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魔道具を使ってみよう

 騒動の原因になっていた神官たちが出ていくと、明らかに張り詰めていた空気が緩み、その場にいた人々の表情も心なしか明るくなった。

 魔道士長とクレイグは魔力を抑える働きを持つ魔道具を見つけ出すため、部下を連れてさっそく庭に出ていき、ホールには侯爵家の関係者だけが残された。

 

「捜索してくれている人たちの休憩できる部屋と夕食の用意を。それと……」


 指示を出すのはカルヴィンで、侯爵は黙って見ている。

 侍従や侍女も今のやり取りで、これからの侯爵家の中心になる人物は誰なのか理解したようで、侯爵の意見を確認しようとする者はいないようだ。

 神獣の眷属から怒りをかい、魔道省や神殿、ラングリッジ公爵家関係者からまったく相手にされなかった侯爵だ。

本人もさすがに自分の置かれた状況を理解したのか静かだった。


 神官への対応も悪くなかったんじゃない?

 これなら話し合う余地がありそう。

 今更仲のいい親子ごっこをする気はないけど、あまり追い込んで余計なことをされては困る。

 だったら味方にして行動を把握しておいたほうがいいわ。


「侯爵」


 ぽつんと立っていた侯爵に近づいたら、どこかほっとしたような顔をした。


「明日、四人で今後のことを打ち合わせしましょう」

「……いいだろう」

「侯爵家に魔道省の人間や神官たちが来たことはもう噂になっているはずよ。王宮からの呼び出しが今夜にも来るかもしれないけど、絶対に屋敷から出ないで」

「そのくらいのことはわかっている」


 侯爵はむっとした顔をして、でもすぐにはっとして顔をそむけた。

 私の機嫌を損ねるわけにはいかないと考えているのかな。

 あの偉そうな侯爵が、さんざんレティシアを邪魔者扱いしていた侯爵が、顔色を窺ってびくびくしないといけなくなるなんてね。

 この顔をレティシアに見せてあげたい気もするけど、たぶん彼女はもう新しい世界に夢中で嫌な記憶は消し去りたいんじゃないかな。


「レティ、ここはもうカルヴィンとサラスティアに任せて休め」


 これ以上話すこともなくて気まずい空気が流れていたので、フルンが話しかけてくれてよかった。


「流す噂の内容を決めたり、この場にいなかった人たちへの説明もしたりしないといけないでしょ?」

「カルヴィンとサラスティアに任せるんだ。今は気が張っていて、疲れに気付いていないんだろう。かなり顔色が悪いぞ」

「そうなの? 確かに疲れたかも」


 今後のことを考えたら、ここで倒れるわけにはいかない。

 侯爵家のことはカルヴィンが中心に動いたほうがいいし、ここはおとなしく休ませてもらおう。







 目まぐるしく変化する状況のせいか、まだこの世界に来たばかりのせいか、現実感がないままに眠り、起きてもまだ夢の続きを見ているような感覚で動いている。

 貴族の令嬢になって、広くて豪華な部屋で侍女たちに世話を焼かれる生活なんて、今までの自分の生活とはかけ離れていて実感湧かないわよ。


 でもこれからやらなくてはいけないことを考えたら、私に本当にやれるのかとこわくなるから、今はこのくらいの感覚のほうがいいのかもしれない。

 レティシアの復讐はまだ始まったばかり。

 まだ神獣にも会えていないし、聖女が今どうしているのかもわからない。

 本当に私にやり切れるのかな。


 いやいや、まだ焦るのは早い。早すぎる。

 まだこの世界に来て二日目よ。

まったくなんて濃い二日間なの。

 気分的には、もう十日以上は経っている感覚よ。 


 だからたぶん脳が興奮状態で眠りが浅かったんだな。

 夜中に目が覚めてしまった。


「まだ一時半なのか」


 ずっと空が暗いから、窓の外を見ても昼なのか夜なのかわからなくて、一瞬、寝過ごしたかと思った。

 この世界の人もそういう経験をしたんだろうね。

 時計系の魔道具は種類も豊富で機能も充実しているのがありがたい。

 あの女神が日本を参考に作った世界だしね。


「レティ、起きたの?」


 私が身を起こしたせいで、足元で寝ていたリムを起こしてしまったらしい。


「水を飲もうかと思って」

「誰か呼んでくる?」

「ううん。自分でやりたいの」


 ガウンを羽織り、さっき覚えたとおりに魔力を使ったら、カンテラのような形をした照明がぱっと点灯した。


「ついた」

「本当に魔力が戻ったんだ。よかったね、レティ」

「ありがとう」


 これぞファンタジーよ。

 異世界よ。


 こうなるともっといろいろとやってみたくなるじゃない。

 それに、この世界のキッチンがどんな感じなのかも見てみたい。

 料理人がいる調理場と違って、近くにあるのはお茶の用意をする給湯室みたいな部屋なんだろうけど、それでも気になるもんでしょ。

 

「リムは水道がどこにあるか知ってる?」

「水道?」

「えーっとお茶を用意する部屋に行きたいの」

「たぶんあそこかなー」


 相変わらず筋肉痛がひどくて、うまく足が動かせない。

 雨の音以外静まり返っているせいで、寝室から居室に続く扉を開ける音がやたら大きく響いた。

 改めて見てもこの広い部屋が私専用だっていうのに驚いてしまう。

 貧乏性だから、広すぎて少し落ち着かないのよね。


「レティ、部屋から出ていいの?」

「え?」


 尻尾をぴんと立てて前を歩いていたリムが、顔だけこちらに向けて聞いてきた。


「だって、前の部屋にいたときには部屋から出たらだめだったでしょ?」

「もういいの」

「そうなの?」

「だめでも出ちゃう」

「あはは、そういうの好きー! うるさいやつがいたらひっかいてあげる」

「リムちゃん、たのもしい!」


 夜中だっていうのに、私たち賑やかすぎない?

 これじゃあすぐに誰かが駆けつけてきちゃうから、廊下に続く扉の前でいったん足を止めて、唇の前に人差し指を立ててしーっとやったんだけど、リムは不思議そうに首を傾げた。

 妖精には通じないのかな。


 音を立てないようにノブを回し、そーっと扉を少しだけ開けて廊下の様子を伺おう。

 足音が聞こえる……警護の騎士かなって、リムってばさっさと廊下に出ていかないでよ。

 いいんだけどね。

 ばれたらまずいことをするわけじゃないんだけど、本当は侍女を呼んで飲み物を持ってきてもらうのが御令嬢の正しい行動なわけで、夜中に寝巻でうろうろするのはたぶんはしたないのよ。

 それにほら、夜間勤務の侍女からしたら、せっかく寝ないで待機しているのに仕事を奪われるってことでしょ。

 ちょっと申し訳ないかなーなんて思ったりもしたりなんかしているわけで……。


「レティシア嬢?」


 部屋を出てまだ三歩しか歩いていないのに、もう見つかっちゃったのかい!


「え? クレイグ様? なにやってるんですか」


 それは俺の台詞だよって顔だよね。

 うん、わかってる。

 でもなんで侍従の制服姿で、深夜に廊下を徘徊してるのよ。

 あなたは公爵家嫡男で騎士団の副団長でしょうが。


 ちなみに団長は四十代のいかついおじ様なんだそうだ。

 いくら公爵家の子息でもまだ若いし経験もないからと、クレイグが自分で望んで副団長の地位にいるらしい。

 第二大隊長でもあるので、直属の部下はクレイグを隊長と呼んでいる。

 私の警護についている人はもちろん、クレイグを隊長と呼ぶ人ばかりだ。


「警護をしている」

「なんであなたが」

「交代でしていて、今は俺の順番なんだ」

「だからね」


 言いかけて、夜中だということを思い出して、クレイグに近づいて声のトーンを落として話しかけた。


「なんであなたが警護についているんですか。公爵家のお仕事があるんじゃないんですか?」


 クレイグも照明を持っていたので、ふたりの周りはかなり明るい。

 うちの侍従って、ホテルのドアマンみたいな制服を着ているのよ。

 騎士団の制服姿は多少見慣れていたんだけど、この制服姿は新鮮というか、鍛えた体格がよくわかるから気になるというか……。足長いな。


「きみの警護が今は最重要任務だ。きみこそこんな時間にどうしたんだ?」

「レティ、こいつ邪魔してるの?」


 小声で話し合っていた私たちの目の前の空間に、リムがいつでもクレイグに飛び掛かれる態勢でふわりと浮かんだ。

 

「待ってくれ。邪魔なんてとんでもない。ただ何がしたいのか聞いただけだよ」

「レティは水が飲みたいの」

「水? 用意されていなかったのか? じゃあ侍女を呼んで来よう」

「待って」


 さっさと歩きだそうとしたクレイグの腕を掴んで、筋肉質な硬い感触に驚いた。


「すごい鍛えているのね」


 実用的な筋肉だ。

 きっと彼は強い。

 上腕二頭筋もすごい。


「レティシア嬢?」


 ああ、いけない。

 つい撫でてしまった。


「こんなに筋肉があるなんて羨ましいわ。私なんてがりがりなの。食べても肉がつかないみたい」

「魔力が戻れば健康になるんだろう?」

「そうらしい。……本当にそうだといいな。あ、水は自分で魔道具を使いたかったの」

「ああ、なるほど」


 うう……笑わないでよ。子供みたいで恥ずかしい。

 よりによってクレイグと会ってしまうなんて。


「魔道具を使えるようになったばかりだったな。行こう。あっちに小さな厨房があった」

「ええ」


 私よりクレイグのほうが屋敷に詳しいってどうなのよ。

 しかもここは私専用エリアなのに。

 本当にしみじみと何度も健康って大事だって思い知らされている。


「ここだ」

「へー」


 シンクがあってコンロがあって、作業用のテーブルがあって戸棚があるっていう基本的な部分は日本と同じだけど、ステンレスなんてこの世界にはないのね。

 シンクは昭和初期の頃のようなタイル張りの深い形のもので、コンロも下の部分に魔晶石を置く場所があって、そこで魔法の火をつける竈と呼ぶほうがあっているような形をしている。

 貴族の屋敷だからデザインが凝っていて高そうで、趣があると言えばいいのかな。

 だけど日本で生活していた私からすると、デザインが古臭い。

 掃除をする人のことを考えたら、蛇口は伸ばせるようにするべきよ。

 

「ここに魔力を流すと水が出るんだ。このグラスを使うといい」

「私の家なんですけど」

「ああ、そうだったな」


 魔法で水を出すから水道管なんてない。

 持ち運びの出来る魔道具付きの蛇口が置いてあるだけなの。

 ひとりに一個、携帯蛇口を持って生活すれば水には困らないのか。

 遠出する時には持っていくのかな。


 シンクの下や戸棚の中を覗いたり、テーブルを撫でまわす様子をクレイグは呆れた顔で見ていた。

 御令嬢が来る場所じゃないから、珍しがるのはおかしくないはず。


「今夜だけにしたほうがいい。侍女を呼ぶ魔道具を用意したらどうだ?」

「うーん。リムに呼んできてもらうからいいわ。侍女たちは妖精が顔を出すと喜ぶし、リムもお菓子がもらえて嬉しいみたいなの」

「見えるのか?」

「うっすら見える子もいるそうよ。魔道具を撤去出来たら見える子が……」


 不意に眩暈がしてよろめき、テーブルに手を突いた。

 無茶して起きたから、貧血にでもなった?

 その割にだるさが軽くなって、呼吸もしやすい気がする。


「レティシア嬢?」

「魔道具が見つかったのかもしれないわ」


 急いで廊下に駆け出し、居室に戻り、ベランダに出た。

 庭にはたくさんの照明がともされ、深夜だというのに大勢の人たちが作業をしている。


「よし、魔道具を止めたぞ!」


 明るい声が遠くから聞こえてきた。


「本当にあったな」

「あと何個あるんだ?」


 本当にあった。

 女神が否定しなかったから、たぶんそうなんだろうとは思っていたけど、本当に魔道具で魔力を抑えられていたんだ。

 そして魔力なしと馬鹿にされ、差別されてきた。


「少しは体調がよくなったのか?」

「体調?」


 魔力のことより先に、体調について聞かれるとは思わなかった。


「今、私走っていなかった?」

「ああ、走っていた」

「でも呼吸がつらくなっていないの。体も少し軽く感じる」

「そうか。よかったな」

「ありがとう。でも筋肉痛は治らないのね」


 しかたない。

 これは筋肉が作られているって証だと思おう。


「これからは成長痛も覚悟したほうがいい」

「大きくなれるなら我慢する。私も剣を振り回せるくらい丈夫になってみせるわ」

「そこまでは強くならなくてもいいだろう」


 日本で学んだことを無駄にしないためにも、動ける体を作らなくては。

 誰がいつ敵になるかわからないのに、守られているだけでは生きていけないわよ。


「結界近くに行くのよ。強くなくちゃ困るでしょう」

「そういえば、どんな魔法を使えるんだ?」

「地味だけど実用的だと思う。でもまだ内緒」

「気になるな」


 いつの間にか敬語を忘れて、普通に会話していた。

 クレイグって話しやすい人だったのね。

 今後も一緒に行動することになるだろうから、気を使わなくていい人でよかった。


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