残されていた復讐と公共事業 2
連行される人たちを見ながら、心配になるのは彼らの領地の人たちのことだ。
国中が復興を進めなくてはいけない中で、すぐに彼らの領地に新しい領主が選ばれる可能性は低い。
天候が回復しても、荒れ果てた領地が以前の姿を取り戻すには時間がかかるし、働き手がいる。
この国の人口はだいぶ減ってしまっているから、強い貴族の元に人が集まり復興も優先されるだろう。
日本では一般ピーポーだった私にとっては、災害から立ち直れずに苦しんでいる人々の姿はきついものがある。
このままではこれからも多くの人が亡くなってしまうわ。
待って。
そうよ。日本は災害から何度も復興してきたじゃない。
私は日本人としてその経緯を見てきたわ。
専門的なことはその道のプロに考えてもらうとして、参考になる話は出来るんじゃない?
「フレミング公爵、水害にあった地域の復興は順調ですか?」
復興といえばこの人よ。
次男はアホでも、彼女と他の子供たちは優秀だ。
「今は少し現場が混乱はしているが、まあ順調だと言えるのではないかな?」
「混乱?」
「天候が回復したので自分の家に戻る人々がいて、働き手が一時的に減ってしまったんだ。でも仕事を斡旋するシステムが整っていたおかげで、募集にすぐに人が集まってくれたので、どうにか補充出来そうだよ」
「そういう労働者は簡易的な宿泊施設に寝泊まりしているんですよね」
「そうだ」
「宿屋と変わらないシステムで家族と離れて出稼ぎに来ている人ばかりだと、そのままその地に居着く人は少ないのではありませんか?」
何を言おうとしているのか探るように、フレミング公爵は用心深く私を見つめた。
彼女だけではない。
陛下も公爵たちも、大臣までが近くに寄ってきている。
「レティシア、それはこの場で話したほうがいいことか?」
クレイグが耳元で囁いた。
「今でなくてもいいけど、悪天候が続く地域の人たちはこのままでは生きていけなくなるでしょう? でも家族を置いていける状況ではないし、親しい人達と離れ離れになってひとりになるのがこわくて、動けないままの人も多いと思うのよ」
「それはそうなんだが……」
ん? 何かまずいことを言った?
「巫子殿は国民のことをとても気にかけてくれているのですな」
えーっとこの人は外務大臣だったかな?
「さすがラングリッジ公爵が選んだ女性だけのことはある。王族にふさわしい考え方をする方だ」
あ! そうか。
私があまり功績をあげると、クレイグの株があがってしまうんだ。
そして王太子の評価が下がってしまう。
「いえ、思いついたことをすぐに話してしまうなんて浅はかでした。皆様をお待たせして申し訳ないわ。この話はまた後日にでも」
「いやもう話してしまってくれ」
そう言いながらも、国王だって額に手を当てて疲れた顔をしているじゃないかー。
「ここまで聞いたら気になる。具体的にどうこうと言う話でなくてもいい。参考になるかもしれないから話してくれ」
フレミング公爵にも言われてしまったらしかたない。
これ以上はもったいぶっているように見えてしまうわ。
「仕事を探していても、先程話したような理由で動けない人が大勢います。また、天候が回復して領地を復興したくても、悪天候が続いたせいで経済的に苦しく、人を集めることが出来なくて手付かずになっている地域もあるのではないでしょうか」
周りにいた貴族たちの何人かが話をよく聞こうと前に出てきた。何度も頷いている人もいる。
「そこで国が補助金を出してはいかがでしょうか。家族と一緒に引っ越してくる人のために住宅を用意するんです。最初の何年かは無償で貸し出し、それ以降は家賃をもらうようにすればいずれは元が取れますよね? そうして家族で生活基盤が出来れば、そのままそこに暮らそうと考えるでしょう?」
「それはそうだが」
それぞれの領地を貴族が治めるこの国では、領地の運営は領主に一任されているために、他の貴族の領地のことに口を出すのは越権行為とされる。
国もよほどのことがなければ関与しない。
だから没落貴族なんてものがいて、そこの領地は悲惨なことになっちゃうのよ。
「どうせ国がお金を出すのなら、都市計画を作りましょう。将来のことを視野に入れて上下水道は当然完備しなくては。建物に統一感を持たせたり、風土に合った個性的な街並みにすれば観光客が来るかもしれません。物流も考えて街道の整備もしましょう。そしたら当分仕事はなくなりませんよね? 働ければ安定したお金が入り、国民の不安も減少するはずです」
「十年後のことを考えた街づくりか。その話、もっと聞かせてほしいな。あとで……」
「フレミング公爵、待て。災害復興はきみの仕事だが、国全体への補助金や復興、都市計画となったら専門家を集めて協議する必要がある」
国王は用心深く私を見つめたまま、いろいろと考えを巡らせているようだ。
どうしてそういう話をこんな場所で言うんだと文句を言いたいところなんだろうけど、周りの貴族たちの期待を込めた顔を見てしまうと、そうも言っていられないんだろう。
「あ、その補助金のお金はさっきの人達から没収したお金と、以前私に謝礼金を下さったじゃないですか。確かまだ受け取らずに保留にしているので、それを使ってください。今回も謝礼を下さる気だったのですから、その予算も全部どうぞ」
「わかった。わかったからそれくらいにしてくれ」
「私の謝礼も使ってください」
国王、宰相、ハクスリー公爵というこの国の首脳陣三人が頭を抱えているというのに、アリシアが空気を読まずににこやかに発言した。
「私はバイエンスの神殿でのんびり過ごせればいいので、お金は必要ないんです」
そんな話は聞いていないわよ?
いつの間に私の土地に神殿を建てる話になったのよ。
アリシアが住むには神殿が必要なの?
「補助金があれば、人を呼べるな」
「都市計画にぜひ参加したい」
「巫子殿は確か託児所も作られたとか」
「国民のことを考えてくださるこういう方が……」
小声で交わされる会話の断片が聞こえてくる。
私の提案は思った以上に好意的に受け取られているけど、その分、国王の心配したとおりに私の評価があがってしまっているな。
というか、元から実際以上に評価は高かったんだよね。
いろんな逸話が出来て、派手に脚色されて広まって、国民に人気の話になっているそうだ。
女神にもらった木刀を手に戦う神獣様の巫子で、命を救ってくれたラングリッジ公爵家に嫁ぐ病弱だった少女だよ。いろんな要素を詰め込みすぎだもんな。
「国王陛下、専門家を集めて国単位での復興専用部署を作られるのでしたら、王太子殿下に指揮を執っていただくのはどうでしょう」
おお、さすがクレイグ。
それはいいアイデアだわ。
「殿下は貴族の方たちと今まで接点が少なく、命を狙われる危険があったので部屋で勉学にいそしむことしか出来ませんでした。しかしこの機会にいろんな部門の専門家の話を聞き、国の各地域の特色にあった計画を立てていくことによって、多くのことを経験出来るのではないでしょうか」
影が薄かった王太子が前面に出てきて、各所の復興を手伝えば貴族たちとの繋がりも出来るよね。
警護の問題や、変なやつが近付いてくる危険はあったとしても、箱入り王太子にしてしまうよりずっといいはず。
「それはいい。この国の将来を担っていくのは王太子だ。国を新しく立て直していく現場を仕切るのは確かに王太子がふさわしい」
国王もすぐにこの提案に飛びついた。
すいませんね。いいアイデアだからついぽろっと話してしまって。
「私で務まるでしょうか」
王太子ってば、まかせろって無理してでも言わないと駄目よ。
国が弱っているから、誰もが強い指導者を求めているんだから。
「復興に関してはフレミング公爵が相談に乗ってくれるだろう。各部署の大臣たちも最優先でこの計画にあたってもらう。当然、私もいつでも力になる」
「私どもは結界強化の仕事が済めば、領地復興のために動くことになりますが、王太子殿下のお手伝いになれることがあれば、いつでもお呼びください」
ここでは余計なことは言わないで、クレイグに任せて笑顔で頷いておこう。
ラングリッジは、王太子を全力でバックアップするぞってことが伝わればいいのよね。
「それにレティシアがこのような提案をしたのには理由がありまして」
「……さっき、思いついたとかなんとか」
「なんの話でしょう」
ぼそっと呟いた宰相にグイっと詰め寄ると、慌てて宰相は後ろに下がり、後ろからクレイグの腕が伸びてきて引き戻された。
いまだに木刀で殴りかかるなんて思われていないわよね?
「ほしい物があればいただけるというのであれば、ぜひともいただきたいものがあるんです。ただ通常であればまずお許しの出ない話でして。少しでも役に立つ提案をして、いただける確率をあげようかと」
クレイグが話している間、私は出来るだけ人畜無害に見えるように隣で微笑むことにした。
ラングリッジは夫人のほうが強いって噂になるのは避けたい。
「……申してみよ」
国王の嫌そうな顔ったらないわ。
普通ならそこで何も言えなくなるんだろうけど、実の息子のクレイグは慣れていた。
「では。マクルーハン夫妻をラングリッジに下さい」
補助金は自分にも関係のある話だから、誰もがひとことも逃すまいと注目する中、クレイグの言葉はかなりのインパクトを持っていた。
私たちが本当にしたかったのはこの話だったのよ。
「マクルーハン!? あのマクルーハンの嫡男夫婦の話か!?」
国王なんて思わずクレイグの胸ぐらを掴みそうになっている。
「ラングリッジ公爵、まだ判決が出ていないとはいえ、マクルーハンは国の財産を横領し、私腹を肥やした重罪人です。一族の者は屋敷と領地、地位も剥奪され国外に追放されることになるでしょう」
その辺はさっきの人達と同じだね。
処刑されるか生涯幽閉されるかの次に重い罪が、全て没収の上での国外追放だ。
今回彼らは直接犯罪に関わっていなかったので、一族全てがバラバラの土地に追放されるという処分で済んだ。
マクルーハンの犯罪に加担した人たちは、地下牢暮らしの後に処刑されるそうだ。
「それをラングリッジに引き取ると?」
ハクスリー公爵がここまで厳しい顔をしているのは初めて見たわ。
法務省関係の最高責任者である彼からしたら、納得の出来ない話なんだろう。
でも、ただでさえ多くの人が長年にわたる悪天候のために命を落とし、オグバーンのお茶のために健康を害し、人材が減りまくっている状況でしょ?
多くの人を追放してしまわなくてはいけないことに、迷いはあるんじゃないかな。
「はい。ご存知の通り、我がラングリッジは長年、闇属性の魔力にさらされていたために作物の栽培が出来なくなっています、いくら天候が回復しても、土にも大気にも闇属性の魔力が残っている土地で作られた作物を買ってくれる人はいません」
「たしかにそうでしたな」
クレイグの説明に国王も大臣や公爵たちも頷いた。
「結界強化が成功すれば、魔獣の数が激減し冒険者の仕事がなくなるでしょう。その時に代わりになる仕事が必要です。また冒険者関係の仕事についていた男以外は、他の領地に出稼ぎに行っていた者が多く、そのまま帰って来ない男も少なくないのです」
新しい土地での生活も三年五年と続けば、そちらに生活基盤が出来てしまうものだ。
宿舎での生活も慣れて居心地よくなり、行きつけの店や近所との付き合いも出来て、気になる女性と親しくなってしまったりしたら、もう家族の元に帰る気がなくなってしまう。
子供にしたって、五年も会っていなければ父親の顔を忘れてしまう。
「託児所を作り、せっかく女性が働きやすい環境を作ったのに、今のままでは仕事がないのです、マクルーハン夫妻は作物が育てられない領地に新しい産業をと、織物業に力を入れ、作業場を作り、最近では品質のいい品を作れるようになっています。ぜひ、作業場も職人たちやその家族もまとめてラングリッジに移り住んでもらいたいんです」
犯罪に加担していなかったマクルーハンの人達を保護し、ラングリッジで雇えば、職人たちも進んでラングリッジに来てくれるだろう。
マクルーハンが帰ってきた日の領民たちの様子を見れば、誰が信用されているかはすぐにわかる。
「平民になったとしても元は侯爵家の人間が、ラングリッジで働くことに納得するかどうかはわからないぞ」
「おそらくどこの土地でも、新しく移動してきた人々と以前から住んでいた人たちが馴染むのには時間がかかるでしょう。でもそれこそ領主の腕の見せ所です。この件に関してはレティシアが最優先で当たってくれるそうですし、うちには神獣様にも愛されるバイエンスもあります。きっとマクルーハン領に住んでいた人たちもラングリッジを気に入ると思います」
私は、精一杯領民のために頑張ってきた彼らが、馬鹿な親のせいで犠牲になるのを黙って見ていることは出来ないの。
日本では祖父母が助けてくれたように、この世界では眷属やラングリッジが助けてくれたように、きっかけさえあれば子供は親から離れて生きていける。
私がきっかけになるのなら、彼らだって新しい人生を歩めるはずよ。
「やってくれたな」
激励会とは名ばかりで、いろんなことのあった……主に私とクレイグが爆弾を投げ込み続けた時間が過ぎ、私とクレイグは国王に呼ばれて執務室に来ていた。
部屋には他に宰相とハクスリー公爵しかいない。
「まったく頭の痛い話だ。我が息子が優秀であるというのは嬉しいが、場所と立場をわきまえろ」
ソファーにぐったりと座っている国王の前には、ワインのグラスが置かれている。
まだ仕事があるから、せめてワインにしてくれと言われてしまったんだよね。
「巫子殿も、自重してくれませんかね」
ハクスリー公爵に睨まれて、私はへらへらしながら肩をすくめた。
たぶん私を叱れる人間は、家族以外ではこのふたりだけなんだね。
宰相はもう開き直ったのか、もう書類を書き始めている。
「巫子殿と王太子殿下が結婚して、王妃になってもらうのが一番国のためになると言い出している者もいるんですよ」
がたっと立ち上がろうとしたクレイグの肩をどついて座らせる。
「まあ、王宮に行くたびにつらい記憶が蘇って気分が悪くなってしまう私に、王妃なんて務まるわけがありませんわ。それに他所の国の大使や王族に、木刀で殴りかかったら止められる人はいるんですか?」
「殴りかかるの前提なのはやめなさい」
国王がお父さんみたいな話し方をしだしたわ。
「真面目な話を申し上げると、絶望の底で誰にも助けてもらえない経験をしてきたので、彼らが同じような思いをしないで済むようにしたいという、私の我儘をクレイグが許してくれたんです」
「レティシア」
私が王妃になるなんて、絶対にありえない話よ。
王太子に私の夫が務まると思うの?
ストレスで精神を病んでしまうわよ。
「ともかくおふたりは、王太子殿下を全面的にバックアップする気満々だということを、いつでもどこでも広めてください」
「ハクスリー公爵、私を本気で王妃にしようなんて人はいませんよ」
全員揃って視線をそらして肩を落とすのはやめてくれない?
クレイグまで向こう側に立つのはどうなの?