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神獣の眷属と妖精    3

 顔が小さく手足が長いモデル体型で、涼やかな藍色の瞳が印象的な綺麗な顔をしている。

 フルンとは違って人間らしさがある分、多少は親しみやすい気がしないでもないけど、レティシアと似てなくない?

 兄貴がこんな整った容姿だと、妹の立場が……。


『レティシアは美人よ』


 整った顔だとは思っているよ? 主に骨格が。

 でも痩せすぎて目がくぼんで頬がこけているから、健康的になった時の顔が想像つかなくて、 髪と瞳の色が同じだってこと以外に似ている個所を見つけられない。


「な……そんなに痩せて……病気なのに川に飛び込むなんて……」


 よろよろとベッドのすぐ横まで近づいてこようとしたカルヴィンの視線が、私の顔から下に落ち、横にずれ、次は顔ごと横を向き、上を向いてから戻ってきた。


「……この部屋は……なんなんだ」


 どうやら彼は、レティシアがどういう状況に置かれていたのか知らなかったようだ。

 そんなことってあるの? って言いたいところだけど、それも女神の小説のせいかもしれないのか。


「父上や母上はこの状況を知っているのか?!」

「誰?」


 興味がなさそうな声に聞こえたかな。

 緊張しているから演技なんてしなくても顔が強張っているだろうし、警戒している表情に見えるといいんだけど。


「彼はカルヴィンという名できみの兄だ」


 ブーボが羽根で私の腕をつつきながら説明してくれた。


「そう。はじめまして」

「妖精が見えるのか?!」


 情報が多すぎて消化しきれないんだろうな。

 前の質問に答えないうちに新しい質問をされるから会話にならない。


「見える」

「でもきみは魔力が……いや、その話はあとだ。前に会ったのは十年以上前だったから、覚えていないのは当然だ。ずっと会いに来られなくてすまない。僕は、きみは魔力がないせいで体が弱く寝たきりで、領地で静養していて面会できる状態じゃないと聞かされていたんだ」


 なるほど。そういう設定だったのね。

 親にそう言われたら子供は信じるしかないよな。


 彼からは敵意も悪意も感じられない。

 迷惑そうな顔や、侮蔑に満ちた視線を向けられる覚悟をしていたのに、意外にも好意的だ。

 ブーボに向けるまなざしも優しくて、本当はもっと私達に近付きたいのに、これ以上は嫌がれるかもしれないと遠慮しているように見える。


「そう」

「……ごめん。そんなのは言い訳だな」


 カルヴィンは肩を落として俯いて首を横に振った。


「両親は、嫡男なのにランクBしか魔力のない僕を、全寮制の学園に追いやり屋敷に戻るなと言っていたんだ。そんな親なんだから、ちょっと考えればきみだってつらい目にあっていると予想できたのに、自分のことしか考えられなくて、きみの心配までしていられなかった」


 それはしかたないでしょう。

 カルヴィンだって子供だったんだから、自分のことで精いっぱいなのが当たり前だよ。


「クロヴィーラの人間なのにランクBなら、学園で苦労したんでしょうね。嫌な目にも遭ったんでしょ?」

「え? あ、ああ、まあ」

「自力でランクSにしたと聞いたわ。すごいじゃない」


 いけない。つい年下の子に言うような口調になってしまった。

 私は十六。私は十六。


「そう……かな」


 なぜかカルヴィンは驚いたような顔をした。

 誰でも言えるような、当たり前のことしか言っていないのに。

 それとも余計なことを言った?

 振り返って、フルンがどんな顔をしているか確認したいけど、ここで彼の顔色を窺うのも不自然だよね。


「きみも妖精が見えるし会話ができるんだね」

「ええ」

「つまりランクSの魔力を持っているってことだ。だけど魔力がないと言われている。これはどういうことなのかわかっているのか?」


 え? どうなんだろ。ここは何て答えればいい? 

 事情を知っているべき? それとも何も知らないって言えばいいの?

 えーい、不自然でもいいや。

 背後の壁に寄りかかっているフルンを振り返ってみたけど、そういえばこの男は無表情がデフォだった。

 顔色の窺いようがなかった。


「あなたが……神獣様の眷属の方ですか?」


 フルンは壁に寄り掛かったまま気配を消していたから、私が振り返ったのを見てようやく、カルヴィンはフルンの存在に気付いたようだ。 


「そうだ」

「クロヴィーラ侯爵家長男のカルヴィンと申します。妹がお世話になっているそうですね。感謝します」

「おまえの感謝など必要ない。俺は神獣様の巫子を守っているだけだ」


 うわ、この張り詰めた雰囲気はなんなの?

 フルンがこういう言い方をするやつだって、私はもうだいぶわかりかけてきているからいいけど、初対面の相手にその態度は喧嘩を売っているのと同じだよ。

 目を細めてじろじろと見るのはやめなさいって。こわいよ。


「学園を卒業するのは来月だったはずだ。どうして戻ってきた? まさか戻って来いと親に言われたわけではあるまい?」

「ラングリッジ公爵家長男のクレイグは友人なんです。領地にいるはずのレティシアが王都で川に飛び込んだらしいと彼から聞いて、急いで戻ってきたんです」


 またラングリッジ公爵家?

 なんでそんなに動いてくれているの?


「ほお」

「レティシアが神獣様の巫子で、女神さまの加護も受けているというのは本当なんですね」

「そうだ」

「レティシア」


 カルヴィンが急にベッドに近づいてきたので、ブーボが大きく翼を広げて威嚇した。


「それ以上は近づくな」


 すごい。私守られている。

 人間に比べたらずっと小さなブーボが、身を挺して守ろうとしてくれている。

 

「なにもしないよ。妹を傷つけたりしない」


 警戒されたカルヴィンはショックだったみたいだ。

 その場にしゃがんでブーボと目線を合わせて話す彼を見て、ブーボは迷いつつも羽を閉じ、ぴょんぴょんと飛ぶように後退して私に寄り添った。


「こうして会えたからには、これからは少しは僕にもきみを守らせてほしいんだ。眷属や妖精に比べたら非力だけど、兄としてきみの役に立ちたいんだよ」


 ちょっと、やめて。そんな優しい顔をしないで。

 家族だから、兄妹だから、それだけの理由で親しくして優しくするっていうのは、私には無理。

 血の繋がりなんて意味ないってことを、今まで嫌ってほど体験してきたんだから。


 ほぼ初対面だよ?

 今にも死にそうな様子を見て同情したの?

 何もしなかった後ろめたさを解消したいの?


 あ、そうか。神獣の巫子だからだ。


 なんだ、それだったらわかる。納得。

 クロヴィーラ侯爵家の嫡男としては、神獣とは良好な関係でいたいもんね。

 理由がわかってほっとした。

 

「レティシア、僕が信じられないかな」

「うん」

「…………」

「あ、いえそうじゃなくて、会ったばかりだから、兄と言われても実感がわかなくて」

「それはそうだよね。急に信じろと言ってもそれは無理だ。これから行動で示していくよ」


 何を?

 何を行動で示すの?


「まだ僕の言うことは信じられないかもしれないけど聞いてくれ。もうすぐ両親がここに来るだろうが、彼らの言うことを鵜吞みにしないで。彼らは、僕の魔力がランクSになった途端に態度を変えてすり寄ってきたんだ。今回もきみを利用しようとするだろう」


 あー、はいはい。

 子供は親の愛情を求めていると思って、都合よく操ろうとする危険があるのね。

 大丈夫。そういうのは実の親にもやられて慣れている。


「両親は私がいらなかったの。私もいまさら親なんていらないの」

「……そうか」

「そこのふたり、そろそろ来るぞ」


 フルンに言われて、私とカルヴィンは同時に扉に視線を向けた。

 ナイスタイミング。

 カルヴィンと話すのは心臓への負担になりそうだったから助かった。


「遅いなー。早く来なさいよ」


 カルヴィンと一緒に戻ってきていたリムは、部屋に入らずに、開けたままの扉の前でふわふわ浮いて、残りの人たちが来るのを待っていた。

 サラのことも気になったんだろうな。


「なんでこんな場所にいるんだ」

「私は知りませんわ」


 押し付け合いはみっともないなあ。

 だいたい娘が屋敷のどこにいるか知らない両親がおかしいだろ。


「なぜ、彼らを吹き飛ばした」

「あの……私の行く手を遮ったので、妖精がどかしてくれたんです」


 平凡な侍女の演技が完璧だわ。

 誰もサラが眷属なんて気づかないだろう。


「私は妖精に聞いている」

「……すみません」

「えらそー。あんたに答える気はないわ」

「な、なんだと!」

「レティ、最悪な親父が来たわよー。こいつムカつくから爪をお見舞いしていい?」


 ちょっとリムさん、笑わせないでよ。

 ようやく両親がサラと一緒に到着したのに、爆笑しそうよ。


『また大勢でやってきたわね』


 自由にやっていいという割に、ずっと女神が話しかけてくるんだけど。


『あなたを心配してあげているのよ』


 女神の声をこんなに頻繁に聞く人間が神官以外にいていいの?


『…………言わなきゃ誰にもわかんないし』


 駄目だ、この女神。


「なんだこの部屋は」


 不機嫌そうに部屋に入ってきたのが、おそらくクロヴィーラ侯爵だろう。

 残念なことに、侯爵とレティシアは目元がよく似ていた。

 侯爵も見た目は黒髪のイケオジだけど、眉間に皴を寄せて口をへの字にしているせいで、気難しく近寄りがたい雰囲気だ。

 自分の娘がこんな狭くて薄暗い部屋にいるとは思っていなかったようで、部屋の入り口で足を止めて不機嫌そうにしている。


 こういう男はよく知っている。会社にもいた。

 自分の言うことが絶対で、年下の女性の話なんてまともに聞かない。

 自分の思い通りに事が進まないと、すぐに不機嫌になるタイプだ。


 こういう相手なら対処できる。

 優しく接してくるカルヴィンより、精神的にも落ち着ける。

 まさかこんな親父が精神安定剤になる日がくるとは思わなかった。


「出来るだけ屋敷の隅の部屋をあてがえと、旦那様がおっしゃったではないですか」


 侯爵の背後にいる、銀色の髪を撫でつけて眼鏡をかけている男が執事だな。

 この男は記憶の中に何度も出てくる。

 レティシアをいつも軽蔑した顔で見ていた男だ。


「だからといって、こんな汚い部屋を使わせるか?!」


 戸口に侯爵たちが姿を現すとすぐ、カルヴィンはゆっくりと立ち上がり、私を背に庇える場所に移動した。

 フルンも壁から離れ、私のすぐ後ろに近づいてきて、そっと肩に手を置いたし、ブーボだって羽を膨らませて、私のすぐ前で、いつでも飛び立てるように構えている。


 私、めいっぱい守られてない?

 お姫様扱いじゃない?


 何これナニコレ。おかしいって。

 あいつは怒らせるなとか、ゴリラだとか言われていた女なのに?

 見目麗しい男性に、こんな風に守られるなんて落ち着かないどころか、緊張して全身から汗が吹き出しそう。


 いや落ち着け。今はレティシアなんだ。

 骨太で筋肉質な地味な女じゃなくて、細くて病弱な侯爵令嬢になったんだ。

 差が激しくてそんな簡単には馴染めないよー。


「レティシア!」


 リムが私の膝に飛び乗った。

 その様子を目を丸くして見ていたってことは、侯爵にも妖精が見えているのね。


「連れて来たわよ。邪魔してきたやつは壁に叩きつけてやったわ」


 思い切り暴れられてご機嫌なようで、リムは得意げだ。 


「ガラスが割れる音も聞こえたような」

「立とうとした時に勝手に花瓶を割ったやつがいただけよ」

「そうなのね。サラを守ってくれてありがとう」

「ふん。このくらいお安いものよ」


 耳の付け根を撫でながら礼を言うと、リムは嬉しそうに私の手に頭をすりつけてきた。

 仕草は猫と同じだ。

 誉められたのが嬉しいのか、コロンと毛布の上に横になり、腹を出して背中を擦り付けてくる。

 喉の下や腹を撫でてあげたら、ゴロゴロと喉を鳴らした。


「見えて……会話も……」


 侯爵夫妻は、すっかりリラックスして甘えまくっているリムと、つんと澄ました顔で羽根の手入れをしているブーボを食い入るように見つめている。

 そういえばこの世界の本物の猫やみみずくと妖精達は、見た目的には変わらないのかな。


『闇属性の魔素の影響を受けやすくて魔獣になってしまうから、この世界に小動物はいないわよ。猫も小型犬もみみずくも妖精としてしか存在しないわ』


 小動物がいない世界ですって?!

 妖精と出会えてよかった。

 

「フルン様」


 妖精の次に侯爵が反応したのは、私の背後にいるフルンに対してだった。

 サイズの合わない服を着てやせ細った娘は視界に入っていないのか、フルンだけを見て、嬉しそうに目を輝かせて部屋に入ってきた。

 

「まさかこうして再びお目にかかれるとは」


 侯爵が部屋に入っても、執事も夫人もまだ廊下に立っている。

 部屋の入口に執事がいるために邪魔だったのか、夫人が執事の背中を押し、仕方なく執事が室内に入ってきたのが見えた。

 でも夫人は部屋に入らず、ハンカチで鼻と口元を覆い、嫌そうに眉をひそめて入り口から室内を覗き込んでいる。

 

 これが死にかけた娘がいる部屋での母親の態度なのか。

 ひどすぎて笑えてくるわ。

 サラが着ているものより高級そうな制服を着た侍女が夫人に寄り添い、心配そうに何か話しかけていた。


「久方ぶりだな」

「はい! 我が屋敷においでになっていると聞いて驚きました」


 先ほどまでは近寄りがたそうだった侯爵が、フルン相手には今にも揉み手でも始めそうな低姿勢だ。


「そうか? 俺はもう何年もこの部屋を訪れていたのだが……そういえば、お前の姿を見かけたことは一度もなかったな」

「そ、それは……忙しくて……」

「死にそうな娘のために、医者を呼ぶ時間もないほど忙しいのか」

「ええ?! 医者を呼べと言っただろう!」


 一瞬私に視線を向け、ようやく私の様子に気付いたように息をのみ、侯爵は執事を怒鳴りつけた。 


「侍女長に指示しました」

「指示して終わりにしたのか?! 報告を受け、経過を報告するのもおまえの仕事だろう!」


 今まで何も聞いていなかったのに、自分から様子を聞かなかったのは侯爵でしょう?

 死にかけた娘が、どこにいてどんな様子か気にしていなかったのよね?


「その執事は、おまえの弟を主と思っている男だぞ」


 フルンの言葉に、室内にいた全員が固まった。

 弟っていうことは、レティシアにとっては叔父さんか。

 叔父さん……叔父さん……ああ! オグバーン伯爵だ。



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