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出陣は巫子のコスプレで   3

 移動はきつかった。

 早朝に王都を出発して、五回も転移魔法を使ったおかげで夜には国境に到着出来た。

でも転移魔法で飛ばした部分が本来は私の休憩時間だったので、ずっと他の人と一緒に行動することになってしまった。

 休憩は街道で隊列を整えるために短時間止まる時だけ。

 ゴリゴリと体力が削られていくのがわかって、途中で倒れたらどうしようかとひやひやした。


「やばい。腰が痛い。太腿も痛い。背中も痛い」


 到着してすぐに休ませてほしいとお願いして部屋に案内してもらって、ソファーに倒れ込んだ。

 きつい。マジできつい。

 もう少し元気になっているかと思ったけど、そんなことはなかった。

 眷属が転移魔法を使ってくれるからって、屋敷内を移動する時まで魔法に頼っていたのがいけなかったんだな。

 歩くのは大事だ。運動の基本よ。


 クレイグもギレット公爵も私がついこの間生死の境を彷徨ったばかりだと知っているので、すぐに休めるように準備をしてくれていたのがありがたい。

 砦の中だというのに、ふかふかのベッドやソファーを用意してくれて、フルンが転移でクーパーの作った料理をクロヴィーラ侯爵家から持って来てくれた。


 申し訳ない。

 至れり尽くせりで気を使ってもらって、いたたまれない気分になってくる。

 でも他の兵士と同じにしていたら、きっと動けなくなってしまう。


 この世界に転移してから次から次へと状況が変化して、体力をつけたり勉強をする時間を全く取れていないのよね。

 この戦争から帰ったら、そういう時間も取れるといいな。


 翌日は寝坊して、起き出したときにはもうお昼。

 転移魔法で隣国の諜報員を追い抜いているから、隣国はまだ私たちが王都を出発したことも知らないはず。

 ということで戦闘が起きるのは明日以降だ。

 兵士たちだって、移動してきてそのまま戦闘なんてきついはず。

 無茶なことをしないで済んでよかった。


「レティシア、大丈夫なのか? 動いていいのか?」


 部屋にはサラスティアとアビーがいたので一緒に会議室に向かったら、主だったメンバーが勢揃いしていた。


「大丈夫よクレイグ。会議中だったの?」

「会議と言うほどでもないんだが、今のところ敵の動きに変化がないんで今日はゆっくり兵を休ませようという話をしていた」

「明日はこちらから何か仕掛けてもいいかもしれない。あまり長く多くの兵力をここに駐留していると物資の問題が出てくるんだ」


 ギレット公爵が短く刈り込んだ髪をごしごしと掌でこすりながら言った。

 食料が慢性的に足りていない状況で、こんなに多くの兵士が一か所にいたら、いろいろと不満も出てきそうだ。


「きみも今日はゆっくりして体調を整えてくれ」

「ありがとうございます。でも元気な顔を見せないと不安に思う者も出てくるんではないでしょうか。砦の中を見学しつつ、みんなに挨拶をしようと思います」

「なるほど。それはいいな」

「クレイグ、一緒に行ってもらえる? 私は用事があるの」


 突然サラスティアが言い出したので、びっくりしてしまった。

 そりゃ眷属たちも忙しいとは聞いていたわよ。

 フルンは神獣様の元に行っていて、アシュリーは王宮で変な動きがないかモモンガ軍団の報告を聞くために王宮に行っている。

 だから今はサラスティアが私の傍にいる順番なんだと思っていたのに、クロヴィーラの自分の部屋にいる時以外に眷属が誰もいなくなるなんて、今まではなかったのに。


「砦内のことなら、うちの者のほうが……」

「いや俺が行く」

「駄目よ。信用できる人じゃなくちゃ」


 せっかくギレット公爵が言ってくれたのに、クレイグもサラスティアもそんな断り方をしたら失礼よ。

 いやそれより、サラスティアってクレイグのことをすっかり信用しているのね。


「僕も行こう」


 大神官が立ち上がると、サラスティアがにっこり笑顔で肩に手を置いた。


「あなたには私と一緒に来てもらうわ。時間が少しでもあるのなら聖女を探しましょうよ」

「どこを探す気なんですか?」

「聖女は光属性の魔法が使えるんでしょ? 光魔法といえば回復魔法よ。家族を養う必要があるとしたら、その魔法を使って稼ぐのではない?」

「……冒険者か」


 え? この世界には冒険者がいるの?


「クレイグ、その話を詳しく聞かせて」

「詳しくって……結界の近くは普段から、闇属性の影響を受けて変異した動物の子孫たち、つまり魔獣が生息しているんだ。彼らは放置しておくと数が増えて村を襲うので、数を減らす必要があるんだよ。素材は金になるし、見つけた人間が魔晶石を手に入れていいエリアもあるので、冒険者がたくさんいるんだよ」

「ほおお」


 強力な回復魔法を使える聖女なら、欲しがるグループがたくさんいるわよね。

 もしかしたら有力な冒険者になっているかもしれない。

 って、そのくらいのことを神殿の人間は考えていなかったの?


「貴族の令嬢に冒険者の生活が出来るのか? 彼らのいる街は治安が悪いし、今は結界の近くに宿舎がないので野宿するんだぞ。それに冒険者のほとんどが魔素病に罹っている」

「聖女の回復魔法が魔素病を治せるでしょ」

「だったら有名になっているだろう」


 大神官の言い分はもっともだ。

 だからって調べに行っていない言い訳にはならないけどね。


「行くわよ。神官たちは治安の悪い場所に行きたがらないんでしょ。役に立たないやつらよね」

「ちょっと待ってくれ。行くなら……」


 あ、大神官だけ連れて行ってしまった。

 いつもそばにくっついている神官たちが置いていかれて途方に暮れている。

 

「レティシア、俺たちも行こう」

「そうね」

「明日になったら、偽の情報を宣伝しに来るやつらを捕まえる。おそらくそこから一気に戦況が動き出すぞ。今日は無理をせず休むようにな」


 部屋を出ていこうとする私とクレイグにギレット公爵が重々しい口調で声をかけてきた。

 彼の周りにいる指揮官たちも、とうとう戦闘が始まるんだという厳しい顔つきをしている。


「まともに戦争はしませんよ? 派手に奇跡を起こしてもらってやっつけるだけですよ?」

「……頼りにしている」


 私の話をまったく信じていないわね。

 普通の戦争になると思っているんでしょ。


「行こう」

「……うん」

「実際に目にしないと信じられないものだよ」


 廊下に出てからクレイグが言った。

私が王太子や近衛を何人もぶちのめしたという話も、指揮官たちが大袈裟に言っているだけだと思っている兵士たちが多いのだそうだ。

 あんな細くて小さな女の子に、そんなことが出来るわけないって。


 でも戦場まで顔を出してくれる気概は素晴らしいし、攻撃力や防御力をあげる魔法を使える女性だということで、歓迎はしているんだって。

 まあそんなもんよ。

 

「こんにちは」


 だから笑顔で声をかければ笑顔が返ってくるし、クレイグが横にいるので失礼なことを言ってくる男は誰もいない。

 結界を守るラングリッジ公爵騎士団は国境の砦でも英雄と思われているしね。

 相手が魔獣とはいえ、実戦経験のあるラングリッジ公爵騎士団と平和な国境を見張るだけの毎日を送ってきた兵士たちとでは、私にもわかるくらいに明らかに身に纏う雰囲気が違うもんな。


「国境の門を開けなさい。避難を希望する民を閉じ込めてはいけない。犯罪者の国王と災害を放置する貴族たちのせいで、この国は滅亡しようとしている」


 城壁の向こうから声が聞こえてきた。


「見に行きたい。城壁の上に行ってもいい?」

「行こう」


 国境の砦は、アニメや映画で観ていた造りとほぼ同じだ。

 高い城壁の上に通路があって、戦闘中は弓で攻撃出来るようになっている。

 灰色の石で造られた砦は窓が小さいため、昼間も魔道灯を使用しないと生活出来ないくらいに薄暗いし、飾り気がなく武骨だ。

 居住性なんて考えていないもんね。


「国王は犯罪者だ。神獣の巫子は国王のせいで亡くなってしまった」

「え? 私って幽霊?」


 無茶苦茶な演説に突っ込みを入れながら城壁に上る階段の場所まで移動して、三層分はある階段を必死に上って、城壁の上に出た頃には話が終わって、隣国の兵士の帰っていく後姿を見送ることしか出来なかった。

 残念だけど、よく考えたら私の姿を見られるのは、まだまずいんだったわ。


「向こうは晴れているのね」


 荒れ果てた荒野の途中から、ぱらぱらと地面に草の生えているところが点在し、その先は草原になっているみたいだ。

 空だってこちらは曇りなのに、遠くの空は明らかに晴れている。


「これで見てみろ」


 クレイグが望遠鏡を貸してくれた。


「テントがたくさん並んでいるのが見えるだろう? あそこが敵の野営地だ」

「そういえば物資支援の準備が出来ているって言っていたわよね。隣国に協力して一緒に国王を倒せば、食料の心配はなくなるんだっけ?」

「あの中には支援物資もあるのかもしれないな」

「やだー。だったらありがたくもらってあげなくちゃ」

「たしかにそうだな」


 素敵じゃない?

 あのテントだって、兵士が使っているだろう寝袋だって、災害現場に持っていったら多くの人を雨や寒さから守ってくれるわよ。


「この砦の周りの人たちも、ずっと緊張状態が続いているんでしょう? 食料をたくさん持ち帰って美味しい物を食べてもらいましょうよ。兵士たちにも配って家に持ち帰れるようにするべきだわ」

「おおお、巫子様!!」

「ありがたい!!」


 あ、自分の声がよく通る声だって忘れていた。

 興奮して話していたから、城壁のすぐ下にいた兵士たちにも聞こえていたのか。


「これは……仕事が増えたな」

「ごめんなさい」


 こんなに期待されたら、やらないわけにはいかなくなっちゃったよね。

 あとでギレット公爵にも謝っておこう。


「ここは風が冷たい。中に戻ろう」

「もう少しだけ」


 結界の影響が徐々に少なくなって、神獣の力がなくても人間が住める気候になっている場所から隣国になっているのが、ここから見るとよくわかる。

 敵の野営地のもっと先には緑豊かな土地があって、平和に暮らしていけているのに、ぼろぼろになっている国まで欲しがるなんて人間の欲望にはきりがないわね。


 どうせこの国を犠牲にして魔晶石の畑でも作る気なんでしょう?

 世界中がこの国の魔晶石を高値で買っているんだもんね。


「レティシア、くれぐれも無理はするなよ。あの屋敷の外に出たこともなかったのに、昨日の移動はきつかったはずだ。今は平気だと思ってもあとから疲れが一気に来るかもしれない」

「ポーションを飲むわ」

「そういう問題では……」

「わかってる。心配してくれるのは嬉しいわ。でも、今は無理をするしかないでしょ」


 ようやくここまで来たんだから。


「くそっ」

「大丈夫、無理をしないし、ひとりで勝手なこともしないから。この戦争が片付いたら、ラングリッジ公爵領に行くから、そこでゆっくりするわ」

「王都に戻らないのか?」

「今はあそこに用がないわ」


 聖女も結界近くにいるかもしれないのなら、なおさら早めに私も移動したい。

 当分転移魔法のお世話になるのはやめられそうにないな。


「よし、もう戻るぞ」


 クレイグが背後から肩にショールをかけてくれた。

 アビーが最近ずっと私のために用意してくれているショールだ。


「ほら、頬が冷たくなっている」


 触れてきた大きくて武骨な手が温かくて、なぜか一瞬泣きそうになった。

 こんなふうに私を心配してくれる人は、日本にはいなかった。

 男扱いだったしね。


 可愛げがないと言われていた性格はそのままのはずなのに、なんでクレイグはまったく気にしないんだろう。

 聖女が現れても……このままでいてくれるのかな。


 いや、そんなことはどうでもいいんだ。

 体力をつけて、心配されないようにしなくては駄目でしょ。




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