裁判? いいえ、代理復讐です 5
裁判中だったことをほとんどの人が忘れている中で、軍人らしく背筋を伸ばしてピシッと手を伸ばしたギレット公爵は、私の中ではかなり好感度が高い。
「もう裁判とは言えない状況なので挙手しなくてもかまわないよ」
法律にのっとって行動する主義だとか言っておいて、計画外の行動をとってしまったのは、ハクスリー公爵には申し訳ないことをした。
でも後悔はしていないし、殴り足りない。
特に王太子、あいつは地獄に落とさないと気が済まない。
「だが、ここにいる人たち全員が会話を聞けるようにしてほしい。ちょうどいい。魔道省の人たちに皆に会話が聞こえるようにしてもらおう」
「承知した」
大魔道士が片手をあげると、魔道士たちが一斉に動き出した。
「これを」
イライアスが近づいてきて、小さな魔道具を手渡してくれた。
どうやら発言していた軍人さんやクレイグも同じ物を魔道士たちにもらっているようだ。
「これに向かって話すんだ」
イライアスに言われて、まじまじと魔道具を見てしまった。
小さな魔晶石が金色の台座にはまっているペンダント型の魔道具だ。
うは。ピンマイクみたい。
「神獣の巫子様、私は国軍の総司令官、ギレット公爵だ」
この国には四人の公爵がいるってカルヴィンが言っていた。
結界を守るラングリッジ公爵家。
法と秩序を守るハクスリー公爵家。
国境を守るギレット公爵家。
そして災害復興の中心に立ち、国民を守るフレミング公爵家。
国王があほでもどうにか国の体勢を維持できたのは、四大公爵家の働きのおかげだ。
「女神にいただいた武器を手にした時に、何度も光のリングがあなたの頭から足元に移動して消えていた。それは身体強化の魔法ではないかと思ったのだが間違いはないかな?」
「はい。そうです」
いつの間にか、右にクレイグが、左にイライアスが、私を守るように立っていた。
その周りでは私が倒したやつらが拘束されている真っ最中だ。
治療をしてもらえていないので、痛みに呻いていてうるさい。
「驚かず、慣れた様子で戦っていたようだが?」
「ああ、そういえばみなさんに私に何が出来るのか説明していませんでしたね」
答えながら家族や眷属のいる椅子の並ぶ方向に歩き出すと、イライアスも後ろをついてきた。
「魔素病を治せるという話は先程から何度も出ているし、王都で噂になっているので知っている」
「王都で?」
「知らなかったのか? 王都は今、神獣の巫子の噂でもちきりだ」
ここにいる貴族たちでさえ、最近になってようやく私の存在を知ったのに?
「俺達のせいだな」
証言台側から歩いてきたクレイグは、苦笑いしながら頭をかいた。
ちょうどギレット公爵が座る席の前でクレイグと合流する形になったので、そのままそこで話をしようと足を止めたら、フルンが座ったままのソファーが私のすぐ後ろに出現した。
「座れ」
ギレット公爵の発言中だというのに、フルンが私の腕を掴んで引き、無理やり椅子に座らせた。
確かに疲れていたからありがたいけど、クレイグもイライアスも立ったままよ。
「座らせてもらいます」
もう座っているんだけどね。
それにさんざん暴れておいて、ここで気を遣うのも変な気もする。
でもギレット公爵は頷いてくれたし、イライアスはどこからか魔法で椅子を出して腰を下ろした。
クレイグはソファーの横に立ったままだ。
「話を続けてもかまわないか?」
「はい。お待たせしました」
「この国は慢性的な食糧危機に陥り、多くの者が餓死で死んでいる。そのうえに雨による災害でいくつもの村が水の底だ。国民たちの不満は強く、国を捨てる者が隣国まで列を作り、一向に動かない王族と貴族たちを皆殺しにしろと主張する者があらわれ、賛同する仲間が日に日に増えていたんだ」
そりゃそうよ。
私が国民でもそうするわ。
むしろいままでよく我慢していたと感心するわよ。
「そこに満身創痍のラングリッジ公爵騎士団を率いてクレイグが王都に戻ってきた。結界近くの領地にいては魔素病が進行してしまうのだということを、国民は皆わかっている。情けないことだが、国境警備に携わっている我が軍は、実戦経験がほとんどない。それに比べて日頃から魔獣相手に戦っているラングリッジ公爵騎士団こそが、わが国最強の軍隊だ。そのラングリッジ公爵騎士団が崩壊寸前なんだと知って、国民たちはこの国はもう終わりだと確信したようでな。よりいっそう反乱の機運が高まっていた」
「申し訳ありません」
「いや、謝らないでくれ、クレイグ。きみたちがどれほどつらい状況で戦っていたのか知っていながら、我々は何も出来なかった」
「そうだ。こうして元気なきみに会えてとても嬉しいよ」
公爵家同士は仲がいいみたいだ。
クレイグを見るギレット公爵もフレミング公爵も優しい目をしている。
「だが、その頃から雨の量が減った。徐々に曇りの日が多くなってきた。もし天気がこのまま回復するのなら、彼らにしても多くの被害者が出るだろう反乱を起こすより、もう少し様子を見ようという気持ちにもなってくる」
前はもっと雨が多かったの?
私はてっきり、前からこんなものなのかと思ってた。
そういえば最近、曇りの時間帯が増えた気がする。
神獣様、力を使っているんじゃない?
「しばらくして王都の酒場に元気な姿のラングリッジ公爵騎士団の騎士たちが姿を現すようになり、不思議に思った者達が聞いたところ、クロヴィーラ侯爵家の令嬢が神獣様の巫子だった。彼女が騎士の魔素病を治し、眷属と共に神獣様の力を取り戻すために動いてくれているんだと話したそうなんだ」
その話は瞬く間に王都の住人に広がった。
暗い世界に突然現れた希望の光だ。
そしてすぐに、健康そうで士気も高いラングリッジ公爵騎士団が、結界を守るために領地に出発し、噂は事実だと知らしめた。
「いまだに反乱が起こらないのは、神獣の巫子とラングリッジ公爵騎士団という希望がこの国に存在するおかげなんだ」
いつのまにか有名人になってたわ。
でも待って?
みんな、神獣の巫子にどんなイメージを持っているんだろう。
美少女だと思ってない?
「誤解を招かないように正確に話をさせてください。私は魔素病の治療は出来ません。神獣の巫子のスキルは『全ての属性の魔力を吸収し無属性に変換する』です。神獣様の力を回復するためには大量の無属性の魔力が必要でした。ラングリッジ公爵騎士団は組織的に効率よく、私が魔力を吸収できるように協力してくれたんです。その結果、体内の闇属性の魔力も私が吸収したため、魔素病の症状が改善したんです」
「ふむ。改善するのなら治療できるのと同意ではないのかね」
ギレット公爵の言葉に首を横に振った。
「体が変異してしまっている場合、それ以上の進行は止められますが、元の状態に戻すことは出来ません」
「なるほど」
「でもそれでもじゅうぶんなんですよ」
うん。やっぱり公爵家同士は良好な関係なんだな。
クレイグの様子からもギレット公爵に対する親しさが感じられる。
「我々は魔素病を恐れる必要がなくなったんです。それがどれほど大きなことか。それに聖女なら魔素病を治療できるんだろう?」
「そうね。大神官が聖女を探してくれているはずよ」
大神官のほうに目を向けたら、しばらく俯いた後、ゆっくりと立ち上がった。
すかさず魔道士のひとりが魔道具を差し出した。
「聖女は行方不明です」
もうどよめく元気もないみたいで、貴族たちは固唾をのんで私たちのやり取りを聞いている。
「候補者を三人に絞るところまでは進んでいたのですが、全員が小さな男爵家や子爵家の御令嬢だったため、領地が被害にあい一家離散して行方不明になったり、生活費を稼ぐために国外に出てしまったりして、連絡が取れなくなっています。少しでも作物を育てるためには神聖力が必要だったため、聖女への対応が後手に回ってしまいました」
神聖力のおかげで領地の作物が育った貴族も多いので、大神官を責める言葉はない代わりに、どんよりとくらい空気が部屋中に満ちている。
ようやくみんな少しずつ、現実に目を向け始めたみたいね。
遅いけどな!
マジ、遅すぎるけどな!
「話がそれてしまいましたね。無属性の魔法の説明がまだでした」
「お、おお。そうだったな」
ことさら明るい口調で言ったら、ギレット公爵がほっとした様子で話に乗ってきてくれた。
発言が終わって、肩を落として席に座る大神官の様子が少し気になったけど、今は説明が先だ。
「あの武器の身体強化の魔法は、私の使える魔法と同じです。攻撃力や防御力増加等、七種類ほど使えます」
デバフも使えることは黙っておこう。
あまりに強力だと警戒されるかもしれない。
「それは、他人にもかけられるのか?」
「はい」
「複数に?」
「私の魔力がある間は」
ギレット公爵の私への興味が一気に強くなった。
彼だけじゃない。
先程暴れまくったせいで警戒していた貴族たちの中にも、身を乗り出して話を聞いている者がいる。
「ただ戦争などの大規模戦闘には向いていません」
「なぜ?」
「魔法の効果は二十分で切れてしまいますので、その都度かけ直す必要があります」
「……運用が難しいな」
やっぱり戦争に使えると思ったのか。
他の貴族も自分の護衛や軍隊に使いたいと考えたんだろう。
「しかし結界強化のために魔獣と戦う際には非常に役に立ちます」
なぜか一歩前に出てクレイグが言った。
「彼女は女神様に、聖女を手助けして結界を強化するように夢で告げられたそうです。我々ラングリッジ公爵騎士団はこの国の危機を救うために、彼女の力を借りて戦う約束をしています」
「先ほど見ていただいた通り私は戦えるので、私も前線近くに行けますから、役に立てるんじゃないでしょうか」
「意外だな」
急にハクスリー公爵が口を開いた。
傍で見てもクールな美貌だ。
「あなたは病弱なために屋敷に籠っていると聞いていたのだが、いつの間に戦闘訓練をしたのだ?」
「眷属が私の先生です。子供の頃から、必ず誰かが傍にいてくれましたので」
「ほお?」
「まさかとは思いますが、みなさん、クロヴィーラ侯爵家の者が迫害を受けて、ただ泣き寝入りしていたと思っていらっしゃるんですか? 神獣様の体力が弱っているのに?」
していたんだけどさ、なんか悔しいじゃない。
この期に及んで、私が戦えるからなんなの?
令嬢らしく守られていろとでも言いたいの?
「……なるほど。それは失礼した。ただ、それほど戦えるのなら、もっと早い段階で神獣の巫子だと名乗り出てくれればと思ったのだ」
「それは無理です。私が戦えるようになったのは、魔法が使えるようになったからです。この腕を見てください。身体強化なしには戦えません」
ハクスリー公爵の近くまで歩み寄り、目の前に腕を出してみせた。
「細いな。驚くほど細いぞ。本当に病弱なのだな」
「いえ、今にして思えば、魔力を無理やり抑え込まれた弊害だと思います。私は十六には見えませんよね? 成長も遅れているんです」
「……オグバーンの仕業だったな」
自分でもどこまでが本当でどこまでが嘘かわからなくなってきた。
でも説明におかしなところはないはずだ。
「クレイグときみは親しいようだな?」
「……その質問は、今必要でしょうか」
なんなん?
男装の麗人から噂好きなおばちゃんにイメージが変わりそうよ?
「実は差し迫った問題があってな」
「問題?」
「隣国が国境付近の町に部隊を集結させているようだ」
え? どういうこと?
結界を守っているこの国は、他国から優遇されているんじゃなかった?
女神は知っていたの?
『当然よ。女神なんだから』
だったら教えてよ。
……ああ、人間が何でも知っていちゃ駄目だとかなんとか言っていたっけ。
「レティシア」
「え? あ」
「どうした?」
クレイグが心配そうに顔を覗き込んでいた。
いけない。女神との会話に気をとられて話を聞いていなかった。
「ごめんなさい。戦争になるのかもしれないと思って、いろいろと考えてしまっていたわ」
「戦争という形を隣国はとる気がない」
フレミング公爵が何事もなかったように話を続けた。
「彼らは総勢千人程度。全面戦争をするには少なすぎるし、わが国に戦争を仕掛けては周りの国が黙っていない。その千人で国民を煽り、反乱の機運を高め、自分たちは迫害されていた国民に力を貸したという形にする気だ」
また面倒な話になってきた。
そういう難しいことに巻き込まないでくれないかな。