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女神の贈り物

バタバタしておりまして投稿が遅れています。

四月まではかなり不定期な更新になりそうです。

 時間があいたときは出来るだけ体を休めて体力を回復したかったので、クレイグたちが帰った後はひとりでゆっくりと過ごすことにした。

 でもボケっとしているだけって、こんなにつらかったっけ?

 家でゆっくりする時はたいてい、TVかネットの動画を観たり音楽を流したりしていたのに、この世界では音楽が聴きたかったら奏者を呼んで演奏してもらうしかない。


 それはちょっとなあ。

 私のためだけに演奏してもらうんでしょ?

 真剣に聞かないと申し訳なくて、緊張して余計に疲れそう。


 でも音楽がないと室内が静かで、雨と風の音だけ聞きながら窓の外の暗い風景を見ていたら、気分も暗くなってしまって、こんなのんびりしていていいのか、出来ることがあるんじゃないのかって追い立てられるような気持になってしまう。

 魔力を取り戻して、少しでも体力をつけないと何もできないのにね。


 そうだ。少しだけ体を動かそう。

 高価なポーションを飲んだから、体力と筋力がないだけで運動しても問題ないはずだ。

 そして体力も筋力も、動かなくては得られない。


「腹筋を鍛えてみよう」


 西洋風のこの世界では室内も土足のままで過ごすから、いくら高そうなカーペットが敷いてあっても、そこに横になる気にはならない。

 寝椅子に寝転がって膝を立てて、頭の後ろで腕を組んで上体を持ち上げ……。


「うっ……ええ?! 一回も出来ないの?」


 最初からこのやり方は無理だったか。

 じゃあ仰向けになって、足を少しだけ浮かした体勢でキープしよう。


「ぜえ……ぜえ……ぜえ……」


 三十秒キープを二回やっただけなのに、なんでこんなに息切れするのよ。

 噓でしょ?

 こんなに体力のないところから、剣を振り回すところまで動けるようになるの?


「いや、大丈夫。まだ始めたばかりでしょ。次に行こう」


 よし。腕立て伏せをしよう。

 もちろん普通の腕立て伏せが出来るなんて思っていない。

 寝椅子の上に正座して、腰を浮かせて前に手をついて肘を曲げれば負担が少なくなるのでは?


「これは楽すぎるわね」


 それに土下座の練習をしているみたいでいやだ。

 立った状態でソファーの背もたれに手をついて肘を曲げたらどうだろう?

 ……ちょっと低すぎるな。

 あ、暖炉の上の棚がちょうどよさそう。


 落として壊してはいけないから、棚に飾ってあったものを全部テーブルに移動して、体が斜めになるように棚に手をついて腕たせ伏せを始めた。

 たいした負荷はかかってないけど、このくらい楽なほうが続けられるはずだ。


「なにしてるの?」


 不意に背中が重くなったので何かと思ったら、リムが乗っかっていた。


「ちょっとだけ運動を……重くなってきつさがちょうどいい感じかも」

「それで運動になるの?」

「三十……三十一……なるわよ」

「ふーん。フルンがね」

「三十四……三十五」

「何回やるの?」

「出来るところまで……あれ? 何回までやったっけ?」

「三十二」

「本当に?」

「本当本当」

「お嬢様? 何をなさっているんですか?」


 息が荒くなっていたのとリムと話していたのとで、ノックが聞こえなかったみたいだ。

 振り返ったら、ヘザーとカルヴィンが、こいつ何をやってるんだって顔で私を見ていた。

 彼らからは、背中に猫を乗せて暖炉にもたれかかっているようにしか見えなかったんだろうな。


「運動?」

「なんで疑問形なんだよ。少しくらいはおとなしくしていられないのか?」


 出会ってまだふつかだというのに、だいぶ遠慮がなくなってきたなあ。

 カルヴィンの目の前で侍女長を殴ったり、侯爵相手にあの態度だったりしたから、もう私の性格を把握したな。


「体力と筋力をつけたいの」

「真っ青な顔で汗だくになっているのがわかってるのか? 体力がつく前に倒れるぞ」

「え? そんなひどい?」


 たいした運動していないのに?

 いや、運動って言えるレベルのことすらやっていないんだよ?


「まずは汗を拭いて着替えましょう。お客様が来るそうですよ?」

「客?」


 ヘザーに言われて首を傾げながらカルヴィンに視線を向けた。

 彼は眉を顰めてため息をついた。


「大神官がうちに向かっているそうだ。きみへの面会を求めている。まだ会うと答えていないのに押し掛けてくる気だ」


 はーん。

 女神に会えと言われて慌ててやってくるのか。


「あーそうだった。フルンに大神官が来るぞって伝えるように言われてた」


 リムちゃん、遅いよ。


「フルンも来るから一緒に会おうって」

「わかった」

「神官長と三人の神官も同行しているようだ。レティシア、フルン様がいてくださるなら大丈夫だと思うが、神官長には気をつけろ。神殿の実質的な最高権力者は大神官ではなく神官長だ。親しい貴族も多く、国王とも繋がりがある」


 カルヴィンは心配性だなあ。

 きっとフルンかサラスティアがうまくフォローしてくれるわよ。

 私が当てにならないことくらい、きっと彼らはわかっているさ。

 なにしろまったくこの世界の常識をわかっていないんだから。


「心配しないで。ちゃんと考えてある」

「殴るなよ」

「当たり前でしょ!」


 私をどんなやつだと思っているのよ。

 まだ侍女長しか殴っていないでしょうが。


「夕方までには魔道省の人たちも到着するそうだから、早ければ今夜にでも魔道具を見つけられるかもしれないよ。それじゃあとで」

「……今夜?」


 部屋を出ていくカルヴィンを茫然と見つめながら呟いた。


「早くない?」


 さっきクレイグたちと話をしたばっかりなのに、こんなにすぐいろんな人が押し掛けてくるの?

 

「お嬢様、ボケっとしている場合じゃないですよ。どのドレスになさいますか?」

「また着替えるのね」

「そんな汗まみれで大神官にお会いするわけにはいかないですよ」


 ヘザーが言うには、大神官がものすごい美形だというのは有名で、侍女たちのテンションが爆あがりしているんだそうだ。

 昨日、執事と侍女長や何人もの侍女が拘束されたせいで、不安に思っていた子も多いだろうから、ラングリッジ公爵騎士団のイケメン騎士たちと大神官が癒しになってくれるのはありがたい。


 おめかししなくてはとヘザーは気合が入っていたけど、私が選んだのはシンプルなデザインで飾り気がなく、でも上質な素材を使っているドレスだ。

 きらびやかで派手なドレスよりは、地味なほうがいい印象を与えるはずよ。


『トパーズのアクセサリーをつけなさい』


 また女神の御登場だ。

 いいけど、なんでトパーズ?


『ダライアス……神獣の瞳の色がトパーズに似ているからよ』


 そういえば神獣ってどんな姿なのか聞いていなかったわ。


「ヘザー、トパーズのアクセサリーをつけたいの。出来るだけシンプルなやつをお願い」

「かしこまりました」


 侍女たちがアクセサリーや靴を選びに行ったので、少しだけひとりになれる。

 女神と頭の中で会話しながら、侍女たちとも会話するのは無理。

 間違えて女神への返事を口に出してしまいそう。


『神獣は虎に似ているのよ』


 虎?

 なんで虎?


『ダライアスのいた世界では神獣と言えば虎に似た動物だったからよ。顔はほとんど虎だけど、もう少し毛足が長くて大きいわ。あなたの国でも虎は特別な存在でしょう? 東西南北を守る神獣にも虎がいるし、干支にも入っている。歴史ある建物の障子にも描かれているじゃない』


 それはアジアにいるネコ科の大型の獣は、虎だけだったからじゃない?

 私は群れで暮らすライオンより、虎のほうが好きだから嬉しいけどね。

 模様が綺麗でかっこいいし。


『そうでしょそうでしょ。それに彼は気高く包容力もある素敵な神獣なのよ』


 眷属はどうなの?

 フルンたちは、人間の姿が本当の姿ではないのよね?


『彼らは神獣のために私が作ったから、基本は人間と変わらない姿よ。でもサラスティアは蛇、アシュリーは朱雀、フルンは黒ヒョウの要素を持っているの。サラスティアの目はよく見ると蛇の目のようだし、毒を扱うスキルを持っているわ。フルンは運動神経がよく敏捷で豹の耳と尻尾を隠しているのよ』


 趣味全開だな。


『なんでよ。白虎、朱雀、青龍、玄武があなたの世界の神獣でしょ? ダライアスは虎でアシュリーは朱雀。竜は想像上の生き物だって聞いたから蛇にしたのよ』


 それだとフルンは玄武じゃなきゃおかしいでしょ。


『亀にしろってこと?! 亀よ? 甲羅をつけて歩かせる気?!』


 亀だって可愛いじゃないか。

 愛好家がたくさんいる……けどたしかに某映画の忍者風の亀みたいになっては気の毒だ。

 だったら黒ヒョウのほうが断然いいわね。


「お嬢様、トパーズの使われているアクセサリーはこちらだけでした」


 まだタッセル男爵夫人が急いであつらえてくれた物しか持っていないから、ドレスもアクセも数点しかない。

 だから、あっただけましだ。


「見事なトパーズね」


 ヘザーが持ってきたのは、ペンダントトップに大きなインペリアルトパーズがひとつついているだけのシンプルなペンダントだった。

 同じデザインのピアスも、石以外に何の飾り気もない目立たないものだ。

 ただ輝きがすごい。

 宝石の良し悪しを語れるほどの知識はないんだけど、この大きさでこの輝きだととんでもない値段になるんじゃないのかな。


「いつの間に用意したんでしょう。昨日、選んだアクセサリーの中にはなかったと思うんですが」

「タッセル男爵夫人が用意してくれたんじゃない?」

「そうなんでしょうか。でもこれ、確かに素晴らしいですけど晩餐会にもお茶会にも不向きだと思いますよ」


 確かにそうね。

 でも、神獣の巫子がつけるのにはぴったりよ。 


『気に入った?』


 待って。

 もしかしてこれ、女神が用意してくれたの?!


『神獣の巫子として必要な物よ。神聖力を込めておいたから体力回復の効果があるし、女神の加護を受けていると示す効果もあるわ』


 そんな物をつけて大神官に会うって、喧嘩売っているようなもんじゃないの?

 大丈夫?


『巻き込んだ以上、これくらいのことはしてあげなくちゃね』


 その心遣いはとてもありがたいし、アクセサリーはものすごく気に入ったのよ。

 日本にいた頃は宝石のついたアクセサリーなんて買ったことなかった。似合わないと思ってたし。

 でも私も女の子なんだなあ。実際にこうして手にすると、やっぱり嬉しい。


『向こうの世界の物を持ち込むわけにはいかないの。不便なのは我慢してもらうしかないわ』


 あ、TVやコンポがないことを愚痴っていたのを聞いていたのか。

 それで気を使ってくれたの?

 ありがとうございます。


「廊下で皆さんお待ちです」

「皆さん?」


 皆さんって誰よ。

 まさか神官たちを部屋の前まで案内したんじゃないわよね。


「お嬢様の準備が整いました」


 ヘザーが扉を開けてくれたので廊下に出たら、フルンを挟んでクロヴィーラ侯爵家の騎士とラングリッジ公爵家の騎士が数人で睨み合っていた。


「これは、どういう状況?」


 フルンに聞いたけど、彼は肩をすくめただけで何も言わない。

 だったら誰に聞けばいいのよ。


「お嬢様、我々は侯爵様からお嬢様の警護を仰せつかっております」


 聞く前に騎士団長が話し始めた。

 この人、昨日カルヴィンと一緒に場の収拾に努めてくれていた人よね。


「こちらのラングリッジ公爵騎士団の方々に警護をまかされたというのは本当なのでしょうか?」

「カルヴィンに聞いていないの?」

「伺ってはおりますが、クロヴィーラ侯爵家の屋敷内をラングリッジ公爵家の騎士が勝手に歩き回るのは問題があります」


 そりゃそうだ。


「私からも話を通しておくべきだったわね。それはごめんなさい。彼らには私の居住スペースの警護をお願いしているの。他の場所にまで侵入しているのならクレイグ様に苦情を言わないといけないわね」

「そのようなことはしておりません。屋敷内への出入りは東の通用口を使用し、こちらまでの往復もルートを決めてそれ以外には立ち入らないように命じられております」


 わかった。わかったから睨み合うのはやめなさいよ。

 うーーん、どうしようかな。


 騎士団長は侯爵の命令に逆らえないし、立場もある。

 それはわかっているけど、この家の騎士団は全く信用出来ない。

 レティシアがオグバーンと馬車で出ていくところを見かけた騎士は、何人もいたはずなのよ。

 レティシアは出かけたくなくて、誰かが声をかけてくれるのを願って、毎回ずっと窓の外を見ていた。

 でもみんな、魔力のない忘れ去られた娘なんてかかわりたくなくて見ないふりをしたんだ。


 まさか侯爵に断らずにオグバーンが勝手なことをしていたとは知らなかったから、事情があると思ったのかもしれない。

 それでも、たったひとりでも声をかけるか侯爵に確認してくれてさえいたら、彼女の運命は大きく変わっていたはずよ。


「騎士団長、あなたは私の事情をすべて知っていますよね」

「……はい」

「でしたら私があなた方を信じていないことも理解してもらえるんじゃないですか? あなた方の中に内通者がいると私は思っています。そこにいるふたりはけっしてオグバーンの手の者ではないと、命を懸けて言い切れますか? 私はあなたが内通者である可能性も考えていますよ」

「…………」


 とはいっても、このままだと彼らの反感をかうことになるな。

 余計な敵は作らないほうがいい。


「でもたしかに、大神官に会うのに私の警護がラングリッジ公爵家の騎士だけというのはおかしな話ね。では、騎士団長、あなたひとりだけ一緒に来てください。他の方たちは、カルヴィンにすでに言われているかもしれないけど、少し離れた位置から警護をお願いします。もしかすると神官たちは私を自分たちの神殿に連れて行こうとするかもしれません」


 無意識にペンダントを握った私の様子を見て、フルンは額に手を当てて呻いた。


「女神にいただいたのか」

「……わかる?」

「神聖力が溢れ出している。大神官でさえ、そんな宝物はもっていないはずだ」

「うはー」


 なんて物をくれたのよ!


『えへ』


 うわーーん。感謝の気持ちを返せ。

 面倒ごとが増えただけじゃないか。


「女神様の贈り物だと……」

「なんという」

「聖女様では」

「違います!」


 騎士たちの反感をかっていないのはありがたいけど、この場にいるフルン以外の全員が、今にも拝みそうな雰囲気なのがこわい。

 気を付けないと、とんでもない方向に話が進んでしまいそう。


「女神様は神獣様が力を回復して、暗雲を取り払いこの国に晴れ渡った青い空と日の光を取り戻すことを願っているんです。それで神獣の巫子である私のことも気にかけてくださったんです。この宝石は神獣様の瞳の色を表しているんですよ」

「おおおお」

「素晴らしい」

「女神様に気にかけていただいている巫子様か」


 い、いかん。

 神獣の巫子らしくなんて考えていたら、小説に書くような言い回しになってしまった。

 

「クロヴィーラ侯爵家もこれでようやく……」


 ちょっと待って?

 騎士団長涙ぐんでない?


 クロヴィーラ侯爵家が社交界からはぶられたせいで、騎士たちや使用人たちも周囲から馬鹿にされていたのかな。

 それでも侯爵家に仕えてくれていた人たちなのか。

 ……それなのにあんなきついことを言っちゃったよ。

 いやでもさ……うう……言い訳しようとしても後悔のほうが強くて駄目だ。




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