神獣の巫子の位置づけ 1
女神のペンダントのおかげでだいぶ体調はいいけど、それでも午前中からずっと初対面の相手とばかり面会しているので疲労がたまってきている。
早々に話を終わらせたいので、アクセサリーを外すのに手間取っている大神官を放置して、階段を降り始めた。
足腰の弱っているこの体では、手摺につかまらないと階段を降りるのがこんなにこわいのね。
今はフルンが支えてくれているからいいけど、やはり筋肉は必要だわ。
「あの……」
留め金を外せないアクセサリーは諦めたのか、まだいくつかネックレスをつけたまま大神官が駆け寄ってきた。
「そのペンダントをもっとよく見せていただけませんか? 出来れば少しでいいので触らせていただきたいです」
「あなたが私の立場だったら、ペンダントを触らせると思いますか?」
「……いいえ」
身に着けたままでペンダントを触らせるのは気持ち悪いし、渡したら返してくれない可能性があるから、どっちも無理。
「女神様にいただいた物です。大事にしたいと思う気持ちを、あなたはきっとわかってくださるでしょう?」
「もちろんです!」
オタ活仲間を見つけたような嬉しそうな顔で、瞳をウルウルさせないで。
年下とはいっても、私よりずっと背の高い男なんだから。
「それにこのペンダントを身に着けているおかげで、こうして皆さんと面会できていますが、はずしたら倒れてしまうかもしれません」
「どこか体調が悪いのですか? 私が治療しましょうか?」
こいつ、私の話を聞いていなかったな。
「魔力を無理やり抑えられているせいで体調が悪いのです。病気ではありません」
「魔力を抑える? あなたは魔力がないのでは?」
またそこから説明しないといけないのか。
女神はどこまで話したんだろう。
大神官は女神の話をどこまで神官たちに話しているんだろう。
仕方ないので話し始めようとしたところで、玄関の扉が開いた。
「あ……」
今度はなんだろうと眺めたら、中に入ろうとした騎士がこの場の状況を見てぎょっとして立ち止まり戸惑った顔できょろきょろと視線を彷徨わせていた。
「どうした?」
カルヴィンに声をかけられて彼は明らかに安堵の表情になり、慌てて姿勢を正した。
「はい。ラングリッジ公爵家のクレイグ様と魔道省の皆様が、魔道具を探索する用意をしてきたとおっしゃって大勢でいらしておりまして」
ああ、それで玄関前のスペースに大勢の人がいるのか。
馬のいななきやガタンという大きな音も聞こえてくる。
「おお、もう来てくれたのか。お通ししてくれ」
「はい、あの、それがもうすでに……」
「なんだ神官も来ていたのか」
「あいかわらず趣味の悪いやつらだな」
失礼なことを言いながら騎士のすぐ後ろから姿を現したのは、自分のところの騎士の制服を着たクレイグと魔道士のローブを纏った銀髪の男性だ。
開けられたままの扉から、外に待機している大勢の騎士と魔道士が見える。
彼らは何台の馬車で来たんだろう。
行列ができたんじゃない?
「……あいかわらず魔道長は口が悪いですな」
「おやおや、神官長もおいでになっていたんですか」
魔道省と神殿って仲が悪いの?
「レティシア嬢、体調は大丈夫なんですか? 顔色は悪くはないみたいですが」
クレイグは神官たちをちらっと横目で見遣っただけで、まっすぐに私のほうに歩いてきた。
ようやく階段を降り終わったところでよかった。
フルンがいるでしょ?
大神官もまだ私のすぐ横にいて、カルヴィンが急いで近寄ってくるでしょ?
そこにクレイグと銀髪のイケメンが加わったでしょ?
なんなの? このイケメン率。
私の周りの顔面偏差値が高すぎる。
階段を下りている途中だったら、慌てて転んだかもしれない。
こんなにタイプの違うイケメンをよくもまあ揃えたもんだ。
本当はここにいるべきなのは私じゃなくて聖女で、彼らは女神が聖女のために用意した恋人候補なのよね。
聖女って、とんでもない美女なんだろうな。
「女神様がこれを下さったので大丈夫です」
「これは……」
「ほお、これはすごい」
魔道士長って呼ばれていた銀髪イケメンが嬉しそうに覗き込んできた。
近いよ、みんな。
群がるの禁止。
こいつら揃いも揃って高身長だから、まっすぐ前を見ると彼らの肩や胸しか見えないのよ。
壁だよ、壁。
公爵家の騎士はクレイグが登場したので背筋を伸ばして嬉しそうに待機して、団長と侯爵家の騎士は次々に現れる身分の高い男どもに対して、どういう態度を取ればいいか決めあぐねているみたい。
クロヴィーラ侯爵家は今まではずっと、はぶられていたからね。
王宮に行く機会も少なかっただろうし、屋敷でお茶会や夜会を最後に開いたのはもう十年くらい前だって聞いた。
それじゃあ騎士たちは、こういう状況に慣れていないよなあ。
「離れてください。独身の令嬢にそんなに近づくのは失礼でしょう! フルン様、止めてください」
「そうなのか」
「しっしっ、みんな二歩後ろに下がりなさい」
カルヴィンとサラスティアが来てくれてよかった。
この世界にはパーソナルスペースって言葉はないの?
フルンは敵意があるかどうかでしか判断していないでしょ。
小さな女の子に男が群がっちゃ駄目なの!
「すまない。気が急いてしまった」
いやそれよりクレイグの場合、自分の屋敷にいるみたいな態度じゃない?
向こうに侯爵がいるんだけど。
目の前に大神官もいるんだけど。
全部視界に入っていない? それとも無視?
「午前中に話した魔道省の人間を連れてきたんだ。イライアス、彼女が神獣様の巫子だ」
「これはこれは。この方が巫子様ですか。魔力が戻って健康になったら美女になること間違いなしだな」
屈託のない笑顔を向けられて、驚いてしまった。
魔道士って無口だったり偏屈だったり、研究者タイプのイメージがあったから、彼の明るい人懐っこい雰囲気は意外だった。
そしてこの男も大神官を無視しやがった。
「彼はイライアス・サンジット伯爵だ。魔道省のナンバーツーで魔獣討伐を協力してもらっている」
「はじめまして。レティシア・クロヴィーラと申します」
クレイグに紹介してもらったので、失礼にならないように挨拶をした。
見た目は二十前後なのに爵位持ちなのね。
「先に名乗らせてしまって申し訳ない。神獣様の巫子殿は国としてはどのような位置づけになるんだろうか」
「女神の加護も受けているので大神官より上だ」
「なっ、そうなんですか。それは失礼しました」
「フルン、そんなこと言わないで。やめてください。普通の侯爵令嬢と同じ扱いでお願いします」
「いや、それは……クレイグ、どうなんだ?」
「公式の場で巫子として接すればいいんじゃないか? もちろん御令嬢に対して失礼のないように接するのは当然だが」
公式の場には出来るだけ出たくないので、もうずっと一般令嬢の扱いでお願いしたい。
それに大神官の存在を無視しているくせに、私に対して失礼かどうかなんて気にしなくてもいいんじゃないの?
「レティがいいのならかまわない」
「フルン様の許可が出たのでそれで」
「ちょっと待てクレイグ。兄である僕の意見を聞くべきじゃないか? 無視するとはどういうことだ」
そういえばカルヴィンのこともノータッチだったわね。
親しいから会釈で済ませたのかと思ってたけど、カルヴィンはクレイグを警戒しているみたいな態度を取ることがある。
今も私とクレイグの間に体を割り込ませるようにしているの。
彼に警護を頼んでるのに、おかしいでしょ。
「ああ、すまん。そうだったな」
クレイグがサンジット伯爵にカルヴィンを紹介し始めたので、一歩下がって待つことにした。
大神官は相変わらずアクセを外すのに苦労している。
侯爵と神官たちはすっかり蚊帳の外だけど、文句を言うより様子を見ることにしたみたいだ。
「本日これからすぐ魔道具探索に入りたいんだが、かまわないか?」
「もちろんです。サンジット伯爵、よろしくお願いします。敷地内も周囲の土地も掘り起こしてしまっても問題ありません」
「まかせてくれ。強力な探索機をいくつも用意してきた。みんな、作業にかかってくれ」
「うちの者も使ってください。人員が多いほうがいいでしょう」
カルヴィンとサンジット伯爵の話がついたようで、扉の外に待機していた人たちが一斉に動き出した。
これだけの人が動くんだ。きっと魔道具もすぐに見つかるよね。
そうしたら私の魔力を抑えるものがなくなって、神獣の力を取り戻すことが出来る。
「それともうひとつ、クレイグに聞いたんですが、神獣様の巫子はあらゆる属性の魔力を吸収して無属性に変換し、神獣様にお渡しするスキルを持っているそうですね」
「はい。そうです」
サンジット伯爵に聞かれたので頷くと、ざわっといろんな方向でざわめきが起こった。
大神官が何か聞きたそうにじっと見ているってことは、私がどうやって神獣の力を回復するのか知らなかったの?
……まあ、彼らには関係ないことではあるわね。
女神がそこまで教えるとは思えないもんね。
「私が説明してあげるから、聞きたいことがある人はこっちに来なさい」
サラスティアが大神官の腕を掴んで引っ張って、神官たちがいる場所まで連れて行ってくれた。
気を利かせてくれてありがたい。
これで少しだけ圧が減ったわ。
でも注目の的になっているのは変わらない。
それぞれの思惑があって、私がどういう人間でどういう動きをするのか気になるんだろう。
特に神官たちは、神獣の巫子があまり活躍するのは嫌だろうしね。
「では、話を続けましょう」
「はい」
「人は魔力が一定以上減ると気を失います。魔力を吸収する時に、どのくらい減っているかわかったほうが安全でしょう」
「それ、心配してました!」
「そうでしたか。お役に立つ魔道具を用意しましたよ。運んでくれ」
サンジット伯爵が玄関の外に声をかけるとすぐ、私の身長ほどはある紫水晶のような物体を金属で固定した物が台車で運ばれてきた。
金属部分には彫刻がびっしりと施され、宝石や金で装飾されているせいで、かろうじてファンタジー風にはなっているけど、手形のマークのついた板や、キーボードのような物があるせいで機械のようにも見える。
「金属の中に入っているのが魔晶石です」
「これが」
魔物の棲む領域との境界線近くで作られる魔晶石。
結界の力が弱っている今は、境界を越えて闇属性の魔力がどんどん流れ込んできているせいで、大きな魔晶石が出来るのよね。
ということは、
「この魔晶石は闇属性なんですか?」
「いいえ、無属性です。魔晶石は魔力だけを吸い取りどんどん大きくなるので、属性を作る要素の方は周囲に残ってしまいます。それで魔素病にかかる人が急速に増え、範囲も広がっています」
「……そうなんですか」
魔晶石はとても美しかった。
外側は濃い紫で内側に行くほど白くなり、その部分が淡い光を放っている。
光は弱くなったり強くなったりまるで呼吸しているように瞬いていた。
「せっかくですから、レティシア様の魔力のランクと属性を確認してみますか?」
「おい」
軽い口調で言ったサンジット伯爵の肩をクレイグが掴んだ。
「こんなところで何を言い出すんだ」
「魔力を取り戻してから検査していないだろう? 無属性だと堂々と明言するためにも、一度調べておいたほうがいい」
「そうだとしても、こんな大勢の人間のいる前ですることはないだろう」
「いえ、やります」
睨み合っているふたりにきっぱりと言い切った。
クレイグは万が一を考えているんだろうけど、女神が魔力は戻ったと言っているんだから、私は何も心配していない。
それより、これだけ人がいるところではっきりと魔力が戻ったことを見せておきたい。
サンジット伯爵が調べたのだから間違いないと、王宮で噂になってくれたらありがたいじゃない。
「クレイグ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫。少しでも早く検査してはっきりさせてしまいたいわ」
「きみがいいならいいんだ」
クレイグはまだ不満そうだったけど、それ以上は何も言わないでくれた。
「レティシア……」
「カルヴィンも心配しないで。必要なことよ」
「……ああ」
「ここに手を置けばいいんですか?」
「そうです」
手のマークがついている金属の板に掌を軽く乗せる。
魔力を込めるとか、スイッチを入れるとか、何もしなくてもいいんだって。
それでわかるってすごいよね。
乗っただけで体脂肪や水分量、骨密度までわかっちゃう体重計みたいなものかな。
「え?」
手を置いてすぐ魔晶石が白く発光し、光が中央に集まり、私の手の中に魔力が吸い込まれ始めた。