ある事実を暴露した人
オーリー様と楽しいお茶の時間を過ごした後は、教会の馬車で伯爵家まで送ってもらった。徒歩でも帰れると遠慮したが「貴族令嬢が歩いて帰って何かあったら大変だよ」と諭され、有り難く使わせてもらった。過ぎていく貴族街を眺めていると馬車が止まった。何かあったのかしら? と疑問を抱いていると御者の方が外から声を掛けて下さった。
「フィオーレ様。エーデルシュタイン家の門の前に誰かいるようですが……」
「門番ではなくて?」
「はい。恐らくフィオーレ様の妹君かと……」
「え」
エルミナが?
御者の方にそのまま行って下さいと頼み、屋敷の前に停車してもらった。開けられた扉から馬車を降りるとエルミナが心配げな表情で駆け寄った。
「お姉様!」
「どうしたの?」
微かに空は朱色に染まってはいるが時間的に遅れてはない。歓迎会が終わる時間も少し前。首を傾げた私にエルミナが可愛らしい頬を膨らませた。
「心配したではありませんか! 遅くなるならなると連絡をしてくださらないと!」
「怒るほど遅くないわよ? ちゃんと馬車で帰って来たのだし」
「そういう問題ではありません! お姉様の身に何かあったらどうするのです!」
「大丈夫よ。治安の悪い場所へは行ってないもの。私が行ったのは大教会よ」
「知ってます。でも、悪い人は何処にでも潜んでいる者です」
「そうね。これからは、もう少し早く戻るようにするわ」
苦笑を浮かべたくなるが心底心配されていると気持ちが伝わり、真摯に受け止めなければ。御者の方に振り返り、お礼を述べた。オーリー様の好意に甘えて良かった。もしも徒歩で帰っていたら、エルミナの心配はこれくらいでは済まなかっただろう。
馬車が見えなくなるまで見送るとエルミナと屋敷に戻った。あの後の歓迎会はどうだったかと訊ねた。私が会場を出て少しして、リアン様が帰られたと言う。元々、王太子殿下に付き合って出席したらしく、長居するつもりは更々なかったのだ。
王太子殿下とリアン様は幼馴染であり、将来の国王と側近である。
「グランレオド様って最初は怖そうな人かと緊張しましたが、お話ししてみるととても話しやすい方で安心しました」
「ええ。アウテリート様は身分を笠に着ない気さくな方なの。私もあの方には救われているわ」
「お姉様のお友達ですもの。素敵な方ですわ」
「ふふ、ありがとう」
アウテリート様のことなのに、自分のことのように嬉しい。見た目のキツさを気にしておられるが頼りない容姿の私にしたら、羨ましい限り。
私は最難関の1つ、エルミナがどうやってリアン様と交流を持つかと今思案。で、まずは情報収集が重要。
「王太子殿下とロードクロサイト様とはお話しした?」
「はい。殿下が何度か話し掛けて下さいましたが……その……緊張してしまって。その度にグランレオド様に助けていただきました。ロードクロサイト様は、ずっと眠そうにしておられましたので会話には入っていません」
「そうだったの」
うーん……変ね。『予知夢』で視た、続きの断罪後でリアン様から語られた話が本当なら、エルミナとリアン様は両想いの筈。幼少期、パーティーで何度か会ったことがあり、そこでエルミナに一目惚れしたと夢の中のリアン様は語っていた。どのパーティーでの出来事か……詳細な部分までは、残念ながら知り得ていない。『予知夢』は不意に視る。自分の意思でも視られるが大量の精神力と体力を消耗してしまう。断罪の夢を見て少しの間、何度か回避は無理かと探った。
……結果は、お察しだった。
執着心の強い私がリアン様を諦め、エルミナと結ばれるように願った原因でもある。
夕食までまだ時間はある。エルミナは私が帰るのをずっと待っていたらしく、まだお父様とお義母様に帰宅の挨拶をしていなかった。
2人で一緒に行こうとお父様達のいる部屋を執事に訊くと今は来客中と返された。
「お客様がいらしていたのね。私達も挨拶をした方が」
「いいえ、フィオーレお嬢様。お嬢様達が挨拶をする必要はありません。招かれざる客人ですので」
苦い顔をして首を振られ、2人顔を見合わせた。
同時に玄関ホールの方向から届いた女性の声に駆けた。
近付くとお義母様の向こうにプラチナブロンドの髪を巻毛にした男性がいた。
「もしもまたフィオーレやエルミナに余計な事を口走りなさい! 今度こそタダじゃおかないわよ!? トロント!!」
「っ、何だよ! 俺は8年前事実を言っただけだろう!?」
「家族と悪意に満ちた他人を一緒にしないでちょうだい! 本来なら、フィオーレがデビュタントを迎えたら話そうと私と旦那様で決めていたものを……あなたは……!!」
社交界の淑女と名高いお義母様の、普段では決して見せない迫力ある姿に、叱られていない私とエルミナも凍りついて動けない。歴戦の戦士も怯むとお父様も遠い目をしてしまう、お義母様の怒気を一身に真正面から放たれている男性はトロントおじ様。お義母様の弟であり、私とエルミナが異母姉妹だと暴露した張本人。
8年前のあの日から、エーデルシュタイン家の人々に毛嫌いされている彼が何故訪問しているのか。ただ、お義母様の怒り具合から、また碌でもない話を持ち出して怒らせたのだろう。
お義母様の怒りに逃げ帰ったトロント様の情けない後ろ姿といったらない。公爵家を継いだお義母様の兄も他家の事情に首を突っ込んでは問題の種を撒き散らすトロント様に手を焼いていると昔聞いた。
……トロント様は事実を言っただけの認識だとしても、似ていなくても家族と信じていた幼い子供の心を壊すには十分な殺傷力があった。
「お姉様……」と気遣わしげにエルミナが見つめてくる。心配させないようにと笑って見せるが上手に笑えてるだろうか。迫力満点だったお義母様と会うのは夕食にしようと決めた私とエルミナはそれぞれ部屋へと戻った。
トロント様の「俺は事実を言っただけだろう!?」という叫び。
あれは本当に衝撃的だった。
――8年前。お義母様が私とエルミナを連れて、街のケーキ屋でそれぞれ好きなケーキを買ってくれて、屋敷に戻った。サロンでおやつの時間を楽しんでいる時にトロント様は現れた。
私はチョコレートケーキ、エルミナはショートケーキ。チョコレートが苦手なのに私のチョコレートケーキを欲しがるエルミナと自分の物は妹でもあげたくない私が軽い言い合いをしている最中だった。
『お姉様とわたしのケーキ交換して!』
『嫌よ! これは私のチョコレートケーキよ! お母様が選ばせてくれたでしょう?』
『最初はショートケーキが食べたかったけど、お姉様のを見てるとそっちが良くなったの!』
『駄目よエルミナ。第一、あなたチョコレートは苦手でしょう?』
お義母様が間に入ってエルミナを嗜めてくれるが止まらず、交換交換と諦めなかった。
『だったら、今度買いに行く時、エルミナはフィオーレの選ぶ分も買いましょう』
『2つも食べれません』
『じゃあ諦めなさい。それに交換してもチョコレートの苦手なエルミナじゃ、残してしまうでしょう?』
『の、残しません』
エルミナは若干涙目になって声が震え出した。泣いてしまえと微塵も抱いてなかった私がお義母様にもういいと言おうとした直前――訪問していたトロント様が現れた。
『ん? フィオーレ! エルミナが泣きそうになってるじゃないか! お姉さんなんだから、妹をもっと大事にしないか!』
『トロント違うわ。エルミナが泣きそうになってるのは私が――』
『全く、伯爵令嬢だった前妻の娘の分際で公爵令嬢である姉上の娘を――』
『トロント!!!!』
嘗てない大声を上げたお義母様に驚くよりも、先に放たれたトロント様の台詞が耳にくっ付き衝撃のあまり放心した。
お義母様譲りのプラチナブロンド、お父様譲りの翡翠色の瞳を持つエルミナ。
対して私は、青みがかった銀髪に紫紺色の瞳という……2人にはない色の容姿。当時から跡取り教育を受けていた私は両親どちらにも似てないことに悩んでいた。でも、私の心情を察してくれたお義母様が教えてくれたのだ。
――フィオーレは難しい本を読んでいる時、左手で首を触るでしょう? あれ、旦那様と同じね
――私もクマのぬいぐるみが好きなの。お揃いね! 今度、お揃いのデザインをしてもらいましょう
仕草だったり、好きな物だったり。
……父は本当だろうが、ぬいぐるみに関してはきっと気を遣ってくれたのだ。お義母様の部屋にクマのぬいぐるみは置いてない。
『何だよ! 僕は事実を言っただけだろう!?』
『黙りなさい! 私と旦那様で時期を見て話すと決めた秘密をよくもこんな場所で、それもお前がバラして!! タダじゃおかないわ!!』
『伯爵家の娘より、我が公爵家の血を引くエルミナがエーデルシュタイン伯爵家の跡を継ぐのが相応しいじゃないか!!』
『お前は王国の法律を知らないの!? 貴族の家は、長子が継ぐと決まっているの! 長子が継げないのは、継ぐ資格がない場合のみ。フィオーレは十分女伯爵になる資格がある。仮に無かったとしても、他家の人間であるお前に口出す権利はないわ。今すぐ帰りなさい!』
『折角顔を出した弟に対してあんまりじゃないか!』
『お黙り! お父様が苦労して見つけた婿養子先にさっさと戻りなさい!』
放心していた私とは違い、しっかりと意識のあったエルミナは泣きながら何度も私を呼んでいたとか。意識が戻った後に執事に言われた。お義母様はトロント様を追い返し、放心状態の私と泣いているエルミナを引き離し、周囲にそれぞれ指示を出していったそうな。
……そして、お父様が戻られてすぐ、私はお父様とお義母様に事実を聞かされた。
重い雰囲気を纏った2人と向かい合うように座ると話を切り出された。
お父様が最初に結婚したのは、私を産んだ母ミランダ=アルカンタル。伯爵であるお互いの父親同士の口約束で結ばれた婚約だったが小さい頃から交流を深めていき、結婚して私を授かった時は2人大喜びしたと語られた。けど、私の出産は難産だったらしく、お母様は私を産むと亡くなってしまった。生まれたばかりの赤子を抱き上げたまま呆然としていた父を立ち直らせたお祖父様やお祖母様は、喪が明けた後新しい妻を娶るよう勧めた。私が何も知らない赤子の内に新しい母親をと。
そこで白羽の矢が立ったのが名門カンデラリア公爵家の次女だった義母シェリア様だった。
領地が近いエーデルシュタイン伯爵領とカンデラリア公爵領は昔から交流があり。幼馴染のような関係を築いていたらしく、独身を貫く予定だったシェリア様が選ばれたのは自然の流れだったのかもしれない。
喪が明けて2人は入籍。身内だけの小さい結婚式を挙げた翌年エルミナが生まれた。
エーデルシュタイン家を継ぐのは私だとお父様は断言された。お義母様も力強く頷かれた。
『トロントは遅くに生まれた子だから、お母様が甘やかしてしまって……。私やお兄様が厳しくしていたせいで私達に反抗して他家を引っ掻き回すようなことを言っただけ。フィオーレ。伯爵家を継ぐのはあなたよ。私も旦那様もそれを望んでいるの』
『その通りだ。フィオーレもエルミナも、どちらも私の可愛い娘だが家を継いで欲しいのはフィオーレと決めている。トロント殿の言葉など気にしなくていい。家族として過ごしてきた時間はある』
優しいから敢えて嘘を告げているとしたら? 伯爵家よりも、名門と名高い公爵家の血を引くエルミナが家を継ぐ方がいいと本当は思っていたら? 思っていて、私が可哀想だから諦めていたら?
何となくだが、違和感は感じていた。年に何度か親族と顔を合わせる機会があった。カンデラリア公爵家とエルミナは似ている部分が多いのに、私には全く無かった。私はお父様の血が濃いから、と皆微笑ましく紡ぐ内心嘲笑っていたとしたら、私は要らない子になる。
エルミナは勉強が得意じゃない。集中力が続かないとお義母様が偶に嘆いていたのは知っていた。自分が将来重要な地位に就く人間になると決まれば、あの子も責任感が生まれ勉強に力を入れてくれる筈。エルミナがやれば出来る子だと知っているから、確信を持てた。
黙っていた当時の私は不安げな面持ちで反応を窺う2人に微笑んだ。安堵の表情を見せた2人に告げた。
『お父様、お義母様。私を置いてて下さりありがとうございます。これからもご迷惑をお掛けすると思いますが、エーデルシュタイン家の恥にならぬよう、より精進して参ります』
安堵の顔をしたまま固まった2人を怪訝に思いながらも、綺麗にカーテシーを披露した私は退室したのだ。
この翌日、エーデルシュタイン家にだけ現れる『予知夢』の能力が開花した。
「明日から、どうリアン様とエルミナを会わせるか考えないと……!」
部屋に戻った私は、夕食の時間になるまでノートと睨み合った。
読んでくださりありがとうございます!




