代理復讐の始まり 1
ブーボの映像は修正前と変更ありませんので、このシーンは今夜のうちに全部投稿します。
三話投稿予定です。
最初に見えたのは飾り気のない木の扉だった。
そこでしばらくふわふわと画面が上下し、扉が内側から開くとすぐにブーボが隙間から中に入ったようで、まるで自分が空を飛んで移動しているように画面が変わっていく。
中は広い調理場で、ちょうど昼時だったこともあり、料理人はみんな忙しそうだ。
作業用の大きなテーブルにはたくさんの皿や鍋が置かれ、右手に視線が向くと竈や流し台があり、そこでも料理人が鍋をかき混ぜていた。
「クーパーさん、お嬢様の昼食を受け取りに来ました」
天井近くから見下ろす画面の中に、屋根裏部屋に食事を持ってきたふたりの侍女が入ってきた。
私と話した時とは別人のような気取った声なのは、たぶん料理人がなかなかの男前だからだ。
制服を着ているから料理人だとわかるけど、そうでなかったら警備員のような職業に就いている人じゃないかと思うほど、長身で体格がいい。
あれだけ二の腕が太いと、大きなフライパンでも楽々扱えそう。
「お嬢様が意識を取り戻したんだってな。ちゃんと用意しておいたぜ」
赤髪を短く刈り上げ、にっと明るく笑う様子はかなり感じがよくやさしそうだ。
これは女性にモテるわ。
「え? これだけ?」
ワゴンの上に並べられた皿の中身を見て、侍女のひとりが思わず呟いた。
「そりゃあそうだよ。意識を取り戻したばかりなんだ。侍女長は病気じゃないから注意することは特にないと言っていたけど、何日も食事をしていないせいで胃が弱っているだろう。ポタージュと野菜のテリーヌだよ。一度にたくさんは食べられないだろうから、量も少なくしてあるんだ。デザートは時間を開けて持って行ってもらいたいから、あとで連絡するよ」
「そう……わかったわ」
「またお嬢様の食事が作れるようになって嬉しいよ」
「……」
愛想笑いを浮かべながら侍女達がそそくさと歩き出す。
ブーボはすかさず背後に回って後ろをついて行ったので、ふたりが調理場を出て廊下を進み、しばらくしてきょろきょろと周囲を見回し、素早く扉を開けて中に入っていく様子がばっちりと見えた。
ブーボって優秀なカメラマンだな。
室内に入った侍女に扉を閉められそうになって、ぶつかりそうになりながら室内に入るのが視線の移動で想像出来たのも御愛嬌よ。
「遅いじゃない」
部屋の中には金髪の派手な顔の侍女が待っていた。
タッセル夫人の後ろに並ぶ侍女たちの中に彼女もいる。
ちらっと様子を見たら、真っ青な顔をして壁際で震えていた。
「これが今日の昼食ですって」
「えーーー? せっかく私の番になったのに、スープとこんな小さなテリーヌだけ? 一口分しかないじゃない。あいつが川に飛び込んだせいでずっと待たされていたのよ」
「私達に文句言わないで」
「いらないならいいのよ」
「いいわよ。食べるわよ。ほら、代わりの食事を用意したから持って行って」
部屋にいた侍女が、先程私の部屋に持ってきた料理が乗ったワゴンを家具の陰から運んできて、調理場から持ってきたワゴンと交換した。
「なんだこれは。俺の料理はお嬢様の元に届いてなかったということか?」
愕然とした顔をしたクーパーが気の毒なような気もしたけど、しっかり本当のことを言わないといけないよな。
「今まで一度もあなたの料理を食べたことはないわ。それどころか、まともな人間の食事を侍女が私の元に運んできたことは一度もなかったわよ」
「……それで、そんなにお痩せになって」
ちょっと待って。この大男、涙ぐんでいるの?
驚いてクーパーの顔を見ていた間に、ブーボの写す画面の中に新しい人物がふたり登場していた。
ノックもなく侍女長と夫人の侍女が入ってきたのだ。
部屋にいた三人の侍女は扉の開く音にびくっとして、侍女長の姿に気付いて緊張した面持ちで背筋を伸ばしたけど、雑巾の搾りかすのような料理を隠そうとはしなかった。
「今回はそのまま料理を持って行きなさい」
あのくそ侍女長。
やっぱり侍女達の嫌がらせを知っていたどころか、推奨していたんじゃない?
「……いいですよ。その代わり次の食事を私がもらっていいですよね」
「いいわよ。こんな料理なら普段の食事の方がましでしょ」
体調が悪い私を気遣ってくれた料理なのに、こんなって言い方はどうなの?
作ったクーパーがいる前でこの会話が流されるのは気の毒だな。
それに令嬢の食事を盗みたくなるほどに、使用人用の食事ってひどいの? 侯爵家なのに?
「持って行く時に、これをスープに入れなさい」
侍女長が侍女に差し出したのは、小さなクリスタルの容器だ。
「一滴でいいわ」
「……それはなんですか?」
「あなたが気にすることじゃないわ」
「毒なんじゃないんですか? 死んだら私達のせいにされるじゃないですか」
「もうすぐ医者が来るわ。いつもの人だから上手くやってくれるわよ。レティシアはいったん目を覚ましたけど、元々病弱だったから体調が急変して死ぬのよ」
世間話でもするような気軽さで話す侍女長の様子に、むかむかと怒りがこみあげて吐きそうだ。
このまま、ただ糾弾するだけじゃこの怒りは収まらない。
この女はレティシアを苦しめた張本人のひとりなんだ。
まだ魔力を完璧に取り戻していないから、うまくスキルを使えるかわからないけど、ひとまず防御力はあげておこう。
実は女神にもらったスキルは、全ての属性を無属性に変換するスキルだけじゃないの。
自分や仲間の能力をあげるバフや敵の能力を下げるデバフを使えるようにしてもらったのだ。
ゲームではパーティーにひとりは欲しい職業だよね。
「そんな。だったら他の子に持って行かせてください」
「何をわがまま言っているのよ。お嬢様の料理をくすねるなんてせこいことしておいて、今更でしょ?」
夫人の侍女は、先程屋根裏部屋で私に向けていたような、あからさまに相手を見下した表情で侍女達を睨みつけた。
「子供にそんな食事をさせたらどうせ死ぬわよ。すぐに死ぬか何年かかかるかの差しかない。どっちにしろあんた達は殺人犯よ」
「ちゃんとやりなさい。あなたたちは横領した金を分け前として手にしているの。今更、自分の手を汚すのは嫌だなんて勝手な話は聞かないわ」
侍女長とこの侍女は組んでいるの?
夫人の侍女ということは、彼女だけは貴族なんだよね。
「そのアクセサリーもあの子の予算を使って買った物じゃない。余計なことをしゃべられる前に殺すしかないのよ」
何も言い返せなくなった侍女に小瓶を押し付け、侍女長と夫人の侍女は部屋を出て行った。
「……どうする?」
残された三人は深刻な表情で顔を突き合わせ、しばらく無言で立ち尽くしていた。
しかし、さすがに自分の手を汚したくはなかったようだ。
「私は嫌よ。あんなこと言っても、私達に罪を押し付けて、侍女長もあの女も逃げるに決まっているわ」
「私もそう思う。あいつらが私達を追い出そうとするなら、タッセル男爵夫人にクスリを持って行って暴露してやればいいのよ」
三人で相談して、クスリの瓶はその部屋に置かれていた飾り棚の引き出しの奥に隠し、予定通りクーパーの作った料理は金髪の侍女がどこかに持って行った。
それに合わせてブーボも部屋を出たようで、視界が変わり、すぐに動画が消えた。
しばらく誰も口を開く者はいなかった。
ただ騎士のひとりが隊長らしき人に指示されて、急いで食堂を出て行った。
おそらく先程の小瓶を回収しに行ったんだろう。
「侍女長。何か言うことはあるのか」
いつも怒鳴ってばかりいる侯爵にしては、意外にも冷静な様子だ。
……意外じゃないか。
レティシアが殺されたとしても、彼は気にも留めないだろう。
むしろこの映像のおかげで、自分が責められる立場にならないのならどうでもいのかもしれない。
「……」
侍女長は無言で、しかしまっすぐに前を向いて微動だにしない。
むしろ夫人の侍女の方が慌てていて、夫人のすぐ横にいると目立つと思ったのか、壁際に移動しようとして、でも人が多すぎて移動出来なくておろおろしている。
「侍女長、妹を殺害しようとしたんだ。覚悟は出来ているよね」
カルヴィンは侯爵とは違って怒っているように見える。
きつく握りしめた拳が震えていた。
「貴族のくせに魔力のない出来損ないを抹消しようとしただけです。むしろ感謝していただきたいわ」
「なんだと!」
たいした女だわ。いっそあっぱれよ。
おかげで遠慮なく殴れそう。
弱弱しくなんてもうやめた。
レティシアは女神の小説の中では悪役令嬢だったんだから、私も立派に演じてみせようじゃないか。
背筋を伸ばして胸を張れ。
目を細めて冷ややかに、顎をあげて口元には笑みを浮かべて。
扇は武器としても防具としても使えるのだから、しっかりと落とさないように紐を手首に絡めておこう。
「いつから身分制度より魔力が重要視されるようになったんだ! 魔力魔力って魔法も使わないくせに意味がないだろう! それにレティシアは妖精と会話が出来る。ランクSの魔力があるっていうことだ」
「そんなこと信じられません」
「オグバーンもそう言っていたわよ?」
「え」
私の言葉を聞いて、今まで表情ひとつ変えなかった侍女長の顔が初めて歪んだ。
「私はランクSの魔力量があるから、この屋敷を出て自分のところにくれば魔力を使えるように出来る。いっそ養女にならないかと言われていたの」
「なんですって……」
「オグバーンは私が神獣様の巫子だと知っていたんだもの。なんとしても手に入れて利用しようとしていたのに、それをあなたは邪魔していたって気づいている? 彼が私のご機嫌を取りたくて持ち込んだ食料も宝石も全部奪っていったでしょ?」
「……こんな……証拠が……」
まさか映像が残っているなんて思わないよね。
執事もさすがに自分が追い込まれていることを認めないわけにはいかないようで、先程までの慇懃無礼な様子が剥がれ落ち始めている。
「お、奥様。助けてください。さっきのはあの女が」
緊張感で張り詰めた部屋の雰囲気に耐え切れなくなったのか、夫人の侍女が哀れな様子で夫人に縋り付いた。が、
「触らないで!」
夫人はあんなに可愛がっていた侍女を突き飛ばして、彼女の触れた場所に汚れでもついているかのようにハンカチで払った。
「私を騙して、娘を虐めて。侯爵家のお金を横領するような侍女は処刑されて当然よ。あなただけじゃないわ。あなたの家族もただで済むとは思わないことね」
「ま、待ってください。お許しください」
「許す? これが許せることだと本気で思っているの?」
なんだ、この修羅場は。
夫人も侍女に騙されていた被害者かもしれないけど、掌返しがすごいのよ。
この様子を見ていた侍女たちは、処刑されると聞いて泣き出したり、逃げ出そうと扉に駆け寄り、騎士に捕まって喚いたり大混乱だ。