神獣の巫子覚醒 3
「レティシア!」
興奮冷めやらないままに話している私たちの元に、カルヴィンが血相を変えて駆けつけてきた。
まずい。カルヴィンに何も言わずに派手なことをしてしまった。
言わなくちゃいけないわけじゃないけど、ここにはクレイグもいるし神官たちや魔道士たちも集まってきてしまっている。
家族であるカルヴィンが何も知らされていないって、誤解される状況じゃない?
「大丈夫か? 光っていたのはきみだよね」
「魔道具が壊れて、一度に魔力が戻ったせいで光になって溢れたみたい。体の調子がとてもいいのよ」
ごめん。何を言っているのか自分でもわからない。
「それはわかる」
わかったの!?
「僕もこの屋敷に来てからの体調の悪さが一瞬で消し飛んだ」
「体調が悪かったの? ずっと?」
「ちょっとだるかったくらいだから大丈夫だよ」
あの魔道具は魔力の強い人ほど影響を受けるそうだから、侯爵夫妻も今頃は体調の変化に驚いているのかもしれない。
そうか。レティシアほどではないにしても、彼らも体調がずっと悪かったのか。
じゃあ、大神官やクレイグも屋敷に来るたびに体調が悪くなっていたんじゃない?
それで魔道具が隠されているって、あんなに確信を持って探していられたのか。
「きみは部屋に戻ったほうがいい」
「……そのようね」
周りに集まってきた人たちは、私のスキルで魔素病がある程度は治せると知っている人ばかりだから、期待がひしひしと伝わってくる。
目の前で魔力を取り戻すのを見ているせいで、余計に神獣の巫子という存在が特別に感じられているのかも。
「戻ろう」
フルンに言われて頷くと、瞬きをする間もなく、周囲の景色が変わって自分の部屋に戻っていた。
初めて転移魔法を見た人もいたんだろうね。
窓の外から歓声が聞こえている。
「レティシア様!?」
部屋にいたヘザーが驚いた様子で駆け寄ってきたので、彼女も転移魔法にまだ慣れないのかなと思い、笑顔で応えようとしたんだけど、それより早くまじまじと私の顔を見ながら、
「急に太りました?」
とんでもないことを呟いた。
病的に痩せ細った私には嬉しい言葉だからいいんだけど、でも何かもう少し言い方ってものがあるのでは?
「え?」
「ああああ、申し訳ありません。頬のあたりがふっくらなさって、顔色もとてもよくなっていて可愛くなっています」
「うそ。鏡は? 鏡!」
姿見を見つけて駆け寄り、両手で掴んで自分のほうに向けながら鏡を覗き込む。
たしかにげっそりとこけていた頬がだいぶましになっている。
さっきまでは落ち窪んでくすんだ色をしていた目の周りの皮膚も、すっかり若々しい張り詰めた肌になっているじゃない。瞳の輝きだって違って見えるわ。
「腕も! ちょっとだけど筋肉がついてる。足も!」
全身はどうなんだろう。
腹筋は?!
「レティ、フルンがいるのよ」
「あ」
ドレスをめくり上げたら、サラスティアに慌てて止められた。
「ごめんなさい。筋肉に夢中になってた」
スカートを下ろして、皺を直すふりをして無駄に撫でる。
「あなたねえ」
「サラスティアやフルンがいると、安心しちゃって気が緩んじゃうみたい」
「それはまあ仕方ないけど」
ふたりが顔を見合わせて、照れくさそうに笑ってくれたからよしとしよう。
太腿くらい見えたとしても、子供の足なんてフルンは気にしないでしょ。
「ヘザー、強く見えるドレスを持ってきて」
「強く……ですか?」
「このあと侯爵夫妻との会合があるのよ。そこで相手に子供っぽく見られないような、強い大人の女性風に見えるドレスを持ってきてほしいんですって」
困った顔をするヘザーの肩に手を置いて、サラスティアが説明してくれた。
「かしこまりました。サイズも確かめたほうがいいですね」
「これからまだ育つでしょうから、しばらくは手直しをしてきたほうがいいんじゃないかしら」
「はい。ではすぐにお持ちします」
手直しをしないといけないほど体格も変わっているように見えるのね。
確かにウエストや腰ががちょっときつくなっているかも。
「俺は神獣様のところに一度戻って報告してくる」
「フルン、話し合いが終わったら私も行くからね」
「わかった。迎えに来よう」
フルンは今まで見たことのない明るい表情で頷いた。少し笑っていたかも。
ようやく神獣様の力を取り戻すために動き出せるんだもんね。
みんなからガンガン魔力を吸って、神獣様にガンガン届けるわよ。
男性の目がなくなったので、さっそくドレスを脱ぎ捨てて下着姿で鏡の前に立ってみた。
横を向いたり、お腹に力を入れてみたりして変化を確認して、にんまりと口元が緩んだ。
そんなたいした変化じゃないんだ。ちょっと肉がついたような気がするってだけよ。
でもその小さな変化が嬉しい。
これからは普通に食べて、普通に動いて、普通に鍛えられる。
筋肉の少なさは魔法でカバーすればいいんだから、日本にいた頃と同じように動けるようになる日はそう遠い未来ではないはずよ。
弱いままでも、守ってくれるから大丈夫だって周りは言うでしょう。
神獣の巫子だからと姫扱いしようとする男だっているに違いない。
でも私は最前線に立つのよ。
いざという時に他人に守ってもらっていたら、周りの足を引っ張ってしまうわ。
それに土壇場で、自分の命の危険を犯しても私を守ろうとするやつなんて本当にいるもんですか。
『眷属がいるじゃない』
何言っているのよ。眷属は神獣のために戦えばいいの。
私は自分の足で立って、自分のこの手で戦うわよ。
そのためにも鍛えないとね。
強化スキルで能力を底上げできるとしても、元の能力が高いほうが強くなるんだから。
元々レティシアは悪役令嬢で、闇属性に目覚めたラスボスだったんでしょ?
私は魔王じゃなくて、覇王を目指すのよ!
「レティシア様? 拳を握りしめてどうしたんですか?」
「あ、ヘザー。えっと、筋肉がどのくらいついてるかなって。見て見て。こんなふうに動いても苦しくないのよ」
その場で足踏みして見せたら、サラスティアが呆れた顔でため息をついた。
「筋肉は今は忘れて着替えなさいな。カルヴィンが来ちゃうわよ」
「はーい」
三十分ほどしてカルヴィンが部屋に来た時には、私は着替えて化粧もして、準備万端で待機していた。
ヘザーが選んだのは首まで隠れるハイネックのドレスで、襟と袖口に生地と同じ色のレースがついている以外は、まったく飾りっ気のない黒に近い紫色のドレスだった。
これぞ、悪役令嬢って感じで最高だったので、血の色のルビーのペンダントをつけようとしたら、サラスティアに却下された。
「もう少し若々しさが必要よ。このラブラドライトのアクセサリーにしなさい」
「なにそれ?」
「光の加減でいろんな色に輝く希少な石よ。無属性の魔力を持つあなたに似合うと思わない?」
アクセサリーとか、コーディネートとかよくわからないから、サラスティアの意見を聞いておいてよかった。
「驚いた。魔力が戻ったからか、すっかり年相応になって綺麗になったね。ああ、その石は虹色に輝くと言われている石だね。この国の二十歳以下の子は虹を見たことがないんだけど、話だけは聞いているよ。神獣様が力を取り戻したら見えるのかもしれないな」
カルヴィンには喜んでもらえたみたい。
虹を見たことがない……か。
いいじゃない。虹色の石。
この天候が回復して日がさせば、きっと各地で虹が見られるわよ。
「この石、気に入ったわ」
「じゃあ、その石のアクセサリーを商人に持ってこさせよう」
「たくさんはいらないの。私の首はひとつなのよ。それより行きましょう」
「待ってくれ」
先程までとは違って真面目な顔つきで、カルヴィンは部屋を出ようとした私の前に回り込んだ。
「すぐに神獣様の力を取り戻しに神殿に行くんだってね」
「……ええ」
私も真顔になってカルヴィンを見返した。
「多くの人が、きみが魔力を取り戻す場面を見ている。感動してきみの役に立ちたいと言い出している者もいるようだ」
「別にいいんじゃない? 味方は多いほうがいいわ」
「もちろんそうだ。でも忘れないでくれ。彼らは自分の見たいきみしか見ない。大神官と同じような立場になったきみは、神獣様を救い、この国を救う存在だと思われている」
そんなことは言われなくてもわかっている。
私はそのためにこの世界に連れてこられたんだから。
「クレイグもサンジット伯爵も大神官も、それぞれ大きな組織のトップで、守りたい命をたくさん抱えている。出来るだけきみと親しくなって、優先的な立場できみの力を使ってもらおうとするだろう。彼らは決して卑怯なことをする男たちではないと思うけど、彼らのやさしさには意味があるということは忘れないでくれ」
「あー、そういう話ね」
何を突然語りだしたのかと思った。
そういう心配をしていたのか。
「大丈夫よ。彼らの特別扱いは魔素病を治療してほしいからだとわかっているから。クレイグなんて父親も危ないんでしょ? 騎士にも魔素病になっている人がたくさんいるみたいだから、不安になった家族から苦情がきたり、辞めたいって人もいるんでしょ?」
「そのようだ。最前線の街はもう人が住めなくなるくらいに状況が悪化しているから、きっと彼らの騎士団も追い込まれている状態なんだろう」
それでも私の傍にいるのは、出来るだけ早く魔力を取り戻させて、仲間の治療にあたってもらいたいからだったんだろう。
いいじゃない。おかげで助かっているんだし。
今後のことを考えても、いい関係を築いておきたいのはお互い様よ。
「でもそれも聖女が見つかるまでの話よ。完璧に病気を治療できる絶世の美女が現れたら、そっちにみんな行っちゃうでしょ」
「そんなことはないだろう。きみだって綺麗だ」
「家族だからそう言うのよ。骸骨みたいな女の子じゃ、誰も相手にしないってわかってる。でもこれから太るけどね。本当にすっかり元気なの」
「よかった」
カルヴィンだってまだ恋人がいないんだから、聖女に夢中になるかもしれないけど、私は侯爵家を出ていくからそれでも問題はないし、敵にならなきゃそれでいいの。
「もういい? だったら」
「きみは誰も信用していないんだね。僕のことも」
「…………そうね」
気をつけろって話したのはあなたなのに、がっかりした顔をするのはおかしいでしょうが。
あなただってクレイグたちと同じ、侯爵家を守っていかなくちゃならない立場なんだから、そのために私と親しくなろうとしているんじゃないかと考えるのは当たり前よ。
「違うよ。きみはぼくが守らなくちゃいけない相手の優先順位一位なんだよ」
「私はひとりでも」
「妹を守りたいと思うのって当たり前だよね」
「……それはまあ、そうね」
「きみは侯爵家を存続させたいんだろう? だったら親が当てにならないんだから、僕らは協力しないといけない」
「あなたを頼りにしていないわけじゃないのよ。さっきは散歩に行くときにクレイグが近くにいただけで……」
「だったら、どうして騎士の中にオグバーンの手の者がいたと言わないんだ?」
「あ! 忘れてた」
「は?」
その後の魔力を取り戻したことのほうが印象に強すぎて、すっかり記憶から消し去っていたわ。
そういえばあほな五人組がいたっけ。
「レティシア……本当に忘れていたのかい?」
「そうなのよ。だって魔力を取り戻して、すっかり元気になって、筋肉がついたのよ」
「嘘だろう」
「嘘じゃないわよ。ちゃんと筋肉がついたのよ」
「そっちじゃない」
「無理無理」
話を聞いていたサラスティアが、笑いながら近づいてきた。
「この子は今、健康になって自分で戦えそうだってことが嬉しくて、他のことは考えていないの」
「なんてことだ」
何を言っているの? ちゃんと考えているわよ。
私は脳筋じゃないんだからね。
「ここまで、ちゃんと動いてるでしょ。神獣様の力を取り戻して、オグバーンと国王を追い詰めてぶん殴ってやるんだから!」
「わかった。細かいことは僕が考えるから。ともかくきみは無茶をしないように」
「無茶なんてした?」
「……こういう子なんだ」
なんで遠い目になっているのよ。
あんな狭い部屋に閉じ込められた反動で、レティシアは健康と強さに目覚めたってことにしておいて。
「そうなの。けっこう抜けてるところがあるから気を付けてね」
「心配だ」
ふん。なんとでも言いなさい。
反撃できる強さのあるやつには手を出さないで、自分より弱いやつをみんな狙うのよ。
今までレティシアは、魔力のない今にも倒れそうな弱い女の子だから、何をしても平気な相手だと思われていたの。
これからはそうはいかないんだって、この国のやつらにわからせてやるのよ。




