裁判? いいえ、代理復讐です 2
地声がアニ声になる一歩手前ってくらいに高いから、レティシアの声ってよく通るのよ。
顔色が悪くなるくらいに怒っているのに、いや怒っているせいで体裁を保つのを忘れた国王は、険悪な形相で私を睨んでくる。
でもそんな顔芸でビビる私ではないのだ。
ここまできたら緊張も吹っ飛んで、元気いっぱい絶好調よ。
「国王、これだけは最低でも聞いて行ったほうがいいですよ。オグバーンが馬鹿な勘違いをしていたんです」
挙手して発言するのが癖になっちゃって、しっかり手を挙げてしまった。
「……なにを」
「オグバーンってば私の魔力が戻ったら、すぐに神獣様の力を回復させることが出来て、神獣様の力が戻ったら、すぐに天気が回復して街は元通り。水は消え去り緑が回復すると思っていたんですって」
「…………」
その顔を見ると、やっぱり国王もそう思っていたんだね。
「そんなこと出来るわけないって普通はわかりますよね。二十年近く神獣様は魔力を得られなかったんですよ? その力を取り戻すには多くの時間がかかります。ましてや晴れの日がないままに二十年も放置していたこの国に緑を取り戻すって、いったいどれだけ時間がかかることか」
「それ以前に」
サラスティアが私の隣に立って、肩に手を回してきた。
「神獣様を裏切ってレティにひどいことをしておいて、力を取り戻した神獣様がこの国を助けようとするって、よくもまあ甘いことを考えられたものね」
国王がオグバーンのほうを振り返る速さがすごかった。
目を大きく見開いて、口を開いて何か言いかけてはやめてを何度か繰り返し、不意にがっくりと力なく肩を落とした。
「で、では……魔素病は?」
声に力がなくなっている。
ようやく自分の不利を悟ったか。
ふっふっふ、馬鹿め!
「結界が強化されるまでは闇属性の魔力がこちら側に流れ続けますので、もうすぐ王都でも魔素病に罹る人が出てくるでしょう。国全体に広がるのも時間の問題です」
王都にいても魔素病に罹ると聞いて場がざわつく中、国王は俯いて何も言わない。
「……あなた?」
王妃が不安そうに声をかけても無視だ。
「……オグバーン……きさまのせいだ……すべてきさまが!」
国王が睨んだのは部屋の一番奥、壁際に置かれた檻の中だ。
そこに小さな椅子が置かれ、腕を拘束されたオグバーンが座っていた。
たまに様子を見てはいたけど、最初はじーっと私を見ていたのに、途中から興味をなくしたようにぼんやりと座っているだけだったんだよなあ。
国王に怒鳴りつけられて、天井近くを見上げていたオグバーンはゆっくりと顔をおろし、国王のほうを見てにいっと口端をあげて笑った。
目つきがおかしい。
ギラギラと異様に光を反射している。
「騙したのか? 巫子の魔力がなかったのもきさまのせいか!」
騙されたって国王が言っちゃったら駄目なんじゃない?
私が神獣の巫子だって知っていたって、ばらしちゃったことになるよ?
「座れ」
フルンの低い声が響くと、国王はびくりと肩を震わせた。
怒りでいつもよりもっと言葉が少なくなっているフルンの右目が金色に光っている。
やだ。これは厨二病に大人気なやつでは?
って内心わくわくしながら他の眷属の顔を見たら、アシュリーの目は赤く、サラスティアの目は青く輝いていた。
ちょっとそれ、私もやりたい。
「……」
座った。国王がおとなしく座った。
フルンがこわかったのか、もうこの場を立ち去っても意味がないと諦めたのか。
王妃はどうしていいかわからず、でもひとりだけ立ち去るわけにもいかなくて椅子に戻り、きつくハンカチを握りしめている。
「あ、でも少しだけいいお知らせがあります」
また手を挙げちゃったよ。
裁判が終わっても癖になったらどうしよう。
「神獣様の力が回復して晴天が続くようになった場合は、闇属性は光属性に弱いので威力が大幅に低下します。魔素病に罹る人も減るでしょうね」
そのためには神獣様や眷属に怒りを解いてもらわなくちゃ駄目だよね?
怒りを解いてもらうためには……って今、みんな考えてるでしょ?
「裁判長」
この状況で発言するっていい度胸しているなって一瞬思ったけど、クレイグの声だったわ。
「はあ。発言をどうぞ」
ハクスリー公爵のため息が深い。
「眷属の方々や大魔道士殿、クロヴィーラ侯爵夫妻にもお座りいただいたほうがよろしいのでは?」
「おお、そうでした。大変失礼しました」
そういえばずっと立ちっぱなしだった。
侯爵夫人なんて踵の高い靴を履いているだろうからしんどいよね。
私はいざという時に全力疾走できない靴は認めないので、今日もペタンコの靴だから平気。
「しかし、予想外に人数が多くなったので席が足りませんな」
「先程指示を出して用意させました。椅子を運び込んでもよろしいですか?」
「それは助かります」
ハクスリー公爵とクレイグの会話を聞きながら、どういうことかわからずにきょろきょろしてしまった。
左右の席はテーブルと椅子がセットで三人ごとに区切られているので、もうこれ以上椅子を置くスペースはないのよ。
正面は国王や裁判官たちが座っているでしょ。
まさか……ここか?
このアリーナにあたる中央のスペースに椅子を並べる気か?
「失礼します」
扉のすぐ外に待機していたんじゃないかってくらいの時間しかかからずに、ラングリッジ公爵騎士団の制服姿の騎士たちが椅子を運び込み、予想通り証言席の後方にどんどん並べていく。
でもいろいろとおかしい。
ここは裁判場であってサロンじゃないのよ。
それなのに、三人掛けのソファーやひじ掛けのついた座り心地のよさそうな椅子ばかり運びこんできたわよ。
それに椅子を運び込んだ騎士は退場せずに、そのまま警護のために並んでいる魔道士の間にはいり、私たちに背を向けて並び始めている。
これって、武力制圧しようとしていない?
「これはどういうことですか!?」
さすがにおかしいと思うよね。
貴族のひとりから抗議の声が上がった。
「裁判場の警備にあたるのは、ハクスリー公爵家の騎士か衛兵でなくてはいけない規則です」
クレイグはさりげなく中央に歩きながら答えた。
「しかし扉前や壁際に並んでいる騎士は、ゴールドラインの近衛兵です。この場での王族の方々の態度、王太子の殺人未遂を考慮し、我々ラングリッジ公爵騎士団は神獣の巫子様とクロヴィーラ侯爵家の方々をお守りする必要があると判断しました」
なんですって。
眷属が三人揃っているから無敵だと思って気にしていなかったわ。
本当だ。ゴールドラインの国王付きの近衛の制服を着ている人が何人もいる。
「国王が先に法を破っていたということか」
「いやもうこれは裁判ではないだろう」
「だが、聞いておかないとまずい話だ」
「魔素病の危険があるなんて……」
「我々はどうなるんだ」
国王は口を挟む気はないらしい。じっと床を見つめたままだ。
額に二重丸をつけた貴族も放心状態。
それ以外の人たちは、大学の講義前の学生のように上下左右の人と話しこんでいる。
もう誰もが、裁判ではない何かが進んでいると気付いている感じだ。
そして私の周囲では、ずらりと警護の騎士と魔道士に囲まれた一団が、リラックスした様子で椅子に腰を下ろして雑談している。
いつのまにかクレイグも私の隣に陣取っているこの状況は、国王対神獣の巫子とその愉快な仲間たちになっているように見えるんじゃない?
実際そうだしね。
「はい、裁判長!」
私は今日、何回こうやって手を挙げただろう。
「発言どうぞ」
笑いながら言わないでよ。
雑談していた人たちがいっせいに私を注目して、一気に静かになって気まずいんだから。
「多くの方が、今の眷属と国王のやり取りを聞いても意味がわからないと思います。それにラングリッジ騎士団が私を守ろうと神経をとがらせてくれている理由もわかりませんよね。それで、ブーボ」
証言台にいたブーボが羽ばたいて、私の椅子の背もたれに留まった。
「私が王宮でどんな風に過ごしていたか、見ていただきたいです」
「そんなの、裁判と関係ないでしょ!」
王妃の叫び声は悲鳴のようだ。
「まだ映像を見ていないのに、どうして関係ないと思うんですか?」
この映像だけは、誰が何と言っても流すわよ。
「あなたに何の権利があるって言うの! ハクスリー公爵、あの女の勝手をどこまで許す気なの!?」
「ブーボ、流して」
止められるものなら止めてみろ。
ようやく全部暴露してやれるのに。
「どうだ? そろそろ私の屋敷に来る気になったか?」
映し出されたのは馬車の中のようだ。
向かい合って椅子に座るオグバーンとレティシアが、高い位置から映し出されている。
「魔力のないと思われていた巫子の傍に妖精がいては騒ぎになり、巫子の身に危険が及ぶ可能性があると考え、我々は妖精が人間には見えないようにしてきた。そのため魔力が高い者も妖精の存在に気付いていない」
視線は映像に向けたまま、アシュリーの説明に頷いた人が何人もいた。
誰もがひとことも聞き逃さないように、映像に釘付けになっている。
「あの屋敷を出てうちに来れば、きっときみの魔力は戻る。きみを馬鹿にする者達を見返してやれるよ」
「戻る?」
「そうだよ。きみには素晴らしい才能があるのに、みんな気付いていないだけだ。だから私の屋敷に来ればいい。そうだ、養女に……」
「家に帰してください」
やっぱりレティシアって、ただのおとなしい子じゃなかったんだ。
オグバーンに対して、怯えたりしないではっきりと言葉を返している。
「王宮に行ってもすぐに追い返されるだけです。家に帰してください」
「王妃は何も知らない愚かな女だ。適当に話を合わせておけばいい。おまえは私の言うとおりにしていれば……」
「なぜ両親に隠れて私を連れて行くんですか」
「まさか、話したのか!」
ひどいな。あんな強く腕を掴んだら痣になる。
それでもレティシアはきっとオグバーンを睨みつけている。
素晴らしい。立ち上がって拍手したいくらいよ。
そしてオグバーンを殴りに行きたい。
「動くなよ」
座らずに私の椅子の隣に立っていたクレイグが、身を屈めて囁いた。
隣に座ったフルンなんて私の腕を押さえているけど、さっきから怒りで眉がぴくぴくしているじゃない。
「いいか。余計なことを話したらクロヴィーラ侯爵家は潰すぞ。全員、国王に殺されると思え」
一気に国王が注目の的よ。
オグバーンて普通に会話している時でも、責任は全部他人にかぶせていたのね。
「そんな脅しを言う人の養女になんてならない。私にかかわらないで」
「じゃあずっと今のままだぞ。魔力なしと言われて迫害される生活でいいのか」
「それもあなたのせいなんじゃないの?」
「何を言っている。私はおまえのためを思って動いているんじゃないか」
「……それを信じるほど間抜けじゃないわ」
オグバーンはレティシアに信用させて、自分の選んだタイミングで魔力を回復して神獣の力を取り戻そうとしていたのよね?
行動力のある無能って、本当に厄介だ。
この男がレティシアにばかりかまけるせいで、息子のランドンはレティシアを殺したいほど憎んでいたんだ。
たぶん他人の気持ちを思いやる心を持ち合わせていないんだろうな。
息子もレティシアもオグバーンにとっては道具でしかない。
「あなた、本当にみすぼらしいわね」
いつの間にか映像の場面が変わっていた。
豪勢に飾られた部屋の端のほうで俯いているレティシアの周りを、綺麗なドレスを着た三人の女性が取り囲んでいる。
「くさくない? お風呂に入ったことあるのかしら」
ないっす。
でもフルンが浄化魔法で綺麗にしてくれていたから、くさくはないはずよ。
「こんな子のためにお茶の用意をしなくちゃいけないなんて」
「王妃様に呼ばれたからってのこのこ来るんじゃないわよ」
「何か言いなさいよ、生意気ね」
これぞいじめって感じね。
何も言わないで俯いているだけで生意気だったら、どうすればいいのさ。
「侯爵令嬢も魔力がなければ平民以下よ」
「王妃様はなんであなたなんて呼ぶのかしら」
「何か言いなさいよ!」
なにが気に入らないのか、栗色の髪の御令嬢がテーブルに置かれていたポットを掴んで振り上げた。
中には淹れたてのお茶が入っているんじゃないの?
そんなのを浴びたら火傷しちゃうわよ。
「きゃああ」
ポットを投げようとした瞬間、画面が急に乱れてよくわからない画像が続いた。
画像が元に戻った時にはポットはすでに床に落ちていて、栗色の髪の御令嬢が自分でお茶を浴びてしまっていた。
「ブーボ?」
たぶん、ブーボがあの子に体当たりしたのよね?
助けてくれたんだ。
「なんの騒ぎなの?」
そこに機嫌の悪そうな様子で王妃が登場した。




