神獣の巫子覚醒 1
投稿の間があいてしまってすみません。
連載再開します。
たったひとつであっても、魔道具を止めた効果ははっきりとわかった。
昨日までは朝起きる時に空気すら重く感じて、起き上がるのがつらくて、まともに動かない体のせいで精神がすり減りそうになっていたけど、今朝は違う。
なんと、記憶がなくなるほど飲んだ次の日くらいのだるさで済んだのよ。
シャワーに入って酒が抜ければ、生きるのに支障がないと思えるくらいのだるさよ。
酒の影響には個人差があるから、この比喩はわかりにくいかもしれないけど、酒豪といわれた私は、記憶があやふやな時でも周りから見たら普通に見えたし、翌日も死にそうになるほどにはきつくなかったの。
だからこれは大きな進歩なのよ。
ひとつ止めただけでもこれだけ違うのなら、全部止めれば健康になれるというのも信じられる。
きっと普通に運動できるようになるわ。
「すごい。今日の料理は歯ごたえを感じる」
「今日から少しずつ消化のいい料理なら食べていいそうです」
自ら料理を運んでくれたクーパーが教えてくれた。
彼は毎回医師と相談して、私の健康状態にあった料理を作ってくれているそうだ。
つまりは、病院食だね。
「魔道具が全部見つかったら、ステーキが食べたい!」
「……ステーキはひと月くらい先になるんではないですかね」
「小さくてもいいのよ。しょうがない。ミンチになっていてもいいわ。肉を齧りたい」
待って。レティシアって肉の塊を齧ったことある?
クーパーがまた泣きそうな顔になっているのは、肉を食べたことのない私が不憫だからじゃない?
「きっとすぐに食べられるようになりますよ」
「齧らないと、顎が弱くなるんじゃないかなって心配なのよ」
「それはそうですね。でも焦らずにゆっくり治療を進めていきましょう」
「お嬢様がお気の毒で……」
「タッセル男爵夫人まで泣きそうな顔をしないで。すぐに食べられるようになるし、まだ若いから骨だって強くなるわよ」
それに私のことより神獣が問題よ。
力を取り戻すのは、私が体力をつけるよりもずっと時間がかかるはずなんだ。
私と同じようなつらさを味わっているんだとしたら、早くどうにかしたい。
『逆に考えればいいんじゃない?』
今日も朝から湧いて出たな。
『はいはい。今日もまた何か起こりそうね。日本に行ってネットを漁るより、あなたが何をしてくれるのか見ているほうが楽しいわ』
誰のせいで私が苦労をしていると思っているのよ。
『ほらほら、そんなに乱暴にスープをかき混ぜたら、料理人が心配するわよ』
はっとして顔をあげたら、気に入らなかったのかと心配しているようで、何か言いたげにクーパーがこちらを見ていた。
気に入らないなんて、我儘を言う気はないから心配しないで。
ちゃんと美味しいのよ。もう少し具の入ったスープが飲みたいだけよ。
『魔道具を見つけるのが難航しているでしょ? こちらの動きを知って魔道の塔が新たな魔道具を設置しようとしているから、その前に方をつけたほうがいいわよ』
どうするの?
『魔道具が減ったことで、あなたの力が一気に覚醒したことにしましょう。一気に強い魔力を取り戻したせいで力の制御が難しくて、魔道具を破壊してしまうの』
それいい!
派手にやろうじゃない。
『そうこなくっちゃ』
自分の作った世界が滅亡する可能性があるっていうのに、気楽よね、この女神。
『滅亡なんてしないわよ。私はあなたを信じているわ』
そういう白々しいセリフはスルーするのが一番よ。
それより魔力を派手に取り戻すなら、いろんな人に目撃してもらったほうがいいんじゃない?
「タッセル男爵夫人、庭を散歩したいんだけど、この服装で大丈夫かしら?」
驚いた顔で部屋にいた全員が私を注目した。
部屋にいるのはタッセル男爵夫人とクーパーとヘザー。そしてサラスティアにフルンね。
なんで朝から眷属がふたりも揃っているのかしらね。
平気だって言っているのに、今が大事な時期だからって、ふたりとも傍を離れないのよ。
「外は風が冷たいそうですよ。無理をなさらないほうがよろしいのでは?」
心配そうなタッセル男爵夫人に、出来るだけ元気に見えるように胸を張って笑顔を向けた。
「私ね、屋敷の外に出るときは、すぐに馬車に乗せられて王宮に連れて行かれる時ばかりで、庭を歩いたことがないの。自分の住んでいる屋敷を外からゆっくり見たこともないのよ。だから散歩してみたいの。それにたくさんの人が魔道具を探してくれているでしょう。ご挨拶したいわ」
「まあ。……でもよろしいのでしょうか」
自分では判断出来なくて、彼女は眷属ふたりに視線を向けた。
ふたりは何か理由があるのだろうと察してはくれているみたいだけど、あまり気乗りしないみたい。
「俺達がついていればまあいいだろう」
しばらく考えた末にフルンが言った。
「駄目。フルンは目立ちすぎ。魔道具を探している人たちが緊張しちゃうわ」
「ふん、本当は何を狙っている?」
「……オグバーンの手下があんなに少ないわけがないのよ。まだ屋敷内に潜伏しているならあぶりだしたいわ」
今日は調子がいいから、ちょっと強化魔法をかければ軽くぶっ飛ばせると思うの。
ストレス解消のためのサンドバッグになってもらおうかなって。
「自分を囮にしようとするな」
「でも散歩くらいはさせてあげたいわ。私がサラの姿で傍にいれば大丈夫よ」
「そうね。サラの姿なら目立たないわね」
「……」
「あなたは今回は休んでていいわよ」
サラスティアは得意そうな顔で、無表情で黙り込んだフルンをからかいだした。
はじめは眷属は人とは違うし、フルンは無表情だし、サラスティアはレティシアの傍にいたから私と接するのは複雑な気持ちなんじゃないかなって、うまく付き合えるか不安もあったのよ。
でも、お互いにだいぶ慣れてきた気がする。
本物のレティシアと私の性格が全く違うのがよかったのかも。
「おまえだけでは駄目だ。神獣の巫子が侍女だけ連れて散歩するのはおかしい。他にも警護はつける」
「待ってフルン。それじゃ囮にならないから」
「侍従の服を着せればいい」
「ああ。そうね。それなら」
って、確かに納得したわよ。
だけどまさか、ラングリッジ公爵騎士団の騎士に侍従の制服を着させて、三人もつけるとは思わないじゃない。
しかもなんでクレイグが混ざっているのよ。
「強いやつを傍に置いておくのは当然だ」
「まかせてください」
いやいやいや。
そこでフルンとクレイグで頷き合っているんじゃないわよ。
こんなぞろぞろと何人も従えて歩いたら、作業をしている人たちの邪魔になるでしょう。
「サラスティアがいるんだから、あとひとりいれば充分よ」
「そうか? なら俺だけついていこう」
「なんであなたなの? 自分の立場をわかってる?」
「きみこそ自分の重要性をわかっているのか?」
……正論で返されてしまった。
神獣の巫子って、よく考えなくても重要人物よね。
公爵の命も私が魔力を取り戻すかどうかにかかっているんだもんね。
本当は侯爵家の騎士を連れて行くべきだろうけど、信頼できる人間だとは限らないからなあ。
警護しているやつまでオグバーンの回し者だと、サラスティアが切れた場合、どうなるのかわからなくてこわいわ。
「はあ。まあいいわ。ちょっと庭を散歩するだけなのに」
「むしろあまり警護が少ないと違和感を持たれるぞ。大神官だって、いつもぞろぞろとお供を連れて歩いているだろう」
「あとはたのむ。俺は神獣様の元に戻る」
クレイグの肩を叩いて、フルンは姿を消した。
私には何も言わないで、クレイグにだけ話しかけていくの?
いつのまにそんなにこの男を信用したんだろう。
「さあいきましょう。レティを囲んでね」
「サラ」
「ある程度目立たないと、あなたが散歩していることに敵が気付かないかもしれないじゃない」
「敵がいるとは限らないのよ。まだ潜伏していた場合……」
「いったいなんの話ですかね。敵? 潜伏? レティシア嬢、説明してもらおうか」
「そういう危険もあるんじゃないかなって話よ」
ちょっと散歩するだけなのに、こんな騒ぎになるなんて。
タッセル男爵夫人が用意してくれたショールを肩にかけて歩き出したら、がしっとクレイグに腕を掴まれた。
「先を歩くんじゃない。サラスティア様と並んで歩くんだ。前に俺が。後ろに残りのふたりがつく。きみは我々を壁にして、自分の身の安全を一番に考えるんだ」
「はあ? そんなの無理よ。なんで公爵家嫡男のあなたが壁になるの。あなたの騎士団の人たちの立場も考えなさいよ」
敬語をやめただけじゃなくて、態度もだいぶ大きくなってきてるけど、神獣の巫子は重要人物みたいだから問題ないでしょ。
後ろで騎士たちも私の意見に頷いているじゃない。
「はいはい。レティとクレイグが並んで歩いて。私が前を行くから、ふたりは後方を守ってね」
おかしいなあ。
なんで私とクレイグが並んで歩くことになっているのかなあ。
そもそも、侯爵令嬢の隣をさも当然だという顔で堂々と歩くような、態度のでかいイケメンの侍従なんていないでしょ。
でも、ホテルマンみたいな黒い服を着た長身の男に囲まれて散歩する御令嬢って、悪役令嬢らしくない?
えらそうだし、目立ちまくっているわよね。
これじゃまったく囮にならないし、侯爵家は全力で娘を警護し始めたという報告がオグバーンや国王の元に届くんじゃない?
そうしたら、彼らはどういう行動に出るのかな。
私を王宮に招待すると言い出すのは確実よね。
神獣の巫子に面会したいって、おかしな話じゃないもんね。
侯爵夫妻だって呼び出されるとは思うけど、今までおとなしくしていた神獣の眷属たちが動き出したことで、国王たちも下手に手出しできないはず、たぶん。
いや、私の足りない頭で考えても無駄だわ。
そのあたりはカルヴィンや眷属たちの意見を聞こう。
「寒くないか?」
「ありがとう、クレイグ。大丈夫よ。土がむき出しで庭といっても寂しいわね」
「子供の頃は、もう少しは緑もあったんだが。今はもう草も生えないな」
いっそのこと砂に模様を描いて日本庭園みたいにしたらどうかしら。
でもあれだって、周囲の緑と日の光のある中で見るからいいのであって、周り全てが岩や土の中で見るものではないよなあ。
「なかなか見つからないみたいだな」
「始めた日のうちに見つかっただけでもすごいわよ」
いくつかのグループに分かれて、庭のあちらこちらを掘り返したり、魔力の流れを調べる魔道具を使って探しているのに、夜中に見つかって以降、まだひとつも魔道具は見つかっていない。
代わりに、ダミーの魔道具がいくつか見つかっているって聞いてぞっとした。
そんなにまでしてレティシアの魔力を押さえつけて、神獣の力を奪って金儲けがしたかったのか。
「敷地の外にある可能性もあるのよね」
「ああ。庭の探索が済んだら外側にまで調査範囲を広げる予定だ」
こんなに大勢の人たちに、そこまでさせるのは申し訳ない。
ここは女神の言う通り、さっさと魔力を取り戻してしまおう。
「あちらのガゼボでひと休みしましょう」
言いながらサラスティアがクレイグに目配せした。
私だって気付いているわよ。
侯爵家の制服を着た騎士が五人も、何気ない風を装い距離を取りながら、私たちを取り囲んでついてきている。
思わずにんまりと笑ってしまいそう。
「前に出るなよ」
腕を掴んで私をしっかりと引き寄せながらクレイグが囁いた。
近い近い。
低音のエロい声で囁くんじゃないわよ。
「せっかくだから私の魔法を見せてあげるわ」
「ほう」
私たちが作業している人たちから離れて移動するのに気づいて、騎士たちは少しずつ距離を詰めてくる。
その間に私は、魔法をかける敵に心の中でチェックをつけていった。
ゲームなら画面をクリックすれば済むんだけど、リアルではそうはいかない。
だから魔法をかける前の段階で、敵と味方を分けていく作業をしないといけないの。
相手が魔獣なら簡単なのよ。
最初から魔獣は敵に分類されているから。
「クレイグもそっちのふたりも、どう見ても戦闘訓練を受けている人間の動きをしているのに、なんで彼らは気付かないのかな」
「むしろなんできみは気付くのか説明してほしい」
あまり余計なことを言うのはやめよう。
自分に魔法をかけて殴りに行くのも無理そうだわ。




