神獣の神殿へ 4
この場合アプローチの仕方を考えないと駄目なのかもしれない。
十五歳の男の子でしょ?
ずっと特別扱いされてきたプライドの高い純粋培養の子供……。
「……子供ねえ」
「は? 何を言っているんです? あなたとひとつしか変わらないですよ」
「考え方がこんなに幼い子を組織のトップにするから、神殿はまともに機能しないんじゃない? やり方は間違っていたけど神官長がいたおかげでどうにかなっていたのね」
ぐっと眉を寄せて睨んでくる大神官の背後で、神官長が期待を込めたまなざしで見つめてくる。
いや、あなたのやってきたことを許したわけじゃないから。
「きみだって眷属がいるからそうしていられるだけじゃないか」
「あたりまえじゃない。だからこうして自分の役目を果たしているのよ。そうじゃなかったら私なんてとっくに死んでいたわ」
「……」
「子供じゃないというのなら、もっと賢く立ち回りなさいよ」
無言になった大神官相手にこれ以上の追い打ちはやめよう。
彼にも立場ってものがあるから、これだけの人間の前で言い争っては駄目だ。
「ともかく結界を守るためにもお願いするわ。あなたが頼りなんだから」
「……ちゃんとやる。心配はいらない」
不安でしかないけど頷くしかなかった。
「その話はもういいかしら。他の人も報告があるかもしれないけど、先に私のほうの話をしたいんだけどよろしい?」
サラスティアが問いかけると、ずらりと並んで立っている背の高い男たちが、いっせいに頷いた。
サラスティアと大神官がベッドに並んで腰を下ろしているせいで、年上のお姉さんの部屋に遊びに来た男の子みたいに見える。
ヘザーは控室で休憩してもらっているので、ここにいるのはある程度の事情をわかっている人間ばかりだ。
「侍女長と執事が捕まったこと、彼らがオグバーンの指示を無視して勝手なことをして、レティシアの物を盗んでいたことをクロンに話しておいたわ。オグバーンの印象が思っていたよりも悪いみたいだと焦ったのか、どうにかサラを仲間にしようとして話が長くてね。めんどくさくなっちゃったから、眷属がいないと侯爵家の人は屋敷の外に出られないって言っちゃった」
色っぽいお姉さんがうふって笑いながら言ったら、誰も文句を言えないわよね。
クレイグやサンジット伯爵は表情を変えないでいられているけど、後ろに控えている騎士や魔道士は目尻が下がっている。
「サラは何も知らないただの侍女ということになっているから、よくわかりませんであとは押し通したわ」
「侯爵夫妻が王宮からの呼び出しを断るのも、眷属のせいで行けないってことにするの?」
「そうよ。眷属が表立って動き出したと広めれば、反国王派の貴族も動き出すんじゃない? 私たちには時間がないんですもの。早めに裁判所に働きかけて、外堀を埋めていこうってカルヴィンと打ち合わせしてきたのよ」
「それであなたたちは大丈夫なの? 今までは出来るだけ表に出ないようにしていたんじゃないの?」
「それがね、力が湧き上がってくるような気がするの」
「は?」
「レティが魔力を保護球に補充してくれたおかげだろう」
フルンが椅子の後ろに立ち私の頭に手を置いた。
「力が満ちてきた感覚があるんだ」
「僕もだよ。気分がすごくいい。きっと神獣様も何か感じているはずだよ」
おお、ちゃんと効果が出ているんだ。
よかった。何の変化もないのかと思ってた。
「止まっていた時間がやっと動き出したんだ。レティ、ありがとう」
アシュリーに改めて礼を言われて、照れくささを隠して笑いながら手を横に振った。
褒められたりお礼を言われたりした時、反応に困っちゃうのよ。
「だったら転移する必要はないのでは? 魔道省はいつでも王宮とやり合う覚悟ですよ」
話を聞いていたサンジット伯爵が言うと、
「我々も堂々と正面から入ってきます。神殿が神獣様の心配をするのは当然のこと。神獣省の者たちが行く手を塞いでくれたほうがおもしろいことになります」
大神官まで物騒なことを言い出した。
聖女を探すのは嫌なのに、この手の話はやる気満々なのか。
私より、みんなのほうがよっぽど好戦的じゃない。
「そうね。じゃあ、この後またクロヴィーラ侯爵家でカルヴィンと打ち合わせるから、あなたたちも一緒に来て。信用出来そうな人間を味方に引きずり込みたいの」
国王に対抗するために、こちらも勢力を拡大していくってことよね。
どうせ私にはそういう駆け引きは無理なんだから、神獣の力を回復するのに専念すればいいだけだ。
うろうろできるような体調でもないし、さらわれたりでもしたら大変だし。
「でもラングリッジ公爵家はまずいんじゃないの? 王位継承権も絡んでくるから微妙な立場になるんじゃない?」
ちょっと心配になって聞いてみたんだけど、クレイグに今更? って笑われた。
「国王に歯向かう気がないと証明するために無茶な要求でも飲んできたせいで、我々は多くの騎士を失い、父上は病に倒れたんだ。それなのに国王が私欲のために好き勝手していたなんて許せるものか」
クレイグの言葉に控えていた騎士たちが頷いた。
「国王と敵対することになったとしても、我らは国のため、神獣様のため、そして神獣の巫子のために戦う。この場の警備は任せてくれ」
「よし、役割の分担を調整しよう。魔道省からもっと仲間を連れてくる。大魔道士が動くはずだ」
「神殿からも人を寄越そう。信者にも国王が何をしたか広めたほうがいいだろうな」
もうすっかり国王を玉座から引きずり下ろす気になっているな。
私もそのつもりだったけど、周りの熱意が高まって具体的な話になったら冷静になってきたというか、心配になってきた。
だってこれ、ひとつ間違えたら内戦よね。
それとも神獣と神殿を敵に回した時点で、内戦にもならないのかな。
闇属性の魔力が王都にも広がっているって知ったら、貴族もこっちにつくのかしら。
「明後日にはクロヴィーラ侯爵夫人のお見舞いに、噂好きな御婦人方が来るそうよ」
「はやっ」
「それだけ注目を集めているの。楽しくなってきたわね」
話し合いが終わるとすぐ、サラスティアはクレイグと大神官とサンジット伯爵を連れてクロヴィーラ侯爵家に戻り、それぞれの補佐官たちは任された仕事をするために帰って行った。
聖女を探すほうにも大勢の神官を向けてくれているらしいんだけど、本当に大丈夫でしょうね。
「神殿の影響力のすごさを見せてあげるよ」
大神官は私にライバル心でも芽生えたのか、ふんっと顔を背けてサラスティアについて行った。
そういうところが子供なのよ。
一方、サンジット伯爵のほうは、
「これから何度も顔を合わせることですし、私のことはイライアスと呼んでください」
と、さわやかな笑顔付きで言ってきた。
「じゃあ、私もレティシアで」
「いえいえ、巫子は巫子です。そうやって呼ぶことで周りにあなたの立場をしっかり認知させていきましょう」
「はあ」
「イライアス、行くぞ」
「クレイグの機嫌が悪くなるのも面倒です」
「はあ?」
よくわからないけど、彼らとの距離感がまた近くなった気がする。
実際に魔力を吸収して魔素病の悪化を防げると示したことで、神獣の巫子の存在意義を証明できたおかげで、私の価値が高くなったんだろう。
今のところ、私はちゃんとやれている。大丈夫。
その日は早めに作業を終わらせて、屋敷に戻って休んだ。
クーパーは私にたくさん食べさせて太らせようと一生懸命だ。
固形物が増えてきたし食欲も出てきたので、明日はいつでも摘まめるように軽食やお菓子を用意してくれることになった。
成長痛がひどくて寝付くのに時間がかかった以外、特に問題なく眠りについて、翌朝もすっきりと起きることが出来た。
体のほうは筋肉痛でロボットのような動きになっているうえに膝がときおり痛むけど、それだけまた動けるような体に近づいているんだと思えば耐えられるわ。
フルンに連れられて神殿に向かったのは、まだ早朝と言ってもいい時間帯だった。
私としてはかなり早めに動き出せたと思っていたんだけど、朝食を終えて神殿に向かうと、すでに重病人用のベッドが運び込まれて、ホールの一角にずらりと並べられ衝立で区切られていた。
「多いわね」
「これでもだいぶ減りました。今は十五人です」
アビーの返事を聞いて一気に心が重くなった。
魔素病のせいで何人の患者が亡くなっているんだろう。
「おはようございます、巫子様。患者を起こしてもよろしいでしょうか。それとも眠らせたままがよろしいですか?」
今日もまずは体内の魔力を減らすために、神獣の元に行こうとする私に医師が話しかけてきた。
「眠らせたままの場合、MPポーションが飲ませられないのでは?」
「点滴があります」
「そうなの?」
この世界の医学ってどの程度のものなんだろう。
確か、高価なポーションを買うお金のない平民が、病院に行くって話だった。
医師は必要なポーションを必要な分量だけ分けて売ってくれるから人気なんだって。
「天候がこうですから薬草も全て輸入になってしまうため、薬の値段がとんでもないことになっているので、患部に直接薬を送り込むことで使用量を減らす研究が進んでいるんです」
「ということは、お腹を切り開いてクスリを塗ることも?」
「そんなことをしたら、その傷口を治療するための薬も必要になってしまうじゃないですか」
お腹を切り開くなんて女の子が言い出すなんてと、ものすごく驚かれてしまった。
点滴はあっても手術はないのか。
「眠らせているのは痛みがあるから?」
「はい。ですが魔法が切れれば目覚めてしまいます。そろそろ患者が目を覚ます時間なので、魔法をかけたほうがいいかどうか確認したいと思いまして」
「なるほど」
痛みがひどくて会話になるかはわからないけど、治療が始まるということは教えたほうがいい気もするのよね。
「説明はしてありますか? まだでしたら私が治療するのを見てもらって、少しずつでもよくなる可能性があると知らせてほしいです」
「承知しました。痛みのためや魔素病のために、暴れる患者もおりますので注意してください」
昨日と違って、消毒液の匂いがきつい。
昨日治療した騎士たちは今日はいないので、話は聞いていても自分もよくなるのか期待と不安が入り混じった目で、こちらを見てくる人たちにまた囲まれている。
特に今日は重病人がいるために、昨日より深刻な表情の人が多い。
「私は大丈夫。それより魔力が極端に減る負担は大丈夫?」
「横になって休んでいるので問題はないと思われます」
「何回も薬を使うのはまずいでしょうから、自然回復でもかまわないので、魔力がある程度溜まったら何度でも抜いていきましょう」
「はい。よろしくお願いします」
神獣は相変わらず変化なし。
一番元気になっているのは私かもしれない。
今日はヘザーを休ませたので、エリンが魔道具を移動させてアビーがカルテを記入してくれる。
「……まだ……生きて……いたの……か」
私が神獣に魔力を渡している間に、重病人たちが目覚めたようだ。
案内されて向かったベッドには痩せて目が落ちくぼんでいても、威厳を損なわずまなざしに力のある男性が横たわっていた。
つらそうな顔でベッドの横に立っているクレイグに面影がよく似ている。
この人がラングリッジ公爵か。
「父上、魔素病の治療法が見つかったんです」
「もう……無駄な期待に……すがりつ……くな」
痛いんだろうな。
冷や汗で額が濡れている。
これはさっさと治療してしまったほうがいいわね。
「今度こそ治るんですよ」
「クレイグ、ちょっと横にずれて。エリン、魔道具をここに。ラングリッジ公爵失礼します。腕を動かしますよ」
「……治療……無駄……早く……死を」
「他にも治療を受ける人が周りにいるのに、あなたがそんな台詞を吐いては駄目でしょう」
ここは診療する場で私が医者のようなものなんだから、ここでは私のほうが偉いの。
「三日ください。三日経っても痛みが減らなかったら、私が責任をもって殺してあげます」
「レティシア!」
「……女の子……そんな……」
女だから何?
時間がもったいないんだからぐだぐだ言うな。
「父上、俺からもお願いします。三日経っても駄目なら、俺が全て終わらせます」
「はーい。ふたりともちょっと待ちなよ」
アシュリーが私とクレイグの間に立ち、両手を広げて私たちを抱き寄せてきた。
「ひさしぶりだね、公爵」
「ア……シュリー……様」
「いいから寝ててくれ」
その状態で起き上がろうとするのにびっくりよ。
きっと頑固な親父なんだろうな。
「三日経っても変化がなければ、僕が一瞬で楽にしてあげるよ。だから、今は神獣の巫子の指示に従ってくれないか。レティはすごい子なんだ」
「何を言ってるの、アシュリー。治療するのは決定事項よ。神獣様の力を回復するためには、公爵の魔力も必要なの。ほら、腕を出しなさい。アシュリー、魔道具に掌を当てさせて」
「レティ、優しさが足りないよ?」
「長引かせると他の患者も寝かせてあげられないのよ」
さくっとやるわよ、さくっと。
「きみは、すごいな」
クレイグにしみじみと言われたので、得意げに胸を張ってみせた。
呻いている患者全員を治療していかないといけないんだから、迷ってなんていられないのよ。




