裁判? いいえ、代理復讐です 7
「静粛に! 事態が次々と変化し初めて聞く情報が多いため、混乱している人もいるでしょう。しかし、私たちには時間がありません。先程フレミング公爵が述べていた通り、四大公爵が全員同意した場合に限り、国王の退位を決定できます。フレミング公爵とギレット公爵、そして私、ハクスリー公爵は国王の退位を要求します。ラングリッジ公爵は次期国王になる方ですので、次期ラングリッジ公爵を継ぐクレイグの意見を聞きたい。同意しますか?」
「同意します」
「これで四大公爵家全員が同意しました。国王夫妻と王太子は……」
「待ちなさい」
さくさくと話が進んでいた中、ハクスリー公爵の言葉を遮り、片手を軽く上げながらサラスティアが発言した。
「退位? なにを言っているの? 神獣様との約束を違え、神獣の巫子を迫害した罪は大きいわ。神獣様の力が回復したのちこの国の天候を回復させ、他国を退ける手伝いをしてほしいというのなら、国王夫妻と王太子を処刑しなさい。それが最低条件よ」
そりゃそうよ。
そうじゃなかったらレティシアの復讐にならないし、禍根を残すとあとで面倒な事態になるかもしれないわ。
「オグバーンも」
「そうだったわね」
私が小さな声で付け加えたら、サラスティアがこちらを見て笑顔で頷いた。
「オグバーンも当然死刑よ」
「いやよ……いやよ! あなた、どうにかしてよ!!」
縋り付く王妃を国王は振り払った。
「おまえのせいだろうが! 宝石のために息子を犠牲にしただと! 馬鹿者が!」
そういう国王だって、ふたりの王子が行方不明だというのに放置したんでしょ?
人のせいにするんじゃないわよ。
「はなせ……俺は、王太子だぞ……そんな……おかしいだろ」
後ろのほうからぶつぶつとうるさい声が聞こえてくるけど、相手にする気はない。
こういう時は無視されるのが一番きついはず。
って放置していたら、後ろから何かがぶつかる音が何度も響いた。
「離せ! やつを……倒せ!」
何事かと振り返ったら、王太子が縄をほどこうともがきながら隣に捕まっていた近衛を蹴っていた。
さっき舌を噛んだせいで話すと痛いみたいで、言葉が半分奇声に聞こえる。
おとなしくさせようと近づいた兵士を蹴りながら奇声を発してもがいている姿は、情けないを通り越して笑えてくるわ。
「いやあ! 死刑なんて!」
「近衛! こいつらは反逆者だ! 全員拘束しろ! 早く!」
国王夫妻も似たようなものだった。
せっかくの豪華な服は乱れて、髪を振り乱し半狂乱で叫んでる。
近衛騎士団の騎士たちも、ここでどちらにつくべきなのかはわかっているようで、視線をそらし、声が聞こえていないような顔で微動だにしない。
貴族たちも誰ひとり、王妃の父親であるマクルーハン侯爵でさえ、冷めた目でついさっきまで主君だった男を見つめていた。
「黙れ」
アシュリーが呟く声が聞こえるとすぐに、国王夫妻も王太子も魔法でその場に押さえつけられて、情けなくうつぶせに倒れ込んだ。
重力の魔法かな。
べったりと顔まで床に押し付けられている姿がみっともない。
「……ディーン」
床に押し付ける力が強くてうまく口を開けない中、国王がどうにか言葉を発した。
なんだろうと思っていたら、
「気安く名前を呼ばないでください。吐き気がする」
どうやら第二王子の名前だったようだ。
「私がこうして生きているのは、ラングリッジ公爵家の人たちのおかげです。私にとっての父親はあなたではなくラングリッジ公爵で、私の家族はラングリッジ公爵家の人たちです。国王なら、最後くらいは国の役にたってください。そしてあの世で弟に詫びてください」
凍り付きそうなほどに冷ややかな表情と声で言われ、国王もそれ以上は何も言わず、力なく床に横たわった。
「ひーーひーー」
泣きすぎて過呼吸になったのか、王妃が荒い呼吸を繰り返し始めた。
床に爪を立て、涙にぬれた顔をどうにか王子に向けようとしたのに気付いて、これ以上いやな風景を彼に見せたくなくて立ち上がったら、それより早くクレイグが王子の視線を遮る位置に歩み出した。
「処刑するには採決がいるでしょう。裁判に必要な人員は揃っています。この場で採決してはどうでしょう」
「そうですな。眷属の方も揃っているこの場で、我々の決断を見ていただくべきでしょう」
この中には、今までさんざん美味しい思いをしてきた貴族もいるはずだし、クロヴィーラ侯爵家を馬鹿にしてきた貴族もいる。
さっきまで彼らは、私が大きな顔で有力貴族や眷属に囲まれているのが不満だったはずだ。
国王夫妻を助けるために、仲間と示し合わせようとしていた人もいたのかもしれない。
でもさすがにこの流れで国王夫妻の味方をするのは、周りから非難を浴びかねない。
特に贅沢したいがために、息子の生活費を取り上げ死なせてしまった王妃は駄目だ。
「では採決をとります。国王夫妻と王太子、並びにオグバーン伯爵の処刑に賛成する者は挙手してください」
オグバーンがおまけみたいな扱いになっている。
いいのよ、きっちり死刑にしてくれるのなら。
見た感じ、全員が手を挙げたわね。
マクルーハン侯爵も不服そうではあるが手を挙げていた。
「全員一致で可決します。国王夫妻と王太子、オグバーン伯爵は本日ただいまより死刑囚として扱います。連れていけ」
国王と王太子は項垂れ、おとなしく兵士に引きずられていった。
王妃は最後まで泣き叫んでいて、遠ざかる声が聞こえなくなるまで誰も言葉を発しなかった。
そしてオグバーンは、一連の流れにまったく興味を示さず、檻に入れられたまま運ばれていった。
精神的におかしくなった?
それとも何か企んでる?
ちょっと不気味だ。
「では、陛下。玉座にお越しいただけますか?」
ハクスリー公爵が胸に右手を当て、恭しく頭を下げた。
呆気ないな。
好き放題していた国王が、この短時間で死刑囚になるんだよ。
まさに天国と地獄。
これならもっと早く……いや、ラングリッジ公爵が体調を回復したから、眷属や私が動き出したから、大魔道士と大神官が味方だったから、他にもいろいろと条件が整ったから、こういう結果になったんだ。
準備のほうが大変で、ことが動くのは一瞬なんだね。
「レティシア」
背後から肩に手を置かれはっとして振り返ると、ラングリッジ公爵が穏やかなまなざしで立っていた。
隣には第二王子がいて、珍しい物でも見るような目で私を見ている。
私が暴れたのを見ていたんなら、なんだあの女はって驚いているかもしれない。
「あ、失礼しました。道を塞いでいましたね」
横に退いて、その後どうすればいいかわからなくて固まった。
相手は新国王だから、頭を下げるべき?
でも神獣の巫子は国王と同格なのよね。
「きみも前の席に移動してくれないか? なんなら台の上に一緒に」
「遠慮します!」
やめてよ。
国王と並ぶのはおかしいでしょう。
「陛下、それでは私の婚約者と勘違いされてしまいますよ」
第二王子も変なことを言い出したぞ。
「……ディーン」
「クレイグ、怖い顔をしないでください。勘違いされたらまずいって言っているだけじゃないですか」
「俺に敬語は今後は駄目だ」
「あなたは敬語でしょ」
いけない。
クレイグがえらそうだったから、思わず突っ込んでしまったわ。
「ああ、そうでした。失礼しました」
「はははは、仲が良くてけっこうだ。ディーン、行こう」
「はい。神獣の巫子様、陛下の命を救ってくださったこと、感謝します」
やめてー。頭を下げないでー。
そして、私を家族の一員みたいに扱わないでー!
「俺たちも行こう」
ラングリッジ公爵……ええと、もうすぐクレイグがラングリッジ公爵になるのよね。
そうすぐには切り替えられないな。
陛下と第二王子じゃなくて王太子が歩いていく後ろをクレイグが私と並んで歩きだそうとしたので、カルヴィンの背を押してクレイグの隣に行かせ、私はフルンの腕を掴んで立ち上がらせた。
「フルンも行くの」
「わかった」
フルンが立ち上がり歩き出すと、イライアスも椅子を消しデリラをエスコートしてついてくる。
どうすればいいのかよくわからないので、カルヴィンにくっついていくことにしよう。
あれ? クロヴィーラ侯爵夫妻が跪いた。
ざざざっと音がしたので周囲を見回したら、歩いている私たちと警備の兵士以外、全員が跪いている。
ああ、大魔道士と大神官は椅子に座ったままだった。
当然、眷属たちも跪くわけがない。
カルヴィンとクレイグは証言台近くまで進み出たのちに跪き、私とフルンはサラスティアが座っているソファーに腰を下ろした。
「レティ、やったわね。かっこよかったわ」
「うふふ、女神にもらったこれのおかげよ」
両手で大事に木刀を抱えてふと顔をあげたら、じーっとこちらを見ている大神官と目が合った。
すぐにあなたも女神からプレゼントがもらえるから、拗ねないでよ。
こわいから、ちゃんと瞬きして。
ドライアイになるわよ。
「こんな形で玉座につくことになるとは……。だが愚痴を言っても始まらない」
初めて玉座に腰を下ろす時に、ため息をつきながら愚痴を言う国王ってこの人くらいしかいないんじゃないかな。
でも仕方ないと思うくらいに、この国はひどい有様なのよね。
「ハクスリー公爵、私が玉座に座るのは国の再建が軌道に乗るまで、そして王太子であるディーンが成人するまでであると書記に明記させてくれ」
「御意」
「前国王夫妻と王太子については、罪状を明らかにしたのちに王都の中央広場にて公開処刑にする。それで国民の怒りもいくらかは収められるだろう」
一瞬ざわめきかけた空気が、すぐに収まり静かになった。
四大公爵と大魔道士、大神官、神獣の巫子に認められた国王の言葉を遮る者はいない。
それに国を再建出来るのは彼だけだ。
最前線で国を守り魔素病に罹り、死の一歩手前で復活し、国の再建のために立ち上がった王というストーリーは、国民の人気を得るのに充分すぎる。
しかも第二王子が成人したら王位を譲るって明言しているのよ。
物語の主人公よね。
「処刑の時期については、今後、四大公爵と神獣の眷属様、そして大神官、大魔道士、神獣の巫子と相談して決定する。隣国の動きも考慮しなくてはならんし、この場には隣国の内通者がいる可能性があるからな。内通者の捜査についてはハクスリー公爵に一任してかまわないか?」
「陛下、魔道省もお手伝いしましょう」
「それはありがたい」
「私たちも手伝おう」
眷属は新国王には協力的だ。
アシュリーが軽く手を挙げた。
「妖精を王宮に配置する。ここにいる貴族は、隣国との件が解決するまで王宮を出ないように」
「え? ブーボやリムを?」
「他の妖精だ」
待て待て待て。
神獣様の力が弱まっているから、他の妖精は眠っているってフルンが言っていたわよ。
どうなってるの?
「あとで説明するよ」
ここで揉めるわけにはいかないから、ひとまず頷いたけど納得がいかないわ。
雨の量が減っているって話もあったし、神獣様は自分の体力を回復するより先に力をそういうことに使っちゃっているってことよね。
なにをやっているのさ。
「戦争も、むしろ隣国が攻めてきたほうがいいんじゃないかい? 大魔道士もいるし我々もいる。派手に返り討ちにして、二度と戦おうなんて思わないようにするべきだ」
「大神官にも協力してもらいたいわ」
「ほう、巫子には何か考えがあるようだ」
いけない。つい発言してしまっていた。
考えなんて大層なものはないけど、注目されちゃっているから何か発言しないと。
「作戦を立てるのは私には無理です。専門の方々にお任せします。でも、魔道省も神殿も、神獣様の関係者も王族も同じように目立たなくてはいけません。それで王太子にも参加していただきたいです。国民へのお披露目の舞台としては最高だと思いませんか?」
私の意見を聞きながら、なぜか国王は嬉しそうな顔をしている。
さっき暴れまくった私を見て、やはりクレイグの嫁には出来ないと言うかと思ったのに、前より気に入られているみたいなんですけど。
ラングリッジ公爵家っておかしいよ。
「ディーンを戦場に?」
「いえいえ、指揮官は後方にどんと構えていてもらわないといけません」
「なるほど」
「ラングリッジ公爵には最前線に行ってもらいたいです」
「ほう?」
「私も最前線に行きますので」
「は!?」
「レティ!?」
こんな場面で叫ばないでよ、カルヴィン。
戦争についてはど素人だけど、たぶん指揮官を倒せば勝てるのよね?
じゃあ、フルバフ状態の少数精鋭で、後方を引っ掻き回せばいいんじゃない?
眷属も一緒なら私は無敵よ。
まかせなさい!




