金ぴか大神官
「大神官様をいつまでこんな場所でお待たせする気なんですか!」
「こちらの都合も聞かず突然押し掛けて来られたのですから、会えるだけでも良かったと思っていただきたい」
フルンとクロヴィーラ侯爵騎士団団長に挟まれ、前後ふたりずつ護衛の騎士がつくという、自分の家にいるとは思えない厳戒態勢で正面玄関ホールに近づくと、カルヴィンと男性にしては少し高めの声の中年男性が言い争っていた。
「妹は危篤状態からようやく意識を取り戻し、女神様のご加護のおかげで動けるようになったばかりなのです。そこにこんなに大勢で押しかけてくるのは非常識でしょう」
「誰に対して物を言っているんですか!」
「神官長に対してですよ。我々が侯爵家の人間だということをお忘れですか?」
フルンが足を止めたので、団長が前を行く騎士に指示をだした。
確かに今は顔を出しにくい雰囲気だ。
「ふん。名ばかりの侯爵家が……」
「何かおっしゃいましたか?」
「いえいえ。それでもレティシア嬢は会うとおっしゃったのでしょう。ならばなぜ、このような場所に我々を立たせておくのです」
「カルヴィン、なんの騒ぎだ。他人の屋敷で、大声で喚くような品のない客は追い返せ!」
うわあ、侯爵まで出てきた。
声の大きさは侯爵のほうが上だけど、カルヴィンの味方になる気みたいだから細かいことは気にしない。
「なんですと! 大神官様を追い返すですと!」
「サディアスの話はしていないでしょ? あなたがうるさいのよ」
この声はサラスティアだ。
カルヴィンと一緒にいたのかな?
クロヴィーラ侯爵家の人間とサラスティアが、神官相手に喧嘩腰なのは訳がある。
女神と神獣はこの世界が出来た時からの協力関係なので、女神の神殿と神獣の神殿の人間もずっといい関係を保ってきた。
それなのにクロヴィーラ侯爵家が世話役を下ろされた時も、神獣の力が弱まり天候が悪化した時も、神官たちは何もしなかったの。
天候が悪化して作物が収穫出来なくなったおかげで、神聖力による祝福のありがたみが増して、神殿の力が強くなるほうが、神獣を助けるより重要だったんだね。
「サラスティア様、お久しぶりです」
「挨拶より、この失礼な男をどうにかしなさいな。神獣の巫子は大神官と同格だと女神様から聞いているでしょう?」
「だ、大神官様と同格?」
それなのに突然やってきて、部屋に通せだ扱いがどうだと文句を言うなんて、サラスティアが怒るのもしょうがないのよ。
私も神殿にはいい印象は持っていない。
彼らも女神の小説のせいで対応が悪かったのなら、まあしょうがないかなって思えるんだけど、小説の中に出てくるのは大神官だけだったんだもん。
それも聖女を捜して保護し、恋に落ちるキャラだったっていうんだからびっくりよ。
貴族から賄賂を受け取っているのも、大雨で流された村を放置したのも、アクセを山ほどつけて偉そうにふんぞり返っているのも、小説の影響じゃなくて彼らが自ら選んで行動したことなの。
大神官なんてレティシアが自殺して時間を巻き戻した頃から何度も、女神に聖女を探すように言われていたのにいまだに探していないのよ。
なぜかって?
聖女が女神に愛されているのが気に食わないから。
馬鹿じゃないの?
呪われてしまえ。
祟られてしまえ。
『祟るって何?』
悪霊に祟られるって、この世界にはない考えなの?
『ちょっと調べてくるわ』
待って。
亡くなった人が祟るって話を私はしているんであって、神の祟りの話じゃないからね。
ねえ、聞いてる?
…………。
まずいことになってない?
し、知らない。私は何も知らないわよ。
「レティ?」
「あ。ごめんなさい、ぼうっとしてた」
「そろそろ行こう」
私の背中をそっと押してフルンが歩き出した。
この雰囲気の中に出ていくのはしんどいなあ。
ここはホール奥にある大きな階段の上に続く廊下だから、ホールにいる人たちを見降ろしての登場なのよ。
しかも騎士に囲まれての登場よ。
私のほうこそ神官たちに喧嘩を売っているように見えるんじゃない?
「そ、そのようなことを一方的に決められましても、大神官様には実績というものが……」
「賑やかだな」
フルンの声に反応して二階を見上げた人たちが、隣にいる私に気付いて注目した。
でもなんというか、反応が薄い。
神獣様の巫子や聖女って聞いたら、誰もが綺麗な女性を思い浮かべるんじゃない?
でもあいにくと、私は年齢より成長が遅れていて、瘦せ細っている顔色の悪い少女だもんね。
隣にいるフルンが人外美形だから余計に、並ぶと貧相に見えるんだろうな。
「なんという……」
だけどその中でひとりだけ、見事な金色の髪に金色の瞳の怖いくらいに整った顔の男だけが、私をじっと見つめたまま階段を駆け上がってきた。
「それ以上近づくな」
フルンが前に出て彼が私に近づけないように壁になると、男ははっとして足を止めた。
「たとえ大神官といえども初対面の女性に突進してくるのはどうなんだ?」
「あ……」
やっぱりこのやたらと綺麗な青年が大神官か。
まだ十五歳だっけ? 子供じゃない。
「失礼しました。驚かせてしまったのでしたら申し訳ありません」
彼がこちらを見たので視線が合った。
綺麗な男はもうお腹いっぱいだし、子供に興味はない。
しかも服装がひどい。
金色の髪に瞳も金色だというのに、びっしりと金糸の刺繡が施された白いローブに、金色のストールを首にかけ、全ての指に指輪をつけ、首には十個くらい金のアクセサリーを重ねてつけているの。
全身金ぴかよ。あ、靴も金色だ。
「初めまして。私は大神官のサディアス・バンクスです」
「大神官様?!」
ざわっと驚きの声が複数あがり、神官長が悲鳴のような声で叫んだ。
社交界では身分の低い人から高い人に声をかけるのは失礼で、自己紹介や初対面の挨拶は身分の低い人が先にする決まりなんだって。
つまり、先に声をかけてきた大神官が失礼を詫びてから名乗ったので、私のほうが格上だと認めたってことになっちゃうんだね。
タッセル男爵夫人にこれだけは注意することって、社交に関しての注意事項を教えてもらった中にはいっていた決まり事なんだから、常識なんでしょ?
それをこの男はまったく気にしていない。
ペンダントに夢中で他はどうでもよくなっている感じだ。
「まあ、気を使っていただいてありがとうございます。私はレティシア・クロヴィーラです」
大神官は突っ立ったままの挨拶だったけど、私はきっちりドレスを摘まんで御令嬢らしく挨拶したわよ。
大神官が気を使ってくれたと受け取ったと明言したので、神官長も少しは落ち着いたんだろう。
一階にいる人たちは、私と大神官のやり取りを聞き洩らさないように静まり返った。
「それは……そのペンダントからは強い女神様の加護を感じるのですが、まさかそれは」
「さすがは大神官様、遠くから見ただけでもわかるんですね」
だから突進してきたのか。
女神への愛が強すぎてちょっと気持ち悪いわ。
「魔力を抑えられているせいで体調が回復しない私を心配して、女神様がくださったんです。そうなのよね、フルン?」
「そうだ。それだけの神聖力と加護が込められている物は、他にはこの世界に存在しない」
「え?」
そんな大層な物なのこれ!
世界にひとつ? つまり大神官も持っていない?
ちょっと女神、やばいんじゃないのこれ。
「ねえ、神獣様の巫子であり女神様の加護も得ているレティは大神官よりも上の存在でしょう? 神官たちは彼女に対する態度を改めるべきだとは思わない?」
サラスティアに言われて、神官たちは目を伏せてもごもごとよく聞き取れない言葉を発しているばかりだ。
「女神様が……私はなにもいただいたことがないのに……」
大神官も悔しそうな顔で呟いている。
そんなに衝撃的なことなのか。
そうだよね。女神を信仰する神殿の大神官より、神獣の巫子のほうが女神に加護されているって立場がないもんね。
女神はそれを承知で、私にペンダントをくれたのよね?
大丈夫よね?
…………。
まだ調べものしてるの?
ものすごく心配になってきた。
胃が痛くなってきたような気がする……。
でもここは頑張らねば。
この大神官を何とかしないと聖女が危ない。
「あの、質問してもよろしいでしょうか」
「私にですか? なんなりとどうぞ」
半ば自棄になっているのか、大神官は白々しくも笑顔を向けてきた。
「なぜそんなに金のアクセサリーをつけているんですか? 重くありません?」
「え?」
「ちょ……」
「聞く? それ聞きます?」
私の背後にいた騎士たちが小声で止めに入り、大神官の後ろでは侯爵家の騎士と公爵家の騎士が心配そうに目で話をしている。
部屋の前では睨み合っていたのに、もう仲良くなったんだ。
「これは女神への信仰の強さを表しているのです。女神様は金色がお好きですので」
「は? 女神様がそうおっしゃったのですか?」
「私は直接は聞いておりませんが」
「あなた以外にも女神様のお言葉を聞ける方がいらっしゃる?」
「いえ……いやでも、神官長がそう話していたので」
この大神官、顔だけの人?
なんで女神はこんな男に声をかけたのさ。
顔か。顔が好みなのか。
ああ、女神の好みの男が髪も瞳も金色だから、女神は金色が好きだって話か。
「まあ大変!」
馬鹿らしくなってきたから、白々しくも大げさに演技した。
「私の夢に出てきてくださった女神様とあなたの信仰する女神様は別の方かもしれませんわ!」
「え? は? いえ、女神様があなたに会うようにおっしゃったのでそれはないかと」
「女神様のお姿をご存じの方はどのくらいいらっしゃるのですか?」
「私だけです。自分も女神様に会ったと言い出す詐欺師もおりますので、神殿の女神様の像も本当の女神様とは少し変えております」
「では、私の見た女神様の姿をお話ししますわ」
フルンに目配せしてから、大神官をつれて他の人には声が聞こえない位置まで移動し、女神がどんな姿をしていたのか、文学的に、さも私も女神に心酔しているように話した。
「それとこれが重要なのですが、女神様は私たちよりお若い姿をしていらっしゃいました。まだ十二歳くらいのそれは美しい少女のお姿で、でも瞳は長い時を経て多くの者を見守ってきた深い輝きを帯びていて……とても言葉では表現できませんわ」
「そうなんですよ! ああ、わかってくれる人がここに」
ちょっと手を握ろうとしないで。
迫ってこないで。
「そうです。まさしくそのお方が女神様です。どのようなお話をなさったのか詳しくお聞きしてもよろしいですか? その時にどのような表情をなさっていたかも」
きも……。
「それはまたの機会にしましょう。みなさんをお待たせしてしまっていますので」
「ああああ、失礼しました。今までは女神様について話せる方がいなかったので、こうして話し合えることがこんなに楽しいとは知りませんでした」
「その女神様は、金のアクセサリーをじゃらじゃらつける男性を好ましいとお思いになると思いますか?」
「……」
喜びに輝いていた大神官の顔が、一気に無表情になった。
「それに」
声を少し大きくして、みんなに聞こえるようにしてから言った。
「俺はこれだけ金を持っているんだぞと見せびらかすように、金のアクセサリーをこれ見よがしにつけているのは成金親父っぽくて、格好悪いですよ?」
「……格好悪い?」
「はい。あさましいというか、中年のおじさんの趣味っぽいというか」
それからの大神官の動きは早かった。
指輪を外してポケットに押し込み、ネックレスも全部外していく。
「そうだ。女神様のお言葉を聞けるのは私だけなんだ。神官長に女神様の好みがわかるはずがない! 嘘を言っていたのか!」
「気付くのが遅いな」
フルン、無口なくせにこんな時ばかり突っ込み要員にならないで。