エピローグ 2 それぞれの明日へ
二話続けて投稿しています。
「エピローグ 1」を先に読んでください
「起きて」
ん? 誰の声?
ヘザーなら敬語よね?
「起きなさい。ほらほら」
ぺしぺしと額を叩かれて、びっくりしたけどここで飛び起きちゃいけない。
相手が不審者なら、まだ寝ていると油断させておいて……。
「あなた毎回めんどくさいわね」
「この声……」
ようやく頭が回転を始めてくれたみたい。
聞き慣れた声に気付いてがばっと体を起こした。
透き通るように白い肌と艶やかなハニーブロンドの髪。
気持ち悪いくらいに整った顔と華奢な少女の体。
「女神!」
「様をつけなさいよ」
女神なんだから人間離れした美しさと、思わず膝を折りたくなる存在感があるのはわかっていたはずなのに、こうしてひさしぶりに会うとこんなにも特別な存在だったのかと改めて驚いてしまう。
「あなたの神経はどうなってるの? これだけ異質な世界に来ているのに平気で寝ていられるなんて、私が敵だったら殺されているわよ」
「女神が敵だったら、何をやっても殺されるでしょ」
ただし動かないで黙っていてくれないと駄目だ。
口を開いたらありがたさが激減する。
女神の文句を聞き流して、私は足元に遠慮がちに座っている女性に視線を向けた。
よく知っている見慣れた顔なのに、もうすっかり別人にも見える日本にいた頃の私がそこにいた。
「レティシア! すっかり可愛くなっちゃって!」
「レティシアはあなたでしょ? あなたのほうこそ、すっかり元気そうで別人みたいに綺麗だわ」
今にも泣きそうに目を潤ませて、でも笑顔の彼女が遠慮がちに手を伸ばしてきたので、私はすぐにその手を握った。
「じゃあ由紀って呼べばいい? 私ってば自分はゴリラだって諦めていたのに、そんなに可愛くなれたのね」
ふんわりカールした髪は茶色に染められていて、ピアスがちらりと見える。
ラメのはいったアイシャドウを薄くつけて、睫毛もくるりと長くして、自然なピンク色のルージュをつけた彼女は上品で可愛らしい。
「由紀ったら、あなたに安心してほしいからお化粧して綺麗な姿を見せたいって」
「女神様」
「いいじゃない。あなたが幸せだとレティシアだって嬉しいでしょ」
性格の可愛らしさが滲み出る魅力なんだろうな。
私が同じ化粧をしても、きっとこうはならない。
「女神様がすぐに最近人気のお化粧や服にしてくれたの。素敵でしょう」
「まじで? すごい。そんなことも出来ちゃうの?」
「あたりまえでしょ? 私をなんだと思っているのよ」
文句を言いながらも、女神は得意げだ。
こういう時だけ見た目の年齢らしい表情をするからずるい。
でも、まさかまた会わせてくれるなんて思っていなかったから、感謝でいっぱいよ。
「女神、ありがとう。彼女の元気な姿が見られてよかった。神獣様も眷属も心配していたの。……彼らは由紀に会えないの?」
「それは無理。あなたたちをここに連れてきたのは、入れ替えてしまった魂と体をこのままにしていいか最終確認を取らなければいけなかったからよ。これが最後。もう元の世界には帰れなくなるわ」
「え? 帰れたの?」
とっくに帰れないものだと覚悟を決めていたんだけど。
「鈍いわね。ともかくそういうことなの! 大事な最終確認なの! このままでいいんでしょ? じゃあ確認終了よ」
あ、なるほど。
そういうことにしてくれたのね。
「このままでいいです! わざわざ確認ありがとうございます。女神様、さすが! やさしい! 大神官が惚れ込むだけのことはある!」
「うるさいわよ」
「……あの、レティシア。話さなくちゃいけないことがあって」
女神とじゃれていたら、由紀が握っていた手に力を込めて思いつめた顔をした。
「なに? 何か問題があった?」
「違うの。そうじゃなくて、あの、私引っ越すことになりそうで」
「へえ、どこに?」
私の軽い答えが意外だったのか、由紀はちらっと女神を見て私の顔も見て、手元に視線を落として、思い切ったように顔をあげて口を開いた。
「北海道に。あの世界でお世話になっていた彼が……その、結婚しないかって」
「おおおおおおお」
「それで東京だと昔の知り合いに会う可能性が高くて……話しかけられても困るし……暑くて」
ああ、たしかに曇りばかりで肌寒い日々ばかりのこの世界から、初夏の東京への移動はきつかったでしょう。
「それで……いいのか聞きたくて」
「なんで?」
「え?」
「もうあなたが古賀由紀なのに、私に聞く必要なんてないでしょ。あなたの人生なんだから、あなたの自由に生きていいのよ」
「あ……」
格好つけて言ったけど、気持ちはよくわかる。
レティシアの代わりにここにいるのだから、彼女の代わりに復讐をしなくちゃって思ったし、彼女を傷つけるようなことはしちゃいけないって私も思っていた。
「ただ私は、あなたに見られても恥ずかしくないように生きていこうとは思う。それ以外は自由にやらせてもらうわよ。私も結婚するし」
「そうなの!? 誰と?」
「クレイグ・ラングリッジ公爵」
「公爵夫人になるの!?」
由紀の驚きようはすごかった。
あの屋根裏の小さな部屋にいた少女が、王家に次いで位の高い公爵家の奥様になるんだもんなあ。
「ちなみに恋愛結婚で、公爵家のみんなとも仲良くやっているから心配しないでね」
「すごいすごいすごい。よかった。あなたも幸せなのね。そうよね、輝いているもの」
あなたもよ。
この世界とはまるで違う文明の発達した大都会東京で、幸せを勝ち取って自分の居場所を作ったんだからすごいわ。
「おふたりさん、そろそろ時間よ」
女神の声で盛り上がった気持ちがすっと冷めて、一気に寂しさが募ってきた。
話したいことがたくさんあるのに、もうそれぞれの世界に帰らなくちゃいけないのね。
「遠く離れていても、あなたの幸せをずっと祈っているわ」
「レティシア……私も。ありがとう。あの世界を救ってくれて。オグバーンもやっつけてくれたんでしょ?」
「当然よ。ぼろぼろでみすぼらしい姿になって、神獣様に踏まれていたわ」
「ふふふ。私もあなたの幸せを祈ってる。ずっとどこにいても」
まだ手を握り合って、会話を続けてはいるけど、霧が立ち込めるように視界が白くなってきて、徐々に由紀の姿が見えなくなり、声が遠のいていった。
真っ白い世界の中にひとりで立ち、声も聞こえなくなっても少しの間、私は由紀のいた方向を見つめていた。
「ねえ」
「うわ、びっくりした。まだいたの?」
「あなたのその態度、本当にどうかと思うわ」
そうか。女神と話すのもこれが最後かもしれないのよね。
私の役目は終わったんだから、これからは個人的に話しかけてくる必要もないんだし。
「え? 話すわよ?」
「え? だってもうずっと話しかけてこなかったでしょ」
「他の神たちに注意されちゃったのよ。いくらなんでも人間に関わりすぎだって。だから話しかけなかったんだけど、最近の私は成長した。それはあの人間と話をするようになったおかげかもしれないって言ってくれる神がいてね。異世界から来てあんな活躍をする人間なら、多少は関わってもいいだろうって」
誰よ、そんな余計なことを言ったのは……。
「今迄みたいにずっとは見ていないわよ。もうすぐ新婚さんだし。でもこれからも話しかけるから。あ、ペンダントをもう一度あげましょうか?」
「けっこうです」
大神官や聖女じゃなくて、神獣の巫子が女神と仲良しはおかしいでしょう!
他の神様たち、あいかわらずあますぎよ!
これにて完結です。長々とお付き合いありがとうございました。
新連載を始めましたので、よろしければそちらも読んでみてください。
「ヒロインなんてお断り。転生したオバサンは仕事に生きます」
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