一昔前の実家にあった三面鏡
このお話は、1983年(昭和58年)の出来事になります。
その当時、僕は11才だったのですが、物心がついた時から実家には三面鏡がありました。
それは、母親が嫁入り道具で持って来た物でした。
僕が幼少期に、三面鏡の中央鏡に口紅で落書きして怒られた事はありましたが、母親が化粧で使っている三面鏡なんてそれ以来ほとんど見る事はありませんでした。
ただ、4つ年下の弟が三面鏡を覗き込んだ時に、中央鏡の左下に青い着物を着た5才位の男の子が映っているのを発見したのです。
その男の子が中央鏡に映る時は、最初は遠くにいて全身が見えるのですが、段々と近付いてきて最後には顔だけが映り込んでくるのです。
それを見て思わず左側の側面鏡を開くと、そこには何も映っていないのですが、右側の側面鏡を開くと、何故か男の子の側頭部から後頭部にかけての部分が映るのです。
男の子が最も近付くと、顔だけがアップで映り込んできて、三面鏡の前に座っている僕と弟に対して、上目遣いで凝視するのです。
その顔がどうにも怖くて、僕と弟は側面鏡を両方共閉めてしまうのですが、その度に母親から怒られました。
三面鏡が常に開いているのが良いというよりかは、側面鏡の下側にあれこれ化粧品が置いてあるので、また同じ場所に戻さなければならないのを億劫がっていました。
僕の兄にもその男の子を見せましたが、何回見ても見えなかったそうです。
ある日、母親が三面鏡の前に座り化粧を始めたので、僕と弟がその後ろで見ていたら、中央鏡の左下に男の子の顔がアップで映っていたのです。
三面鏡に男の子の顔が映っている事を即座に母親に伝えると、怪訝そうな表情をしながら見回しました。
2、3往復キョロキョロしていましたが、母親には何も見えなかったらしく、平気で化粧の続きを始めました。
そこで、僕と弟が中央鏡の左下を指差して言いました。
「ねえお母さん、そこに男の子の顔が映っているのが見えないの?」
すると、母親は意に介さずにこう言いました。
「そんなのずっと無視しておけばいいのよ、そうすれば自然にいなくなるから」
それを聞いて、僕と弟は目から鱗が落ちました。
それ以降、僕と弟は三面鏡を見ても顔を下に向けないようにしていたら、何ヶ月かすると本当に男の子は現れなくなりました。
ただ、下を向かないようにしていたとはいえ、男の子の顔は視界には入っていたので、僕と弟は恐怖に震えながらじっと耐えていたのです。