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裁判? いいえ、代理復讐です   6

 また面倒な話になってきた。

 そういう難しいことに巻き込まないでくれないかな。

 戦場での戦い方なんてわからないし、わかりたくもない。

 ただでさえ疲弊しているこの国が戦争で荒らされてしまったら、もう復興出来ないんじゃないの?


「私のことが噂になっているのなら、隣国が攻めてくるのをやめるという可能性もあるのでは?」

「いや、ないな。どうやら、かなり身分の高い内通者がいるみたいでね。彼らはとっくにきみの存在を知っているようだ。むしろきみを手に入れて、国民をうまく利用する気でいるんだろう」


 ギレット公爵は、今日の天気の話をするみたいに淡々と説明をした。

 国軍の総司令官が慌てた姿を見せてはまずいのはわかるけど、戦争よ? 戦争。

 映画やテレビで見た悲惨な状況に、今でさえ飢えに耐え忍んでいる国民たちが巻き込まれるのよ?

 相手の兵士だってほとんどが平民で、命じられて仕方なく進軍してくるんでしょ?


 いえ、神様じゃあるまいし、誰も死なないでほしいなんて甘いことを考えているわけじゃないの。

 戦うのがこわくて逃げ腰になっているんでもない。

 人を殺す覚悟なんてないけど、()らなきゃ殺られる時にためらいはしないと思うけど……。


 落ち着け、自分。私は今、神獣の巫子だ。

 女神の加護があり、眷属の守護もあるのだから、この国が滅びてしまわないように動かなくては。

 女神の黒歴史のためにこの国の一般人が犠牲になるのは、どうにか防ぎたいし防がなくちゃいけない。


 攻めてくる他国の兵士の命まで心配するなんて、甘い考えは捨てなくちゃ。

 相手は友好条約を破って攻めてくるのよ?

 右の頬を打たれたら左も差し出せだっけ?

 冗談でしょ。

 頬をぶたれたら、往復ビンタでお返ししてやるべきよ。


「国王は神獣様の力を故意に弱め、水害と魔素病により多くの国民を犠牲にした」


 え? 戦争と聞いてパニック一歩手前で考え込んでいたら、フレミング公爵とギレット公爵が立ち上がり、胸に右手を当て、宣誓でもするような姿勢で話し始めていた。


「私、フレミング公爵と」

「ギレット公爵の名において国王の退位を要求する」

「また、国王夫妻と王太子はそれぞれの罪に対して、相応の処罰を受けるべきだ。彼らをこれより犯罪者として扱うことを要求する」

「ふざけるな!」


 国王が立ち上がり、唾を飛ばしながら叫んだ。


「ふざけてなどいませんよ」


 それに比べてフレミング公爵とギレット公爵は、余裕の態度だ。


「我々四大公爵家全員の同意を得た場合、国王の退位を要求できるのは法律にも明記されている。ハクスリー公爵、クレイグ、我らの要求に同意するだろう?」

「黙れ! 王太子まで犯罪者にしたら、国王になれる者がいなくなるではないか!」


 えーー?

 王子は三人いるって、私でも聞いているのに何を言っているの?


「いますよ。ほら、ここに」


 フレミング公爵が手を伸ばして示した相手はクレイグだった。

 そりゃな、王太子の従兄弟で王位継承権はあるけども。

 まだ王子がふたり残っているって、この人まで忘れてるの?


「なん……だと」

「彼がラングリッジ公爵騎士団を率いて、結界を守るために戦っていることは我が国の国民であれば誰もが知っている。それに神獣の巫子とも大変親しいようだ」


 クレイグ、そこで頷かないで。

 さっきから私にいろいろ聞こうとしていたのは、このためだったのか。

 当たり前だけど、噂好きのおばちゃんじゃなかったんだ。


「クレイグ、この国を守るため、王位についてくれ」

「お断りします」

「え?」


 せっかくいい場面だったのにあっさりとクレイグが断ったので、公爵たちも国王まで呆気に取られている。

 一言も聞き逃さないように腰を浮かせて聞き入っていた貴族の中には、お笑い番組のようにカクっとこけた人もいた。


「どうしてだ!?」

「国民が反乱を起こす一歩手前、長年にわたる悪天候のための食糧難、住居を失った国民の難民化、国の財政難、神獣様に対する裏切り。こんな大変な状況の中、私のような若輩者が王座についても国の再建は果たせませんよ」

「我々が協力する。きみにだけ責任を押し付けたりはしない」

「他に王族がもういないのだ」

「いますよ。私より国王にふさわしい人間が」


 クレイグがくるりと後ろを向き、扉近くの部屋の隅のほうを振り返った。


「いい加減、そろそろ出てきてください」


 大きな声で言うと、長身の男性がのっそりと立ち上がった。

 そこにいたのは、もちろんラングリッジ公爵だ。

 まだ杖が必要だけど、ひとりで歩けるところまで回復しているのが恐ろしい。

 意地と根性と並外れた精神力と体力の持ち主だ。


「父上、段差が」

「大丈夫だ」


 彼の横にはデリラがいて、何かあったらすぐに支えられるように気を配っている。

 側近や騎士団の護衛が鋭いまなざしで周囲を警戒している中央にいるラングリッジ公爵は、クレイグが着ているのと同じラングリッジ公爵騎士団の指揮官の制服を着て、その上から長いマントを羽織っている。

 杖といっても歩行を手助けするためのものには見えない。

背筋を伸ばして腕を前に伸ばしたときにちょうどいい高さに、彫刻と魔晶石の飾りの入った持ち手のある、そのまま武器になりそうなごつい杖だ。


「きさま……魔素病は……」


 うわ。あの国王、ラングリッジ公爵が元気なのを嫌がる態度を隠そうともしない。

 結界近くに領地を与え、結界を守るために魔獣と戦うという最前線の役目を押し付けて、魔素病で死んでくれるのを待っていたという話は本当みたいね。


 というか、もうそんな余裕はないんだな。

 さっきから国王も王妃もわなわなと震えて、ひっきりなしに汗をかいている。

 あれは精神不安からくる症状だとしたら、そのうち失神するんじゃないか?


「ルドルフ! なんと! 歩けるまで回復したのか!!」


 それと正反対の反応をしたのがギレット公爵だ。

 笑顔で立ち上がり、ラングリッジ公爵の元に駆け寄った。


「そうか。きみが治してくれたのか。ありがとう」


 そしてフレミング公爵は私に深々と頭を下げた。


「わが友、いや我が主君の命を救ってくれたこの恩に報いるためにも、困ったことがあった時には私のことをいつでも頼ってくれ。とはいっても、もう鉄壁の布陣が揃っているようだが」


 それな。

 隣にフルン。椅子の両側にクレイグとイライアス。背もたれの後ろにはちゃっかりカルヴィンも立っている。

 クロヴィーラ侯爵夫妻の傍には大魔道士がいて、アシュリーもサラスティアもいるんだから、断然こちらが有利なのよ。

 もう国王に対抗する力はないの。


「それでも約束しよう。私はあなたの味方だと」

「まだ私がどんな人間かわからないのに、そんなことを言っては駄目ですよ」

「ルドルフとクレイグが信頼しているのなら大丈夫だ。そうだろう、クレイグ」

「はい。少々血の気が多いのが問題ですが、信頼出来る女性です」


 これで四大公爵家を味方に出来たんだから計画通りなんだけど、簡単すぎて逆に不安だ。

 もっと国王があがいて、もっと貴族たちに冷たい態度を取られると覚悟していたのに。

 結局みんな、反撃される心配のない弱い相手を狙うのよね。


「あ、ここに座ってください」


 電車の座席を譲るみたいに立ち上がったら、イライアスが


「椅子をもうひとつ用意するから大丈夫だよ」


 機嫌のよさそうな笑顔で言いながら、一瞬で三人掛けのソファーを産み落とした。

 あれはどこからどういう魔法で出てきたの?

 すごいな。いつでもどこでも生活できそう。


「どうぞ」


 イライアスってば甲斐甲斐しいわね。

 ラングリッジ公爵が座りやすいようにクッションをセットしているデリラに、空中からクッションを取り出しては手渡している。


「あいつは妹に気があるんだ」

「えっ!」


 クレイグに言われて思わず声が出てしまった。

 イライアスは聖女の攻略対象なんじゃないの?


『だから小説は消去したって言ったでしょ。攻略対象とかそういうのはもういいの』


 そうだ。女神には聞きたいことがあったんだ。

 女神的には隣国の行動はどうなのよ。

 ありなの?


『なしよ。密告者から神獣の力が弱まっていたことは知らされていたんだから、もっと早い段階で動けたはずなのに魔晶石欲しさに黙認して、国が傾きかけたところで乗っ取ろうだなんて。国土を広げ、女神と神獣の加護も手に入れて、その力で他の国も手に入れようって魂胆なのよ』


 あー、どこかで聞いた話だなあ。

 あっちの世界でも、それで戦争が繰り返されているんだよなあ。


 じゃあ、少しは女神の力を貸してもらえるのよね?

 大神官がちょっと元気ないみたいだし。


『あれはね、あなたばかりにプレゼントするから拗ねているのよ』


 ペンダントに木刀と、続けて私ばかりが女神にもらっているからか。


『あと、力は貸さないわ。人間のことは人間が対処しなさい』


 大神官にもプレゼントをあげてほしいのよ。

 目立つ場所で、派手に。

 そうじゃないと私ばかり目立ってまずいでしょ。


『そういうことならいいわ。何をあげればいい?』


 指輪とかペンダントでいいんじゃないの?


『あなたとお揃い?』


 やめて。

 あとで考えるから待って。


「最初からこれが狙いか。王座を手に入れるために神獣の巫子に近付いたんだな!」


 目の前で公爵たちと弟がきゃっきゃうふふしているのを見て、国王が青筋たててブチ切れているから。

 イライラと貧乏ゆすりをして、拳でひじ掛けを何度も殴っている。


「私が王座を狙っていたと?」

「そうだ! そうやっておまえはいつも……」

「このままだと崩壊するぼろぼろのこの国の王座なんて、誰が欲しがるんですか。この国を再建するのがどれほど大変か、あなたにはまだわからないんですか? 責任持ってやってくれる人がいるのなら、喜んでその人に譲りますよ。この際、新しい王家が生まれるのもいいんじゃないですか?」


 足を組んでゆったりと椅子に腰かけ、杖に両手を乗せて話す様子は国王よりよほど威厳がある。

 ひとつ間違えば悪役の親分みたいになりかねない態度なのに、姿勢がいいのと品のよさが味方して、余裕のある頼りになりそうな人物に見えている。


「まずは国民を納得させなくては、隣国に根こそぎ奪われるだけです。だから私は一時的に王冠を被るんです」

「い、一時的だと……ふん……調子のいい戯言(ざれごと)だ」

「国の再建が軌道に乗ったら、彼に王位を返すんですよ。連れてきてくれ」


 え? 誰を?

 私は何も聞いていないわよ。


「彼の身を守るため、これは私とハクスリー公爵のふたりだけで進めていたので、きみたちにも話さなかったんだ。すまない」


 ラングリッジ公爵はギレット公爵とフレミング公爵に謝罪した後、私にも軽く頭を下げた。

 ラングリッジ公爵騎士団の騎士に守られながら会場に入ってきたのは、中学生くらいの端正な顔立ちの男の子だった。


「おおおお。第二王子! 御無事だったのですか!」


 ギレット公爵が叫んだ途端、会場に大きなどよめきが起こった。


「行方不明だとお聞きしていたんですよ。きみが保護してくれていたのか!」

「そうだ。どういうわけか国王夫妻は第一王子だけしか育てる気がなくて、彼らのことは放置していた。親に相手にされない子供を、侍女や侍従も相手にしない。だからクレイグに定期的に生活必需品を届けさせていたんだ」

「ばれると止められると思ったので、毎回、ひやひやしながら忍び込んでいたんですよ。そしたらある日、彼らの住む別邸が無人になっていて、ふたりだけ食料も水もない状態で置き去りにされていたんです」


 ここにも親の犠牲になった子供がいたのか。

 でも待って? ふたり?

 第三王子はどうしたの?


「クレイグが連れ帰ったふたりを大至急医者に診せ、ポーションも使用したのだが……第三王子はすでに亡くなっていた。間に合わなかったんだ」

「……なんということだ」


 ラングリッジ公爵に肩を抱かれた第二王子は、ぐっと唇を噛んで国王夫妻を睨みつけている。

 きっと弟と助け合い励まし合って生き延びてきたんだろう。

 その弟を失った悲しみを考えると、私まで胸が痛くなってくる。


「それでハクスリーに連絡を取ったんだ。彼らの予算はどうなっているんだとね。同時に騎士に命じて侍女や侍従を捕らえ、全てを白状させた」

「ここからは私が話そう。これから話すことは全て証拠が揃っているということをあらかじめ断っておく」


 ハクスリー公爵が話したことを簡単に言うと、要は社交界でちやほやされることが好きな王妃は、子育てを嫌悪していて、跡継ぎの長男だけはかわいがったけど、他のふたりはどうでもよかった。

 そしてどうしても欲しい宝石があった王妃は、ふたりの王子が生きるための予算をすべて奪い、それでドレスとアクセサリーを買ってしまった。

 一か月分の予算がなくなったってことは、侍女たちへの給金も、食べ物を買うお金もないのよ。

 使用人たちは彼らを見捨てて出て行ってしまって、もぬけの殻になった別邸に幼い兄弟だけが放置されていたんだって。

 

「当時彼は十一歳。第三王子はまだ七歳だった」


 ちょっと国王夫妻をぶちのめしてきていい?

 ……って、いろんなところから手が伸びてきて、私がソファーから立てないようにするのはやめてくれない?

 



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