彼らを一度見かけたことがあるんだ。結界近くのダンジョンを通りかかった時に、ずいぶんと無茶な戦い方をしているやつらがいるなと思って、足を止めて観察したんだよ」
クーパーが話すと、他の三人が眉を寄せて頷いた。
Sランクなのに無茶な戦い方をするってことは、実力が名声に追いついていないのかな。
Sランクって冒険者の最高ランクよね?
彼らに仕事を依頼するのはかなり高額になると聞いているわよ。
「調べたところ、彼らはアリシアが加わるまではランクBの冒険者だったようなんです。ヒーラーがリーダーの戦士と喧嘩して抜けて、アリシアが加わった途端にあっという間にランクを上げていったそうです」
「それで余計に気になって観察したんですよ。戦士の戦い方はめちゃくちゃで、魔獣に吹っ飛ばされて死にかけていたのに、アリシアが魔法を使うと一気に回復して戦闘を継続したんです。それにたぶん身体強化の魔法もかけられるんだと思います。戦士に何回も魔法をかけていました」
「どんどん動きがよくなっていましたから、身体強化の魔法で間違いありませんよ」
身体強化!?
聖女もバフをかけられるの!?
あれは、無属性の魔法じゃなかったの?
……違う。私がバフがいいと言ったから、女神はその魔法を使えるようにしてくれただけだ。
無属性専用の魔法なんて、女神は一度も言っていない。
聖女も身体強化が出来るのなら、ラングリッジ公爵騎士団だって私は必要じゃないのでは?
魔力吸収して神獣の力を取り戻すことに専念しろっていうこと?
「その時の戦士の態度がひどかったんですよ」
クーパーの声にはっと意識を話を聞くことに戻した。
重要な話をしているのに、何を考えているのよ私は。
「戦士以外は女性ばかりのパーティーで、魔道士と二刀使いとアーチャーがいたんですが、彼女たちに魔法をかけるより俺を優先しろって叫んでいて、二刀使いも怪我をしているのに邪魔だ、退けと喚いて助けようとしませんでした」
うえっ。ハーレムパーティーを作って王様のようにふるまっている男ってこと? 最悪。
なんでそんな男と一緒にいるんだろう。
脅されている?
「おそらく強力な身体強化魔法を使ってごり押しして、怪我をしたら回復をして戦っているんだと思います。回復できるとしても傷ついた時の痛みは味わうんです。そんな戦い方を仲間にも強要しているんだとしたら大問題ですよ」
「クーパーの言う通りだな。早めに聖女と接触する必要がある。連れては来られなかったのか?」
「神官が探しているのに気付いたのか、ここ何日か姿が見えないんです。おそらく結界近くの村にでも籠っているんでしょう。あそこはあまり長居すると魔素病になるので危険なんですけどね」
「アリシアさんて、どんな人ですか?」
「え?」
私の質問がおかしかったのか、冒険者たちは不思議そうな顔をした。
「噂でもいいし、外見はどんな感じかだけでも」
「ああ、冒険者なんてやっているのはもったいないくらいの美人でしたよ」
そうよね。
あの女神が聖女にするのなら美人に決まっている。
「見かけただけですので、どんな人までかはわかりません。でも噂で聞いた話では明るくて性格がいいので、いろんな冒険者が誘っていたみたいなんですけど、断られていたようです」
「アリシアだけじゃなくてさ、他の子もいい子たちなんすよ。それなのにあんな男と一緒に住んで、パーティーも組んでいるなんて世の中おかしいっすよ」
「一緒に住んでる!?」
思わずアーチャーに聞き返してしまった。
「そうなんすよ。全員、戦士の女じゃないかって」
「おい、言葉遣い」
「ああ、失礼しました」
クーパーに注意されてアーチャーが慌てて頭を下げた。
「いえいえ、そういうのは気にしないので大丈夫です。つまり戦士は四人の女と同居して、彼らすべてと関係があるっていう話なんですか?」
「あくまで噂っすよ」
「クレイグ、急がないと。妙な噂が貴族たちの耳にはいったら、聖女にふさわしくないだのと余計なことを言い出す人が現れるわよ」
「ああ、大神官に話してしばらく姿を隠してもらおう。彼らをおびき出してきみたちに捕まえてもらいたい。騎士団本部に三日以内に来ない場合、ラングリッジ公爵領で生活出来なくなるという噂を広めてくれ」
最後のほうは冒険者ギルドの本部長に向けて言った言葉だ。
「そんな男をランクSにするなんて、ギルドがどういう基準でランクを上げているか確認する必要があるのかな?」
脅しまでつけたので、本部長は慌てて立ち上がった。
「すぐに対処します」
「そうしてくれ」
三日以内に聖女に会えるのね。
結界を守り、魔素病を完治させ、身体強化の魔法も使える綺麗で性格のいい女性……か。
私が注目されるのは、彼女が見つかるまでだけだろうな。
でも、たとえそうだとしても、アリシアが心配だわ。
家族はどうしたんだろう。
そのへんもクレイグに確認してもらわなくちゃ。




