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中身が入れ替わった悪役令嬢    3

 その後、女神にレティシアの記憶をインプットしてもらって、さっそく新しい世界に旅立った。

 物語で見た異世界に行けるというので、ちょっと期待はしていたのよ。

 レティシアの境遇は知っていたけど、それでも日本とはまるで違う生活様式で魔道具がある世界なんて聞いたら、好奇心がうずくでしょ。


 あっという間に後悔したけどね。

 記憶の中にあった屋根裏のイメージより、現実は狭くてぼろかった。


「侯爵令嬢が住む部屋じゃないよ」


 祖父母のおかげで孤独でも居心地のいい家があった分、私の幼少時代の方が何倍もましだ。

 広さはだいたい三畳くらい? シングルベッドと木製のひとり用のテーブルとイスで、部屋はいっぱいいっぱいだ。

 廊下に続いている木の扉は壊れた個所に板を打ち付けてあり、今はドア枠に収まっているけど開けると斜めになるらしくて、床の一部が削られてしまっている。


 部屋の奥の壁一面が収納になっているみたいだから、そこにレティシアの荷物があると思いたい。

 だって個人的な持ち物が全くないんだよ?


「あーー、そうか。中世風ってことは家具もあの時代の感じ? ベッドマットにスプリング入っているとか? いえ、それはもっと最近ね。羽毛? 綿? まさか藁?」


 ベッドに手をついて力を込めて押してみた。

 スプリングも何もクッション性なんてものはまったくない。

 

「畳の上に薄い布団を敷いたらこんな感じかも。……こんなんじゃ眠れない」


 現代人のやわな体は、こんな固いベッドで眠るようにはできていないよ。

 もしかしてこの厚みが五センチくらいの座布団みたいなやつが枕?

 しかも小さいのよ。

 子供用なんじゃないの?

 これじゃ足を伸ばして眠れないでしょうが。 


「ひど……」


 唯一の救いは、掃除がきちんとされていて埃ひとつなく綺麗なことだけだ。

 狭くて暗くてぼろい、たった三畳のこの屋根裏部屋で、レティシアは十六年の人生のほとんどを過ごしてきたのか。

 私の部屋で生活できるようになっただけでも、カルチャーショックで興奮しているだろうな。

 その様子を想像したら少しほんわかできたけど、それも一瞬だ。


「まずは、もっといい部屋を確保するわよ……って、さむっ!」

 

 小さな一つだけの窓の外は薄暗くて、ときおり風でガタガタと揺れた。


『狭い部屋でしょ』

「うわ、びっくりした」


 背後から女神の声が聞こえて飛び上がりそうになった。

 振り返ると、いつの間にかこの部屋には不釣り合いな姿見が、テーブルの横に出現していた。


『何を驚いているのよ。打ち合わせはまだ終わってないでしょ?』


 鏡の中に映し出されているのは、先ほどまでいた白い世界だ。

 区切られた鏡の中に映し出されているせいで、TVを見ている気分になってきた。

 これがドラマだったら、どれだけよかったか。

 

『今はこの世界の時間を止めているけど、私があまり長く干渉するのはよくないわ。さっそく続きを始めるわよ』

「はいはい。……?」


 鏡の前に椅子を持ってきて座ったら、女神もいつの間にかソファーを出現させて座っていた。

 私は足の長さが不揃いでガタガタしている椅子に座っているのに、女神の座るソファーはとっても座り心地がよさそうだ。


『もう一度確認するわよ。あなたがしなくてはいけないのは、第一に神獣の力を取り戻すこと』

「あ! どうも違和感あると思ったら、声が頭に直接響いているんだ!」

『いまさらそんなことで驚く必要ある?』


 驚くことくらい好きにさせてよ。

 これで驚かなかったら、感情がだいぶ麻痺しているんだと思うわよ?


「力を取り戻すのはわかったわよ。神獣は無属性だから……あー、レティシアの記憶にあったわ。闇属性からこの国を守るために魔力を使用している分、無属性の魔力を補充する必要があるのね」

『その補充をするのが世話役の役目なのよ』

「先生!」

『はいどうぞ』

「なぜ神獣だけ無属性にしたんですか? 他の属性にすれば問題は起きませんでしたよね」

『説明しなかった? 試しにこの世界を運用してみたら、予定より闇属性が強力でね。結界があってもこちらに染み出してきて、かなりの範囲に影響が及んで人が住めないとわかったの。それで困っていた私のために他の世界の神様が、神獣をくれたのよ。属性のない魔力に満ちている世界から来たから、神獣は無属性なのよ。』


 それはもしかしなくても、他所の世界の神のおかげでどうにか順調に運営できただけで、この世界は最初から問題だらけだったってことじゃない?

 それなのに暇だからって、異世界で遊んでたの?

 その結果、この大ピンチを招いた?!


『もうその話はいいの! ちゃんと反省して、こうして頑張っているでしょ?』


 頑張るの、私なんだけど。


『あなたは神獣と同じ無属性で、どんな属性の魔法も無属性に変換できるスキルを持っているわ。眷属もいることだし、神獣の力を取り戻すのは簡単なはずよ』

「力を取り戻すのはわかったけど、神獣の力が弱まったことで具体的にどんな問題が起きているの?」

『あなたが生まれた日から今日まで、晴れた日が一日もないわ』

「はあ?!」


 今日も外は激しい雨なのよ。風も吹いて寒い。

 こんなのがずっと続いているの?

 それなのに神獣の力が弱まったままで、何も対策を考えていないの?

 はあああ?


「どうしてこんな設定にしたのよ!」

『まさか、実際に世界が小説の通りになると思わなかったからよ。このままじゃまずいから、あなたをこうしてこの世界に拉致してきたでしょ!』


 拉致って言ったよ、この女神。


『あなたはともかく自分の役目を全うすればいいの! 神獣が元気になったら、神殿と協力して聖女を助けて結界を強化する。ほら? 簡単でしょ?』


 今だけは、女神を殴っても許される気がする。


『大丈夫よ。私が言った通りの手順で何日か動けば、環境がガラッと変わるようにしてあるから。あなたが昏睡状態から目覚める場面まで巻き戻したから、そこから先は自由にしていいのよ』

「前は目覚めないまま死んじゃったのよね?」

『そうよ。バタフライエフェクトって怖いわね。さて、そろそろレティシアになってもらわないと』


 レティシアの記憶はインプットされたけど、私の体はまだ元のままだ。

 服もそのままなので、この世界では浮きまくっている。

 この顔もこれで見納めか。

 あの両親の血を受け継いだ体がなくなっても、なんの感慨もないな。


『ベッドに座ったほうがいいわ。川で溺死しかけてから十日間意識不明の重体だった体になるんだから、ベッドが安全よ』

「そんな体にしないでよ。何もしないうちに間違って死んだらどうすんのよ。体力回復する時間がもったいないでしょ」

『……まあ、そうね。じゃあ、平常時のレティシアの体にするわ。でもベッドがいいわよ』


 平常時でも椅子に座っていられないってこと?

 体が弱いって言っていたけど、そんなにひどいの?

 ……痩せていたもんなあ。


『いくわよ』


 突然、がくんと体が重くなった。

 ……だ、だるい。

 ベッドに座って体を支えている腕がつらい。


「なにっ……ごほっ! げほっ!」


 ううう……咳をするとあばらがきしむ。

 なんだこれ。体重はずっと軽くなったはずなのに、体を動かすのが大変だわ。


「リ……リハビリしなくちゃいけない体だわ」

『それでも死にかけたときじゃなくて、その少し前の体調に戻したのよ。生まれてからずっと、この狭い屋根裏と部屋の前の廊下くらいしか自由に使えなかったから、筋力が極端に弱いのね』

「食事は? まともに食べて……これ?」

『神経がまいってしまって、食欲がなくなっていたの』


 拒食症だろそれは。

 くっそう。ここから健康体にするのに何か月かかる?

 いや、年単位の時間が必要でしょ。


『そんな時間はかけていられないわ。しかたない。ランクBまで魔力を戻してあげるわ』


 一瞬目の前が白くなった後、すっと体が軽くなった。

 だるさも少し楽になり、呼吸しても肺が痛くない。


「た、助かったー」

『楽になったからって無理をしちゃだめよ』

「しようとしても出来ないでしょ。内臓も骨も弱っていそう」

『そのあたりはこれを使いなさい』


 液体の入った小さな瓶が空中に現れ、ばらばらとベッドに落ちた。


『最上級のポーションよ。たいていの怪我は瞬時に治るわ。毎食後に飲んでみて』

「ポーションをサプリメントや栄養ドリンクと間違えてない?」


 すごい。これがポーションか。

 しかも最上級って、買ったらいくらするのよ。

 使わないで売ったほうが儲かっていいんじゃない?


『だいぶ時間を使ってしまったわ。さて、あなたを守ってくれる人を紹介するわよ。彼はフルン。神獣の眷属よ』


 鏡に映った私のすぐ横の空間に、急に細かいモザイクがかかったような歪みが現れた。

 慌てて立ち上がり、少し距離を置きながら観察していると、モザイクは徐々に薄れ、消えた時には背の高い綺麗な男性が立っていた。


「うわ、やばい。この人、本当に生き物なの?」

「これが新しいレティシアですか」


 フルンという名の彼は、不思議な虹彩の金色の瞳をした人形のように整った顔の男性だった。

 背が高く細身で、顔つきもシャープな印象だ。

 目が少し細めで切れ長のせいか隙のない近寄りがたい雰囲気で、黒髪に黒いスーツ姿なので、殺し屋みたいだと思ってしまった。

 たぶんこれは執事とか侍従の制服よね。


『この子なら、しっかりやれそうでしょ?』


 女神に聞かれたフルンが私の顔をじーっと見つめてきた。

 うはー、やめて。顔が赤くなるから。

 そんな綺麗な瞳に私の顔を映しちゃいけないわ。


 やだ。この空間、顔面偏差値高すぎ。

 女神とフルンの間に私がいるって、場違いすぎていたたまれない。


『あなたはもうレティシアなんだってことを忘れてない?』


 そうか。レティシアは細すぎるだけでけっこう美人だった。

 場違いなのは、本来の私の顔だけか。

 くそう、悪かったわね。


『誰もそんなことは言っていないでしょう』

「どうしたんです?」


 彼は私の頭の中までは覗けないのね。


『出来るのは私だけよ』


 よかった。

 みんなに覗かれたら、考えることも出来なくなって狂ってしまう。


『彼女はなかなかに厳しい世界で、子供の頃からひとりで生き抜いてきた子なの。修羅場も経験しているから頼もしいわよ』 

「それはいい。現状はかなりひどい状態ですからね」

『頭の回転も速いし、口もよく回るわ』

「神獣様が大変喜んでおいでです」

『ふふふ。今度こそ上手くいくわよ』


 まったく褒められている気がしない。

 でもいいけどね。

 この部屋を見て、レティシアの体調のひどさを実感して、代理復讐に対するやる気がめらめらと燃えてきたから。


『じゃあ私はそろそろ行くわ。がんばって』

「あ、ちょっと。神獣とはまだ話せないの?」


 焦って立ち上がったら、ぼきぼきと膝が鳴った。


「……この身体、大丈夫でしょうね」

『ポーションがあるでしょ?』


 不安しかないんですが!

 このまま寝たら、ご臨終になって、またあの世界で女神とご対面にならないでしょうね?


『詳しい事情はフルンに聞いて。サラは女性だから、何かあったら相談すればいいわ。あなたが魔力を取り戻すまでは彼らが神獣との連絡係になってくれるわよ』

「彼は神獣と会話出来るの?」

『眷属だって話したでしょ。心配しなくても、打ち合わせた通りの項目をクリアしてくれればハードモードは終わるから、あとは楽しく生きてちょうだい』


 ゲームみたいね。

 眷属はチュートリアルのお助けキャラみたいなものか。

 

 鏡が一瞬光を反射するようにきらめくと女神の姿は消えて、痩せっぽちな少女が映し出された。

 髪がぼさぼさで、細いせいで手足の長さが際立って見えるのに、色褪せた服は丈が短くて脹脛(ふくらはぎ)までしかないから、みすぼらしいだけじゃなくて病気で今にも死にそうな人に見える。

 ああ、死にかけていたんだから当たり前か。 


『時間を動かすわよ。いい?』


 姿が見えなくなっただけで、普通に話しかけてくるのね。


「…………」

「…………」


 え? 私が答えるの?

 肝心なことをまだ何も聞いていないんだけど、打ち合わせはもう終わり?

 えーっと、これからどうすればいいんだろう。

 人外美形と急にふたりっきりにされても困る。

 何を話せばいいの? うう……気まずい。


「ベッドに座るか寝たほうがいいぞ」

「そ、そうね。じゃあ、遠慮なく」

「まずは妖精に紹介する」


 おお、ファンタジーっぽくなってきた!


「妖精ってどんな姿なの? 羽根は生えてる?」

「会えばわかる」


 うわー、愛想なーい。

 綺麗な顔だから無表情だとものすごく冷たい印象になるのに、にこりともしないのよ。

 こんなイケメンじゃなくて、気さくで明るい女の子を用意してくれればよかったのに。

 サラって人は話しやすい人だといいな。


「ひとまず私は何をすればいいの?」

「なぜ俺に聞く?」


 え? 教えてくれるんじゃないの?

 ここからは自分で考えろってこと?

 あれ? 何か今レティシアの記憶が蘇ったぞ。

 なんでレティシアは王妃と面会してるんだ?


「ねえ、レティシアは王宮に……」

「ちょっと待て」

「なに?」


 顔を上向けて、どこか遠くを見ているようなまなざしでフルンが黙り込んだ。

 今は話しかけると邪魔になりそうなので、ベッドに上り、毛布を肩まで引っ張り上げて寝心地のいい体勢を探してみたけど、とても無理。

 このベッドでは睡眠不足になってしまいそうだ。


「……神獣様は、今は自分を守るために動くようにとおっしゃっている。家族との関係がこのままではまずい。神獣様や国王については、力を覚醒させた後に考えた方がいい」

「わかった。いっぺんに全部は確かに無理だから、まずはこの屋敷の中で生き延びるために動くのね。ということは……レティシアは危篤だったのよね?」

「そうだ」

「じゃあ目覚めたって家族に知らせてもらおうかな」

「待て。そういう話はサラが戻ってきてからだ。そろそろ戻ってくるはずだ」


 眷属のひとりであるサラは、レティシアの一回目の人生から侍女として傍にいた。

 最後に伝言を頼んでいたってことは、レティシアにとって大事な人だったんだろう。

 フルンは二度目の人生から関わっているんだっけ?

 だから関係性が薄いのか、この愛想のない性格のせいで親しくならなかったのか、まだよくわかんないな。

  

「少しだけ魔力を取り戻しているんだな」

「女神がランクBまで戻してくれたの」


 気付いてみれば、意外と普通にフルンと会話が出来ていた。

 ただし、引き継ぎ事項というか状況説明というか、会社の上司か先輩と仕事の話をしているみたいな会話だけど、こんな美形が上司なら会社だって楽しくなるさ。

 見ている分には最高の相手よ。


『ちょっと、時間を動かしていいの?』

「あ、まだ動かしてなかったのか。お待たせしました」

『はーい。スタート』


 気力を根こそぎ奪うようなやる気のない声をださないでよ。

 私はたった今この瞬間から、レティシアとして生きていくのよ。


「男なのに聖女として異世界召喚されたんですが、相棒の気功師のために戦います」

https://ncode.syosetu.com/n4853hy/

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