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守られるのは照れくさい   3

 二日後、再び王宮に呼ばれた私は、侍女たちのおかげで見た目だけは御令嬢らしい装いで馬車に乗った。

 今回は新しい国王が、隣国への対応を協議する会議に出席してくれって話なので、気分的にはとても楽だ。

 ただし体調的にはかなりしんどい。

 特に太腿が。


 隣国との戦争に私も参加するぞってことで、さっそくラングリッジ公爵騎士団との訓練を始めたのよ。

 魔力吸収をしなくてはいけないから、一回が二時間ほどの訓練を一日二回行うというスケジュールを二日間こなしたんだけど、私は強化魔法をかけたら暇になるじゃない?

 さすがにプロの騎士団と一緒に行動出来るような体力はないからね。

 それで考えた。


「クレイグ、私も馬に乗れないとまずくない?」


 この世界の移動は馬か馬車か自分の足で歩くしかない。

 当然、騎士団は馬で、兵士は徒歩で移動するわけよ。

 同行するならば、私も馬に乗れたほうがいいでしょ。


「もしかして乗ったことがない?」

「ない」


 身体が弱くて、自分の部屋からほとんど外に出られなかったという設定の私が、いつどうやって馬に乗るのさ。

 ちなみに日本でも乗ったことはないからね。


「そうだよな。あったらおかしいよな。むしろ安心した」

「どういうことよ」


 ってことで、強化魔法が切れるまでの間、私は乗馬の訓練を受けることになった。

 乗馬はやってみたいと思っていたからうきうきと馬に乗ってみて、一回でお腹いっぱいになってしまった。


 お尻が痛い。

 太腿の内側が痛い。


「けっこう疲れる……」


 背筋を伸ばして姿勢よくしていないといけないので、翌日には再び全身が筋肉痛よ。

 特に足がひどくて、生まれたての小鹿でももう少しうまく歩けるんじゃないかって思うくらいにふらふらだった。


「今日の一番の心配事は、馬車からちゃんと降りることが出来るかだわ」

「……抱えようか?」


 向かいの席に座っているカルヴィンは、私の真剣な様子に笑いを堪えている。

 会議に出席するのだからと地味なドレスに女神のペンダントをつけた。

 量は少ないけど、ここ何日かで普通の人と同じ料理が食べられるようになって、健康な体にまた一歩近づいていたのに、筋肉痛でまともに歩けないとか悲しすぎる。


「いいえ。ちゃんと降りるわよ」


 カルヴィンとクロヴィーラ侯爵騎士団の騎士団長に支えられて、よろよろと馬車から降りているところに、ピアーズ子爵が三人の騎士を連れて近づいてきた。

 カルヴィンが侯爵を継いだので騎士団長も警護についているというのに、彼らまでいるのは多すぎない? って騎士たちの顔を見たら、当然だけど全員が顔見知りだった。

 クロヴィーラ侯爵家で私の部屋を警護してくれていた人たちだ。


 近衛が再編成中なので、国王の護衛にもラングリッジ公爵騎士団が当たっているから、今は私の警護はお休み中なの。

 フルンとアシュリーのどちらかが必ず傍にいてくれるし、リムはずっと私の近くにいるから問題ないしね。

 

「ありがとう。僕たちは王宮内に詳しくないので道案内を頼みます」

「おまかせください」


 カルヴィンとピアーズ子爵がどんどん話を進めて、すぐに私とカルヴィンの周りに騎士たちが配置された。

 大統領かハリウッドスター張りの警護の厚さよ。

 姿は見えていないけど、今日はアシュリーが私の傍にいるはずなので、鉄壁の守りといっていい状況じゃないかな。


「行くよ」

「はーい」


 たぶん王宮に嫌な記憶しかない私を気遣ってくれているんだろうな。

 こんなにしっかりと守られているから安心してくれってことなんでしょう。

 レティシアなら恐怖で足がすくんでいたかもしれないけど、私はべつになんともないから申し訳ない気もするわ。


「見て、あの方が神獣の巫子様よ」


 不意に遠くからかすかに声が聞こえてきた。

 注目の的になるだろうとは予想していたし、何を言われても今更どうということはない。

 気付かないふりで前を見て、でもドレスの下で足をプルプルさせて歩いていると、いろんなところから声が聞こえてきた。


「病気で怖いくらいに細いって聞いていたけど、そんなことないわ」

「でもあのウエストの細さを見て。羨ましい」

「黒髪が綺麗よね。噂とは違うわ」


 え? 割と好印象?


「なんで遠くの声がこんなによく聞こえるんだろう」

「アシュリー様が警護のために、周囲の声や動きをわかりやすくしておくとおっしゃっていました」


 カルヴィンに騎士団長が答えるのを聞いて額を押さえた。

 好意的な声だからよかったけど、これがひどい会話ばかりだったら私の精神的負担がどうなるか少しは考えようよ。

 まったく気にしないと思われているのか、その辺は全くわかっていないのか……。


「第一王子を打ちのめしたって聞いたぞ」

「女神様にもらった剣を使ったんでしょう? 魔法じゃないのか?」

「そうよね、あんなにほっそりしているんですもの」

「どちらにしても、あの男はひどかったからすっきりしたわ」


 魔力なしではなかったのと、国王やオグバーンの被害者だと聞いたからこの態度なのよね。

 掌を返すってこういうことを言うんだ。

 褒めてもらえるのは嬉しいけど、状況が変化すれば彼らはまた悪口を言い始めるんだということは忘れちゃいけない。


「確かにここ何日かで見違えるように健康そうになったね」


 カルヴィンの場合は、身内の贔屓目が最初からひどかったからなあ。

 絶世の美女だと言い出しても驚かないわよ。


「実際、だいぶ元気になったわよ」

「よかった。きみは頑張りすぎるから心配だよ」


 うんうんと周りの騎士たちが頷いているのに気付いて、なんともくすぐったい気分になった。

 私を守ろうとする人たちがこんなにいてくれる状況って、レティシアにとっても私にとっても初めてで慣れないわ。


 でもそんなちょっとふわふわした気持ちは、会議室のドアを開けた途端に綺麗さっぱり消え去った。

 重役会議に新人OLが紛れ込んでしまったら、きっとこんな気分だろう。

 警護は中には入れないので、その場にいる人たちの注目を一身に受けて私とカルヴィンだけが室内に入った。


 もしかして私たちが最後?

 遅刻していないわよね? 余裕を持って来ているはず。

 カルヴィンが驚いていないってことは、何か聞いているのかもしれない。


「わざわざすまない。空いている席に座ってくれ」


 国王にそう言われてしまったので、カルヴィンの真似をして礼をしてから席に向かう。

 大神官の隣の席が、ふたつ並んで開いていた。

 私が隣に座ると、すぐに大神官が紙を私の目の前に置いたので目をやると、


『貴族たちに、クロヴィーラ侯爵家やきみの存在価値の説明をしていた。まだ理解出来ていない馬鹿がいるんだ』


 と書かれていた。


「なるほどね」


 カルヴィンに紙を渡しながら肩をすくめる。

 裁判の席で起こったことを見聞きしたはずなのに、まだ若い女である私が国王と同格になるのが許せない人間がいるんだろう。ふん。


 クロヴィーラ侯爵家に関してはね、オグバーンだってクロヴィーラの出だし、元侯爵は神獣様を守れないまま平気な顔で生活していたわけだし、本来なら取り潰しになっても文句は言えないのよね。

 そこを眷属と私が、カルヴィンを神獣の世話役として認めるよと言い出し、元侯爵が責任をとって引退すると宣言したので、そういう流れになってしまったってだけだもんね。


 でもじゃあ、誰が神獣の世話役をやるの?

 何もしなかったのは、ここにいる全員一緒でしょ。


「全員揃ったので、ギレット公爵より隣国の状況や今後の計画について話してもらおう」

「はい、陛下。我々は段階的に情報を広めており、第一段階はラングリッジ公爵が神獣の巫子の力により魔素病を克服し、王宮に戻ったという情報を広めました。現在は次の段階で、国王の罪が暴かれ、国王夫妻と王太子が捕らえられ、ラングリッジ公爵が新たな国王になったという情報を広めています」

「それで隣国はどういう反応なんですか?」


 鼻の大きな眉毛の細い男性が聞いた。

 

「偽の情報が錯綜(さくそう)している。国王が捕らえられたというのは国民を(あざむ)き時間稼ぎをするためで、本当は神獣の巫子は国王のせいで体が弱く、今のままでは神獣様の力を回復出来ない。ラングリッジ公爵は死亡し、息子のクレイグが公爵になったという情報を広めています」


 わお。情報戦ってやつね。

 こういう話を私にいちいち聞かせる必要がないという判断は、たいへん正しいわ。

 最初からこの場にいなければいけなかったことを考えると、お礼を言いたいくらいよ。


「また国境の町に向かって移動をしている兵士の数が増えております。本当ならばもっと増やしたいのでしょうが、侵略だと他国に思われないようにするため当初の千人で様子を見て、随時残りを投入する予定なのでしょう」

「侵略を諦める気はないのか」

「兵士をここまで動かしておいて、ただ引き返すだけでは隣国の国民が国王に不信感を持ちかねません。ただでさえ、神獣の巫子が現れたという噂が流れたあたりから難民の数が減り、自国に戻る者も日に日に増えておりました。しかし昨日国境を封鎖したので、あちらでも緊迫した空気になっているようです」


 現状説明からどこの部隊からどれくらいの兵士を投入するという話に変わり、それによってどのくらいの物資が必要で予算がどのくらいかかるかという話になった。

 正直に言おう。

 話の中身が半分も頭に入ってこない。

 毎日毎日魔力吸収をしていたところに裁判があり、その後は騎士団との訓練や乗馬練習も加わって、自分でも気付かないうちに疲労が蓄積されているのかもしれない。

 つまり眠い。


「ふむ。こちらの情報が正しいと証明する必要がありそうだな。国境に向かう騎士団が出発する時には、巫子にも同行してもらうほうがいいだろう」

「はい。出来ることならば巫子にも馬で移動していただきたいです」

「……馬か」

「転移で移動してしまうと、国民が姿を見る機会がなくなってしまいますので」


 私の話になったおかげで目が覚めた。

 私の姿を国民に見せても、本物かどうか誰もわからないんじゃない?

 むしろ地味で細くて、こんなのが巫子なの!? って思われるかも。


「よろしいではないですか。是非とも巫子にも騎士団に同行していただきましょう」

「国民も巫子の姿を見れば安心するでしょう」

「無理です」


 この人たち、国王や公爵の意見に何も考えないで頷いているだけでしょ?

 私と同じで、半分も話を聞いていなかったんじゃない?


「陛下の意見に逆らう気ですか?」

「まだ国王は決定していないみたいですし? 私と国王は同格だそうなので命令に従う必要はありませんよね?」


 最後は大神官のほうを向いて聞いたら、しっかりと頷いてくれた。

 あなたがさっきからずっとペンダントを気にして、私の胸ばかり見ているのは指摘しないであげるから、しっかり味方になってよ。


「なんという態度だ!」

「レティシア、ちゃんと説明をしなくては。そんな言い方では誤解されてしまうよ」


 カルヴィンが心配そうに言うのなら仕方ない。おとなしく頷いておこう。

 私はカルヴィンの意見は尊重すると思ってもらいたい。


「みなさん、忘れていらっしゃいませんか?」


 私の代わりにカルヴィンが柔らかな口調で話し始めた。


「レティシアはついこの間まで魔道具で魔力を抑え込まれていたために体が弱く、長距離の移動などしたことがありません。国境までは馬で三日はかかるんですよ」


 三日!?

 その間ずっと乗馬!?

 無理無理無理。お尻が死ぬ。


「体が弱いというのは本当ですかな。先日はずいぶん元気そうに……」

「ホイガー伯爵、巫子に対してその態度は失礼ではないですか?」


 国王を挟んで反対側の席に座っていたクレイグが、私に嫌味を言おうとした貴族を睨みつけた。


「巫子を疑うということは眷属や神獣様をも疑うと言うことですよ」


 ちょっと顔がこわいよ。

 私よりよっぽど攻撃的だよ。


「それに彼女は幼少期より室内で過ごしていたために、二日前に初めて馬に乗ったんですよ」

「あ」

「乗馬の経験がない!?」

「あちゃあ」


 国王、フレミング公爵、ギレット公爵と三人続けて驚いた顔をしないでよ。

 私は病弱な乙女なの!

 御令嬢は馬車に乗ればいいの!


「あの、もっと大事なことを忘れてますよ」


 ああ、癖でまた手を挙げてしまった。


「その三日間、魔力吸収はどうするつもりですか。私としては神獣様の力を取り戻すことが一番重要な責務です。それをおろそかにすることは出来ません、それに王宮にも魔力吸収の順番を待っている貴族が大勢いますよね? 痣が出来ている家族がいる人もいます。そちらの魔力吸収は早めにしなくては」

「しかし戦争ですから……」


 遠慮がちにギレット公爵が言うのを、つい睨みつけてしまった。

 この人たちの指示に従っていたら駄目だな。


「私を便利に使いたいのなら、もう少し取り扱いに注意するべきではないですか?」

「はっはっは。だから言っただろう。国民の信頼を取り戻すのに、巫子を見世物にするなど考えがたりんと」


 いや国王さん、そこは楽しそうに笑うところじゃないっすよ。

 



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