嫁でも家族でもないから! 2
裁判は十日後に行われることになった。
国の状況を考えたら、一刻を争う話だもんね。
異例の早さだということで、王宮ではこの話題で持ちきりらしい。
今頃、裁判省の人たちは徹夜で働いているんじゃないかな。
今回の裁判は、オグバーンや神獣省の職員が仕事を放棄し給料だけ受け取っていたことと、神獣省の予算を使い込んでいたことに関する裁判ということになっている。
責任者のオグバーンが神獣の世話役の仕事をしなかったせいで神獣の力が弱まり、天候が悪化し、魔素病が広まった。その罪を問う裁判だ。
つまり、オグバーンが主犯だってことよ。
死刑は免れないだろうな。
国王が共犯なんじゃないかなんて話はいっさい出ていないから、おそらく罪を全部オグバーンにかぶせて自分は無関係だという態度を通すんだろう。
そうじゃなかったらいくら悪夢に苦しめられていたとしても、裁判を開く許可なんて出さないでしょう?
国王に邪魔されないためにはそうするしかないのよ。
こちらとしては裁判という名目で、貴族たちを集められればそれでいいんだしね。
その場で全部、ぶちまけてやるわよ。
そうして五日間、私は魔力吸収に集中しつつ、健康回復に努めた。
若いっていいねー。回復が早い!
魔力を吸収して無属性に変換して、それを神獣様に渡すという作業がデトックスになっているみたいで、快食快便快眠。お肌も髪もつやつやよ。
この五日間で二回もドレスの寸法を直さないといけないくらいに縦にも横にも大きくなったので、成長痛と筋肉痛との戦いだった。
それでも快眠できてしまう図太さ。
今後のことを考えて不安になっても、食欲は全く落ちないという鋼の心臓。
我ながらすごいと思うわ。
おかげで血色がよくなって目の下のクマが消え、頬も少しはふっくらしてきた。
まだまだ細いし十六歳にしては小さいけど、でかいやつには負けないぞ。
「巫子様、おはようございます」
神殿を訪れて神獣に自分の魔力を渡してからまずは重傷者の個室を回ることが、最近の私の朝のルーティーンだ。
こちらの建物には身元のしっかりした人たちであれば見舞客も、患者の世話をするための侍女や従者も立ち入りできるので、騎士団関係者しかいない向こうの建物より女性の比率が高い。
「おはようございます、デリラ様」
彼女は私より一つ年上のクレイグの妹だ。
クレイグと同じナイトブルーの髪とコバルトグリーンの瞳をしていて、傍にいる人まで明るくなるような笑顔の素敵な美人さんだ。
公爵が病に倒れたため、クレイグは王都にいるか危険な最前線で過ごすことが多く、夫人と彼女が屋敷と領地を守っている。
自分もいつ魔素病になるかわからない領地に留まる度胸と覚悟がある女性だ。
それでいて思い遣りがあって聡明で、使用人にも優しいんだよ? 完璧すぎない?
この世界に来てから今までは男ばかりにしか会えていなかったから、同年代の女の子の知り合いが出来たのは嬉しい。
「ちょうどいいところに来てくれたわ。父が松葉杖を使って散歩するって言いだしているの」
あのおじさんは、どうしてそう無茶をしようとするかね。
「もう痛みはないのかな」
「たまに強い痛みがある以外は、だいぶ楽になったみたい。食欲もあるのよ」
この五日間で重傷者もだいぶ元気になってきた。
若い人の中には、もう動き回れる人もいるくらいだ。
そういう人を見ていると、公爵も寝てはいられない気分になるんだろうなあ。
「デリラ、この松葉杖では……あ、巫子様」
部屋の入口に現れたデリラに声をかけた公爵は、私の姿を見つけてとっさに松葉杖を隠そうとした。
子供か!
「あ、巫子様じゃありません。なんで起きているんですか」
王弟であるラングリッジ公爵の個室なら、お高い家具が運び込まれて豪華になるんじゃないかと思っていたんだけど、予想に反していっさい何も運んでこなかったので部屋はがらんと殺風景だ。
公爵の部屋がこうなのに、他の人が贅沢なんて出来るわけなくて、どの部屋も同じような感じになっている。
「少しは体を動かさないと。出来るだけ早く復帰したいんだ」
「散歩なんて駄目です。突然歩くよりまずマッサージを受けて、リハビリ用の部屋で運動してください」
「リハビリ用の部屋!? そんな部屋まで完備されているのか!」
「おたくの息子さんが、いろいろ運び込んで作りました」
部屋を豪華にしない代わりに、運動用の部屋の充実度はすごいよ。
普段の怪我はポーションで治しているのに、リハビリなんて概念があったことが意外でクレイグに聞いたら、栄養剤代わりにポーション飲むなんてありえないって驚いていたわ。
「何をやっているんですか! ポーションばかり飲んでいると自然治癒力が衰えるし、体内の魔力過剰になって内臓の負担になるんですよ」
よっぽどまずかったのかフルンを怒りつけていたもんな。
眷属は、特にフルンは、もっと人間のことを調べなさいよ。
子育てをそんな適当にしたら駄目でしょうが。
「おお、それはいいな。ではさっそく」
「魔力吸収が先です。いっそ気絶するくらい吸収してしまいましょうか。あなたが無理をすると、他の人たちも寝ていられないじゃないですか」
「ううむ……」
私がラングリッジ公爵に文句を言っている間、デリラはにこにこしながら隣に立っていた。
あまりに楽しそうなので首を傾げてみせたら、
「素敵だわ。お父様がやり込められているのを見られるなんて思わなかった。さすが巫子様」
「ひどいじゃないか。娘なら少しは助けてくれ」
「いいえ。巫子様のほうが正しいので助けません。どれだけ私たちが心配したと思っているんですか」
死を覚悟していた重病人が、やっと面会出来ると聞いて会いに来たら、歩きたいだの剣がほしいだの我儘放題言っていたら文句を言いたくもなるよね。
でもデリラは文句を言いつつも嬉しくて安心して、廊下の端で泣いていたんだよな。
せっかく元気になった父親に涙を見せたくなかったんだって。
「魔道具をここに移動して。始めますよ」
「裁判が終わったら、うちの領地に行くんだそうだな」
作業している途中に公爵に聞かれて、目盛りから視線を外さないままうんうんと頷いた。
「屋敷に部屋を用意しておこう」
「私が行くのは結界近くの町にある騎士団駐屯地ですよ」
「……前線ではないか」
「だから行くんですよ。はい終わりました。ではまたお昼くらいに来ますね」
「待て待て。まだ話は終わっていない」
公爵に止められて無視はまずいので、魔道具を移動させてくれている騎士とアビーには先に行ってもらうことにした。
ヘザーだけは私をひとりにする気はないようで、しっかり部屋の隅に控えている。
「ならば町に屋敷を用意しよう。宿舎に巫子を泊めさせるわけにはいかん」
騎士団用の建物だから部外者はまずいのかな。
非常時なのに、そんなことを気にするなんて意外。
「巫子様、誤解してない?」
私の表情を見て笑みをこぼしながらデリラが言った。
「へ?」
「男ばかりの宿舎にあなたを泊めさせるなんて出来ないって意味ですよ。そちらの侍女も一緒に行くと言っていたじゃないですか。何か間違いがあったらどうするんですか」
あーー、そういうこと?
「え? ラングリッジ公爵騎士団ってそんな間違いを犯すような人がいるんですか?」
「いない! いないが巫子のような可愛らしいお嬢さんを、男ばかりの宿舎に泊めさせるなんてありえない。巫子の護衛部隊も作られたそうだし、町中に屋敷を借りてそちらに部隊を配置しよう」
「すぐにいくつか候補を用意しておきますわ。その中からお好きな建物をお選びください」
そんなことまでラングリッジ公爵家のお世話になるわけにはいかないでしょう。
私が住むための屋敷ならクロヴィーラ侯爵家が用意するべきよ。
「でも女性の騎士だっているじゃないですか」
「女性の騎士は全員、巫子の護衛部隊配属になりましたので宿舎をすでに出ています」
「じゃあクレイグの直属部隊からその部隊に護衛が代わるのね」
「そんなわけないじゃないですか。兄の部隊も普段は巫子のおそばにおります。ただ兄にはいろいろとやらなくてはいけないこともありますし、前線で戦う場面では部隊を指揮する必要もありますので、そういう時のための護衛部隊です」
デリラは騎士団の仕事をしているわけじゃないわよね。
まさか剣を振り回したりはしないでしょう。
その割にいろいろと詳しいんじゃない?
「デリラ、来ていたのか」
そこにクレイグ登場。
家族三人が揃うのを改めて見ると、よく似ているわね。
デリラは女性らしい顔立ちなのに、並んでいるふたりを見たら誰もが兄妹だなって思うだろう。
「お兄様、巫子様にお話していなかったんですか? 騎士団の宿舎に寝泊まりする気になっていたようですよ」
「はあ。少し考えればわかるだろう」
呆れた顔をされたんですけど。
「女性の騎士もいるなら平気かと思ったのよ」
「騎士と御令嬢では騎士たちの見る目が違う。ましてきみは健康になるにつれて可愛くなってきたと評判なんだ」
「まあ」
まじで?
そっかー。騎士たちにもわかるのか。
レティシアは顔の作りはもともといいもんね。
痩せすぎて不健康そうだっただけよ。
「嬉しそうだな」
「そりゃそうよ。それだけ健康そうに見えるようになってきたんでしょ。頑張った結果が出ればやる気になるってもんよ」
「そっちの部屋にも機材を増やした」
「ありがとう!」
クロヴィーラ侯爵家にも鍛えるための部屋を作ったの。
ストレッチ用のマットを敷いたスペースと、チェストプレスやレッグプレスマシンとよく似た器具が置かれているスペースのある本格的なものよ。
マシンは木製か魔獣の骨で作られている以外は、日本で使っていたマシンと共通している部分も多くて使いやすい。
「見て、お父様。お兄様が笑顔で女性と話しているわ」
「そうなんだが、話題が体の鍛え方や裁判の話ばかりなんだぞ。そんな話題を好む御令嬢は初めて見たぞ。巫子は我がラングリッジ公爵家になじみやすいタイプだとは思わんか」
「思います! 巫子様のようなお義姉様が出来たら素敵だわ」
デリラは何を言っているの?
私のほうが年下なのになんで姉なのよ。
「うむ。巫子のような娘が出来たら楽しいだろう。どうだ、クレイグの嫁にならないか?」
「父上!」
何を言い出すかと思ったら、とんでもない冗談だわ。
クレイグにだって選ぶ権利ってものがあるでしょう。
「そんな性急な言い方をしたら逃げられるじゃないですか。もっと時間をかけてですね」
「そうですわ。こういうのは外堀から埋めていくものです」
え? この兄妹、本人を目の前にして何を言い出しているの?
「ちょっと待ってください。私は誰とも結婚なんてしませんよ」
三人揃っていっせいに、こっちをガン見するのはやめなさい。
気の弱い子なら逃げ出すわよ。
「まだこの国がどうなるかなんてわからないのに、そんな先のことは考えられません。それに社交界なんて興味ないので公爵夫人なんて務まりません」
「俺も社交界に興味ないな」
そこでクレイグが同意してどうすんのよ。
結婚させられそうになっているんだから話を合わせなさいよ。
「ラングリッジ公爵家は結界の状況を見守り、紛れ込んできた魔獣を退治するのが役目だ。社交界なんぞに参加する必要はない。きみは何も心配する必要はない」
「私は自由に生きたいんです。今までは病弱で部屋からほとんど出られませんでした。だから、いろんな人に会ってみたいし、いろんな場所に行ってみたい」
「確かにお兄様より素敵な男性はいるかもしれませんわね」
デリラは冷静でよかった。
「巫子様の好みがわからないので断言はできませんけど、この国で侯爵家に釣り合う家柄で、容姿も性格も揃っている男性はかなり限られてきますよ。うちの兄より上の条件の男性はまずいません」
冷静だからこそ、そういうことを言い出すんだな。
そりゃ公爵家より上は王家だけだもんね。
「巫子、何も我々はきみを縛り付けようと思っているわけではないんだ。我が軍は魔素病と強くなってきた魔獣のせいで疲弊し、いつ戦えなくなってもおかしくないありさまだった。私もあとは死を待つだけだったのを、きみが救ってくれたのだ」
「感謝されるのは嬉しいですけど、その分、みなさんの魔力が神獣様の力になってくれていますので、恩に感じる必要はありません」
「私はきみが気に入った」
結婚するのはあんたじゃないだろう。
「クレイグ、なんか言いなさいよ」
「まだこういう話をするのは早いよな」
「はあ? 遅いか早いかの問題じゃないでしょ。ああ、私のスキルがあれば騎士団を強化できると思っているのね。いい? 結界が強化出来たら、私はもう魔法を使わないわよ」
「……魔法?」
「なんの話?」
クレイグに食って掛かっていたら、背後から素で驚いていそうな声が聞こえてきた。
「レティシア、確かに俺はきみがデコピンで男を気絶させるのを見た。きみが何か魔法を使ったんだろうというのはわかっているんだが、敵の動きもおかしくなっていただろう? それでどんな魔法かわからなかったんで、まだ何も話していないんだ」
墓穴を掘ったーーーー!