守られるのは照れくさい 2
「その木の剣を持っている間は気を付けて。さっきから何度も光っているわよ。攻撃力が上がったままなんじゃないの?」
サラスティアに言われて気づいた。
木刀をずっと持っているからフルバフがかかった状態が維持されているんだ。
そういえば何度か光っていた気もするんだけど、目の前を光が通り過ぎるのは一瞬だから、周りから見るほど本人としては気にならないのよ。
「バフがかかって、ようやく男と同じくらいの攻撃力よ。たいしたことはないのよ」
へっぽこ王太子相手でも苦労するなんて情けない。もっと腕力をつけなくちゃ。
少しずつ健康的な体型にはなってきていたとしても、まだまだ筋肉が足りない。
今日の実戦で痛感したわ。
「いいから向こうに行きましょう」
神獣様の傍で騒いではいけないので、普段私が魔力吸収をしている部屋に戻ることにして扉を開けたら、クレイグとデリラの兄妹が待っていた。
クレイグは反対側の扉近くの壁に寄りかかって立っていて、デリラは患者用のベッドに腰を下ろしている。
椅子があるのに、なんでふたりとも使わないんだろう。
それにヘザーはお茶の用意をしてくれているけど、エリンやアビーがいない。
「どうしたの?」
「魔力吸収をしてもらいに来たに決まっているだろう。俺もデリラも魔力ランクSだ。吸収出来るときはしたほうがいいんじゃないか」
「それはそうね」
何? 機嫌悪いの?
「お兄様は、レティシア様が急に男性に注目されたんで機嫌が悪いのよ。それで心配だったって言えば」
「デリラ」
「はいはい」
注目されたのは、あんな場所で大暴れするゴリラが珍しいからでしょう?
そんなことでラングリッジ公爵になったばかりのクレイグが、王宮から抜け出していいの?
「これを渡そうと思ったんだ」
クレイグが差し出したのは、剣を腰に下げるためのホルダーのついたベルトだった。
「やった。ちょうど必要だと思っていたところよ。手に持っているとずっとフルバフ状態になっちゃうの。ありがとう」
「だろうな。ほら、つけ方を教えてやるから……」
「僕がやるから大丈夫だよ。おまえはレティシアに近付きすぎだ」
カルヴィンが割り込んできて、ベルトを乱暴にひったくって私に装着してくれた。
確かにベルトをつけてもらうにはかなり近づかないと駄目だから、クレイグにしてもらうのは問題があるかもしれないな。
特にほら、彼は私を嫁にしようとしているわけだし。
「ここで剣を固定するんだ」
「なるほど。ドレスの上からつけると変ね」
「そりゃそうだろう」
うーん。上から何かで隠そうかな。
普段から木刀を持って歩きたいけど、ドレス以外の服を着て生活するのは駄目よね?
「警護がつくんだ。普段は木刀を持ち歩かなくてもいいんじゃないか? 今日のようなことはもう起こらないだろうし、起こってはまずい」
ああ、この話をするから他の子は外に出したのね。
お説教が始まるのか。
「わかっているわよ。私だっていつも暴れているわけじゃないでしょ?」
サラスティアにさりげなく椅子に座るように誘導されて、仕方なく腰を下ろした。
もうだいぶ元気になったのだから、いつまでも病人扱いしなくても平気なのに。
「そうだな。あのくそ野郎を自分の手でぶちのめしたかった気持ちはよくわかる。だから止めなかった」
「お兄様、汚い言葉を使いすぎです。レティシア様は素敵でしたわ。近衛が女性に乱暴しているのを、他の男は見ているだけだったなんてありえない。近衛騎士団長は更迭、王太子付きの騎士団は解散、隊長格は騎士爵を剥奪され二度とこの国で騎士にはなれなくなりました」
え? 怒られるんじゃないの?
あんな場所で、あんなに大勢の人がいる前で暴れるなと非難されると思っていた。
眷属や味方になっている高位貴族が揃っていたから貴族たちはおとなしくしていたけど、令嬢が武器を手に男に殴りかかるなんて眉を顰められる行為でしょ?
クロヴィーラ侯爵家を攻撃するネタを与えたようなものだ。
「デリラは呆れていないの?」
「呆れる? 私が? なぜ?」
この世界の御令嬢の感覚って、私の思っていたものとは違うの?
小説ではこういう時は、女のくせに乱暴ではしたないって嫌な顔をされるでしょう?
「レティシア、すまない」
「え!?」
今度はカルヴィンに謝られてしまった。
「なにが?」
「妹を殺されそうになったんだ。僕があいつをぶちのめすべきだった」
「しょうがないじゃない。あなたが立ち上がろうとした時にアシュリーが止めたんだもの」
サラスティア達がいたほうでは、そういうことが起こっていたのか。
「今だけのことじゃないんです。侯爵を継ぐのは僕なんですから、僕がクロヴィーラ侯爵家の汚名をそそぎレティシアを守らなくちゃいけないのに、全て彼女がひとりでやってくれてしまった」
「そんなことないわよ。カルヴィンだって私を助けてくれているじゃない」
「いいや、僕は全く役に立っていない。兄として情けない」
まさかそんなふうに思っていたなんて。
私は好き勝手動いているだけよ。
元侯爵夫妻の対応も屋敷の使用人や騎士団への対応も、捕まえた侍女たちの処分も、全部カルヴィンがやってくれているのよ。
まだ学園を卒業したばかりの、十八歳の男の子が侯爵になるってだけでも大変なのに、元侯爵夫妻は何の役にも立っていなくて、相談役なんて対外的に恰好をつけているだけなんだから、これ以上責任を感じる必要なんてないのに。
「カルヴィン、違うの。私が、自分の手で、王太子をぶちのめすことに意味があったの」
すぐ横に立っていたカルヴィンの手を握って、視線を合わせるために顔を見上げた。
「そうじゃないと私は前に進めなかったのよ。だから、私のやりたいようにやらせてくれていることを感謝しているの。今でもやらなくちゃいけないことが山のようにあるのに、私のことまで背負おうとしなくていいの」
「そうだ。レティシアのことは俺に任せろ」
横から口を出してきたクレイグを、私とカルヴィンは睨みつけた。
「いいから聞けよ。俺は確かにレティシアに惚れて口説いている」
あっさりと言うな。
「でもこのことで彼女に恩を着せる気なんじゃない。俺たちは目的が同じだ。だから協力しようって話をしたのはレティシアだろう? 俺も同じ意見だ。結界を強化してこの国を守らなくてはいけない。そのためには適材適所で、効率よく動くべきだ」
「そうよ。いいこと言うじゃない」
「カルヴィンはすごいぞ。学園に入学した時には魔力ランクがBで、落ち目のクロヴィーラ侯爵家の長男だということで、かなり立場が悪かったのに、自力でランクSまで魔力をあげて、ほとんどの学生を味方につけたんだ」
「すごい。じゃあ、王宮のことは任せても安心ね」
「……めんどうだけどね」
嫌そうな顔をしているなあ。
私はもうすぐ結界近くに移動しちゃうから、カルヴィンだけが元侯爵夫妻としばらく一緒に暮らさないといけないのよね。
あいつら、私がいない隙にカルヴィンを味方にするために、姑息な真似をしそうね。
「そうよ。面倒なことは全部押し付けちゃっているんだもん。むしろ私が謝らないとね」
「馬鹿を言うな。侯爵になったんだから僕の仕事なんだよ」
いいお兄ちゃんだ。
妹を心配する気持ちが伝わってきて、一緒にいるとホッとする。
こんな気持ちを教えてくれただけでも、カルヴィンには感謝しているのよ。
「お兄様が、レティシア様は結界の強化が終わったら、田舎でのんびりと暮らしたいと言っていたと話したので、貴族たちは安心したみたいですよ。国王や大神官と同格だと聞いて警戒していた人も、巫子は権力に興味がないと知って印象がよくなったみたいです」
「魔道省の者達が、貴族の魔力ランクや属性の再検査を始めている。闇属性の影響を受けている人間の魔力吸収をしてくれるんだろう?」
「するわよ。ギレット公爵やフレミング公爵も魔力吸収したほうがいいでしょ?」
「そうだな。その時に愛想よくすれば、貴族たちに恩を売れるし印象もよくなるだろう」
クレイグもデリラもいろいろと考えてくれているのね。
怒られるよりも、私のことを理解してくれて、対処に動いてもらってしまうほうが申し訳なくて心にくるものがある。
この人たちにあまり迷惑をかけないようにしなくちゃ……。
「キンバリー伯爵は放置は出来ない。オグバーンの態度もおかしかった。何かあるのかもしれない」
「たしかにそうだな。彼からはいろいろと話が聞けそうだ」
クレイグとカルヴィンが会話しているのを横から眺めていると、デリラが立ち上がり私のすぐ横に歩み寄ってきた。
「レティシア様、お母様がひとりなのはやはり心配なので私は領地に戻ることにしました」
「そういえば、ラングリッジ公爵は国王になったんですもの。夫人は王妃になるんでしょう? 王宮に来なくていいんですか?」
「お父様が国王になるしかないというのは、魔素病の回復が出来ると知った時から家族でも考えてはいたんです。でもお母様は、王妃の贅沢な暮らしを嫌悪していたので、彼女の物は全部売ってしまって、そのお金を復興に回した後なら王宮に行ってもいいけど、王妃なんてなりたくもないから、このまま領地で生活するほうがいいって話していました」
「えええ」
「魔素病の心配があるから、私がこちらに来る時に一緒に行こうって誘ったんですよ? お父様の病気の状況も心配でしたし。でも、だからこそ自分が残って領地を守らなくてどうするんだと言って譲らなくて。今は騎士団もお母様がまとめているんです」
あ、ラングリッジ公爵家の人たちが私を気に入る理由が判明したわ。
公爵夫人が私と似た性格なんだ。
いえ、私以上に豪快な性格だわ。
「一足先に戻って、レティシア様がいらしたときに不自由なく暮らせるように準備しておきます」
「いいえ、放置で大丈夫です。必要なものは持っていきます」
「そうはいきませんわ」
「それと敬語はやめてください。名前も呼び捨てでかまいませんから」
「でしたらレティシア様もそうしてください。お兄様と付き合う気がなくても、私とは友達になってくれると嬉しいわ。貴族の御令嬢の友達は少ないの」
領地にいることが多くて、その性格ならそうだろうな。
王宮にいる御令嬢たちと話が合うとは思えない。
「おまえたち、いつまでさぼっている気だ」
いつの間にかアシュリーが転移して来ていた。
「まだ話さなくてはいけないことや決めなくてはいけないことがたくさんあるから、すぐに帰って来いと国王が言っていたぞ。カルヴィンもだ」
新しい国王は眷属をパシリにするの? やるわね。
「まだ話が続くんですか」
「レティシア、帰ったらまた話そう」
うんざりしているクレイグの背を押して話しかけてくるカルヴィンに頷いた。
デリラも父親が国王になって王宮に住むので、荷物を運ばなくてはいけないと一緒に帰っていった。
みんな忙しそうね。
さっきまで大勢でこの部屋にいたから、眷属ふたりと私とヘザーだけになると急に広く感じるわ。
「レティ、ちょっと話があるの。ヘザーに席を外してもらっていい?」
「わかった」
命じるまでもない。
ヘザーは軽く頭を下げて部屋の外に出て行った。
「どうしたの?」
「ありがとう。こんなに早く国王やオグバーンを捕まえられるとは思っていなかったわ」
サラスティアが改まった様子で頭を下げた。
「お礼を言われるのはおかしいわよ。レティシアの復讐を遂げるのは私の目標でもあったんだから」
「でもあなたはレティシアとは無関係で巻き込まれた立場でしょ? 結界を強化することだけを考えればいいはずなのに、彼女のために復讐してくれた。最初は、レティシアが突然いなくなってしまったことが納得できなくて、性格も考え方も全く違うあなたをレティシアとして接するなんて無理だと思ったの」
それはそうでしょう。
サラスティアはレティシアが生まれたばかりの頃から傍にいたんだから。
だから私の傍にいるのではなくて、カルヴィンと一緒に行動したり、ひとりでオグバーンを追い詰めていたんだもんね。
「でも今は平気。レティシアとレティは別人なんだから、同じように付き合う必要はないのよね。レティシアとレティに感じる感情は違うけど、私はあなたの強さも危なっかしさも気に入っているの」
国王たちとの決着がついてすっきりしたのかな。
少し顔つきが晴れやかになった気がする。
「でもまだ復讐は終わっていないわよ。元侯爵夫妻はあくまでカルヴィンの防波堤にしているだけ。このまま何もなかったような顔をさせておく気はないわ。キンバリー伯爵も額に印のついた令嬢たちも、役に立ちそうだから残しているだけよ」
「あなたのそういうところも好きよ」
妖艶な笑みを見せたサラスティアの目が、また青く輝いた。
「あの女の子たちは社交界で噂をばらまくのに役に立ってもらいましょう。聖女が現れた時に、聖女を持ち上げてあなたの立場を悪くする人間が必ず出てくる。それに聖女自身もどんな子かわからないでしょう?」
「聖女と対立する気はないのよ?」
「向こうも同じ考えならいいけど、準備はしておいたほうがいいわ。そうなると私はまだしばらく王宮にいるほうがいいわね」
「元侯爵夫妻の動きにも気を付けてほしいの。カルヴィンが心配」
「まかせて。あのふたりにはじわじわと恐怖を味わってもらうわ」
サラスティアが楽しそうで何よりだわ。
そっちはまかせてしまおう。




