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ラングリッジ騎士団    3

「さて、お互いのことがわかったところで本題に入りましょうか」


 サラスティアに言われて、私は間の抜けた顔で彼女を見てしまった。


「なにを驚いているのよ。なぜ彼らが何度も訪ねてきたのかまだ聞いていないでしょ?」


 私が自分で死を選んだのに、邪魔をしたと思って気にしていたからじゃないの?

 もう話は終わったと思ってた。


「あなたから説明する? 私がする?」

「私がします」


 サラスティアに聞かれ、クレイグははめていた黒い手袋を外し始めた。

 横ではピアーズ子爵が軍服のボタンをはずしている。


「なにをしているんだ?」


 カルヴィンが眉を寄せ、強い口調で尋ねた。

 目の前で、突然服を脱ぎ始めたら誰でも驚く。

 でも彼らがそうした理由はすぐにわかった。


「痣ですか?」


 クレイグの右手の手の甲から手首までと、ピアーズ子爵の首の横側から肩までの皮膚の色が痣のような色に変色していたのだ。


「なんということだ。きみたちも魔素病になっていたのか」


 カルヴィンの声に首を傾げた。

 魔素病ってなに?


「レティシアは知らないかもしれないな。空気中には魔力の元になる魔素が含まれているんだ。結界から絶えず漏れ出している闇属性の魔力も、魔素になって風に乗って拡散してしまう。その影響を受けると魔素病になるんだよ」

「闇属性の魔力の影響を受けると、いずれは魔獣になってしまうというのは聞いたことがあります」

「それを魔素病と呼んでいるんだ」


 カルヴィンが頷いたので、改めてクレイグの手を見た。

 彼らも魔獣になってしまうっていうこと?


「公爵も魔素病で寝たきりになっていると聞いている。かなりお悪いのか?」

「ああ。左半身……特に足の変化が進んで、すでに硬い甲羅のようになってしまっている。このままだとあと何か月かで思考が混濁しはじめるはずだ。そのうちまともに考えられなくなり、人間を襲い始める」

「だからその前に、自分で死ぬか誰かに殺してもらうしかないんです。もう騎士団の中でも何人かそうして死亡しています」


 仲間を殺さなくちゃいけないなんて、なんてひどい……。

 クレイグもピアーズ子爵もこのままだといずれそうなるの?

 いやそもそも空気中の闇属性の魔素が原因で病気になるのなら、いずれはみんなが病気になるってことでしょ?


「以前はもっと皮膚の赤味が強かったんだ。でもあの日、レティシア嬢を川から抱えて救助し、馬車でこちらまで送り届けた後、ふと気づいたら赤味がすっかり薄くなり痣と変わらないくらいになっていたんだ」

「私もなんです」

「へ?」

「レティ、あなた無意識に魔力を吸収したのね。少しでも魔力が戻れば生き残れるかもしれないもの」


 死にたくなくて、無意識に体が魔力を取り戻そうとしたってこと?

 そのレティシアは私じゃないから、あの子、頑張ったんだ。

 生き残ろうと最後までもがいたんだ。

 サラスティアもそう思っているから、少し嬉しそうなんだよね?


 そうよね。

 もうひとりのレティシアも強い子なのよ。

 結果はどうあれ、あなたは自分を誇っていい。


「サラスティア様、どういうことなのでしょうか」

「魔素病は体内の魔力が闇属性になってしまって起こる変化でしょ。人間は自分の属性の魔法しか使えないから、どんなに魔法を使っても闇属性の魔力は減らないのよ。それで体に蓄積されて悪影響が出てしまう。でもレティは全属性の魔力を吸収して無属性に変えるの」

「ああ。闇属性の魔力が減ったので症状が改善したんですね」


 カルヴィンとサラスティアで私を挟んで会話するのを、椅子の背もたれに寄りかかり腕を組んで聞いていた。

 偉そうにしていたわけじゃなくて、この姿勢だとふたりの邪魔をしないで済むからね。

 

「では、レティシア嬢は魔素病を治せるんですね?」

「違う」


 ピアーズ子爵の言葉にかぶせるように、不意にカルヴィンの背後から低い声が響いた。

 私はすぐにフルンだって気づいてぼけっとしていたけど、クレイグたち騎士団はわけがわからず、いっせいに腰の剣に手を伸ばして臨戦態勢よ。

 クレイグとピアーズ子爵なんて座っていた状態から、ものすごい速さで椅子を蹴倒しながら立ち上がった。

 本職はさすがだ。


「フルン、急に姿を現したらみんながびっくりするじゃない。リムも背中を丸めてうならないの。彼らは敵が現れたのかもしれないと思ってしまっただけよ。フルンに攻撃したりしないわ」

「フヒャ――!」

「リム、落ち着け」


 一生懸命威嚇していて、きっと攻撃されたらめちゃくちゃ痛いんだろうけど、モフモフのマンチカンが背中を丸めて毛を逆立てても可愛いだけなんだよなあ。


「リムちゃん可愛い」

「レティ! うっさいわよ!」

「フルンがいるのに、そんな警戒する必要あるの?」

「……ない」


 気まずいのか、急に毛づくろいするのも可愛い。

 フルンももう少し可愛げがあればいいんだけど、相変わらずの無表情で私とサラスティアの背後に立ち、挨拶もなしに説明を始めた。


「体内の闇属性の魔力をすべて取り除いても、変化してしまった体は戻らない。それに闇属性が大気中にある限り、また体内に取り込まれてしまう」

「そう……なんですか」

「くそっ。あいつはまだ結婚したばかりなのに」


 クレイグたちの症状が改善されたのを見て、仲間を治せると期待したんだろうな。

 一度期待してしまうと、駄目だった時のショックが大きくなるんだよね。

 クレイグやピアーズ子爵が小声で詫びながら椅子をもとの位置に戻す様子も、がっくりと肩を落としてしまっているし、壁際で待機していた騎士のひとりなんて、こちらに背を向け、壁に寄りかかってうつむいてしまっている。


「フルン、神官たちにも治せないの?」

「まともな神官は少数しかいない。彼らがしているのは、金を積んでくれた貴族の領地の畑にだけ祝福し作物が実るようにすることだけだ」

「はあ? 神殿もそんな状況なの?」


 ちょっとさ、気に入らないよね。

 彼らはこの国を守るために最前線で戦っている人たちなんだよ。

 その人たちに絶望しかないなんて、こんな世界最悪じゃない?

 で、神官たちは貴族と癒着して金儲けして、聖女も探さないでいる。


 あれ? その神官たちってどこかの女神を信仰しているんじゃなかった?

 そんな奴らに信仰されていていいの?

 何で放置してるの?

 かわいい十五歳の大神官に甘すぎるんじゃない?


『これからガツンとやろうと思っていたわよ』


 それならいいわ。

 それよりこの暗い空気を何とかしないといけないわね。

 私としては、彼らがなぜ私の様子を気にしていたのかがわかって、ようやくすっきりしたんだから。

 好意だなんて言われたって信じられないし、困っている人を助けるのは当たり前だなんて言われたら胡散臭い。

 わかりやすいのが一番よ。


「ふふ」


 あ、いけない。

 落ち込んでいる人の前で笑いを漏らしてしまったから、怪訝な顔で見られてしまった。


「ああ、ごめんなさい。皆さんがどうして私の心配をしたのかようやくわかって、安心して気が緩んでしまいました。私に病気を治してほしかったんですね。だから容体が心配だった」

「……そうだ。こちらの勝手な都合で迷惑をかけてしまったようだ」


 責めているつもりはないんだけど、クレイグもピアーズ子爵も、私の言葉を聞いて座ろうとしていたのにやめて立ったままだ。


「迷惑なんて思っていません。私があなた方の立場でも同じようにしたと思います」

「そう言っていただけると気が楽になります」


 ピアーズ子爵の声、泣きそうになっているように聞こえる。

 人間を襲うようになるから。

 意識が混濁して心まで魔獣になってしまうから。

 自分で命を絶ったり、仲間が殺したりしなくちゃいけないなんて、そんな絶望的な状態で最前線で戦えってひどいじゃない。


「なんでそんな暗い顔をしているんですか? 私たちはお互いを必要としていて、今後どうすればいいのかやっとわかったばかりじゃないですか」

「は?」

「あの、どういう……」


 立ち上がり、片手を腰に当て、もう片方の手をドンっとテーブルについた。

 ついてから、この体勢がちょっと辛いってことに気付いたけど今は我慢だ。

 筋肉がないと、ちょっと体重がかかるだけでも腕がふるえちゃうけど、ここでひっくり返ったら恥ずかしいし、たぶん大騒ぎになってしまう。


「私たちは神獣様の力を取り戻すために、たくさんの魔力が欲しい。あなたたちは私が魔力を吸収することで闇属性の魔力を取り除きたい。お互いの利害が一致しているんだから、協力関係が築けますよね?」

「……」

「ね!」


 勢いに押されたように部屋にいた眷属以外の全員が頷いた。

 なぜかリムとブーボまで頷いていた。


「だったらまずは、私の魔力を抑え込んでいる魔道具を大至急見つけないといけません。ランクBのままでは、吸収できる魔力もたかが知れているからです。そしてフルンやサラスティアには神殿のほうの準備をしてもらわないと。重病人は寝たままベッドごと移動して神殿に移動させましょう」

「そのへんはなんとでもなる」

「アシュリーに任せればいいわよ。ようやく動き出せるんだから喜んでやってくれるわ」

「じゃあまずは、重病人から優先して吸収できますね。体の一部が変化しているのは治らなくても、体内の闇属性が消えれば他の部分は症状が改善するし、病気の進行も止まるんでしょ?」

「そうだ」

「そうして病気の進行を止めている間に、聖女を見つければいいんです」


 必死に腹に力を込め、腕で反動をつけて身を起こす。

 よかった。まっすぐ立てた。


「え?!」

「聖女は魔素病を治せるんですか?!」


 女神様! 聞いているんでしょ?

 出来るわよね?


『……出来るようにするわよ』


 ありがと!


「できます! それと神獣様の力が回復すれば、魔素病にかかる危険も減ります。闇属性は光属性に弱いんですよ? 日光は光属性です。一刻も早く神獣様の力を回復し、この国に青い空を取り戻さなくては!」

『あなた詐欺師になれるわよ』


 なんで?

 私は誰のことも騙していないわよ?


「あ、ありがたい」

「おお……おお……」

「ようやく、ようやく希望が見えた」


 騎士たちに、ものすごく感動されているな。

 よかった。

 さっきまで魔素病も知らなかったのに、治せるって言いきったら疑われると思った。

 まさか現在進行形で女神と打ち合わせしながら話していますとは言えないもんね。


「レティシア嬢、ありがとう。徐々に悪化する状況の中で何もできず、皆、塞ぎ込む毎日だったんだ。これでようやく希望が持てる」


 クレイグが深々と頭を下げると、ピアーズ子爵と騎士たちも同じように頭を下げた。


「お礼も希望を持つのも早すぎます。まだ一歩踏み出す前の段階なんですよ」

「やれることがあるのなら全力で取り組むまでだ。すぐに道具と人員を手配しよう。魔道省にも患者がいるから、全面協力してくれるぞ」

「でも平気なのか? 今、クロヴィーラ侯爵家に近づくということは国王を敵に回す危険があるぞ。特にレティシアは、神獣の巫子ということで囲い込もうとして、国王も叔父もちょっかいを出していたんだ」


 カルヴィンの言葉で、急に笑顔だったみんなの顔が真剣な表情に変わった。

 その問題があったわね。

 私は正直なところ侯爵家がどうなろうとかまわないから、暴れるだけ暴れて神獣の元に逃げちゃうって手もあるけど、カルヴィンはそうはいかない。

 まだ昨日会ったばかりで、彼のことをわかったなんて言える段階ではないんだけど、心配してくれているみたいだし、本気で妹と仲良くしたいと思っているみたいなんだよなあ。

 そうなるとさ、彼の立場が悪くなるようなことをするのもどうかと思うわけよ。


 それに神獣の巫子は私限りで、今後は出てくるとは限らない。

 神獣様の世話役を代々受け継いでいってほしいんだよなあ。


「……あの時なぜ、川に落ちたのかを聞いてもいいか?」


 私もクレイグも立ったままで、テーブルをはさんで睨み合い……ではないけど、気分ではそう。

 自信満々なふりをしているけど、はっきりいって計画性皆無でここまできたからね。


「突き落とされました」

「誰に? どこで?」

「それを今、お話しする必要がありますか?」

「ではこれ以上は聞かない。だが今後も命を狙われる危険があるのではないか?」


 それはまあそうよね。

 むしろ拉致される危険のほうが多いかもしれないけど、どちらにしても狙われるのは間違いない。


「我々が警護する」

「ええっ?!」

「あなたに何かあっては我々も困るんだ。だから、我がラングリッジ公爵家騎士団が警護する」

「いや、あのですね」

「いいのではないか?」


 ええええ?!

 一番最初に断りそうなフルンが、あっさりと了承しているんですけど?


「結界を強化するまで協力していくのなら、警護をしてもらうのは当然ではないか?」

「それはそうだけど」

「ついでにレティが神獣の巫子で女神の加護を受けたという話と、クロヴィーラ侯爵家の人は魔道具で魔力を抑えられていた被害者で、全員ランクSの魔力持ちだということを広めておいて」

「それはいいな。我々がレティを守っていることも妖精がいることもついでに広めてもらおう」


 眷属ふたりがラングリッジ公爵家を全力で利用しようとしている。


「お安い御用です」


 クレイグも喜んで利用されようとしているんですけど。

 

「待ってください。そんな噂が広がったら、レティシアに近づこうとするあほな男が詰めかけます」

「カルヴィン、それはないわよ」

「いいや。貴族たちは自分の得になると思ったら、ころっと手のひらを返してにじり寄ってくるぞ」

「だから俺達が護衛する」

「クレイグ、おまえだって危険だ!」

「……なるほど。確かに」


 え? そこで認めるの?!





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