守られるのは照れくさい 4
「しかしこの状況を打開するためには、他に方法がありません。隣国の流している話は嘘で、巫子は元気だと国民に示さなくてはいけません。それで相談なんですが……」
最後だけ声の調子が変わったのでハクスリー公爵に視線を向けたら、彼より遠くの席にいる国王とクレイグが、心配そうに私を見ているのが視界に入った。
気になるから表情や手の動きでコミュニケーションをとろうとしないでほしい。
親子そろって何をしてるの。
「神獣様の眷属は転移魔法が使えますので、町や村を通る時だけ兵士と行動を共にしてもらうというのはどうでしょう。村と村の間の移動の際には神殿に戻って魔力吸収を行っていただけます」
なるほどその手があったか。
「それでもかなり疲れると思うのだが、大丈夫かい?」
「野営もする必要はないぞ。自分の部屋で休んでもらえばいい」
国王とクレイグは過保護すぎる。
「レティ、眷属はやってくれそうかい?」
カルヴィンも心配そうだ。
彼の場合は、私が出兵するっていうこと自体に本当は反対しているからなあ。
「眷属に、手伝ってもらえるか聞いてみます」
「よろしくたのむ」
ハクスリー公爵のほっとした顔は、とても疲れているように見える。
国王やオグバーンの悪事が一度に表に出たものだから、ここにいる人たちはあの裁判以来ずっと働き詰めなのよ。
「リム」
会議室に入ってからずっと、尻尾をぴんと立ててふんふんと鼻を鳴らし、壁際や飾り棚をチェックして歩いていたリムを呼ぶと、顔だけこちらを向いた。
「アシュリーに今の話を伝えてもらえる?」
「わかった……あ、待って」
「え?」
リムにつられて天井を見上げたら、天井近くに小さな光が生まれ、茶色の塊になってから両手両足をにょきっと大の字にして、ふぁさあっと滑空してきた。
「妖精?」
すたっとテーブルの上に着地したそれは、きょろきょろとあたりを見回し、目当ての相手がいないのかちょこんと首を傾げ、突然私を大きな瞳で見上げながら駆け寄ってきた。
「かわいい」
モモンガだ。
初めて見たけど、ネットの写真で見たのと同じだ。
「アシュリーは?」
声もかわいい。
王宮に配備された妖精ってモモンガだったの?
「今来るわよ」
リムもテーブルの上に飛び乗り、モモンガのすぐ横まで歩いてくる。
姿を見られる人たちは妖精に釘付けだ。
「王宮にはいろんな妖精がいるの?」
「いろんな?」
落ち着きなく、前足で顔をくしくしこすりながらモモンガが答えた。
「リムとあなたは姿が違うでしょ?」
「ここにいる妖精はみんな同じだよ?」
「そうなんだ。数はどれくらいいるの?」
「?」
モモンガ大丈夫か?
不思議そうに首を傾げるのは数がわからないってこと?
「リムは知ってる?」
「いっぱい」
「……そっか。わかった」
声も聞くことが出来るランクSの人達は、妖精たちの可愛さに顔がにやけている。
聞こえない人たちだって、ほんわかした表情で妖精たちを見ていた。
疲れた心にモモンガの癒しか。
可愛いって最強ね。
「どうした?」
声が聞こえたので振り返ったら、アシュリーが私の椅子の背もたれに腕を置いて覗き込んできた。
「問題があったのか? なんだ、妖精が来ていたのか」
ここにも過保護な保護者がいたわ。
モモンガはアシュリーが現れるとすぐ、首にかけていた小さなカバンの中からくしゃくしゃの紙を取り出した。
両手で掴んだ紙を、腕をめいっぱい伸ばしてアシュリーに差し出すモモンガはかわいいけど、紙を広げないと中に書かれている文字を読めないじゃない。
彼らに仕事を任せて大丈夫なのか?
王宮にいるモモンガ軍団は、みんなこんな感じなの?
「妖精以外にも聞きたいことがあったのよ」
「なに?」
アシュリーが紙と格闘している間に、ハクスリー公爵に提案されたことを説明して、やってくれるかどうか聞いてみた。
「かまわないけど、そんなのんびりしていて平気なのかい? 敵はもう国境に集まっているんだろう? 出発はいつ?」
「明後日の予定です」
「遅いよ」
「それは承知しているのですが、なにしろ急なことで」
一度にいろんなことが起こりすぎてキャパオーバーなのよね。
隣国もそれを狙っているんだろう。
「あ、やっと読める。えーっと国境に配置した妖精からの知らせだ」
国境にも妖精!?
神獣はまた力を使ったのか。
どうして自分の体の治療を後回しにするかな。
でも私も、神獣に戦争の手助けをお願いするんだ。
申し訳ないな。
「敵は国境の外側に野営地を作り始めたそうだ。そしてついさっき、こちら側の国境近くまで来て、ラングリッジ公爵は死んでいる。神獣も神獣の巫子も動ける状況じゃない。今のままではこの国は終わりだ。国王と貴族どもを倒して新しい国を作るべきだと国境を守る兵士に呼び掛けているそうだ」
「動き出したか」
「国境の門を、中から開けさせようとしているんだな」
もう、そんな状況なの?
巫子が現れたり、雨が止んだりと状況が変わったので、向こうも迷ってこちらの様子を伺うかと思っていた。
ううん。
心のどこかで、本当に戦争にはならないだろうって甘いことを考えていた。
まさか本当に自分が戦地に行くなんて信じられなくて、なんの根拠もなくこのまま何も起こらないんじゃないかって……私も天候が悪化しても何もしてこなかった人たちと同じだ。
「本気でやるつもりなのか」
「何か取引を持ち掛けてくると予想していました」
ハクスリー公爵やギレット公爵も戦争にはならないと思っていた?
そうだよね。結界を守っているこの国に戦争を仕掛けてどうする気なんだろう。
戦争に勝っても、悪天候と結界のせいで滅びに瀕している土地が手に入るだけだ。
もしかして、私が国王を憎んでいることを知っている?
だから私を味方に出来ると思っている?
だとしたら隣国は、新しい国王の誕生は予定外で焦っているのかもしれない。
きっと私とラングリッジ公爵騎士団の関係も知られているはずだもんね。
「ここから国境に向かうのは何人だ?」
アシュリーが落ち着き払っているせいか、この場にいる人たちに大きな動揺は見られない。
「国境を守る兵士は現地にいますので、こちらからは私が指揮するギレット公爵騎士団の騎士と、クレイグが率いる少数精鋭のラングリッジ公爵騎士団の騎士。そして魔道士と神官が二十人ずつです」
「そのくらいなら。全員が村以外は転移で移動しよう」
「そんなことが出来るんですか!?」
喜びと同じくらい驚きも大きくて、国王も公爵たちも戸惑った様子を隠せない。
そんな力のある眷属が三人も守っている私という存在が、ますますやばい存在になってきたんじゃない?
「敵の進行に間に合わなくては困るだろう? 三人で分担すれば出来るさ」
フルンの無表情もこわいけど、アシュリーの微笑も凄味がある。
そんな彼が見ているのは私の顔だ。
私がお願いすると言わなければ、他の誰が頼んでも彼らは動かない気だ。
「では……」
「レティ、それでいいのかい?」
国王の言葉を遮りアシュリーが私に尋ねたので、ここにいる全員がそのことに気付いた。
「そうね。ただし陛下にお願いがあります」
「なんだ?」
だからさ、お願いがあると言われて嬉しそうな顔をしないでよ。
クレイグはこういう時に父親を止める役割をしなさいよ。
「魔力なしだと思われていた時、王宮で私に暴力をふるった人は他にもいます。ブーボが映像を持っている相手だけでいいので、見つけ出して処罰を受けさせてください」
「あーー……」
国王が決まり悪そうに頭をかいた。
駄目ってこと?
「巫子」
眉を寄せた私に、ハクスリー公爵が笑いながら声をかけてきた。
「その件は既に対処済みです。アシュリー様にお願いして、妖精に協力してもらっています」
私が頼む前から動いてくれていた?
うそ。何も言わなかったら、なかったことにされるんだと思っていた。
「そうなの!?」
「うん。ブーボが協力している」
「言ってよ」
「知っていると思っていたよ」
陛下やクレイグはわかるけど、他の人達もこの話を聞いて驚かないってことは知っていたのよね。
それはとても意外で、とても嬉しいのに、捻くれた私は素直に受け止められない。
だって巫子の力が今は必要でしょ?
「ありがとうございます」
「王宮内で侯爵令嬢に暴力を振るうなど許されることではない。当然のことだ。もちろん侍女たちに対する第一王子や近衛兵の所業も許しはしない。被害者には国から賠償金を出し、新しい生活が問題なく始められるように援助する」
おお、そこまで考えてくれているのか。
よかった。気になっていたのよ。
会議はそのあとすぐに終わった。
出陣が明日に決まったのに、のんびり話し合っている時間なんてないからね。
私はタッセル男爵夫人に準備は任せてあるので、神獣様のために魔力吸収をする作業に戻った。
結界に近い領地はいくつかあるし、季節風で闇属性が運ばれる地域はもっとある。
家族に魔素病の症状が出て、何か治療法はないかと王都に滞在していた貴族は結構多く、三日では治療が終わらない人も何人かいる。
彼らには戦争が終わるまで、待っていてもらうしかない。
痣が消えた人やその家族たちは涙を流しながらお礼を言う。
中には今日の会議に出席していた人の関係者もいて、そういう人たちは会議の最中も私に好意的だった。
「レティシア、ここにいたのか」
今日の分の魔力吸収が終わり、ふらりと中庭に出ていた私を見つけたクレイグは怪訝そうに眉を寄せた。
「何かあったか?」
「それは私の台詞よ。明日出兵なのに、なんでここに来たの?」
「そりゃ、きみに会うためだよ。初めて貴族街の外に出るんだ。不安なんじゃないかと思ってね」
「心配症ね」
クレイグが私を気に入ってくれているのは本当だと、さすがに私もこれは信じている。
ラングリッジ公爵家の人たちとカルヴィン、そしてタッセル男爵家の人たちは信用している。
私のような性格が好ましいと思っているラングリッジ公爵家の人たちは、聖女が現れても興味を持たない気がするから。
だからって、クレイグの嫁になるとかそういう話じゃないのよ?
彼らが私を守ろうとしてくれるのが嬉しいなって、ただそれだけよ。
「会議の時から今日は表情が暗かった気がした。明日から俺達は協力して行動しないといけないんだ。何かあるなら話してくれないか?」
話す必要はないけど、彼はなんて言うんだろう。
「自分の性格の悪さに呆れているだけよ」
「え? いまさら?」
「は!?」
「いや、強気なのも乱暴なのも今に始まったことじゃないだろう?」
誰がそんな話をしているのよ。
「違うわよ。捻くれていて人を信用できないって話よ。会議に参加していた貴族たちも公爵たちだって、今は巫子の力が必要だから私が裁判の席で暴れても文句も言わないし、私が望むことをしようとする。魔素病の治療を感謝する人たちだって、結界が強化されて巫子の力が必要なくなったら私の存在自体忘れてしまうって思っている。彼らの示す好意の何ひとつ信用していないの」
「それは当然だろ」
「え?」
「あのな、俺はむしろきみがやさしくて正直者なのを心配しているんだぞ。きみに暴力をふるったやつらも王太子たちだって、ばれないように復讐して優しい巫子の顔をしているほうが動きやすいだろう? それなのにきみは、自分の力で真正面からねじ伏せようとする。その分、悪意だってまっすぐに返ってくるぞ」
それはまあ……根が単純というか脳筋なんだろうな、認めたくはないけど。
「いや駄目よ。そうよ、そんなやり方をしたら神獣様も女神様も、がっかりしてしまうでしょう。巫子である以上、陰で誰かの手を汚させるとか、誰かを陥れるって言うのは駄目よ」
駄目よね?
それに自分の手で決着をつけることに意義があるのよ。
これはレティシアの代理復讐なんだから、代理の代理を誰かにさせるとか、陰湿に陥れるのは違うのよ。
「まあわかった。そんなことで動揺するな」
「動揺なんてしていないわ。そんなふうに思われていたのは意外だけど」
「それにな、貴族はみんな、他人を疑うものだ。一族の繁栄が最優先だから、失脚した場合、あっという間に周りから人がいなくなる。俺だって家族以外を無条件に信用なんてしていない。ああ、きみは別だ。今はきみが最優先だからな」
「そ、そういう話を毎回挟まないでよ」
「そうしないと忘れられそうなんだよ」
でもそうか。捻くれていて当たり前か。
私は貴族として正しい思考をしているってことね。
「だから恩を与えておくのはいいことだ。社交界で生きていくには評判というのは重要になる。家族の治療をしてもらったやつが何かした場合、恩を仇で返すやつだという噂に出来るだろう? 立場が悪くなるのは相手になる」
「あなたもそういうことを考えるのね」
「そりゃあ公爵になる人間だからな。そういう教育を受けている」
クレイグはにっと笑って私に顔を近づけてきた。
「だから国王も信用しちゃ駄目だ」
「え?」
「本人にとって不本意であっても、父は立場上、国の再建を最優先にしなくちゃいけない。公爵だった時とは立つ位置が変わってしまったんだ」
あんなに仲のいい親子でも、こんなふうに考えて生きているの?
だとしたら私はやっぱり甘い。
親だってひとりの人間で、自分が一番大事だって身に染みてわかっているはずなのに、ラングリッジ公爵家の人たちやカルヴィンの優しさに触れて、心が弱くなっているかもしれない。
「でも、気に入らないことをしなくちゃいけないくらいなら、もう国王をやめるって言いだすかもしれないなあ。妙なことをしたら母上にぶっ飛ばされるだろうし、そういうこともあるかなくらいに思っておけばいいんじゃないか?」
「……どっちよ」
余計にわからなくなるからやめてくれない?
いいの。今まで通り、距離をとって付き合えばいいだけよ。
「それより、保護者がさっきから睨んでる」
「え?」
クレイグが指さす方向を見たら、フルンが腕を組んで不満そうな顔で立っていた。
「いつまでここにいる気だ」
ずんずんと近づいてきて、ばさりとショールを頭から被せられた。
あったかい。
「こんなところにいたら体が冷える。クレイグ、おまえが傍にいて何をしている」
「いろいろと吐き出したいことがあったみたいなんですよ」
「だったら暖かい場所で話せ」
「はい。気をつけます」
父親と娘の彼氏の会話みたいだと思うのは考えすぎ?
いろいろあって、復讐が一段落ついて、ぐるぐると変なことを考えるようになって、でも結局、こうしてフルンとクレイグに守ってもらって、それがくすぐったい気持ちで嬉しいから困る。
それ以前に、出兵前に何を考えているのよ私は。
よし! 気合を入れていくわよ。




