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神獣の巫子の位置づけ   2

 手を置いてすぐ魔晶石が白く発光し、光が中央に集まり、私の手の中に魔力が吸い込まれ始めた。

 徐々に光が強くなり、魔晶石がびりびりと細かく振動している。


「手を離してください! すぐ!!」


 サンジット伯爵に言われるまでもない、慌ててすぐに手を離したわよ。

 魔道具から離れようとしてよろめいた私を、フルンが支えてくれた。

 女神と決めた言葉を言っていないのに、手を置いただけで魔力を吸い取ってしまうなんて想定外だ。


「何が起こったんだ」


 クレイグは私の手を取り、無傷の掌を確認してから魔道具を険しい顔で見上げた。

 独身の御令嬢には触れてはいけないって決まりは、この世界にはないの?

 手袋をしていない素肌に触れてはいけないって設定の話も、読んだことあるんだけどな。

 この男は、当たり前のように私の手を取って、当たり前のように握りしめているわよ。


「無属性の魔力が共鳴したのか、巫子が無意識にスキルを発動したのが原因か。どちらにしても魔晶石の魔力が吸収されるなんて初めてのケースだ。普通はむしろ魔晶石に少し魔力を吸われるのに」


 サンジット伯爵の方は初めて見た現象に夢中になっているみたいで、目を輝かせて魔道具全体のチェックを始めている。

 大丈夫? 壊れてない?

 これ、お高いんでしょう?


「レティシアは? なんともないのか?」

「ないわ。むしろ元気」


 カルヴィンなんて心配して青くなっている。

 妹が死にかけた状況を見たばかりだから、恐怖が大きかったのかも。


「おまえは手を離せ。その態度はレティシアを女性として扱っていないということか?」


 あ、カルヴィンがクレイグの手をはたいた。

 やっぱり触っちゃ駄目なんじゃない。


「まさか。手に怪我をしたのではないかと心配でつい……。すみません」

「いえ、大丈夫です」

「怪我なら私が見るべきだろう」


 大神官まで話に入ってこようとすんな!


「ランクSで無属性。間違いありませんね。魔晶石もどうやら問題なさそうです。このまま魔道具が使えますよ」


 魔道具をチェックしていたサンジット伯爵の言葉にほっとした。

 弁償しろと言われたらどうしようかと思ったわ。 


「でもおかしいですね。魔力を抑えられていてもこの魔道具は本来の魔力を計測してくれるのに、なぜ私は魔力なしと判定されたのでしょう」

「魔力の判定をしているのは我々魔道省ではなく魔道の塔なんです。彼らの持っている魔道具がたいしたことなくてそこまで調べられないのか、それとも判定が嘘だったのか」

「え?」

「お金を払えば本来より上のランクの証明書も発行してくれると、ずいぶん前から噂になっているんですよ」


 なるほどね。魔力判定をするのが自分のところだけなら、いくらでも改ざん出来るもんね。


「それで魔道の塔と魔道省はどういう違いがあるんですか?」

「魔道士は本来、結界の傍に魔道省という施設があるのでそちらで活動しています。結界がどのくらいで崩壊するのかの予想を立てたり、聖女のようには出来ませんが防御魔法で出来るだけ結界を強化したりするのが本来の仕事なんですよ」

「では、魔道の塔は?」

「結界近くに行くと魔素病にかかる危険や魔獣と戦う危険があります。貴族は自分の家族をそんな場所にやりたくないでしょう? それで王都に魔法を活用して新しい魔道具を作るための研究施設を作ったんです。それが魔道の塔と呼ばれています。国民の魔力ランクを確認し登録しているのは魔道の塔です」


 うわあ。国王とグルになって好き放題やってそう。

 魔力が強い方が優れた人間だってイメージを広げたのは魔道の塔の魔道士達で、魔道省の人間は関係ないってことでしょ?

 新しい魔道具の研究をしていたのなら、庭に設置されていた魔力を抑える強力な魔道具も魔道の塔で作られたものかもしれない。

 国王から巨大な魔晶石を分けてもらうことも出来るだろう。

 きっと王宮でレティシアに嫌がらせした魔道士達は魔道の塔のやつらだ。


「サンジット伯爵は、あまり魔道の塔にいい感情をお持ちではないようですね」

「あれ? そう聞こえましたか? それは困りましたね」


 クレイグとサンジット伯爵は、魔素病の危険を冒してまで結界の保全に当たっていた仲間なんだ。

 貴族だからと安全圏に留まり、金儲けに走っている魔道の塔のやつらを嫌うのは当然だよ。


「そうだ。魔晶石から吸収してしまった分、魔力を返したほうがいいですよね?」

「それはありがたいですが、魔法を使っていないのでしたら魔力が減っていたわけではないですよね? それで吸収しても大丈夫なんですか?」

「特に何も。抑えられている分、普段から減っている状態なのかもしれません。それで成長が遅れているのかも」

「なるほど」


 興味津々って感じだなあ。

 いろいろ調べたくてしょうがないって感じ。

 

「ではここに手を置いて魔力を送ってください」

「はい」


 止めないのなら大丈夫だよなとちらっとフルンを見たら、彼も面白がっているようだ。

 カルヴィンとクレイグのほうが心配そうで、いつでも止められるように身構えている。


「「「……」」」

「魔力を送るってどうやるの? 魔道具使ったことなかった」


 フルンに聞いたら、私の声が聞こえている位置にいた人たち全員が、あっという顔でこちらを見た。


「そうか。女神に力を取り戻してもらってから、まだ魔道具を触っていなかったな」

「そうなの」

「今、魔力を吸い取ったのと逆の感覚でいいんじゃないのか?」


 人外に聞いたのがまずかった。

 ここは専門家に聞こう。


「サンジット伯爵、教えてくださいませんか? また魔力を吸収してしまっては困ります」

「僕が教えるから大丈夫だよ。必要になると思って、子供が魔力の使い方を覚えるときに必要な魔道具を用意したんだ」


 私とサンジット伯爵の間にカルヴィンが割り込んできて、ポケットから小さな魔道具を取り出した。

 魔力で照明がつく魔道具で、赤ん坊に持たせておくと遊んでいるうちに魔力の使い方を覚えるんだそうだ。

 他に音が鳴る物もあるそうで、この世界の人間なら誰でも使ったことのある物なんだって。


「こうやって手に持って」


 カルヴィンに教わる私を、クレイグに魔道士に大神官、そしてフルンまで子供を見守るように見つめてくる。

 もうさ、魔道具を探しに庭に行ってくれないかな。

 大神官はさっさと聖女を探しに行きなさいよ。

 ここにいてもしかたないでしょ。


「そうそう。覚えが早いじゃないか」

「じゃあ、さっそく魔力を戻しますね」

「一度にやっては駄目だよ。少しずつだよ」


 そのへんの加減はまだ難しいのよね。


「あ」


 魔晶石に触れて魔力を注いだ途端、一番上の部分にあるメモリがぐんぐん移動し始めた。


「手を離してください!」

「レティシア!」


 え? またなの?

 腕をクレイグに掴まれ、フルンに背後から抱えられて魔道具から離されてしまった。


「そんなに一度に魔力を使ったら、気持ちが悪くなるぞ」

「そういうもの?」


 特に何ともないんだけどなあ。

 クレイグはまた私の手に怪我がないのを確認してから、大きなため息をついた。


「きみには何回もハラハラさせられる」

「ごめんなさい」


 故意にしているわけじゃないから、どうしようもないのが大問題ね。


「魔晶石の背が少し高くなったような気が……」

「大神官、そんな大袈裟な……あれ、たしかに」


 魔道士長と大神官で魔道具の周りをぐるぐる回るのは、儀式か何か?

 魔晶石がそんなに簡単に育つなら、大量生産出来るでしょ。


「すごいですね。魔道省にもここまでの魔力量を持つ人間は大魔道士くらいしかいませんよ」

「神獣様に無属性の魔力をお渡しするスキル持ちなんだ。魔力が多いのは当然だろう」

「なるほど」


 フルンって無表情だし、話し方も冷静で低い声ではっきりと話すから説得力があるのよ。

 でも私はこの短い付き合いの中で、適当に話している時もフルンはこの話し方だから当てにしちゃだめだと学んでいる。


「フルン様、この魔道具を神獣様の神殿に運んで使用してください。同じものをあと二つ用意してあります。代わりにという言い方は失礼なんでしょうが、魔道省の中にも魔素病で重症の者がおりますので、公爵家の騎士団と共に我々の仲間の治療もお願いします。かなり症状の重い者もいるんです」

「むしろ私のほうこそお願いします。神獣様に渡す魔力は多いほどありがたいんです。魔道省の方が魔力を提供してくださるのは大変ありがたいです」


 フルンが自分では答えずに私のほうを見たので、一歩前に出て答えた。


「ああ、ありがたい」

「そのためにも一刻も早く魔力を抑えている魔道具を見つけ出さなくてはいけません」

「おまかせください。魔道省の威信をかけてすぐに探し出してみせます」

「フルン、神獣様の神殿のほうの準備も急いでね。すぐに神獣様の力を回復するわよ!」

「そうだな」

「そうしたらこんな天候ともさよならよ。真っ青な空を見られるようになるわ!」

「い、いやいや、巫子様」


 せっかく盛り上がってきたところなのに、神官長が話に割り込んできた。


「まだ体力が回復していないのに、そのような無理は禁物ですぞ。まずは健康な状態になるまで回復にいそしみ、その後に神獣様の力を回復したほうが」

「神官たちが動かなくても作物が育つようになっては、もう貴族たちから金銭を受け取れなくなるもんな」

「魔道長! 言葉が過ぎるぞ」

「神獣の巫子のおかげで神獣様が元気になり、天候が戻ったら、神殿と国王は今まで何をやっていたんだって話にもなるだろう」

「なっ! そもそもおかしいではないか。我々は巫子という存在すら知らなかったのだぞ!」

「国王陛下は知っていましたよ?」


 今度は私が笑顔で話に割って入ってあげた。


「え?」

「私が何度も王宮に呼ばれていたのをご存じですよね。王宮に行くたびに魔力なしだからとひどい目に合うので嫌でたまらなくて、やめてくださいとお願いしたのに陛下は聞いてくださらなくて、侯爵家では王族の命令には逆らえず、いつもオグバーン伯爵に無理やり連れて行かれていたんです。家族も心を痛めていました」


 詐欺師と呼んでくれてもかまわないわよ。

 ほとんどの事実にちょっとの嘘を紛れ込ませるのがいいって、いろんなところで目にし耳にしてきたから、きっと誰もがこのくらいの嘘はつけるはず。

 この世界は女神だって嘘をつくからね。


「その連れて行かれていた理由が、私は神獣の巫子だから魔力を取り戻させるということでしたから」


 玄関ホールには主だった人達以外にも警護の騎士や、魔道具を運んでいた魔道士や、いつでも指示に従って接客できるように待機している侍女たちがいる。

 昨日の件は外で話題にすることを禁止していたので、特に侍女たちは何か話したくてうずうずしているはず。

 今日のことは広めてくれてかまわないわよ。

 大神官や魔道士長、ラングリッジ公爵家の御曹司の話は、みんなが聞きたいんじゃない?

 他にも話してほしいことを指示して、噂が派手に広まったらボーナスをあげるって言ったら、あっという間に貴族の中に噂話が広まるでしょ。


 出来るだけ噂を広めて、多くの貴族に興味を持ってもらいたい。

 国王が秘密裏に私を拉致監禁しようなんて考えられなくなるくらいに。

 そして、出来るだけ大勢の貴族がいる前で、今までのことを暴露してやるわ。


「でも陛下は、私の魔力がどうして使えないのかはわかっていなかったようで、魔道の塔の魔導士を呼んできていろいろと試していました。そのうち無理だと思ったのか私を王妃様に押し付けたんです。詳しい事情を知らない王妃様はちっとも魔力が戻らないことに苛立って、怒鳴ったり叩いたり……」


 やだ。全部事実だった。

 嘘をつく必要がないくらいに、本当に悲惨だな。

 

「でもオグバーン伯爵は、この屋敷にいると魔力が戻らない。自分の屋敷にきて生活すれば魔力が戻ると言っていました。だから養女になれとも」

「クレイグ、オグバーンと魔道の塔の関係を調べてみたほうがよさそうだな」


 サンジット伯爵の顔が急に冷ややかになった。

 最前線にいる魔道士が、人当たりのいい明るいだけの男のはずがない。


「魔晶石は陛下の領地のものでなくては、庭から屋敷内の人間の魔力をここまで抑えることはできない。だから陛下が魔晶石を提供したのは間違いない。まさかラングリッジ公爵家は魔道の塔に魔晶石を提供したりはしないだろう?」

「当たり前だ。これだけの大きさの魔晶石なんだ。武器にでもされたらどうする。国外に出すのはやめたほうがいいと陛下に何度も進言しているくらいだ」

「でも輸出しているし、魔道の塔にも提供しているのか。それが何に使われたのか知らされていないとはね」


 クレイグとサンジット伯爵の会話を聞きながら魔道具に近寄り、掌を置く板の周囲に設置されている計器のひとつを指さした。


「ここが属性を表しているんですか?」

「はい? ああ、そうです。この部分の色が変わって属性を表します」


 それなら……。

 誰がいいんだろう。

 王都から外に出ない人……。


「団長、ちょっとこの魔道具で魔力を測ってもらえませんか?」

「……かしこまりました」


 何も聞かず、すぐに動いてくれた団長には感謝しかない。

 侯爵やカルヴィンの顔色を窺うこともしなかった。

 神官たちも魔道省の人たちも、クロヴィーラ侯爵家の内情には気づいてないんじゃない?


「火属性のランクAですね」


 サンジット伯爵の言葉に団長が頷く。

 でも重要なのはそこじゃないのよ。

 少し背伸びして、サンジット伯爵が見ている計器の色を横から覗き込んだ。

 やっぱり思っていた通り。


「サンジット伯爵、この部分に黒い(もや)のようなものがありませんか?」

「あ。……あなたはクロヴィーラ侯爵騎士団の団長さんですよね。ほぼ王都にいらっしゃる?」

「はい。年に何回か領地に帰ることはありますが、それ以外はこの屋敷に勤めております」

「ほんの僅かですが闇属性の影響を受けていらっしゃいます。とうとう王都にいても魔素病になる可能性が出てきたんですね」


 今回起こったざわめきは、今までの比ではない大きさだった。


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