奇跡のオンパレード 2
日本でもスコールの時には、この程度の雨になることはあるじゃない?
そういう時に雨の降っている場所と、その周りの降っていない場所の境目ってどうなっているのか見てみたいなとは思っていたの。
あっちの世界とこっちの世界では同じかどうかはわからないけど、今回の雨の境目はくっきりはっきりと分かれていて、徐々に雨が弱くなっていくんじゃなくて、ものすごく降っているか全く降っていないか線を引いたようにくっきり分かれている。
「退却! 退却!!」
「うわーーー! 天罰だ!!」
「ひーーーー!」
雨の音が強すぎて、敵が何を叫んでいるのかは聞こえないんだけど、パニックになって右往左往しているのは見える。
もう烏合の衆だな。
指揮官の声なんて聞いちゃいない。
「レティシア、門の前に行こう」
「はい」
クレイグに言われて、私も他の人たちに続いて歩き出した。
「なんだ、あいつら弱いじゃないか」
「倒してしまえばよかったんじゃないか?」
兵士たちが話している声が聞こえてきた。
会議の席でもあのまま敵が攻撃してくるように仕向けて、全滅させてしまおうって意見もあったそうなのよ。
見せしめになるしね。
でもそれをした場合、いろいろと問題が出てくるのだ。
まず、今後もずっと隣国とのお付き合いは続くということは忘れちゃいけない。
この国は結界という時限爆弾を抱えているのに、隣国との関係が悪化するのは出来れば避けたい。
ここで戦死者が多く出たら、家族を失った人々の恨みは私たちに向くのよ。
でも女神や神獣の奇跡を見せつけられた家族が帰ってきた場合、話が違うじゃないかという彼らの怒りは自分たちの国に向けられるでしょ?
周りに広がる情報だって、皆殺しにしましたよりは奇跡を見せつけて丁重にお帰りいただきましたのほうがいいと思わない?
それに砦のすぐ近くに千体もの遺体が転がってしまった場合、その後始末がやばい。
ただでさえ天候が悪いんだから、伝染病の恐れがあって放置できないけど、千体の遺体を棺に入れて隣国に返すなんて、いろんな災害に見舞われている我が国には無理だ。
棺も作業する人員も集まらない。
そのへんに埋葬するんだって大変だから、自分の足でお帰りいただくのが一番後始末が楽なのよ。
私としても被害者はひとりでも少ないほうが嬉しい。
悪いのはうちの馬鹿な元国王と隣国の強欲な上層部たちで、国民は言われるままに動くしかないんだから。
「雨がやみました」
「魔道士たち、地面を乾かしに行くよ」
「兵器はどうしますか」
城壁から降りると、たくさんの兵士や魔道士が慌ただしく動き回っていた。
門の前にずらりと整列している兵士たちにも、恐れは全く感じない。
実際、これからやるのは戦闘ではなくて、羊を寝床に帰す牧羊犬のお仕事みたいなもんだしね。
「我々は転移で右側から彼らを追い立てる。そこに盛大に騒ぎながら突っ込んできてくれ」
「クレイグ、無茶はするなよ」
「まかせてください。ギレット公爵こそ、部下に任せて砦で見守ったほうがよろしいのではないですか?」
「戦闘力上昇、防御力上昇、移動速度上昇……」
話の邪魔をする気はないけど、時間を無駄にする気もないのでバフをかけ始めたら、ラングリッジ公爵騎士団の精鋭たちの頭上から光の輪が何回も地面に落ちていく様に、兵士たちから感嘆の声が上がった。
いつも同じメンバーで訓練していたから、この人数ならまとめてかけられるようになったのはいいけど、派手ね。
「いいか! 敵の野営地を荒らすなよ。 物資を盗むのも厳禁だ。食料は砦や町の人たちに分配する。テントや毛布は被災地の方たちに送る物資だ。我々のこの戦いは、生まれ変わる我が国の復興の第一歩。それをおまえたちが成功させるんだ!」
大歓声の中、私は黙々とバフをかけ、サラスティアの助けを借りて馬に乗ったんだけど、それがまた悲惨だった。
身体を浮かせてもらった状態で馬に縋り付いて、よじ登ったっていう感じ。
体が浮いているのに片足をあげなくちゃいけないって、とんでもなくこわいんだからね。
笑わないで、そっと目をそらしてくれた騎士や兵士たちの優しさが胸に痛いよ。
「もちろんおまえたちにも家族に持って帰れるだけの食料を用意する。新国王が特別に報奨金もくださるそうだ。統率を乱さず、指示通りに速やかに動くように! ラングリッジ公爵騎士団の精鋭諸君に、我々も出来るところをお見せしなくてはな!」
ギレット公爵は王宮にいる時より、今のほうが生き生きしているなあ。
新国王も彼と同じタイプだから、せっかく動けるようになったのに王宮で窮屈な生活をしなくちゃいけなくなったのは、かなりのストレスなんじゃない?
夫人を早く王宮に行かせてあげたいな。
「巫子、きみからも兵士たちに言葉をかけてくれないか?」
私の後ろにフルンが乗って、もう出発できるぞという時にギレット公爵が声をかけてきた。
私が? 何を言えばいいんだろう。
ひとりで馬にも乗れない女が、何を言っても説得力がないと思うんだけど、ラングリッジ公爵騎士団の騎士たちもクレイグや眷属まで、私が何か言うのを待っている。
こういう時、本やアニメではどんな台詞を言うんだった?
えーっと、部下に慕われる指揮官よね。
「野郎ども! ただでさえ大変な時期にのこのこやってきた馬鹿共を追い返すわよ! 無茶せず無理せず、でも効率よく! 命は大事に戦ってちょうだい!」
「意味がわからん」
フルンに突っ込まれたけど、兵士たちには受けているみたいよ?
歓声がすごいもの。
「では我々は先に行く。転移をお願いします」
クレイグの声に合わせて、ラングリッジ公爵騎士団二十人と騎士の馬に同乗している魔道士が五人、そして私と眷属三人の総勢二十八人は、必死に自国の方角に走っている兵士たちの最後尾に出現した。
雨が止み、砦から離れて少しは平静を取り戻したのか、乱れてはいるけど隊列を整えようという気持ちはあるみたいだ。
でもそこに転移してきた騎士たちが、いっせいにけたたましく軍隊用の笛を鳴らした。
更に私が、必要もないのに見せつけるためだけに仲間全員にバフをふたつばかりかけたので、光の輪が騎士たちを照らして消えていく光景まで見せられて、敵兵は再びパニックに陥った。
「逃げろ――!! 巫子が来た!」
「ひいいいい、殺される!」
「待ってくれ……腰が……」
「巫子だ! 巫子がいる!」
なんで私が恐れられているのよ。
クレイグたちを怖がりなさいよ。
ひとりで馬にも乗れないお嬢様を捕まえて失礼だわ。
「よし、追い立てろ!」
「おーーー!!」
うげえええええ。早い早い早い!
馬の全速力ってこんなに早いの!?
風が顔に当たるし、髪はぼさぼさになるし、なにより揺れるし!
門の前に並んでいた兵士や騎士が鎧姿だったのに、クレイグたちは鎧をつけなかったのは、早く馬を走らせるためだったのか。
バフがあるから、鎧なしでも防御はなんとかなるもんな。
おかげで私は吐きそうよ!
「ぐがががが」
叫んじゃいけないと思って息を吸った時に声が漏れたもんだから、日本のホラー映画の幽霊みたいな声が出てしまった。
でも風の音で、周りには聞こえていないはず。
聞こえているのに、どんどん騎士を追い越して駆け抜けているとしたら、フルンはひどすぎる。
「ひるむな! 馬の足を狙え!! 遅れたやつを取り囲んでしまえ!」
小隊の隊長かな?
少し飾りが多くついた鎧を着たおじさんが怒鳴り散らしている。
上官の命令は絶対だから果敢に戦おうとする真面目な兵士たちが、こういう時は犠牲になるんだよね。
攻撃されたら、こっちだって身を守るために戦うしかない。
実戦経験のない兵士が、フルバフかかっている騎士の相手になるわけがないのに。
「うっ……」
血の匂いがする。
いろんな音も聞こえるけど、なんの音だか考えちゃいけない。
というか、馬からずり落ちないようにするのに必死で考える余裕がない。
「野営地のほうに行かせるな。このまま北に進めろ!」
「クレイグ、俺たちは指揮官を捕らえるぞ」
「了解!!」
一団の中から眷属とクレイグ、そして背に魔道士を乗せたふたりの騎士だけが敵の兵士の横を疾走して追い越していく。
馬にはバフをかけていないはずなのに、この早さはなんなのさ。
……あ! さっき敵兵を脅かすためにかけたバフは移動速度上昇じゃなかった?
騎士にかけたつもりだったけど、彼らが乗っている馬にもかかっちゃったり?
「ぎゃあああああああ! 無茶をしたら馬が死ぬわよ!! やめなさい!! やめてーーー!!」
「そうなのか?」
まったく普段と変わらないフルンが小憎らしくて殴りたくなってきた。
多少は速度を緩めたけど、敵兵を追い越し、敵の騎士の乗る馬を追い越し、ようやく隊列の先頭が見えてきた。
「いたぞ」
「追い越して止めるぞ」
先頭を行く飾りがたくさんついた鎧姿の騎士たちを追い越し、隣国の旗を持った騎士を追い越し、正面に回り込んでようやく馬を止めた。
「あんな人数で馬鹿にしているのか!」
「轢き殺してしまえ!」
私たちが止まっても敵は速度を緩めない。
たった六頭の馬に乗っている軽装の騎士なんて、敵ではないと思ったんだろうね。
でも、突然地面がどどどど……という音をたててせりあがり、壁が出現したせいで、馬が驚いて突然止まったり、前足をあげたり、逆方向に駆けだしたり大混乱に陥った。
逃がしはしない。
駆けだした馬の前にはまた土がせりあがり、私たちがいる側だけを除いて指揮官たちを囲む円形の壁が出来上がった。
土系統の魔道士を連れてきたのはこのためよ。
私はフルンにたのんで馬から降りた。
もう馬はお腹いっぱい。
振動で気持ち悪くなって、眩暈もして、しばらく俯いてしまって動けなかった。
私の様子がおかしいので、眷属もクレイグも馬を降りて周りに集まってきた。
敵も今のうちに対応を話し合うようで、指揮官クラスが集まり始めている。
ここで弱いところを見せちゃいけない。
足を引っ張るくらいなら、砦でおとなしく待てばよかったんだ。
顔をあげろ。
笑顔を見せるんだ。
「はああああ」
いかん。笑い声じゃなくて威嚇音になってしまった。
声が出なかったんだよー。
『涎が出てるわよ』
女神! いたんかい!
『せっかくの巫子姿が……』
うっさいわ。
こっちは吐きそうだったんだからね!
あ、駄目だ。ふらつく……ああ、誰かが後ろから支えてくれた。
たぶんフルンね。
さすが保護者。
「指揮官クラスをふたりくらいは捕まえましょう。いろいろとお話を聞きたいわ」
少しだけこのまま寄りかからせて。
でも表情は余裕があるように見せないとね。
「あとはほら、食料の問題もあるし、いらないと思うの。だから眷属の皆さん」
ここで打ち合わせ通り、眷属の三人は目を光らせ魔力を溢れさせて全身をオーラに包んでいるはず。
振り向かなくても、敵の顔色が変わり馬が後退ったのを見ると、ちゃんとやってくれているみたいね。
「残りの人達はやっちゃってくださいな」
「ぎゃーーーーー!!」
あれ? 今、三つの人影が人間とは思えない早さで飛び出していかなかった?
「逃げるな!」
「無理無理無理!!」
隣国側の壁だけが消えたので、敵はいっせいにそちらに馬を走らせた。
「罠だ! 置いていくな!」
「伯爵が捕まった!」
「知るか!」
このまま手ぶらで帰ってほしいんだから罠じゃないわよ。
いいから伯爵を置いて、さっさと帰って。
「敵兵だ!! 横から敵の一団がやってくるぞ!!」
「退却だ! 国境まで退却!!」
予定通り、ギレット公爵が率いる本体が横から突撃してきた。
ここから国境まで退却してくれるのなら、野営地は無傷で放置ってことになるわね。
それより、フルンがあそこで楽しそうに敵を追い回しているのが見えるんだけど、気のせい?
だったら私は誰に寄りかかっているのかな?
「おまえたちも敵を追い立てろ。敵の負傷者は眷属が転移で国境に飛ばしてくれるそうだから放置でかまわん」
頭の上から聞こえてくる声は……クレイグ?
じゃあ私は、クレイグに思いっきり凭れ掛かって、背後から抱き留められているの?
戦場でなにやってるのよ。自分の足で立たなくちゃ……動けない!?
「よろよろしているんだから急に動くな。足を痛めるぞ」
「は、放しなさいよ」
「保護者が戻って来るまで捕まえておかないと、敵兵にさらわれたりでもしたら大変だ」
敵はみんな逃げ惑って、もう近くにいないじゃない。
いや、落ち着こう。何を慌てているの?
フルンだったら平気で寄りかかっていたでしょ?
クレイグだからってドギマギするのはおかしいわよ。
「今のうちに顔を拭いて、髪を整えたほうがいいぞ。しかしあの速さで走って馬が無事なのは奇跡だな」
それも奇跡なのか。
どうせなら私の顔も奇跡的に化粧したてのままにしておいてほしかったわ。




