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王宮へ    1

 とうとう裁判の日がやってきた。


 この世界に来てから今日までいろんなことがあって、私の見た目も別人かと思うくらいに変化した。

 着古してぼろぼろの服を着た、痩せて皮と骨だけの少女はもういない。

 艶々の黒髪をハーフアップにして、編みこんで小さな髪留めをいくつもつけて、化粧もしっかりしてもらった私は、どこから見ても貴族の御令嬢だ。


 今日は神獣の巫子のデビューの日よ。

 王宮に乗り込んで、神獣を苦しめたやつらをぶっ飛ばしてやるわ。


「お綺麗ですわ」

「清楚な印象で巫子という立場にぴったりです」


 タッセル男爵夫人が念入りに選んだドレスは、白を基調に春の陽だまりのような淡いカナリア色の刺繍のはいったシンプルなデザインだ。

 長袖で、襟もしっかりと喉元まで隠れているおかげで、痩せすぎているようには見えないし、毎日筋トレをしている女にも見えないわよ。


「強そうに見せたいのよ。化粧で目元をきつい感じにしたらどうかな。それかもっと髪をきつく結って……」

「本当に強い方は強く見せる必要はありません」


 はっ。確かにそうだわ。


「タッセル男爵夫人、さすがよ。本当にそう。ということは、私は本当に巫子なんだから清楚に見せる必要は」

「あります」

「えーーーー」

「男性は清楚な女性の味方になりたがります。単純な生き物なのですから、習性をうまく利用するべきです」


 お、おう。確かにそうかもしれないわね。

 いや、待って。習性をうまく利用する方法があるなら教えて。

 男性を掌で転がすなんて私には無理だから。

 それより先に、まずその単純な習性とやらを教えて。


「そろそろお時間ですよ。お気をつけて。御武運を祈っております」

「ありがとう」

 

 よし、決戦の場に私も行くぞ。

 侯爵夫妻とカルヴィンは、もう裁判の行われる部屋に到着しているはずだ。

 サラスティアが同行して、王宮前まで転移して、そこからクロヴィーラとラングリッジ両騎士団と神殿騎士団に護衛されて部屋まで行ったそうよ。

 そんな厳戒態勢で移動するなんて、何が起こっているんだと驚いた人も多いんじゃないかな。


「大勢の人が見に来てたわよ。びっくりしちゃった」


 無事に彼らが到着したことを知らせてくれたリムは興奮気味だ。


「フルンフルン、レティにも護衛がつくの?」

「俺とアシュリーとリムがつく」

「最強ね!」


 ご機嫌に飛び回るリムを見ていると、少しだけ緊張していて硬くなっていた身体から力が抜けていく。

 私のほうは襲われるの前提で、少数精鋭で王宮に乗り込むことになっているの。


 わざわざ別行動してあげているんだから、しっかり妨害しにきてよね。

 全員まとめて捕まえてから、こんなに狙われるなんて怖くて王宮にはもう来れませんって、涙ながらに訴えるんだから。


「敵が一組とは限らない。戦闘中に他のグループが来る可能性も考えて、アシュリーは別行動で動いて、レティに近付こうとする集団がいたら全員生け捕りにする」


 私が裁判の場に姿を現すと困る人はたくさんいるからなあ。

 でも私に何かあったらこの国は終わるから、拉致監禁しようとするんだろうな。


「アビーとエリンも来るんでしょ?」

「彼女たちは護衛ではなく侍女なので戦わない」

「なるほど」


 アビーもエリンも不満そうではあるけど、クレイグにフルンの指示に従うように言われているからおとなしく従っている。


「侍女が戦闘服を着ていてもいいの?」

「そんなことを気にするのか? 侍女が何を着るかは主が決めればいいだろう」

「それはそうだけど」


 フルンの意見はこういう時は当てにならないからなあ。


「意外と常識にとらわれるタイプなんだね」


 意外そうにアシュリーに言われてしまった。

 そう言われるとちょっと悔しいわね。

 でも敵に警戒されないようにするには、普通にするのがいいんじゃないの?


「私が盾になりますから、前に出ないでくださいね」

「はーい」

「いざとなったらフルン様の背後に隠れてください」

「はーい」


 女の子を肉壁にするなんて、私がするわけがないでしょう。

 ふたりとも私の護衛部隊配属ということになって、制服が他のラングリッジ公爵騎士団とは違う物になったので、どこの騎士団か誰にもわからないだろう。

 本当は私もその服を着て出かけたいわ。


「行くぞ」

「あ」


 まだアビーたちのほうを向いていたのに突然転移したら危ないでしょ。

 なんでフルンはそういうところが大雑把なの?

 でも転ばなかったわよ。

 アビーとエリンがさっと手を出して支えてくれたおかげもあって、あまりよろめくこともなかった。


「筋力トレーニングの成果が出ていますね」

「体幹が鍛えられたんですよ」

「そうよね」


 成果が実感できると、もっと頑張ろうって思えるよ。

 よし、今日も帰ったら筋トレだ。


「見られてるぞ」


 フルンに言われて周囲を見回したら突然転移してきた私たちに驚いたのか、目と口を大きく開けた人たちが二十人以上も注目していた。

 神獣の巫子がどんな子か見物してやろうって暇人もいるんじゃない?


 そしたら急に姿を現した女の子がガッツポーズしたんだから、そりゃびっくりよ。

 以前のレティシアを知っている人なら、余計に驚いているんだろうな。


「あの方が神獣の巫子?」

「噂で聞いていたイメージとは違うな」

「あの殿方はどなた?」

「あんな素敵な人を知らないなんて」


 フルンが一番目立ってそうだな。

 御令嬢たちの興奮した声は、会話の内容がはっきり聞こえるわ。

 でも全く表情を変えないところがフルンらしいよね。


 ここはレティシアが王宮に連れてこられるときに使っていた入り口とは違うみたい。

 それに彼女の記憶の中の貴族と、すぐそこで私を見物している貴族の印象がだいぶ違う。

 女神がくれた記憶の中のレティシアはたぶん十歳を超えたくらいだと思うから、五年は前の記憶のはずだ。


 記憶の中の貴族のドレスはもっと彩が豊かで、煌びやかだった。

 でも今は、古着でも着ているような感じなのよ。

 忙しそうに足早に横切っていく使用人たちなんて、疲れ切っているのか生気の感じられない表情をしている。


「実はこの天候のせいでだいぶダメージが蓄積されてたり?」

「それはそうだろう。神殿に金を渡せる貴族の領地以外は作物が採れないんだ。そうなれば税金も払えなくなるから、貴族も使える金が底をついてきている」


 ああ……それで……ん? あれ?

 思わずスカートを両手でつまんで広げながら自分のドレスを見下ろしてしまった。

 私のドレス、新品でお高そうだよ?

 クロヴィーラ侯爵家は、そんなに金持ちなの?


 あ……ああ、そうだった。

 社交界にはぶられていたから、金の使い道が今までなかったんだ。

 侯爵は領地経営の才能だけはあるらしいし。


 だったら、うちの領地はそれほど悲惨な状態ではないのかな。

 そうだといいな。

 侯爵家を出ていく私には領地のことまでは手が回らないし、そういう方面で出来ることは何もないから。


「クロヴィーラ侯爵令嬢でしょうか」


 近衛の制服を着た男がふたり、私たちに近付いてきた。


「我々が護衛をしますので、ここからはそちらの護衛は必要ありません」

「我々にお任せください」


 は……ん。私と護衛を引き離す作戦か。


「護衛? シルバーのラインの入った制服を着たあなたたちが?」


 シルバーのラインは王太子付きの部隊の制服じゃない。

 

「はい。本日は裁判のために護衛対象が多いので」

「チェンジ」

「は?」

「あなたたちは信用できないから駄目。それに私は護衛なんてつけていないわよ。彼は神獣様の眷属のフルンよ。さっき私たちが転移魔法でここに現れたのを見たでしょう」


 周囲に聞こえるように大きな声で言ったら、また女性たちの興奮したささやきがあちらこちらから聞こえてきた。


「こっちのふたりの女性は侍女なの。私は侯爵令嬢なんだから侍女を連れているのは当たり前よね?」


 清楚におしとやかにと言われていたけど、そんなこと言っている場合じゃない。

 いざとなったら武力行使も辞さない構えよ。


「な……」

「どうなってるんだ」


 どうせレティシアは何も言い返せず、俯いて震えながらついてくるとでも思ったんでしょ。

 おあいにくさま!


「それは困ります。裁判に出席するには我々と一緒に来ていただく必要があります」

「ハクスリー公爵がシルバーラインを私の護衛にするなんてありえないわ。いいからそこをどきなさい」

「おい……おい、あそこ」


 もうひとりの近衛が攻撃態勢で宙に浮いているリムを見つけて知らせようとしたが、


「何を生意気な!」


 背の高いほうの男は聞いちゃいない。

 大股で私に近付こうとして、リムの渾身の猫キックを食らってのけぞった。


「いった……なんなんだ!」

「あら、近衛はランクA以上じゃないと入団できないはずなのに、あなたは妖精が見えないのね?」


 はっとして私を見た男ににこやかに笑いかけてあげた。


「なおのこと信用できないわ」

「……」

「妖精が見えない? 我々を騙していたのか?」

「うるさい。今はそんな場合ではないだろう」


 妖精が見える男のほうは、仲間が近衛になる資格がないということも気になるようだけど、それ以上に初めて見る妖精が気になって仕方ないみたいだ。

 周囲にも何人か妖精が見える人がいるようで騒ぎが起こっている。


「フルン行きましょう」

「そうだな」


 フルンが頷くのと同時に、魔力ランクを偽っていた男の姿が忽然と消えた。


「貴族街の外に飛ばしただけだ」


 一瞬で仲間が消えたのを見てしまったもうひとりの近衛は、直立不動で立ちすくんだままぶるぶると震えている。


「ただ、シルバーラインの近衛は庶民に憎まれている。無事に帰って来られるかな?」

「自業自得よ」

「ねえねえ、レティ。リムに気付いている人が結構いるよ」


 フルンは私がこの世界に来るまで、妖精の姿が人間に見えないようにしていたから、気付く人が何人もいるっていうのはリムにとって新鮮なんだね。


「遊びに来ているんじゃないぞ」

「わかってるわよ。レティをちゃんと守るわよ」


 こんなところで喧嘩しないでよ?


「ありがとリム。頼りにしてる」

「まかせて!」


 私は道順を知らないので、前を飛ぶリムを追いかけて廊下を進んだ。

 視線は感じるけど話しかけてくる人はいない。

 息を潜めて様子を伺っているみたいだ。


「来たようだ」

「あら素敵」


 廊下の先に道を塞ぐように広がって立ち塞がっている団体がいるのが見えた。

 他人の目をまったく気にしていないんだよなあ。

 仕事をしている人たちの通行の邪魔になっているっていうのに、堂々とど真ん中に立っているのは王太子だ。


 レティシアの記憶より小さいのね。

 恐怖で大きく見えていたのか。

 

 王太子ってクレイグの従兄弟よね。まったく似ていないなあ。

 格好つけてセットした金髪に、性格の悪さが目つきに表れている青い目。

 お金のかかっていそうな服を着て、柄に宝石のついた剣をぶら下げて、偉そうに腕を組んで立っている。


 体格はいいけど筋肉は鍛えていないのね。

あれは弱い。剣は飾りだな。

 

 後ろにいるのがオグバーンの息子のランドンだ。

 こっちは私の従兄弟ね。

 怒りに満ちた顔をして私を睨みつけているけど、こんな貧相な男だったのね。

 オグバーンにもカルヴィンにも似ていないな。


 そして近衛ふたりに魔道士ふたり。

 私を出迎えるには、その布陣では弱すぎるんじゃない?


「よお、レティシア」

「これは王太子殿下。わざわざ出迎えてくださるとは恐縮ですわ」


 こわがりもせず、護衛の後ろに隠れもせず、私がにこやかにほほ笑んだので王太子はぎょっとした顔をした。


「おい、こいつレティシアだよな?」

「王太子殿下、私は殿下とそれほど親しくなった記憶がございませんので、名前で呼ぶのはやめていただけませんか? 巫子とお呼びください」

「はあ? 何を言っているんだ? どう呼ぶかは俺が決める」


 うざ。


「殿下に対してなんだその態度は。魔力なし! 貴様のせいで父上が大変なことになっているじゃないか!」


 めんどうだな。

 このふたりの相手をしなくちゃいけないの?

 のしちゃってさ、簀巻きにして運んでいけばいいんじゃない?

 いやいや、ここで短気は駄目よ。


「やっちゃう?」


 リムと考えることが一緒っていうのはどうなの私。



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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 うん、やっちゃえ(笑)
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