王宮へ 2
「もう少し待て」
「わかった」
やめろとは言わないところがフルンのいいところ。
予想通りにのこのこ現れてくれたんだから、ここはうまくやらなくては。
「あなた方のその態度は、変化した状況が理解できないのか、正しい情報を得られていないのかどちらなんでしょう。どちらにしても神獣省の予算を着服しておいて、神獣様に魔力を届けなかった罪でオグバーンは捕まったというのに、それが私のせい? 頭、大丈夫?」
「きさま!!」
「黙れランドン。今重要なのはそんなことではない」
「しかし」
「仕事をしなかったオグバーンが罪に問われるのは当然だろう」
王太子の言葉に、ランドンは目玉が落ちそうなくらいに大きく目を見開き、わなわなと震え始めた。
側近としてずっと命令に従っていたのに、まさかここで見捨てられるとは思っていなかったのかも。
「レティシア、おまえには話がある。行くぞ」
「嫌です」
「なんだと。王太子の俺が言っているんだぞ」
「だから?」
にっこり笑顔で小首を傾げた。
「なにぃ」
王太子は怒りで顔を真っ赤にして、ぎりっと奥歯を嚙みしめた。
ランドンはさっきの怒りも忘れて、気が違ったとでも思っているのか唖然とした顔で私を見ている。
いやあ、気持ちいいわね。
その顔をレティシアに見せてあげたかったわ。
「私は裁判に参加しなくてはなりません。裁判は国王でさえ妨害することを禁止されております」
「さっきから魔力なしがえらそうに」
「ランドン、私の魔力はランクSよ」
「は? 気でも違ったか! 何を馬鹿なことを!」
本当に知らないみたいだ。
彼が知らないってことは王太子も知らないのよね。
「オグバーンがうちの庭に魔力を抑え込む魔道具を埋めたせいで、私は魔力が使えなかったの。だからほら、妖精も見える」
天井ぎりぎりに浮かんで、いつでも飛び掛かれる準備をしているリムに視線を向ける。
王太子もランドンも妖精を見るのは初めてなので、可愛い姿にびっくりしているんじゃない?
「おい!」
うお、びっくりした。
突然近衛のひとりが魔道士に掴みかかった。
「魔力の検査で、俺はランクBだと言ったよな。妖精が見えるってことはランクAじゃないか。どういうことだ!」
「今はそんなことは……」
「それを理由に今までコケにしやがって!」
魔道の塔の犠牲者のひとりか。
近衛はランクA以上の魔力がないと入団出来ないなんて規約を作ったのも、魔道の塔が金を集めるために利用したかっただけでしょ?
「ランクS……」
王太子が視線をリムに向けたまま呟いた。
そんなに私の魔力が高いのはショックか。
てっきりリムに見惚れているから静かなのかと思ったら、そっちの衝撃が大きくて黙っていたのね。
「その様子だと私が神獣の巫子だということも知らないようね。変ねえ? 王太子なんでしょ? この国が今どんな状況に置かれているのか。神獣様がどうしているのか、ちゃんと教わっているのよね? まさか、誰もあなたには教えてくれないの?」
「黙れ」
「神獣の力を取り戻せるのは私だけ。あなたはその私に何をしたんだっけ?」
「黙れ! 魔力があったからって調子に乗るなよ。おい、こいつを捕まえろ」
王太子が命じても、魔道士も近衛の騎士も動かない。
「殿下、あの男は神獣の眷属です。大魔道士以上の強い魔法が使えるそうです」
魔道士はフルンを知っていたのか。
それでさっきから、誰も手を出してこなかったのね。
「だからなんだ。あの女を裁判の場に行かせる気か!」
「まだそんなことを言っているの? いい加減、邪魔なので退いていただけます?」
「きさま! 力づくで連れて行かれたいのか!」
口には出さないけど、やれるもんならやってみろって馬鹿にしたように笑って見せた。
「王太子にその態度! 許されないぞ!」
「いいえ、許されるんですよ。私は神獣の巫子であると共に、女神に加護をいただいている存在です。大神官さえ、自分と同等と認めているんです。国王と大神官は同格。つまり私も同格なので、王太子の命令に従う義務はありません」
ちらっとフルンと目を見合わせてから、まっすぐに王太子と視線を合わせた。
「ましてや、私を川に突き落として殺そうとした人に、おとなしくついて行くと思いますか?」
ざわっと周囲からどよめきが起こった。
ずっと通行人が遠巻きに見物していたのよ。
それなのに王太子が平気でこんな態度を取れるのは、今まで王妃が問題をお金でもみ消してきたせいだ。
何をしても許されると勘違いさせた親の責任は大きい。
「あの時、死んでいればよかったものを」
逆上した王太子が腰の剣を抜いた。
「私が死んだら、この国は滅亡するのに?」
「知るか! きさまなんぞがえらそうに! 今度こそ殺してや…………」
フルン、転移のタイミングがばっちりよ。
王太子が怒鳴り始めたと同時に転移したもんだから、剣を私に向けて今度こそ殺してやるって叫んでいる姿を、裁判に出席している貴族みんなに見せることが出来たわ。
「あ……いや……今のは……」
王太子が大きい顔を出来るのは弱い相手だけ。
これだけの大御所が顔をそろえる場所では、何も言えなくなっちゃうのよね。
それにうまい言い訳を一瞬で考えつく頭もない。
「これはいったいどういうことですかな」
会場が静まり返っていたせいで、ハクスリー公爵の怖いくらいに平坦な声が、いやに大きく聞こえてきた。
まずは作戦の第一段階は成功。
私は会場のど真ん中に出現して注目の的で、国王でさえ追い出すことは出来ないでしょ。
それにしても立派な部屋ね。
イギリスの議会ってこんな部屋でやっていなかった?
壁と天井は落ち着いた色の木製で、床は黒いざらざらした石が敷き詰められている。
中央に証言台があって、その横に被告や証人が座る席があるのは、向こうの世界の裁判所と変わらない。
違うのは左右が階段教室のように後ろに行くほどゆるやかに高くなっていることと、部屋がとてつもなく大きくて一番後ろのほうの席だと、表情が見えないほど遠くなることだ。
身分が高い人のほうが低い場所にいるの? って違和感があったけど、あれね、前のほうの席はアリーナだと思えばいいのね。
裁判の様子が臨場感たっぷりに見えるんだもんね。
後ろのほうは二階席の最後尾扱いなんだな。
「王太子殿下、ここが裁判場だということはおわかりですね?」
ハクスリー公爵の声にびくっと肩を震わせて、きょろきょろと視線を泳がせた王太子は、王妃の姿を見つけてほっとした顔をして、そちらに歩き出そうとした。
「状況の説明が終わるまではその場を動かないでください。剣は没収します」
「俺は王太子だぞ」
「宣言されなくてもわかっております。しかし神獣の巫子に剣を向けていた以上、このままにはしておけません」
「王太子は退場させる」
部屋の一番奥、ひと際豪華に装飾された席に座っていた国王が宣言した。
隣の王妃は王太子が心配でたまらない様子で、今にも立ち上がりそうな様子だ。
「これはオグバーンの裁判だ。王太子は関係ない」
「陛下、お言葉ですが王太子であるからこそ、国内の状況を正確に把握するためにも、この場に留まる必要があります。それに神獣の巫子を殺害しようと……」
「ハクスリー公爵! 王の命令だぞ!」
さすが親子。
国王と王太子と台詞がよく似ているわ。
「ここは裁判の場です。国王であろうとも勝手な言動は慎んでいただきたい」
「きさま! 逆らう気か!」
「相変わらず品がないのう。みっともない」
突然国王のすぐ背後に小さな老人が現れた。
まさかそんな近くから声がするとは思っていなかった国王は、飛び上がるほど驚いて椅子から転げ落ちた。
「これがこの国の国王とは、情けないのう」
「……大魔道士」
あの人が大魔道士なのか。
某魔法学校の校長みたいな人かなと想像していたけど、まるで違うわ。
まず小さい。そして姿勢がいい。
私と同じくらいの身長で、ピシッと背筋を伸ばして立っている姿は魔道士というより執事みたいだ。
銀色の髪は綺麗にセットされて、髭も鼻の下にしかない。
長い顎髭を想像していたから、ちょっとだけがっかりした。
小さいけど存在感がすごくて、執事服のような上下の上にローブを羽織った体がうっすら光っている。
あれは魔力なのかな?
「確かにオグバーンの裁判が先じゃな。イライアス、王太子と周りにいる者達を魔法の檻に閉じ込めておけ」
大魔道士が命じると、いっせいに魔道士たちが席から立ち上がり、王太子たちの周りに魔道具を置いた。
彼らのローブと王太子と一緒にいた魔道士のローブは、全然違うデザインなのね。
てことは、王太子と一緒にいたのは魔道の塔の魔道士なんだな。
「ひさしいですな。フルン様、サラスティア様。アシュリー様はおいでにならないのですか?」
「ひさしぶりね、また小さくなったんじゃない?」
「アシュリーもそろそろ来るだろう」
眷属と大魔道士は知り合いなのか。
「はじめてお目にかかります。神獣の巫子様」
「あ、どうも」
こういう時って、どんな返事をすればいいのか迷うわ。
だって、予想外に広い部屋で、予想外にたくさんの人がいて、注目の的になっているのよ。
さすがに緊張して、実は手が震えている。
「あなたが神獣様の力を少し取り戻してくださったおかげで、こうして結界を離れてご挨拶出来ます。おお、素晴らしいペンダントをお持ちですな。女神の加護付きですか」
みんなさ、服の下に隠していてもわかるってなんなの?
神聖力が洩れているのよね?
服を透かして中を覗けるんじゃないわよね?
「はい。女神様にいただきました」
ドレスの胸元から服の中に手を入れて、鎖を引っ張ってペンダントを引き出すと同時にペンダントが輝きだし、指の間から光が溢れて広がった。
なんてことするの。
派手すぎるでしょう。
『ここで派手にしないでいつするの?』
最近おとなしかったのに、女神はやっぱり女神だった。
「すごい」
「なんという神聖力だ」
意外と神聖力がわかる人が多いのね。
私には魔力と神聖力の差が全くわからないのに。
「おお、神獣様の巫子でありながら女神様にも愛されているとは。大神官もおちおちしていられないな」
「うるさいな。私はもうずっと巫子の手伝いをしているんだ」
「おや、その顔は魔素病か。話は聞いていたが、ここまで派手にやられているとは」
この大魔道士、けっこう気さくだな。
大神官とも仲良しか。
「女神様は力を失われている神獣様を心配しておられるのです。それで私が死にかけた時に夢に現れてくださり、神獣様の瞳と同じ色の宝石のついたペンダントを下さったのです。大神官は女神様のお告げを受けてすぐに会いに来てくださって、いろいろと助けてくださったんですよ」
大神官は私の味方だよって言っておくの大事。
「イライアスから報告を受けております。闇属性の魔力を吸収して無属性に変えられるそうですね。魔道士たちの病を治してくださったこと感謝しております」
「あ、タイミング悪かったかな」
どさどさっと音がしたので振り返ったら、会場のど真ん中に気絶している黒ずくめの男を山積みにしてアシュリーが現れた。
「五人もいたよ。気を失わせる薬に縄に麻袋。巫子をずっと狙っているやつらがいたから捕まえたら、拉致するための道具を持っていた」
こっちは国王かオグバーンの差し向けた男たちだな。
王太子のせいで手が出せないまま、アシュリーに捕まったんだね。
王太子ってば、いい仕事をしてくれるじゃない。
「なんてことだ。いつから王宮はこんな者達が入り込めるようになったのだ」
「中に手引きしている者がいるんだよ。ひさしぶりだねボブ」
ボブ? 大魔道士の名前がボブなの? 普通過ぎない?
そりゃ生まれた時から大魔道士じゃないから仕方ないけどさ。
そういえばボブって愛称なのよね?
元の名前はなんだっけ。
「おひさしぶりです。巫子様の命を脅かすなど、この国が滅んでもいいと考える阿呆がいるのですか?」
「神獣様の力を弱める阿呆がいるんだから、そりゃいるわよ」
言いながらサラスティアってば、しっかり国王のほうを見たわよ。
自然とみんなの視線が国王に集まってしまった。
「イライアス、巫子様の警護につくんだ。恩人の身を守らねば」
「選りすぐりの魔導士をつけましょう」
まあいいわ。王太子は魔法の檻の中で何もできなくて、護衛もついてくれるっていうのなら、私は好きにやらせてもらおう。
もうすっかり裁判の雰囲気じゃなくなっちゃっているんだもの。
実は転移して部屋の中を見回したときから、ずっと気にはなっていたのよ。
なんでカルヴィンとクロヴィーラ侯爵夫妻が証言台にいるのさ。
オグバーンはまだ部屋の隅のほうに座らされているから、証人として発言していたって感じじゃないんだよなあ。
こっち見ないでくれないかな。
オグバーンの視線が痛いというかキモイというか。
どうにかして自分のほうを向かせようとして、一心に見つめている感じなのよ。
国王も最初は似た感じだったんだけど、私が喋り始めたら驚いた顔をして、どんどん顔色が悪くなっていった。
王妃なんて顔面蒼白で睨んできている。
あなたたちさ、見られているからね?
誰が見ても怪しいから。
「カルヴィン、どうしたの?」
眷属たちと離れて証言台まで駆け寄る。
アビーとエリンはしっかり私についてきた。
リムもフルンより私が心配なのかついてきている。
よく見たら証言台の端にブーボが留まっているじゃない。
裁判所の雰囲気とフクロウって、なぜか合うわね。
ブーボが格好良く見える。
「レティシア、怪我はない?」
カルヴィンも私のほうに駆け寄ってきてその後ろから侯爵夫妻も近づいてきたので、証言台よりかなり手前で合流した。
「証人として話をしたの?」
「いや、裁判の前にまず眷属や神獣の巫子についての説明がされたんだ。そしたらジェンクス伯爵が、巫子は家で迫害を受けていたという情報があると言い出して、どんな生活をしていたのか、迫害はあったのかしつこく聞かれていたんだ」
なるほど。魔道具が見つかったことでクロヴィーラ侯爵家は、気の毒な被害者だという印象が広がっている。
それを娘を迫害していたという証言をすることで、オグバーンに少しでも有利な状況に持っていこうとしているんだろう。
でも残念でした。
私がオグバーンに有利な証言をするわけがないでしょ。




