ラングリッジ騎士団 1
ダニーの案内に従い、サラスティアとカルヴィンに挟まれ、屋敷の入口に近くにある部屋に向かった。
仕事に使うための部屋なのか豪華ではあっても飾り気が少なく、中央に大きなテーブルがあり、その周りにぐるりと椅子が配置されている。
最初にカルヴィンが部屋に入り、続いて中に足を踏み入れた私は、室内にいた男たちを見てすぐに足を止めた。
私たちの到着に気付いて立ち上がった男と彼の横に立っていた男、そして部屋の奥の壁際に、剣を帯びた騎士団の制服姿の男が三人も並んでいたからだ。
ひどくない?
ここは侯爵家の屋敷なのよ?
なんでこんな、すぐに戦闘を開始できる状態の男があたりまえにいるのよ。
……相手は公爵家の嫡男だからか。
身分制度って、これだからいやだ。
光の加減で黒に見えてしまう濃い緑を基調にした制服は、儀礼用の華美な装飾などない実用最優先のものだけど、そこはあの女神の作った世界。
ゲームやアニメで、かっこいいけどなんでそこにベルトがついてるの? って思う服を着ているキャラがいるでしょ。彼らの軍服もそう。
いや、実用性のある箇所もあるのよ。
左の二の腕についているベルトには、ポーションのはいった管瓶が入れられる革製のホルダーがついているし、太腿についているベルトにはごっつい短剣がおさめられている。それはわかるんだ。
でもそれ以外のベルトは装飾だよね。
一部のフェチが大喜びしそうな制服を着ていても彼らはプロだ。全員が隙のない戦士の目をしている。
死を覚悟したことのある、戦いの中に身を置く人間の目だ。
日本で道場に通ったり大会に出たりして、強い人間に会ったことは何度もあるけど、平和な日本ではこういう顔つきの男は滅多に見かけない。
それは誇ることだと思うんだ。
死を覚悟して戦わなくてはいけない人間がいる国より、平和な毎日をみんなが送れる国のほうがずっといい。
でもなによりひどいのは、そんな強い健康な男が五人も、意識不明の重体から目を覚ましたばかりの女の子の家に押し掛けてきているってことよ。
痩せてがりがりで不健康な顔をしているのに、こんなイケメン集団に会いたくないっつーの。
化粧もまともに出来ていないんだよ。
「レティシア?」
足を止めてしまった私を心配そうにカルヴィンが見ている。
サラスティアがそっと肩に手を置いた。
「こいつらなに? ぶっとばす?」
いつの間にかリムとブーボまで姿を現していて、思わず笑ってしまった。
よく考えたら、こっちの布陣のほうが強かったわ。
リムがいるってことは、フルンもどこからか見ているってことでしょ?
「いいの。私を助けてくれた人たちなんですって」
「へー」
「ほお。彼らがそうなのか」
興味津々で先に飛んで行った妖精たちに続いて、足を踏み出す。
カルヴィンが手を差し出してくれたので、迷わずその手を取りエスコートしてもらった。
実は、彼らの放つエネルギーに気圧されそうになると同時に、ちょっとだけドキドキもしてるのよ。
このまま部屋に帰りたいと思う反面、彼らは魔力なしと言われて迫害されてきたレティシアにどんな態度を取るのか興味もある。
それにこれがやっかいなんだけど、危険な男に惹かれる女性の気持ちも少し理解できてしまった。
特に、椅子に座っていた彼が危険だ。
深い海の色のようなナイトブルーの髪はさらさらで、長い前髪からのぞくコバルトグリーンの鋭い瞳が印象的だった。
色合い的に海系男子って感じで、制服がよく似合っている。
眉の太い男らしい無骨な顔はいっさい甘さがなくて、でもきっと多くの女性を夢中にさせるんだろうなって思うくらいに魅力的だった。
彼は絶対に強い。
あの剣はどんな構え方をして、どんなふうに敵を斬るんだろう。
この世界にも刀があるのなら、すぐにでも手に入れたい。
ああでも、私には人は切れないかも。
木刀がいいな。
「まったく。こんなすぐにこんな大勢で押しかけてくるとは思わなかったよ」
そういえば友人だって言っていたっけ。
カルヴィンが親しげに話しかけると、ナイトブルーの髪をした彼は苦笑いを浮かべた。
「すまない。彼女の無事を一刻も早く確かめたかったんだ」
は?
「……ずいぶんと妹のことを気にかけてくれているようだな」
カルヴィンの声が警戒する響きを帯びた。
でも表情は変わらないのはさすがだ。
私は露骨にドン引きしてしまったわ。
「言い方……」
隣にいる眼鏡をかけた二十代半ばくらいの騎士が、小声で呟いた。
ほら、仲間にも引かれているわよ。
「改めて紹介しよう。妹のレティシアだ。レティシア、彼はラングリッジ公爵家の長男でありラングリッジ騎士団の副団長でもあるクレイグだ」
「レティシア・クロヴィーラと申します。溺れていた私を助けてくださったそうで感謝しております」
こういう時はどうやって挨拶をすればいいのかだけはタッセル男爵夫人に聞いてきた。
ドレスのスカートを摘まんで、カーテシーって挨拶をすればいいのよ。
でもこれがかなりきつい。
足の筋肉が落ちているから、膝を軽く曲げるだけでもプルプルする。
どうせレティシアは礼儀作法を学んでいないんだから、正確にしなくても平気でしょう。
背筋を伸ばして頭を下げるのは日本人も得意よ。
「申し訳ない。ここまで来ていただかなくても、私どもがお部屋まで伺ったのに」
「いくら恩人だからといって、妹の寝室にきみたちを通すわけがないだろう。彼女はきみに会うために起きたわけじゃないから気にするな」
「ほお?」
騎士たちの視線が向けられるのを、無表情で受け止める。
でも目の前のイケメンとは目を合わせたくないから、わざとカルヴィンのほうを向いた。
「サラスティアも紹介しないと」
「ああ、そうだった。失礼しました。彼女は神獣様の眷属のサラスティア様だ」
カルヴィンが紹介したのでちらっとサラスティアのほうに視線を向けたら、彼女はもう椅子に座っていた。
「神獣様の?!」
「なぜここに」
私は彼女がいるのが当たり前になっているけど、普通の人からしたら神獣の眷属って特別な存在だっていうのは、カルヴィンや侯爵の態度からわかってはいた。
人間じゃないんだもんね。
突然消えたり現れたりできるし、妖精を連れているし、女神とだって顔見知りだ。
たぶん都市伝説みたいな扱いだと思うのよ。
本当に存在するのかって疑っている人もいると思う。
でも彼らは疑いもせずにすぐに姿勢を正し、
「お初にお目にかかります」
胸に手を当てて軽く頭を下げた。
「アシュリー様からお名前は伺っております」
「私もあなたの話は聞いているわ。王都に来ていたのね」
「……はい」
クレイグも眷属と知り合いなの?
それで眷属だと紹介されても、疑いもしないですぐに信じたのか。
「レティ、座って。まだ体調が万全ではないでしょ?」
「神獣様の眷属が、なぜラングリッジ騎士団と知り合いなの?」
サラスティアに言われるままに腰を下ろしながら聞くと、彼女は手で私を制し、
「カルヴィン、人払いをお願い」
私を挟んだ位置に立っているカルヴィンに言った。
侍従には聞かせられない話をするってこと?
「ブーボ、入り口を見張ってね」
「まかせておけ」
飛んでいくブーボとテーブルの中央にどっかりと座っているリムに視線を向けたのは、クレイグと彼の隣にいる騎士だけだ。
つまり彼らはランクA以上の魔力を持っているんだね。
「そちらの方は紹介してくださらないの?」
侍従たちが部屋を出ていくのを待つ間に話を振ってみた。
「ああ、彼はシリル・ビアーズ子爵。きみを助けたときに一緒に川に飛び込んだ男だ」
「クレイグ様の副官を務めております。こうしてお目にかかれて安心しました。御令嬢はとても強い目をしていらっしゃるんですね」
騎士団って髪型は自由なのね。
ビアーズ子爵は金色の髪を伸ばして結わいているし、離れて立っている騎士のひとりも肩まで髪を伸ばしていた。
「そうですか?」
「お体のことを考えましたら、あまり時間をかけてはご迷惑でしょう。単刀直入に言って、もしかして助けられて迷惑だと思われているかもしれないと考えておりました」
彼らもレティシアが自分で川に飛び込んだと思っていたのか。
「それで何度も様子を聞きに来てくれたんですか? あ、私は子供のころから体が弱くて寝込むことも多かったので、礼儀作法がよくわかりません。失礼な言い方をしていても大目に見てくださると助かります」
「お体が……そうですか」
「きみは、あの日はどうして……」
「あなたたちも座りなさいな。話しにくいわ」
クレイグの言葉を遮ってサラスティアが言った。
「あなたたちもレティも探り合いをして話が進みそうにないでしょ? レティは元気そうに見えるかもしれないけど、意識を取り戻してから、まだスープとプリンしか食べていないの。いつ倒れてもおかしくない状態なのよ」
そうなの?
この体、そんなにやばかったっけ?
「だから私が話を進めさせてもらうわね」
これだけの人数の話し合いだから進行役は必要だ。
お互いに顔を見合わせて、誰も否定的な意見を言わないようなので、サラスティアに話を進めてもらうことにした。
「私としては、まずレティを安心させたいの。だからラングリッジ公爵家の置かれている状況から説明するわね」
私を最優先してくれるのは嬉しい。
さすがレティシアをずっと見守っていてくれた人だ。
わざわざ椅子に座り直して、サラスティアのほうに体を向けてから、これだとカルヴィンに背中を向けちゃっているなって気付いて、椅子ごと少しテーブルから離れて座り直した。
これならカルヴィンからサラスティアの姿が見えるでしょ?
「レティシア、気を使わなくていいからおとなしく座っていてくれ。昨日みたいに具合が悪くなるといけない」
「今日は大丈夫よ」
「大丈夫じゃない。きみにはもっと楽に座れる椅子を用意すればよかった」
「確かにそうすればよかったわね。オットマンを持ってきましょうか?」
この椅子だってひじ掛けがついている革張りの高そうな椅子だ。
座り心地だって決して悪くないんだから大丈夫よ。
サラスティアもカルヴィンも過保護すぎる。
「ふたりとも話を進めて。話が済んだらちゃんと休むから」
「わかったわ。あのね、この国に魔獣の住む地域と人間の住む地域を分けるために、結界が張られているのは知っているわね?」
「ええ」
「その結界は、王族とラングリッジ公爵家の領地にまたがって存在しているの」
「え?!」
驚いて思わずクレイグの顔を見たら、ばっちりと視線が合ってしまった。
うわー、綺麗な緑色の瞳だなあって一瞬ドキッとしたわ。
「危険な結界のある地域こそ王族が守るべきだってことで、昔からそこを領地にしてきたのよ、建前上は」
「建前?」
「他にも理由があるけどそれはあとで話すわ。でも国王や王子に最前線で魔獣と戦えなんて誰も言えないでしょ? だから国王の弟であるラングリッジ公爵が騎士団を率いて、結界からこちらに紛れ込んでいる魔獣を退治する役目を担っているの」
そりゃあ死を覚悟したことのある男の目になるはずだ。
彼らは最前線で魔獣と戦っている騎士団なんだ。
でも、国王の弟だって王位継承権は結構上だよね?
その息子のクレイグだって継承権があるはず。
ってことは、国王が自分の息子を確実に次期国王にするために、ラングリッジ公爵家につらい役目を全部押し付けているんじゃないの?
しかも神獣の力が弱まっているってことは、魔獣の数だって増えているはず。
うわあ、国王マジでくそだわ。
「あ」
ふと気づいて、両手を顔の前でパンっと軽く音を立てて合わせた。
「じゃあ、結界を強化しに行くときには彼らと同行するのね。協力するんでしょ?」
「同行?」
クレイグに聞かれたので、仕方なくまた彼の顔を見た。
会話するときは相手の顔を見て話すのが礼儀よね。
「そうなんです。私には聖女と一緒に結界の強化をしに行く役目があるんです。魔獣との戦闘に役立つ魔法を持っているんですよ」
「無属性の魔法ですか?」
「そうなんです。協力する騎士団の人が命を助けてくれるって、すごい偶然ですね」
「それか、女神さまの思し召しかもしれないわね」
ああ、なるほど。
それだわ。
『あったりまえでしょ。私はしっかり考えているのよ』
また出たの?
私のところに来ないで、早く大神官に聖女を探すように言いなさいよ。
『言ったわよ。どう? クレイグはいい男でしょ? 結婚相手に最適よ』
結婚なんて今の状況で考えられるわけないでしょ。
頭の中がお花畑の恋愛脳にはついていけないわ。
『女神に対してその言い草。いっそすがすがしいわね』